STEP1 Frozen Flare 20
愛美が次に買ってきたのは、コーヒーだった。ザキは、コーヒーも飲める。
ザキは、今度は黙ってそれを受けとった。
愛美は、峰に呼ばれて側を離れた。もう撮影を始めるのか、カメラマンが呼んでいる。
ザキは茶色の液体を見ていたが、
「やるよ」
と言って、口をつけないまま、私に渡して歩み去った。
もちろんザキは、私がコーヒーはブラックだということを知っている。仕方なく、私はアメリカンコーヒーに口を付けた。
カメラマンの指示に従って、ザキは次々とポーズを変えていく。
物思いに沈むかのような俯いた横顔や、目を閉じて自分の身体を抱き締めるような姿は、いかにもとってつけたようだ。
カメラ馴れしたモデルではないのだから、それも当然だろう。
挑戦的に睨みつける様子が、一番様になっている。地だからか。
愛美は、峰に言われたメイクボックスの片付けも終わって、部屋の隅で壁に背をもたせかけて突っ立って、撮影の様子を眺めていた。
撮影用のスタジオというものに入るのは、もちろん愛美は初めてだ。
思っていたよりは狭かった。
沢山の人間が、立ち働いているからかも知れない。
ザキのバックには、白いスクリーンが張ってある。幾つものライトが、影を作らないように、ザキを照らしていた。
三十代らしいカメラマンが、お姉言葉で指示を出している。この業界というのは、お姉言葉を使う人間が多いと聞くが。
フローズンフレアのマネージャーという里見も、時々女言葉を使う。本人も意識していないらしい。
気にするほどのことではないのだろう。
長門が、愛美の側に音もなく近付いた。
綾瀬は、普段から仕事について、色々な指示を出すことはない。
いつだって、後はお任せ、お持ち帰り自由(何じゃ、そりゃ)で、勝手にしろと言わんばかりだ。
今度も、スタイリスト見習いか何かとして働けと言ったきり、細かなレクチャーはくれなかった。
長門に聞くのも無駄だ。
なぜそれが分かるのか?
ちゃんと聞いたのだ。どうすればいいだろうかと。
長門曰く、自分のことは自分で考えろ、であった。
あんたはいいだろう。ボディガードとして、ザキに危険が及ばないようにすればいいだけのことだからだ。
(それで私は?)
タダで、しかもあんなガキのご機嫌窺いをしろと言うのか。
長門が、耳許でそっと囁く。
「おい、大丈夫か?」
愛美は、不機嫌極まりない声で答えた。
「何が?」
大丈夫? 大丈夫な訳ないだろう。
長門は一瞬、口ごもったあと、再び愛美の耳許に口を寄せる。




