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STEP3 Starless 29

「どうして長門さんは、お酒飲むの?」


 長門は床の上に座って、片肘をベッドにのせている。


「さあ、分からない。恋人を殺した時、ちょうど飲んでいた。きっと、飲んでも自分の腕に影響はないと、言い聞かせたかったのかもしれない。お前だったら、そう言うんだろ?」


 愛美は少し身体を起こすと、長門に水を所望した。


 今度は零さずに、愛美はコップの水をゆっくり時間をかけて飲んだ。


 水が通ると喉が痛んだが、飲み終わると少しはよくなる。

 愛美はコップを長門に返すと、枕に顔を埋めた。


 さっき零れた水で、枕が湿っている。


 流さなかった涙の代わりだった。

 愛美が泣くのは、卑怯だ。


 長門がこの前言った、欺瞞という言葉そのものだろう。

 何もしなかった癖に、懺悔しても泣いても祈っても、全部嘘臭い。


 所詮人事だと言われてしまえば、それでおしまいだ。



 愛美は、長門に聞かせるつもりもなく、ただ機械的に口を開いた。


「中学生の子がね、自殺したの。保健室にもよく通ってきてた男の子。仕事には関係ないから、話半分にしか聞いてなかったの。私が、もしちゃんと話を聞いてたら、その子死なずに済んだかも知れない」


 話しているうちに涙が出るかと思ったが、やはり目は潤んでこなかった。


 それでも、愛美は哀しんでいる。哀しんでいると思いたい。


「お前が背負うことじゃない」


 長門の言葉はぶっきらぼうで、意地悪く聞こえた。

 それでも長門は、優しい手つきで、愛美の髪を軽く掻き上げる。


 愛美は、その長門の腕を掴んで引っ張った。

 長門の身体が、少しだけ近付く。


「今夜だけ、一緒に寝て」

 愛美は、大きな声が出せないこともあって凉れた声で小さく囁く。


 長門は聞こえなかったのか、暫く黙っていた。


 愛美がもう一度言おうかと思った頃になってようやく、

「俺はお前の父親じゃない、恋人でも」

 と、突き放すように言った。


 そんなこと、分かっている。

 しかし、誰かに頼りたい時もあった。


 慰めて欲しい時がある。

 その悲しみが例え欺瞞だとしても、欺瞞だと分かっていて慰めてくれる誰かが欲しい。


 だが愛美には、支えになる家族も恋人もいなかった。

 いなければ、誰かにその役を押しつけるしかない。


 友人には頼めない。他の悩みなら、支えにもなってくれるだろう。

 仕事のことで頼めるのは、同じSGAのメンバーしかいない。


 しかし綾瀬は、愛美をどん底に突き落とすだろう。

 東大寺なら、優しさの中にも厳しさを見せる筈だ。紫苑なら、ともに心を痛めるに違いない。


 何も考えずただ愛美の心だけを映す長門なら、愛美さえ長門の中に何も見なければ、この時間をやり過ごすことができるだろう。

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