STEP1 Frozen Flare 19
愛美が買ってきたのは、紙コップだ。
コップの中身を零さないように気をつけながら愛美は、それでもモタモタせずにザキの側まで寄っていった。
飲み物をザキに差し出しながら、笑顔もつけるのも忘れない。
若いに似合わず、なかなかよくできている。
それもこれも、あの綾瀬とかいう社長の教育がなっているのだろう。
「ミルクティーです。砂糖は入ってません」
おや?と思う。
ザキも同じだったのだろう。途惑ったような表情を浮かべた。
どこでそのネタを仕入れてきたのだろうか。間違いなく冷たいやつだ。
色々な音楽雑誌で組まれたインタビュー記事内に、ザキがミルクティーを飲んでいる描写や、甘い物は苦手だという話や、最後に残った氷を噛っているのを、メンバーに子供染みていると評されるシーンなどが、チラリチラリと出てきたりする。
しかし本人が、はっきりとそのことを明示したことはない。
それは、マネージャーとして断言できた。
まあ、記事などを読み込んでいれば、何となくは分かるだろう。しかし、よっぽどコアなファンでもない限り、気付かないようなことだ。
それとも、愛美がそうだと言うのか?
そうか。峰に聞いたのか。
だが二人が話をしていたのは、ほんの一瞬だ。たったあれだけの時間で、しかもザキの飲み物の好みを聞いていたというのか?
受けとろうとしないザキに、愛美は重ねるように言った。
「嫌いですか?」
私は、その展開を面白く見守っていた。
砂糖の有無、ホットとコールドの違いのような細かい部分を含めて、自分の好みと違うとチクチクと文句を付けるつもりだったのだろう。
完璧に注文通りの物が出てきてしまい、出鼻をくじかれたのか、ザキの言葉には刺々しさがなかった。
「今は飲みたくない。何か別の」
まるで拗ねた子供のようだ。
愛美は気分を損ねた様子もなく、そうと軽く頷いた。
そして持っていた紙コップを、無造作に長門に手渡す。
そこで初めて、私は長門がザキのすぐ側に立っていたことに気が付いた。
ずっとそこにいたのだろうが、誰かの邪魔になるどころか、気配すら感じさせなかった。
こんなにデカイにも関わらず、どこか影が薄い。
長門は黙ったままザキの前で、渡された紙コップに口をつけた。
本当はザキ自身、飲みたかったのだろうが、いらないと言ったのは自分だ。
チビチビと紙コップを舐めるように飲んでいる長門に、何も言えずにいるのがおかしかった。
愛美は、さっさと別の飲み物を買いにいってしまっている。