STEP3 Starless 19
その子が行くつもりの高校は、彼の学力なら進学は心配ないとは言われているが、それでも不安で仕方ないようだ。
自分は全然不安なんかないというように振る舞っているが、本当は安心させてくる人間が欲しいために、保健室へとやってくる。
そんな子達は、結構多い。
愛美とのつまらないお喋りが、そんな彼らの心に少しでも潤いを与えるならば、いくらでも話し相手ぐらいは務められる。
そんな少年達から、バレンタインに手作りチョコが欲しいと駄々をこねられて、こうして料理が下手な愛美にでも出来そうなチョコ作りに挑戦しているという訳だ。
彼らに傾倒してしまうのは、やはり殺された弟のことがあるからだろう。
剛も、今年が受験だった。
弟は何事につけてものんびりしていたが、自分の学力にあった高校にすんなり入るだろうと、姉の愛美としてもそう信じて疑わなかった。
結局、弟は十四才、中学二年で、その生涯を閉じた。
弟と同じ年の子達と接していると、ついつい剛の面影をその少年達に見てしまう。
自分は教師で、しかも本来の仕事は、理事長が十四年前に犯した罪を、どう断罪するかにかかっているのに、そんな馴れ合いに心を砕いているのだ。
「バレンタインに決まってるでしょ。分かった。長門さん、チョコもらったことないんでしょう。義理チョコでよかったら、あげるわよ」
うまくできたら、東大寺達にあげるのも悪くなかった。
綾瀬だったら、高級なチョコにブランドもののネクタイとかなら喜びそうだが、愛美の作ったチョコなど見向きもしないに違いない。
金のかかる男だ。
それに比べて、東大寺や紫苑なら無条件に喜んでくれるだろうし、巴だって心の中ではきっとそうだろう。
愛美の手作りの物を平気で食べるのは、長門ぐらいのものだろうが。
用意していた串で愛美は苺を刺すと、溶けたチョコレートにからめた。
「ある。本命ならな」
〈きつく抱いて
その腕で確かめて
滴る嘘と 冷たい指先で
今だけの言い訳と
偽物の涙で
夜の数を数えるような
所詮はレプリカの人形たち〉
泣かない、笑わない、歌わない。
まともな食事すらしない、殆ど眠らない、仕事がなければ何もしない。
長門は、殺人マシーンの名に相応しい。
親の記憶すらないことも、長門らしいと言えば長門らしいが、恋人がいたことがどうしても納得できなかった。
長門に人が愛せる筈がない。
だが、長門を愛した人間がいたのだ。
長門の身につけていた時計を、欲しがるほどの。




