STEP3 Starless 8
愛美の顔は、自然と不機嫌なものになる。
「デビューアルバムだそうだ。世話になった礼だと。長門は、世話した覚えもないだろうがな」
愛美は、綾瀬からそのアルバムを受けとった。
市場に出回るのは、もう少し先の筈だ。
クラスのFフレアのファンの友人が、そろそろアルバムが出ると言っていたのを、聞くともなしに聞いた覚えがあった。
彼女はザキのファンではないが、愛美がFフレアのメンバーのウミハルとも口を聞いただけでなく、近ちゃんなどと呼ばれていたことなど、無論知る筈もない。
「そうよ。多大なる迷惑を被ったのは私なのよ。それが何よ。何で、長門さんな訳、まあいっか」
愛美は深く考えることはやめて、手の中の軽いケースを弄んだ。
セピア色の、床と割れた姿見。姿見に映る影は、誰のものとも判然としない。
床には、それだけ色のついた赤い薔薇の花が。
花弁が数枚散らばっているが、花弁と思ったものの一部は、血痕らしい。
ジャケットには、四隅に一字ずつタイトル文字が記されていた。
愛美はジャケットを見るともなく見ながら、
「ふうん、螺旋迷宮か。長門さんに、ちゃんと渡します。あの人、音楽聞くとは思えないんだけど」
と、軽い調子で言った。
「長門のことを、お前はどれだけ知っていると言うんだ」
大した意味もなく言った言葉に、綾瀬は意地の悪い反応を返した。
「見えるものが全てだと言っても、お前は本当に長門のことを見ていると言えるのか。お前は、見えるものすら見ていない」
このような物言いをする時の綾瀬に、対抗できるだけの言葉を、愛美は知らなかった。
真実を突いていれば突いているだけ、理論的な反論などできなくなる。
「あいつがアルコールを口にする理由すら、気付いていないんだろう? 見えてるものも見ていないお前に、何が語れるんだ」
それでも愛美は黙って引き下がるほど、大人しい性格ではなかった。
空しい感情論を振り回して、自己嫌悪に陥るばかりだ。
「別に私、長門さんのことなんかどうでもいいもん。あの人の過去だって知りたくないし、趣味とか考えてることだって、知らなくたっていいの。私、あの人嫌いだわ」
一年前なら、その台詞に何の嘘もなかっただろう。
良心の呵責一つ覚えずに、長門なんか大嫌いだと、言い切った筈だ。
今だって、嫌な奴だとは思う。
それでも、嫌いだと言うのとは違う気がした。
売り言葉に買い言葉。
自分に言い聞かせるようにもう一度、愛美は嫌いだわと呟いた。
愛美の気持ちなどお見通しの癖に、綾瀬は追及の手を止める気はないようだ。
「どうして嫌いなんだ?」




