STEP3 Starless 4
東大寺には東大寺の、紫苑には紫苑の領分がある。
その最たるものが、家ではないか。
非日常と、お互いが歩み寄った日常の中でだけ、領分が接するのは構わない。
綾瀬の用意したマンションと、この綾瀬の部屋は、互いの領域が混じる場所だ。
それ以外の場所に入ることは、他人の領分を侵すことになる。
道徳や倫理がどうというのではなかった。
東大寺や紫苑の元に身を寄せるのは、彼らの日常を愛美が侵すことになる。
「綾瀬さんのところじゃ駄目なんですか?」
愛美の言葉に綾瀬は、駄目だとすげなく返した。
「西川さんだろうが、別の女とっかえひっかえ替えていようと関係ないけど、少しの間ぐらい私のこと、置いてくれてもいいでしょ」
ケチと、愛美は付け加えるのも忘れなかった。
綾瀬は余裕たっぷりに、口の端を歪めて笑う。
「ストカーの方が、私よりよほど安全だろう。一般人如きに捩じ伏せられる玉じゃ、お前もあるまい。それが相手が私ともなれば、術をちょっと応用するだけで、簡単にお前など慰み者にできるんだからな」
本気じゃない。
いつだって綾瀬は口だけだ。
それでも本気じゃなくても、気紛れに、それこそ簡単に慰み者にしてしまうのだろう。
大人の余裕が憎たらしいような、底が知れないのが怖いような。
愛美は、
「嘘」
と、呟いた。
自分の声が、自分の言葉が、人にどんな影響を与えるか計算ずくで、綾瀬はいつものように軽く言った。
「試してみるか?」
綾瀬の言葉は優しく、その反面とても怖い。
手は、綾瀬の言葉よりはずっと優しかった。
だからからか愛美は、綾瀬のことをいい人だと思ってしまう。
いい人だと思ってはいるが、結局最後の最後で突き放されることも分かっていた。
「そんな意気地ない癖に」
愛美は不貞腐れて、フンと鼻を鳴らす。
はぐらかす、混乱させる、突き放す。
いつだってそうやって、綾瀬の思い通りの行動を愛美は起こすことになる。
綾瀬がやっているのは、人を煽動する時の練習代わりの、言葉を使ったゲームに過ぎないのだろう。
喉の奥で、綾瀬は微かに笑ったようだ。
「十八才以下のガキに手を出したら、こっちが犯罪者だ」
それが、ゲームのおしまいの合図だった。
愛美は肩を軽く竦めると、カフェオレをゆっくり味わいながら飲み干す。
「一応、気を付けてはみます。でも私、次にカメラ仕掛けられても気付くかな。他のところはともかく、うちとこはただの目眩ましかも知れない。産業スパイだったら、一番狙われるのはここだと思うんだけど」




