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STEP2 皆殺しのJungle 71

 この近くにお寺があるなんて知らなかったが、どこからともなく鐘の音が聞こえていたりした。


 

 紫苑は、クリスマス礼拝からこっち寝込んでいる神父と、二人で年を越したのだろう。

 東大寺は、哲郎と直哉の二人の友人と御参りに行くと言っていた。


 巴は家で、愛美達のサポートに回っていたが。仕事も済んで、もう寝てしまったかも知れない。


「それにしても、見た? あいつらの顔。自分達だけ助かろうなんて、虫がよすぎるのよ。あんなんじゃ足りないわね。本当なら、こてんぱんにやっつけてやんなきゃ」


 愛美の顔も口調も明るかったが、唯一気にかかることがあるとすれば、最後に奥の部屋から現れた車椅子の老女だ。


 愛美の中の何かが、これだけで済む筈がないと囁いていた。


 なぜかは分からない。


 ただあの者達が、他人を駒にしたゲームを続ける限り、どこかで愛美達とも関わりが出てくるに違いない。


 愛美がこの一年ちょっとで依頼を受けた事件は、両手の指で十分間に合うほどだ。


 緑ケ丘連続行方不明事件、マッドドッグ事件(これは全く無関係だ)蘭女連続変死事件、白商変死事件、常磐学園失踪及び変死事件、英明学院変死事件等々。


 どこかで誰かの思惑が、絡んでいないとは言いきれない。


「あいつらだって、俺達と変わらないちっぽけな人間だ。俺達のような人間を、意のままに操っているつもりで、それすらも流れの一部でしかないことに気付いていないような。あいつらがいなくなっても、また別の者が同じようなことをする」


 無意識のように長門は、唇を指で撫でていた。


 長門が着ているのはもちろん、綾瀬が選んで長門に与えたものであったが、ネクタイはとっくに緩められていた。


 整髪料で整えてあった髪も乱れて、前髪が額に落ちかかっている。


 愛美が8センチのハイヒールを履いていた時でさえ、長門は愛美より頭一つは優に高かった。


 頬骨が高く顎も尖っていて、上向きの眉といい、眼尻が上がっていることといい、全体的に鋭い顔つきであることから怖い感じがするが、決して顔自体がまずい訳ではない。


 普段は、スーツはもちろんネクタイなんかしたりしないので、何だか長門じゃないようだ。

 愛美は馬鹿みたいに、長門を見つめたまま立ち尽くしていた。


 頭の中がグチャグチャになる。


 愛美を軽々と抱き上げて走る強靭な肉体と、愛美の前を行く広い背中、そして無骨な筈の男にしてはあまりにも優しい、抱き締めてくれる時の腕。


「どうした。顔が赤い。暖かくしてもう寝ろ」

 長門は、黙っている愛美を不思議なものでも見るように見た。


 その強靭な肉体で、幾つもの修羅場を潜り抜け、その背中で誰かを庇い、優しい同じ腕が誰かの命を奪うのだ。


 いや、その腕で誰かを抱くのか。


 愛美は、ハッとして両手で頬を押さえた。

「あ、うん。そうする」


 そそくさと長門の側を離れて、愛美は一人洗面所に逃げ込んだ。


 愛美は、洗面台の前に立って、剥き出しの肩を抱く。


「顔が熱い。熱っぽい。何でだろ。熱があるのは、風邪の引き始め。そうよ。そうに決まってる」


 化粧を施されて自分とは別人のようになった顔に向かって、愛美はそう呟いた。


 化粧品と靴とシルバーのアクセサリーは、西川が服に合わせて見繕ってくれた。

 今着ているのは、誕生日に綾瀬からプレゼントされたものだ。


 まさか、この服に相応しい場所に行くことがあるとは、その時は思ってもいなかった。


 青みがかった赤のリップとラメ入りのグロス。

 パープルのアイシャドウにブラウンのアイライン、明るめのファンデーション。


 いつもは気楽に結んでいるだけの髪の毛も、丹念にブローしてもらったが、今でははねているのか何なのか分からなくなっている。


 綾瀬には、一歩間違えれば風俗嬢だぞと言われたが、馬子にも衣装と言えなくもない。


「私だって」

 愛美は、鏡に向かってもう一度呟いた。


 私だって、何なのだろう。やっぱり風邪でもひいたのだろうか。

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