STEP2 皆殺しのJungle 69
何か忘れていたことでもあったのかと、長門は緊張しながら、どうした?と聞く。
愛美は身振り手振りも大袈裟に、
「毛皮。毛皮。置いてけない。どうしよう」
と、先ほどまでとはうってかわった情けない顔で言った。
クロークで預けさせられた、ミンクの毛皮のコートのことを言っているらしい。
突然とり乱した愛美は頭を抱えて、どうしようと泣き声を出している。
長門が、綾瀬と巴から渡された仕掛けの数々を施していく間も、クラブリスキーの元締め達に啖呵を切った時も、あれほど落ち着いていたのに――落ち着いてはいなかった、怒り狂ってはいたから――それがコート一着でこの動転ぶりは何だとも思う。
しかし、それが愛美らしいと言えば、とても愛美らしい。
「どうせ、綾瀬の懐から出てるんだ」
長門は、どう言えばいいものか分からなかったので、とりあえずそう言ってみた。
用意された時には、フェイクじゃない毛皮など薄気味悪いなどと言って愛美は嫌がっていたから、置いて行けてもいいだろうに。
愛美は不貞腐れた表情で、毒突く。
「一生かけて賠償しろって言うわよ、あの人のことだから」
(そっちの心配か?)
その時、あの二人組だと叫ぶ男の声が聞こえた。
エレベーターの扉を、閉めておくべきだった。愛美が足さえ止めなければ、十分振り切れたはずなのだが。
まだ登り切っていないが、こちらを見ている男の顔が覗いている。
長門の顔に、面倒臭そうな表情が浮かんだ。
「車のある所まで走れ」
長門は指図する前に、もう走り出している。
愛美は、走ろうとして危うく態勢を崩しかけた。
(全く、忌々しいったらない)
この靴の所為で、愛美は何度スッ転びそうになったか分からない。内心ヒヤヒヤしどうしだったのだ。
「ヒールじゃ走れない」
こうなったら裸足で。
愛美は、文句を言っている場合ではないと、ヒールに手をかけようとした。
長門は、立ち止まって愛美の返事を黙って聞いていたが、戻ってくるなり、
「うわっ、ちょっと長門さん」
愛美を荷物か何かのように肩に担ぎ上げた。
しかも、そのまま走り出す。
「はうっ」
舌を噛むので、黙っているしかない。
長門は、駐車スペースに辿りつくと、一番手近にあったベンツに狙いを定めた。
愛美を下に降ろすと、自分はドアの前にしゃがんで数秒でロックを解除してしまった。
乗り込むと、今度は更にエンジンまでかけてしまう。
愛美は、二人の追っ手の姿を確認してから車に乗り込んだが、長門はそれを待つのももどかしげに車を発進させる。
地上の開口部のシャッターが降りかけていたが、車は余裕でシャッターの下を潜り抜けた。
地上部分のコンピューターを制御していた者達に、ようやく伝達されたのだろうが、全てはもう手遅れだ。




