STEP2 皆殺しのJungle 47
白いシャツの背中に、何度救われたことだろう。
愛美の前にある背中は、決して優しくはないけれど、それでも、危険なものから守ってくれる。
「Hey Nagato.I am honored to meet you. I heard rumors from before.」
(よう、長門さん。お目にかかれて光栄だぜ。噂は前から聞いていたよ)
愛美には、長門という単語しか聞きとれなかった。
英語? それも当たり前なことに気が付く。
よく響くテノールの声は、愛美には年寄りのものか若者のものなのか分からなかった。
長門の殺し屋仲間、いや元仲間と言った方がいいか。
長門は、仲間なんかじゃないと言ったが。
〈Bloody Jack〉血塗れジャック。
ジャックは、Jack the ripperのことだろう。
百年以上前ロンドンを震憾させ、迷宮入りした事件の犯人、稀代の殺人鬼こそが、切り裂きジャックである。
長門は、言葉を発するつもりはないようだ。
愛美は、おずおずと長門の背中から顔だけ出した。
暗がりなので、相手の背格好しか見てとれない。
長門よりは身長は低いが、がっしりとした身体付きをしている。やはり年は分からない。
「Is that girl a hot sweet?」
(その子は新しいあんたの女か)
長門はやっぱり黙っている。
男が愛美の方に顎をしゃくったことからも、自分のことを話題にしたことは分かった。
やっぱり紫苑に英会話を習っておくべきだったと、愛美は思う。
読み書きはそこそこ自信があるが、リスニングは勘弁してもらいたい。あと、話すのも駄目だ。
日常生活の中で、外人さんに道でも聞かれたら、逃げてしまう。
「A Japanese girl is childish」
(日本人の女は幼稚っぽいね)
ニーズ、ガール、ソー、チャイという部分だけやけに耳に着いた。何を言われたのか分からない癖に、愛美はムッとする。
「日本にいるなら、日本語喋りなさいよ。分かんないじゃない」
長門が、何か言いたげに愛美を振り返った。呆れているような感じだ。
そもそも長門が、翻訳してくれないのが悪いのだろう?
愛美は、ハッとして前に目を向ける。
足音一つ立てずに、男は長門の目の前に来ていた。
長門が振り向いた、ほんの一瞬かそのくらいの時間の間だ。
愛美は驚いて、腕の工具をきつく抱き締める。何も手に持っていなかったら、長門の服の裾か何かを掴んでいただろう。
長門は、捩った首を何事もなかったように元に戻す。もちろん、すぐ側まで来ている男にも驚いた様子はなかった。
「This time, it is your loss.」
(今回は、あんたの負けだ)




