STEP2 皆殺しのJungle 36
「ねえ、もういいよ。帰ろう。お家に帰ろう」
扱いかねたように長門は、しゃくり上げて泣いている愛美を見下ろしている。
長門はナイフを下ろすと血を拭うでもなく、刃をしまった。
震えて泣いている愛美に、長門は途惑いながらナイフをズボンのポケットに戻す。
愛美は、お家に帰ろうと子供のように繰り返すばかりだ。
長門は宥めるように、細い肩を抱いて愛美と向き合った。
「泣かなくてもいい。救急車を呼べば助かる。携帯でかければいい」
長門は、どうしていいのか分からないといった手つきで、愛美の頬を両手で挟んだ。
愛美はしゃくり上げながら、長門の手に自分の手を重ねる。
「それがお前の愛し子か」
押し潰したような老人の声に、長門は顔を上げた。
愛美は、長門の手を頬に押し当てたままで、静かに心を落ち着けようとしている。
「愛しい者を奪われた悲しみを味わうがいい」
老人は言うなり、残っていた右手で、落ちたままになっていた杖を掴んで、口を使って杖に仕込んでいた刃を出した。
そのまま、愛美へと突き立てようとする。
愛美は、ようやく危険を察知したらしい。近すぎて、逃げる暇はなかった。
「仕込みか」
長門は何も考えずに、ただ動いた。
一発の銃声で、全ては片がつく。
老人は、衝撃で後ろに吹っ飛んだ。
愛美は感情を押さえて長門の側を離れ、仰向けに倒れている老人に歩み寄った。
長門なら、即死させることも簡単だったろう。老人は、胸を撃ち抜かれて虫の息だ。
「死ぬ前に言うことはある? 無縁仏になりたくなければ、あなたの血縁者に連絡をとってあげるわ」
愛美は、老人を冷ややかに見下ろしていた。
「儂には帝聖、覇王が全てじゃった」
老人は、定まらない視点のままそう言った。
もう見えていないのだろう。
「これが最後よ。誰があなたに事件を起こさせたの?」
愛美は惨い老人の姿からも、目を逸らさなかった。
「知らぬ。そんなことどうでもよいわ」
老人は、その言葉を最後に、ゴボリと血を吐いて事切れた。
――終わったわね。
愛美は、長門を見ないでそう呟く。
長門には車のキィを渡されて、先に戻っているようにと言われた。
老人の始末をつけると言っていたが、愛美はその場に居合わせなかったので、長門がどう始末を付けたのかは知らない。
愛美が車の助手席に深く身体を沈めて、ほんの数分としない内に長門は戻ってきた。
無言で長門は、車を発進させる。
長門のシャツには、血がついていた。
遺体を抱えたかしたのだろう。
死んだ人間の血だと思っても、愛美は気持ちが悪いとは思わなかった。




