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#007「カカオに願いを」

@福井家

――あたしとしては、あれから展開が急すぎて、ちっとも付いて行けてません。えぇっと。結論から言えば、いま、あたしは福井家の使用人部屋にいて、プロポーズされました。そして、オーケーしてしまいました。

これでは、何のことやらサッパリでしょうね。いいわ。順を追って説明してみましょう。全然、気持ちが整理できてないんだけど。

まず、小一時間前に我が家の玄関先に居たのは、彦星さんこと、福井家で執事をしている柳星彦本人に間違いなかったわ。いつものお仕着せではなくて、カジュアルウェアであるという点を除いては。

それから、言葉巧みに誘導されて、彦星さんが運転するツーシーターでココに連れてこられたの。

道を間違えたら分かるから、変な気は起こさなかったみたいだけど、助手席に座っていて、気が気じゃなかったわ。

それで到着してすぐに、書き物机とベッドがあるだけの、この部屋に通されたのよ。いつもの応接間とはエントランスを挟んだ反対側で、半地下に下りたところなんだけど、あまりにも殺風景だから、独房みたいねって言っちゃったの。

いつもみたいに皮肉で返してくると思って、軽い気持ちで言ったんだけど、どうも向こうは気持ちの余裕が無かったらしくて、あからさまに落ち込んでしまったわ。ひょっとしたら、正装でないと攻撃力が下がるのかも、なんてとりとめの無いことを考えてたら、渡したいものがあるって言い残して、部屋を出て行ってしまったのよね。

それから、どうしたんだっけ? あぁ、そうそう。いつまで経っても戻ってこないから、悪いとは思いながらも、部屋の中を探ったんだったわ。

そしたら、何が出てきたと思う? 卑猥な本? うぅん、違うの。まぁ、ある意味では、それより恥ずかしい物ね。

答えは、自作のシシュウよ。ソーイングじゃなくて、ポエムのほうの詩集ね。

濡れ羽のような、つややかで真っ直ぐな黒髪。深煎りしたコーヒー豆のような、ブラウンの瞳。色褪せぬ紅き唇に、陶器のような白い歯。とか、何とか。深夜の勢いに任せて書いたであろう言葉が並んでたの。

案外、ピュアなハートの持ち主なんだと思って、しげしげと読み進めたんだけど、ふと視線を感じて、振り返ったら背後に立つ彦星さんが立ってたわ。

あたしが手にしてるのは詩集だと分かった途端、真っ赤な顔して取り上げようとしてきたから、もう、あらかた読んでしまったわよって告げたら、一気に蒼白になったのよね。

我ながら意地悪だとは思ったけど、おあいこよね。そうでしょう?

さすがに諳んじることはしなかったのは、彦星さんの背後に物見高い人物の姿を認めたからなの。

誰かは、お分かりでしょう? そう。奥様こと、福井恵子夫人よ。

気配に気付いて「ここは使用人の部屋ですから、お戻りください恵子様」なんて言いながら珍しく狼狽してる彦星さんと、「柳が幸子さんにキチンと想いを伝えられるかどうか、この目でしっかり見届けます」と言って譲らない奥様との押し問答は、傍で見聞きして面白かったわ。

結局、彦星さんが折れて、奥様が見守る中、あたしは贈り物と一緒に想いを伝えられて、冒頭の結論に到るというわけ。

彦星さんは隠し通せてると思ってたみたいだけど、奥様には全てお見通しだったみたいでね。

あたしはあたしで、てっきり、彦星さんは、お姉ちゃんが好きなんだと思ってたから驚いてしまって。

だって、これまで何かと機会を見付けては、お姉ちゃんと話をしてたのよ、彦星さん。勘違いしても無理ないと思わない? それが、それらは全部あたしに関する情報を引き出すためだった、なんて言われた日には、愕然とするしかないじゃない。

ハッ。ということは、お姉ちゃんも知ってて黙ってたってことよね? あぁ、何てことでしょう。

姉妹を代表して、あたしに四人分のバレンタインチョコレートを彦星さんに渡させようとした時点で、今回の策略は進行してたんだわ、きっと。そして、ものの見事に術中にはまったという訳ね。こんな幼稚な謀りを見抜けなかったなんて、あたしとしたことが情けない。

でも。

不思議と悪い気がしないのよね。

たとえ、騙された結果だとしても。

たとえ、相手が彦星さんでも。

  *

@三月家

――ここまで日記のつもりで書いてきましたが、どうも恋愛小説のようなものになってしまいましたね。

紙幅の限りとなりましたので、ここで筆を擱きたいと思います。

また今度、どこかでお会いしましょう。

ごきげんよう。


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