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#002「黒柳」

@福井家

ヤナギ「幸子様お一人でございますか。急に配達を依頼してしまい、ご迷惑をお掛けいたしました。お忙しいところでございましょう?」

サチコ「いいえ、お昼間は暇ですから」

ヤナギ「お心遣い、ありがとうございます」

サチコ「あら、本当に暇だったのよ。彦星さんとしては、お姉ちゃんの方が良かったかしら?」

ヤナギ「ハテ。何故、そのように思われるのでございますか?」

サチコ「とぼけちゃって。隠さなくて良いのよ。あたしには、何もかもお見通しなんだから」

ヤナギ「あいにくでございますが、私には心当たりが」

サチコ、立ち上がり、ヤナギの唇に人差し指を当て、口を封じる。

サチコ「ございません、とは言わせないわよ。お互い、ホの字のくせに。素直になったらどうなのよ?」

サチコ、拳をヤナギの目線の高さまで振り上げる。

サチコ「白状しろ、柳星彦。ネタはあがってるぞ?」

ヤナギ「幸子様。何の真似か存じませんが、うら若きレディーが、そのような言動をなさるものではございませんよ。お掛けなさいませ」

サチコ、ソファーに座る。

サチコ「刑事ドラマを観たこと無いのね。スタンドライトとカツ丼とブラインドは、取調べの三点セットなのに。それから。彦星さんと同い年なのよ、あたし。もう、若くないわ」

ヤナギ「そう、ご自身を卑下するものではございませんよ、幸子様」

サチコ「主人に自虐してナンボの使用人に言われたくないわ」

ヤナギ「イヌは、背を地面につけ、腹のうちを見せて服従を誓うものでございます」

サチコ「それ、問題を摩り替えてないこと? 逸らさせないわよ」

ケイコ『柳。柳は、どこ?』

ヤナギ「はい。ただいま伺います。――恵子様がお呼びですので、申し訳ございませんが」

サチコ「はいはい。あたしのことは、あとにしていいから。早く行ってらっしゃい」

ヤナギ「それでは、行ってまいります。今しばらく、お寛ぎになってお待ちくださいませ」

  *

――いつも、ここに通される度に思うことだけど、このソファー、いくらするのかしら。うっかり汚したり傷付けたりしたらと思うと、横になるのは躊躇われるのよね。でも、この手触りと座り心地には、誰もを骨抜きにする快適さがあるのも、否定できないわ。

サチコ「ちょっとくらいなら」

ケイコ「幸子さん」

サチコ、弾かれたように立ち上がる。

サチコ「はい、三月幸子です」

ケイコ「ウフフ、お待たせ。座ったままで結構よ。お疲れでしょう?」

サチコ「いえいえ」

サチコ、両腕をエル字に曲げ伸ばす。

サチコ「オイッチ、ニ、サン、シ。この通り」

ケイコ「無理しないでちょうだいね。まぁ、それだけ元気なら、食欲もありそうね。いま、柳にガレットを焼かせてるの」

サチコ「そんな、お気遣いなく」

ケイコ「遠慮しなくて良いわよ。このあいだ、円満堂さんにレシピを教わってね。お蕎麦の粉だけじゃなくて、蓮根やお芋を使った変り種もあるの。お暇なんでしょう? ゆっくり召し上がると良いわ。積もる話もあるの」

サチコ「ハァ。それでは、いただきます」

――うまく外堀を埋めたな、彦星さん。意趣返しのつもりかしら。狡賢いんだから。あぁ、やだやだ。黒い腹を探るじゃなかった。疑い出したらキリが無いわ。こうなったら、奥様のマシンガントークをビージーエムにして、卵と牛乳が無くなるまで食べ尽くしてやろうっと。


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