#000「お近づきに、自己紹介から」
――みなさん、はじめまして。オホン。白紙にペンで書き初める瞬間は、誰でも緊張するものですわね。あたしの名前は、三月幸子。フルネームは、幸子=ジョセフィーン・三月。英国人で童話作家の母と、日本人で挿絵画家の父を持つ、四姉妹の二女です。四女が成人してから両親はカコーディーで暮らしていますが、姉妹四人は芦屋に住んでいて、苦楽園で舶来の食品や雑貨を販売するお店を切り盛りしています。
ここまでデスマス調で畏まってみたけれど、肩が凝りそうね。ここからは、普段の調子で書こうかしら。あら、雪ちゃんだわ。
ユキコ「幸子お姉さん。いま、何を書いているの? 新しい小説でも思い付いたの?」
サチコ「ただの日記よ。それより、何か御用?」
ユキコ「妙子ちゃんを見なかったかって、お店の鶴子お姉さんから電話があって」
サチコ「あら。この時間、妙ちゃんはお店番をしてるはずじゃなくて?」
ユキコ「そうなんだけど、向こうには居ないらしいのよ」
サチコ「また、どこかへ遊びに出掛けちゃったのかしら。店を空けるなら、そう言ってくれないと困るのに、ねぇ?」
ユキコ「本当。妙子ちゃん、どうしたのかしら」
サチコ「心配しなくても平気よ。その辺をフラフラして、気が済んだら戻ってくるわ」
ユキコ「そうかしら?」
サチコ「そうよ。あたしも時々、アイデアに詰まると近所を散歩するけど、それと一緒よ。それじゃあ、お店は今、お姉ちゃん一人なのね?」
ユキコ「そうなのよ。だから、これからお店に行こうと思って」
サチコ「それなら、あたしが向かうわ。雪ちゃんは留守番してなさいな」
ユキコ「ありがたい申し出だけど、幸子お姉さんは日記を書かなきゃいけないのではなくて?」
サチコ「気にしなくて良いわよ。こんなもの、いつでも良いの」
ユキコ「そう。それじゃあ、お願いするわ」
――ここまでで、おおよそ見当がついたでしょうけど、あたしたちの名前は、かの有名な文学作品にあやかって付けられたの。それも、欲張りにも二つの作品から。
そして、お店の名前にも、その二作品のタイトルが隠れてるんだけど、それは、また今度。




