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三日月を背に

 監視役である銀は、犬の姿をした使い魔だ。


 なので普段から一緒に過ごす以上、銀を捨て犬を拾ったという体で飼わなくてはならない。銀が言うには姿を消すこともできるらしいが、それでは何かと不便も多い。


 餌はどう調達するのか、とか。


 家や部屋の出入りが自由に出来ない、とか。


 銀と話しているのを家族に聞かれた場合に言い訳が出来ない、とか。


 そう言った諸々の事情を解消するために、母さんの許可は必要不可欠だ。だが、捨て犬を拾ったから飼わせてくれと言って、はいそうですかと二つ返事で許可してくれるとは限らない。むしろ、ダメだと突っぱねられることのほうが多いだろう。


 だが、そんな心配を余所に、意外にも母さんは飼うことを許可してくれた。


 初めは難色を示していた母さんも、銀を持ち上げて突き出してやるとコロッと落ちたのだ。パグの意外な愛嬌は、人を騙すのに打って付けということらしい。


 ともかく、こうして銀との共同生活が始まった訳だけれど。その日々は寝る間もないほど忙しいものとなった。


「そこの角に一匹、その先に二匹だ」

「了解」


 三日月が空の一番高くまで昇った頃、俺達は夜の街を駆け抜けていた。


 目的は勿論、妖怪退治だ。銀の嗅覚を頼りに妖怪を探りあて、それを次々に捕食する。これは狩りでもあり、如月組の一員としての活動でもある。そのため、生命力と給料の両方を同時に得られるとても割の良い仕事となっていた。


 因みに給料は完全歩合制で、小物の妖怪は一体につき五千円となっている。倒した数の証明は、銀がしてくれるらしい。つまり銀がいないと給料が発生しないということだ。


「ふぅ……結構、遠くまで来たな」


 小物の妖怪を狩り続けることしばらく、移動しっぱなしだった俺達は家からかなり遠くにまでやって来ていた。ここから家に戻るまで結構な時間が掛かりそうだが、まぁ大丈夫だろう。


 狩りにいく口実として銀の散歩と言い訳してある。多少、帰りが遅くなっても銀がぐずったと言えば怪しまれないはずだ。


「坊主、次はあっちだ」

「あっち……って、まさかここを上るのか?」


 銀が指し示した方向に目を向けてみると、目を逸らしたくなるような現実があった。


 なにかと言えば、階段である。果てしなく上に伸び、数え切れないほど積み上がった、心臓と足を壊しにかかる凶悪な段差だった。長距離を移動したと思ってはいたが、住宅街を離れて山の入り口にまで差し掛かっているとは思わなかった。


「うへぇー、見上げてるだけで心が折れそうだ」

「なに言ってやがる。疲れ知らずだろ、その身体は」

「そうだけどさ。心はまだ人間なんだ、言葉の一つも漏らしたくなるんだよ」


 ノーライフは無機であって、生き物ではない。それ故に、疲れを知らない。いくら動いても疲れないし、息切れもしない。そもそも呼吸すら、本来なら必要ないのだ。ただ生前の習慣がそうさせているだけで、止めようと思えば幾らでも止められる。


 だが、忘れてしまいそうで。いつか息の仕方すら分からなくなりそうで。だから、俺は呼吸を止めないでいる。


「うだうだ言ってねーで行くぞ。ここで最後だ」

「わかったよ。あー、心が重いったらありゃしない」


 重い心とは裏腹に、階段を上る足取りは軽快だった。


 走っても走っても、駆け上っても駆け上っても、疲れない。それは未知の感覚で慣れないが、便利であることに変わりはなかった。階段に足をかけるまで重かった心も、中腹まで上った頃には軽くなっていた。


 案ずるより産むが易しって奴だ。


「……妙だな」


 しかし、そんな心をまた重くするような言葉を、銀が口にする。


「妙って?」

「臭いが消えた。俺達が追ってた奴のだ」

「消えたって、何処にだよ」

「それを今から調べるんだよ。ここからは走るな、周りを常に警戒しろ」


 にわかに張り巡らされる警戒の糸。銀が作る空気に呑まれ、俺も周囲に注意を向けた。


 夜風に揺れる枝葉の音や、自分の足音まで耳に届くよう神経を研ぎ澄まし、一段一段と階段を上っていく。俺の目や耳からは警戒に値する何かは感じ取れない。だが、銀は違うようで山頂に近付くたびにその表情を険しくしていった。


「さて、ついに終点が見えた訳だが……」


 階段の果てにあったのは、聳え立つ大きな鳥居だった。


 ここまで特に異変はない。何の変哲もない、強いて言えば夜特有の気味の悪さ以外には何もなかった。けれど、取り越し苦労に終わる、ということは銀の表情からして有り得なさそうだ。


 今にも何かに襲いかかりそうな凶悪な顔をしている。あのとき感じた愛嬌はどこへやらだ。


「行くぞ、何時でも戦えるようにしておけ」


 銀を先頭にして臨戦態勢を整えながら鳥居を潜る。


 鳥居の先には拝殿と本殿があり、そこへと続く長い参道がこの境内の広さを物語っている。その中央、一際目につく場所にそれはあった。神聖なこの場所を赤く穢し、その中に沈む一匹の妖怪。まるで斬り捨てられたかのように息絶えた、屍だ。


「おい、銀。臭いを追ってた妖怪ってのは」

「あぁ、あれで間違いねぇ。しかも、先までさっぱりだったのに、今では嫌ってほど臭いやがる。ここの鳥居を潜ってからだ」


 臭いが鳥居で遮断されていた? いや、それを言うなら境内全体で考えるべきか。どうしてなのか理由はわからないが、境内から外に臭いが向かわないようになっていた。つまり中の情報が、すこしも外に漏れ出ないようになっていた訳だ。


 銀の嗅覚でも感知できなかったのは、妖怪が境内に入り込んだから。


 だとすると、ならどうしてあの妖怪は死んでいる? 見たところ刃物で斬り裂かれている。妖怪同士の争いに負けたにしては、傷口が真っ直ぐすぎて人工的すぎる。同業者がやったのか? いや、それなら銀が反応しない訳がない。


「不味いな。坊主、引き返――」

「――そうは行かない」


 声。俺でも銀のものでもない第三者の声が響く。


 瞬間、身体が無意識に動き、参道を蹴って退避する。直後、目で捉えきれないほど素早い何かが、今まさに自分が断っていた場所に飛来する。それは紛れもない殺意を持った一撃。大気を振るわせるほどの振動と音が同時に押し寄せ、何かは地面を著しく破壊した。


「坊主!」

「あぁ! 無事だよ」


 退避した先、参道を離れた砂利の上でそう返事を返す。


 今の攻撃、当たっていたらと思うとぞっとしない。妙に身体が素直に動いたが、今はそんなことはどうだっていい。問題は、今の攻撃を誰が放ったかだ。境内に何者かの姿はなかった。今もそれは変わらない。


 しかし、気が付く。一つの影に。


 参道付近にある、一つの影。あるはずのない、出来るはずのない場所に、影がある。それが意味するのは一つ、俺は急いで顎を持ち上げて視線を上へと向かわせた。そして、視界に捉える。


 真っ黒な翼を。


「鴉天狗か」


 鴉天狗からすてんぐ


 それは山伏装束を身に纏う、一つの黒翼を有する者。


 その鴉天狗が黒翼を広げ、三日月を背にしていた。

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