道との遭遇
「『午後には用事済ませて戻るからフォローよろしく』っと。」
「…ってもダラダラしてるだけだけど」
そう呟いて商店街の店先に置かれたままになっているベンチに座りシャッターによっかかる。
「まーたウチの前でダラダラしやがって。そんなんで良いのか?仮にも受験生だろうに。」
声が聞こえて俺は振り返る。
「良いんだよオッサン。運動会迄は受験生扱いされないし、第一今学校でやってるのは選択授業。出席は取られやしないさ。言うならば受験生(仮)って奴だわ。」
おどけた風に言ってやる。
「で、その受験生(仮)さんがなんでまたウチなんかに居るんだか。おめぇさんに売るようなもんは入荷してなかったはずだがね。」
オッサンがとぼけた風に言うがこちとらしっかりと情報を握ってきてるんだよ。
「そりゃあ、昨日本屋からスキップしながら出てきたの見りゃ新刊買ったのなんか丸わかりだし。」
「まだ読み終わってねぇから帰れよ…」
ガックリと肩を下げつつもオッサンは追い出すそぶりは見せず、シャッターを上げる。
未だ手動も多く残っているこの商店街のシャッターだが、昨年換えたという電動シャッターの緩やかさと多少のガタつきを含んだ動作が開店待ちの客を焦らす。
完全に上がりきったシャッターの先にあったのは、棚に整列された雑貨類。
どれも傷や汚れがついて見た目はあまり良くないと思えるし、そのくせヤケに高い。
当然客なんて全然来ないのだが、オッサンは気にしていないようだ。
彼曰く「なんか秘められた力とか持ってそうな物売ってみたいじゃないか」とのことらしい。
実際(自称)常連の俺ですら、オッサンの本が目当てで来ているだけだ。
正直、どうして潰れないのかが不思議な所なんだよな…。
棚の隙間を縫って店の奥に進むと、昨日までは見なかった雑貨屋に似合わぬ四角い箱が。
「お、これは?」
「流石に気が付くか。駅前のゲームセンター、先週潰れたろ?それで廃棄されそうになってた奴1個格安で引き取ったのよ。」
そう言って、オッサンはさも大物を釣り上げたかのように誇らしげにしている
「引き取るのなら対戦格闘にすりゃいいのに。」
オッサンがコンセントにケーブルをさし、箱に灯りが灯る。
「馬鹿いえ。最近のは基本的にメーカーとの期間貸しが多いんだ。回線代も馬鹿にならんし、こういう店に置くならUFOキャッチャーで十分よ。」
そう言って起動しきったUFOキャッチャーを叩く。
「安全装置起動しちまうわ。…んで、このぬいぐるみの上に鎮座してる箱は?」
「よく聞いてくれた。これはなぁ…」
そして、古物自慢が始まる。
「…いや、どーせまともに聞かねぇだろお前。」
「へぇへぇ、大層珍しいものだったんでしょうねー」
どうせいつもの様にそれっぽいこと言われて騙されたのだろうし、興味なんて無い。
「で、お客様には本は貸せるが冷やかしにゃあ貸せないんだわこれが。」
あー、そういう事ね。やれと。
「はいはい、やりゃーいいんでしょやれば。」
「おい、ちょっと待て。」
明らかにやる気のなさそうな俺を見かねたのか、それともあからさまに興味のなさそうな態度をされたのが癪に障ったのか腕を突き出しピースしながら条件を加えて来た。
「もし箱が取れたら2000円やる。取れたらな。」
オッサンが意味ありげな笑みを浮かべるのとほぼ変わらないタイミングで俺は財布から100円を取り出し筐体に入れ、ボタンをめいいっぱい押して最奥の箱を目指す。
が、アームを進めてすぐに異常に気づいた。
「!ッ、オッサン!」
「取ってみろよ。届くならな」
腹を抱え右へ左へと笑い転げ回るオッサンとは対照的に右にめいいっぱい進んだUFOは未だ箱と同じ直線上には居らずアームを伸ばしても届きそうに無い。
「それなら…」
箱を直接狙うのをやめ、土台となっているぬいぐるみを狙う。
「ぬいぐるみ狙いか?」
そう尋ねたおっさんに不敵な笑みで応え、
箱の少し手前で止まったUFOはそのアームにぬいぐるみの首を引っ掛ける。
土台となっていたぬいぐるみを引き抜かれた箱は重力に従い傾くと共に、ぬいぐるみの斜面を転がるが、落ち切る前に穴にかかりながらも止まってしまう。
「あぶねぇあぶねぇ。ただ、この筐体一人ワンプレイ迄だから2000円はあえなく…」
「汚ねぇぞオッサン!!」
その時、ぬいぐるみがアームから外れて真下の箱に当たる。
ギリギリで保たれていたらしいバランスが崩れて箱が穴へと落ちていく。
「いよっしゃああああっ!!」
「なんつー強運だよお前。…しゃあないからさっさと箱寄越せ。」
「はいはい。俺も要らんわこんなガラクタ。」
筐体下の取り出し口から箱を取り出す。
箱は1辺15cmほどのサイコロの形を取っていて取り出し口に引っかかることもなくそれを取り出すが、その途中で突然の痛みを感じた。
「痛っ、おいオッサン!」
「なんだよ、今日はよく怒鳴られる日だな。俺の鼓膜が破けたらどうしてくれるんだよ」
店の奥へ去ろうとしていたオッサンが振り返りもせず
「トゲがあるならあるって言えよ。刺さったじゃねぇか。」
「そんなトゲあったか?見せてみろ。こっちも商品に血が付いたらかなわん。」
「ほらここだって。」
そう言って差し出した右手からは少量ながらも確かに血が流れ、指から零れ落ちていた。
「大した傷じゃないし後で消毒してやるよ。それで?箱には血を付けてないだろうな?」
よっぽど俺より箱が大事なようで、心配そうに大樹の後ろの箱を見る。
「血が出始めてからは触ってねぇよ。」
「ならいい。ほらさっさと2000円と交換してやるからこっちに寄越しな。」
…たまにはオッサンをいじめてみていいんじゃないか?
大樹はちょっとした悪巧みを思いつく
「あー箱に血が付いちゃったー。これはしょうがないなー。責任もって俺が引き取らないとなー。2000円なんかに替えてもらえないだろうなー。」
今年に入って一番の棒読みとわざとらしい動きで箱を血がついた右手で触る。
「っ!お前なぁ!?」
「てことで2000円と交換しない方針で。」
そう言うと満面の笑みで箱を自分の後ろに隠す。
「くっそ…こいつに面倒なもん渡すんじゃなかった。こういう時のお前、本当に冴えてんだからなぁ…。不思議と輝いて見え…………ん?お前なんか輝いてるぞ?」
やらかした、と言った表情のオッサンが俺の方を見て固まる。
「オッサン。いくら俺が輝いてるからと言ってそこまで褒めなくても」
「いや、物理的に輝いてる。いや、箱が光らせてるぞ!?」
そう言われて後ろを振り向くと箱から光が伸び、こっちを照らしていた。
まるでスキャンしているように。
「お、おい!どこがガラクタだよ!?完っ全にハイテク機器じゃねえか!」
「し、しし知らねえよ!実際に知り合いが釣ってきただけなんだよ!見た目木の箱だしそんなんだと思わねえだろ!つーか本音漏れてんぞ!!」
「とりあえずなんとかしろよオッサン!」
「そう言われても大樹にも無理だぞ!!」
突然の発光に慌てふためく大樹達の後ろで箱が発光をやめる。
「オッサンこれさ、収まったと思うか?」
「わからん。単純になんかの機能の待機してるだけの可能性もある。」
「もし、そこに誰かいませんの?」、
「「!?」」
突然聞こえてきた声にふたりが箱から後ずさる。
「居るようですわね。どういったでして?」
どう反応していいかわからず、とりあえず小声で相談し合う。
(オッサン、これどうするよ。)
(知らねー。持ち主お前なんだしお前が受け答えしろよ)
(オッサンさっきまで散々所有権主張してた癖に!……はぁ、いいよ。俺が行く。)
「そっちこそ誰だ?」
「私は精霊。崇めるといいですわよ?」
突然出てきた「精霊」という単語に大樹達は会議を再開する。
(おい、精霊とか出てきたぞ電波か?それとも中二病か?それ以前にあれ電話でいいのか?)
(いや待て。あんなモン見たことないし、精霊だなんてぶっ飛んだウソをつく奴がいると思うか?本物の可能性を追ってみてもいいんじゃないか。証拠を出させろ。)
(了解。)
「こ、こっちは精霊なんか見たことも無いんだ。証拠を見せてくれないか?」
見たこともない物に話しかけられた動揺か、小声で話し続けた反動か、声がうわずる。
「いいですわ。」
その声がすると同時に箱が弁当箱のように中ほどから開き、中から円盤状の光の板が浮かび上がって直径1m程に広がって浮いたまま静止する。
「これはあなたの世界と私の世界をつなぐ門の様な物ですの。マスターはこれを通ればこちらに来れますのよ?」
((おいおい、マジかよ。))
笹塚大樹17歳。
高校も最後の年にして、彼の日常は大きく変わっていくこととなる。