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妖奇譚

座敷童子

作者: 羅志

 私が住んでいるのは、田んぼと畑に囲まれている田舎で、近所には、古くて大きな家があった。その家には年を取ったお爺さんとお婆さんが住んでいて、よく近所の子供と遊んでくれていた。かくいう私も、二人に遊んでもらっている子供の一人。

 なんでも、二人は昔から子供好きで、近所の子供とよく遊んでいたのだとか。父も二人に遊んでもらったことがある、と言っていた。


 そんな二人の家には、小さな、そして不思議な男の子が住んでいた。

 男の子の名前は知らない。あまり話をしたこともない。ただ、男の子は気付いたらお爺さんとお婆さんに遊んでもらっている私たちの傍にいて、一緒に遊んでいた。お爺さんたちはその男の子を私たちと同じように可愛がっていたから、その男の子が誰なのか、気にする子もいなかった。

 男の子はいつの間にか傍にいて、いつの間にかいなくなる。そして着ている服は洋服ではなく縞模様の、黒っぽい着物。あと、髪がおかっぱだった。男の子にしては珍しくて、私はその子のことをしっかり覚えている。

 彼は本当に不思議な男の子だった。誰かが転んだとき、彼がその傷のところを撫でると、どういうわけか痛みが引いた。泣いている子供と一緒に泣いていたと思ったら、突然きゃっきゃと無邪気に笑い出したり。

 お爺さんとお婆さんはあの子のことを、とても大切にしていた。あの子と仲良くね、とも言っていた。私たちにとってはあの子も大切な友達の一人だったので、皆仲良く遊んでいた。

 鬼ごっこ、縄跳び、ベーゴマ、カルタ、手遊び、お手玉。

 そんな、古臭い、と言われてしまうような遊びばかりしていたけど、すごく楽しかったことを覚えてる。




 けれど私はある日、両親の仕事の都合で引っ越すことになった。

 本当は引っ越したくなかったけど、ワガママなんて言えるはずもなく。

 友達とは手紙のやり取りをする約束をした。お爺さんたちは、いつでも遊びにおいで、と言ってくれた。


 引っ越した先はいわゆる都会で、田舎暮らしの私にとっては色々と大変なことが多かった。

 私にとっての当たり前がまわりに通じなかったり、逆に周りの当たり前が私に通じなかったり。

 私は都会に慣れることに必死になって、田舎の友達とはあまり連絡を取れなくなった。

 あの不思議な男の子のことも、いつしかするりと、記憶から抜け落ちてしまった。



 都会で暮らし始めて、数年。私は修学旅行で都会に訪れた田舎の友達たちと再会した。

 すごく久しぶりで、会話が弾んだ。

 元気だった? 今どんな暮らしをしているの? そっちじゃどんな感じ?

 そんな、たわいも無い会話の中で、友達の一人が言った。


 あのよく遊んでくれていたお婆さんが亡くなったと。今、あの家はお爺さんだけが暮らしていると。そのお爺さんも病に罹っており、長くはないと。


 そう言われて、はて、と心に何かが引っかかった。なんだっけ、と考え、すぐに理解した。

 そして私は尋ねた。


 あの男の子、お爺さんと一緒じゃないの?


 今度は、友達たちがはて、と首を傾げる番だった。

 あの男の子って誰? そんな男の子いたっけ? あの家って、お爺さんとお婆さんの二人暮らしのはずだよ。

 告げられた言葉を、私は理解することが出来なかった。だって、その言葉を理解するということは、あの子は最初から存在しなかったということだから。…私は、幽霊か何かと友達だった、ということだから。




 少しして、長いお休みになった時、私は両親に一つお願いをした。あの田舎に行きたい、と。両親には友達と偶然出会ったことは話をしていたので、その時聞いたお爺さんのことが気になった、と素直に言った。あとお婆さんにお線香をあげたい、と。

 両親はその意見に賛同してくれても、お休みの間に私たちは田舎に戻り、お爺さんの家へとやってきた。

 お爺さんの家にはお爺さんの息子であるというなんだか怖い男の人がいた。その人はあまりお爺さんとは仲が良くないみたいだった。お見舞いにきた私たちを見て、すごく鬱陶しそうな顔をしていたから。


 お爺さんは布団に横になっていて、すごく具合が悪そうだった。お爺さんの枕元にはあの男の子がいて、私は思わず、あ、と呟いた。

 男の子は私を見て、なんだか驚いたみたいに目を丸くしたけれど、すぐににっこりと私のよく知る笑顔を見せて、ぱたぱたとそこから立ち去った。

 お爺さんはお見舞いにきた私と両親に、よく来たね、と微笑んでくれた。病気で苦しいだろうに、にっこりと、私たちのよく知る笑顔で。

 お爺さんはたくさんのお話をしてくれた。遊んではあげられないから、と。そんなこと気にしなくてよかったけれど、久しぶりにしたお爺さんとの話は、すごく楽しかったことを覚えてる。

 両親がお爺さんとお話している間、私はあの男の子の姿を探した。でも、男の子はどこにも見当たらなかった。

 その日、お爺さんたちの家から帰るまで探していたけれど、男の子は結局見つからなしまま。

 両親に男の子のことを話したけれど、両親はそんな男の子見ていない、と言った。


 田舎から帰る車の中、お爺さんの家の近くを通った。

 その時見えたものに、私は思わず、あ! 、と大きく声をあげた。

 両親がどうしたのと声をかけてきて、私は素直に見たものを話した。


「あの男の子がいたの。しましま模様の着物じゃなくて、赤い着物を着てたけど、あの子だった。あの子、お爺さんと手を繋いで、どこかに行っちゃった」






 その数日後。私の家に、一つの連絡が来た。田舎の友達からだった。

 お爺さんが亡くなった、と。そして、あの大きな家に雷が落ちて、燃えてしまった、と。家の中にはお爺さんの息子さんがいて、一緒に燃えて死んでしまった、と。



 それからまた、数日。

 私は両親とともにお爺さんとお婆さんのお墓にやってきた。二人にお世話になったいろんな人たちが、二人のお墓にお線香をあげていた。

 お線香をあげて、帰る時。お線香を上げていた誰かが、呟くように言った。


「あの家には昔から座敷童子がいるっていう噂があったんだ。だからあんなに古くても、立派な家だった。皆幸せに暮らしていた。…でも、今回雷が落ちて燃えてなくなってしまったのは、きっとその座敷童子があの家を立ち去ってしまったからなんだ。あのお爺さんたちはとても優しい人だったけれど、息子さんのほうはあまり良い噂は聞かないから、きっと座敷童子がそんな人を幸福にはしたくなったんだよ」


 …と。






 私が見たあの男の子。お爺さんと手を繋いで、何処かへ行ってしまった男の子。

 着物を着て、おかっぱ頭の男の子。


 もしかしたらあの子が、座敷童子だったのかもしれない。


 座敷童子は、お爺さんと一緒に何処かへ行ってしまったんだ。



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