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七音目

 ソプラと手を繋いで歩くテナーを、トリオンが恨めしそうな目で見る。


「これから依頼をやろうって言うのに、仲良しこよしってか?」


「もう、いちいち突っかかってこないでよ」


 「はんっ」とトリオンが馬鹿にするような笑いをテナーに向けたが、テナーはそれを無視する。


「この辺が依頼にあった場所ですね」


 パカートが立ち止まりそう言ったところで、テナーとトリオンが向かい合い、にらみ合う。


「勝負は二対二。この付近で急増したって言う一角兎を多く倒した方が勝ちな」


 意気揚々とトリオンが言う後ろでパカートが「せこいなぁ」と呟くが、テナーはその言葉など耳に入っていないようで「分かった」と短く返した。


 「それじゃあ、スタート」とトリオンが走り出す。先を越されたテナーも負けじと走り出そうとしたがソプラがテナーの手を引いてそれを拒んだ。


 テナーが出鼻をくじかれた心地がしながらもソプラの方を向くと、フードの向こうソプラが戸惑っている様子がうかがえる。


「ソプラどうしたの?」


 すぐにテナーが問いかけると、ソプラはテナーの手を取りゆっくりとその手に指で文字を書き始めた。


『テナーは歌姫が歌わなくなった事、どう思ってる?』


「えっと、それって今答えなくちゃ駄目?」


 ソプラの様子と、今の状況と、ソプラの言葉と上手く繋がらないテナーが困ったように尋ねると、ソプラは短く『駄目』と書く。


 ソプラってこんなに我がままだったかなと、テナーは心の中で苦笑いを浮かべつつオフィスで考えていた時の結論を口にした。


「今の状況については何となく歌姫が気の毒な気がするんだけど、俺としては歌わなくなってくれてよかったかなって思うかな」


『どうして?』


「たぶん、歌姫が歌うのを止めなかったら折角演奏者になれたのに俺の出番は全部ルーエに盗られていただろうし、ソプラとも出会わなかったような気がするんだよね。


 そうだとしたら俺は今でも村から出ていなかったとも思うし」


 「こんな感じで良い?」とテナーが尋ねるとソプラは神妙な顔ででもゆっくりと頷く。


 それを見て安心したテナーはそのままの流れと言う事でソプラに尋ねる事にした。


「ソプラはどう思っているの?」


『歌姫なんて最初からいない方が良いと思ってた』


「あ、えっと……」


 ソプラの否定的な答えにテナーは先ほどのパカートの言葉を思い出して何か取り繕おうと声を出す。ソプラはそんなテナーを見て少し楽しくなったのか控え目に笑ってさらに言葉を続けた。


『モンスターに襲われてもう駄目だって経験もしたし』


「えっと、うん。そうだよね」


『でも、今はちょっとだけ良かったと思ってる』


 返す言葉も見つからずに俯いていたテナーが、ソプラのこの言葉にその顔を上げた。


 テナーの目がソプラの顔を捉えた時、ソプラは嬉しそうに笑っていて、テナーが「どうして?」と尋ねるとその顔のまま『ひみつ』と返す。


『ほら、早くしないと勝負に負けちゃうよ?』


「それはソプラが……」


 ソプラの言葉にテナーが呆れたようにそこまで言ったが、ソプラが被っているフードの向こうにちらっと楽しそうな顔が見えた瞬間言おうとしていた言葉をすべてリセットして「そうだね」と返す。


 それから、ソプラの手を引いてトリオンとパカートを追いかけた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 テナーが二人に追いついた時、トリオンとパカートはちょうど三匹ほどの一角兎と対峙していた。


 トリオンが前衛でパカートが後衛。トリオンが高々と右手を天に突き出したかと思うとその手に現れたのは黒で染められたカスタネット。よく見ると左手にも同じようなものを持っている。


 同じくしてパカートが伸ばした左手にパカートの身長と大して変わらないほど大きいコントラバスが現れた。その後で腰に吊り下げていた水筒を三つ地面に置く。


 いったい二人がどのように戦うのか気になったテナーは敢えて黙って二人を見ていることにした所、トリオンに気が付かれたらしく「そこで見てろよ」と言われてしまった。


「言われなくても」


 テナーがそう返すのを待たずにパカートがコントラバスの弦に弓をつがえる。それから唸るような低い音を奏で始めた。


 音に合わせて変わるのは水筒の中の水。支えてくれるような低い音に合わせながらゆっくりと、しかし着実にその形を変える。


 しかし、その音に反応して兎モドキがその鋭い角を向けながら二人に向かって走り出した。


 そこでようやくトリオンが動き出す。パカートのコントラバスと比べると幾分も高く短いカッと言う音を鳴らすと、走りくる兎の目の前に火花が散った。


 その火花に驚いた兎が急ブレーキをかけるように足を止める。その隙を見逃すことなくテナーの飛ばす炎よりもゆったりとしたパカートの水が兎に襲い掛かった。


 その水はかなり圧縮されているらしく、その見た目に反して兎が飛んで行く。


 その間、トリオンのカスタネットがパカートのコントラバスの拍を取るようで別々の楽器のはずなのに一つまとまりのようにテナーは感じていた。


 感心するテナーをよそに、トリオンが次の獲物を探し出した所でテナーも慌てて一角兎を探し始めた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 日が傾き始めた頃、四人は倒した証となる角を持ってオフィスに戻った。


 テナーは角を持って帰らなければならない事――正確には倒したと言う証拠だが――を知らなかったが、呆れたトリオンに教えられ感謝半分気に食わなさ半分で兎の角を折っていた。


「皆お疲れ様。遅かったね」


「誰かさんが依頼の基本すら知らなかったからな」


「だから悪かったって言ったでしょ?」


 帰って来て早々いがみあう二人にスターレは呆れたように「はいはい」と手を叩く。


 それから「勝負はどうなったの?」と尋ねた。


「それを今から確認するんだ。まあ、オレの勝ちは目に見えてるけどな」


 「ほらよ」と言ってトリオンが手に持っていた革の袋をスターレに渡す。それを真似てテナーも持っていた角が沢山入った袋をスターレに渡した。


 受け取ったスターレは一度カウンターの向こうに引き上げると数を数える。


 それから、勝ち誇ったような顔のトリオンとむすっとしたテナーに迎えられながら帰って来た。


「それで、結果は?」


「同数」


「はあ?」


「だから引き分けだって。どっちも倒した数は九匹」


「それなら僕たちの負けですね」


 結果を聞いてあっさり引き下がったパカートにトリオンが「何言ってんだよ」と噛み付く。


 テナーも勝ちを譲られたような気がして納得が出来ないと「どういうことですか」とパカートの方に歩み寄った。


「テナー君の方はテナー君一人で戦っていたみたいですからね。どう考えても僕たちの力不足でしょう」


「ちょっと待てよ。二対二って言っただろその後ろの奴が……」


 言いながらトリオンがソプラに掴みかかろうとするのでテナーが間に割って入る。


 その時にソプラが被っていたフードが脱げた。それと同時トリオンが顔を真っ赤にして固まる。


「あら、可愛い」


 カウンターの向こうから様子を眺めていたスターレがぽつりと感想を漏らす。


 それが解呪であったかのようにトリオンが動き出した。


「分かった、オレの負けだ。歌姫の件も取り消す。でも勘違いするなよ?


 これは全部、ソプラさんに免じてだからな?」


「えっと、急にどうしたの?」


「それじゃあ、オレは帰る」


 テナーの言葉を無視するようにトリオンがオフィスを後にする。


 何が何だかわからないテナーがフードを被り直していたソプラの方を向くと、ソプラも首を傾げた。


 呆けている二人にスターレは「はい」と報酬の入った袋を渡す。


 戸惑いながらもテナーがそれを受け取るとスターレは満足したように笑ったが、何か思いついたように口を開いた。


「そう言えば君達いつまでここにいるの? ずっとって事はないんでしょ?」


「あ、えっと。ちょっと待っててください」


 急な質問にテナーはそう返すと、ソプラに「どうしたい?」と小声で尋ねる。


 それに対してソプラが『早く次に行きたい』と書いたので、テナーは頷いてスターレの方に向き直した。


「この後、買うものを買って明日の朝には出発しようと思います」


「そっか。トリオン君も可哀想に」


 そう言って笑うスターレにテナーは首を傾げる。


「じゃあ、僕が彼に伝えておきますよ」


「よろしくお願いします。流石にトリオン君もいつの間にか敗れたなんて知れたら落ち込んじゃうと思いますし」


「それでは、善は急げと言いますし僕は先に失礼しますね」


 そう言ってオフィスを去るパカートを残りの三人で見送る。


 その姿が見えなくなったところでテナーがスターレに声をかけた。


「どういう事だったんですか?」


「んー……少年の青春……って所かな」


「それってどういう事なんですか?」


 まるでわけのわからないテナーが尋ね返してもスターレは「あと何年かしたらテナー君も分かるかもね」としか答えなかった。


 これ以上聞いても仕方がないと判断したテナーは折角なのでと、別の話題を振る。


「ところでスターレさんは星について何か知りませんか?」


「星って言うと、一年前に降ったって言うあの星?」


「その星です」


 テナーの言葉にスターレがカウンターを指でコツコツと叩きながら考える。


「東西南北と中央に落ちたらしい、以外の事は……」


「やっぱり五か所なんですね」


 当たり前のように言ったスターレにテナーが納得したような声を出す。


 同時にそんな基礎的な情報すらまともに伝わっていなかったアパの村の田舎加減に心の中で苦笑いを浮かべた。


 それからスターレは思い出したかのように「あっ」と漏らす。


「そう言えば東領のリュミヌって所で以前星を探す依頼があったって聞いたことあるかな。


 一応この町でも中央からのお達しで星の情報を持つ人を探していたんだけど、結局わからなくて忘れてたわ」


「リュミヌ付近に星が落ちたんですか?」


「少なくとも闇雲に探し回るよりかは情報があるかもって感じだろうね。依頼が達成されたって話は聞かないから、リュミヌ付近に落ちたって話もガセかも知れないよ」


 例えその情報が間違っていたとしても、他に情報がない今そのリュミヌと言う町に行ってみた方が良いかと思いテナーはスターレに問いかけた。


「ここからリュミヌってどれくらいかかりますか?」


「確か、東領の中でも少し南寄りだったはずだから……歩いて丸一日って所かな。朝早く出たら日が暮れるまでにはたどり着くと思う。


 所でテナー君たちは何で星を探しているの?」


「えっと、それはソプ……」


 ラが星を探しているって話だからです。とテナーが答えようとした途中で、ソプラがテナーの服を引っ張る。


 どうしたのだろうかと思ったテナーがソプラの方を見ると、ソプラがぶんぶんとフードを横に振った。


「そぷ?」


「あ、いえ。特に目的がある旅じゃないので、ちょっと面白そうだなって思ったんですよ」


「宝探しみたいなものね。この辺なら大丈夫だと思うけど、北とか西とかに行くときは気を付けた方が良いよ?」


 ソプラには何か事情がある。流石にそれくらいは了解しているテナーなので、ソプラの行動が自分が星を探していると言う事を知られたくないと言うことくらいは分かった。


 ゆえに何とか言葉を変えた所、気になる言葉をスターレが口にしたのでテナーがさらに言葉を返す。


「やっぱり北とか西って危ないんですね」


「あたしも噂程度にしか聞いてはいないんだけど、南や東に比べるとモンスター被害が大きいみたい。ついでに、一番被害がないのがここ南領なんだけどね。


 でも、南領でも西の方は危ないから気を付けてね。領主様の兵がそっちに全部回されるくらいらしいから」


「分かりました。ありがとうございます」


 テナーはそう言って頭を下げると「それじゃあ、失礼します」とソプラを連れてオフィスを後にしようとする。


 そのテナーの後ろ姿にスターレは「またね」と声をかけた後、ふと思う事があって言葉を追加した。


「そうだ、明日出発する前に一度ここによってくれないかな?」


「えっと、良いですけど……どうしたんですか?」


「あんまり時間はとらせないから」


 テナーの問いに全く答えていない返答をスターレは笑顔で返すと、もう話すことはないとばかりに手を振り送り出す。


 テナーとソプラは何なのだろうと首を傾げながら町へと繰り出した。

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