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六音目

 テナーが出て行ってしまった宿の一室。ソプラはベッドの上で退屈していた。


 アパの村に居る時には疲れて眠ってしまっていたり、服を畳んでいたりと曲がりなりにもやる事があったが、テナーに出会うまで安心して夜に眠れる事すら少なかったソプラには本当にやる事がない時に何をしていいのかはサッパリわからない。


 最初はそのまま不貞寝でもしてやろうかとソプラは思っていた。


 しかし、帰って来たテナーに「また、寝てたんだね」と言われるのも少し癪で、毛布を抱きしめたまましばらくゴロゴロとした後に起き上がる。


 次に窓の向こう、カーテンをうまく使い自分の姿が外から見られないように注意して人々の往来を眺めていた。


 まるで川を流れる水のように道を行く人は、川の水とは違い一方向だけでなくあちらからもこちらからも人がやってきては歩いていく。それがソプラには何となく面白かった。


 右から左、左から右へと流れる人々はそれぞれに色々な表情をしている。


 楽しそうだったり、きつそうだったり、無表情だったり。賑わっているのか声が音となり耳に入ってくるので誰が何を言っているのか、どういう会話が成されているのかすら分からない。


 ただ、見ている間にソプラは憂鬱としてきた。


 一つに自分がそこに混ざることが出来ないから。一つに音としか聞こえない声の中に的外れな事を言いふらしている物がある事をソプラは知っているから。


 その上、軽快なコンサーティーナの音が聞こえてきたのでソプラはその音から逃れるように窓際から離れた。


 離れる時の足音、そのままベッドに倒れ込むときの音。本来あるべき音は何一つなくてソプラは自分がこの世界から切り離されてしまったのではないかと言う錯覚に陥る。


 しかし、とソプラは首を振った。


 初めから大してこの世界と繋がっていなかったのだと。


 それからはただ、何も考える事なくベッドの上で天井を見上げていた。




 眠っていたソプラが目を覚ましたのは空がオレンジに染まりきってから。


 木の扉がノックされる音で目が覚めた。それと同時に警戒しながらベッドの後ろに隠れる。


「ソプラ起きてる?」


 聞き覚えのある声がしたので、ソプラはベッドの影から姿を現すと少しだけ扉を開ける。それから扉の向こうにいるのがテナーだとわかると、テナーが入れるようにもう少しだけ大きく開かせた。


「ソプラ、ただいま。遅くなってごめん」


 頭を下げるテナーにソプラは首を振って返す。


 帰ってくる事が遅くなってしまった事をソプラが気にしていないようで一安心したテナーが手に持っていたローブをソプラに手渡しながら言った。


「ちょっとそれを着て貰っていいかな?」


 受け取り驚いた顔をしていたソプラがテナーに言われるままに着てみると、裾は膝丈よりも少し長い位で、フードを被ると目元までしっかりと隠れる。


 テナーが見た所問題はなさそうなのだが一応ソプラに「大丈夫?」と尋ねると、ソプラは頷いて返した。


 それからソプラは急いで紙に自分の意志を書き込む。


『これどうしたの?』


「薬草を採りすぎたらもらえた……かな?」


 そう言って首を傾げるテナーを見てソプラも同じように首を傾げる。


 まあ、そうなるだろうなと思っていたテナーがオダスの店に行ったところから説明を始めた。




 ソプラが興味深そうに話を聞くのでテナーも段々と楽しくなってしまい戻ってくるまでの事を一気に言って聞かせた。


 しかし、すべての話を聞き終えたソプラはそれまでとは異なり頬を膨らませてしまう。


『私は暇だったのに』


「えっと、ごめん……明日は一緒に町を周ろう? ローブだけじゃなくて服も買わないといけないし、他にも食べ物とか水とか買っておかないといけないしね」


 ソプラの反応に肝を冷やしたテナーが慌てたように言うと、ソプラが『本当?』と口パクした後に小首を傾げる。


 何とかその口パクを読み取ったテナーが「勿論、ソプラの買い物だから」と大きい動作で言うと持って帰って来た荷物の中からサンドウィッチを取り出しソプラに手渡した。


「だから今日はご飯食べてのんびりしよう? お腹すいたでしょ?」


 渡されたサンドウィッチを見ながら確かに空腹を感じていたソプラは食パンを半分に切って作られたサンドウィッチを両手で持った。それから、小さい口で角を少しだけ齧る。


 それを見てテナーも自ら買ってきたサンドウィッチを口に運んだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 昨日部屋の中から見ていた外の景色、今自分がその中に溶け込んでいるのだと思うとソプラは驚きと嬉しさとでフードの向こう目を丸くしていた。


 沢山の人の足音、お客を呼び込もうとする声。昨日は聞こえなかった細かい音までもがソプラの耳に届いてくる。


 そんなソプラの手をしっかりと握って、テナーは町を歩きだした。


 最初は引っ張られるようだったソプラもテナーの隣についてはぐれないように注意する。


「最初はソプラの服からだね」


 賑やかな町中、ソプラの耳元でテナーはそう言うと迷うことなく一軒のお店に足を踏み入れた。


 そこは男物と女物が半分半分くらいに置かれた衣服店。一階に男物の服を売っていて、二階に女物の服が並べられている。


 本当は女性用の服がたくさん置いてある所もあるのだが、テナーが入るには気が引けたので自分も入り易いお店を昨日の帰りがけに捜していたのだ。


 店に入ったソプラはテナーに手を引かれながらあたりをキョロキョロと見回していた。


 ちらほらと他のお客も見えるが、特別テナーとソプラを注目している人はいない。


 二階に上ってもそれは変わらないようで「どれが良い?」とテナーに尋ねられたソプラは比較的じっくりと服を見ることが出来た。


 ソプラが求めるのは地味そうな服。昨日外を歩いていた人、今日ここに来るまでに見た自分と同じ年代の人の格好を思い出しながら人の模型に着せられた服を見ていく。


 一通り店の中を見てソプラが選んだのは白のワンピースに茶色いコルセット、緑のケープ。ワンピースにはポケットがついていて、安っぽくも見えるがそれが逆に地味さを醸し出している。


 それにメモ帳を入れておくのに便利だと言う事でソプラはそれに決めた。


「それでいいの?」


 テナーに尋ねられソプラが頷く。


 そのルーエも着ているような服に、本当はもっとソプラに似合うような服があるんじゃないか、とテナーは思ったけれど、目立たないにはそちらの方が良いかとソプラが選んだ服を店主の元へと持っていく。


 テナーから渡され怪訝そうな顔をした女性の店主は、しかし、テナーに隠れるように立っていたソプラに気が付いて急に笑顔を取り戻した。


 無事にソプラの新しい服を買うことが出来たテナーだが、財布の中身がまた危なくなっていることに気が付いた。


 そうなるとテナーは今日もまたクエストオフィスに赴いて依頼をこなさないと必要なものを買い揃える事も出来ないなと考え始める。


「ねえ、ソプラ。今から昨日話したクエストオフィスに行こうと思うんだけど良いかな?」


『私も一緒に行っても良い?』


「えっと、多分大丈夫だと思うけど……」


 テナーが少し考えながらそう言うと、ソプラは頷いてテナーの手を取る。


 本当はソプラには宿に戻っておいてほしかったテナーは、しぶしぶと言う形でソプラを連れてクエストオフィスに向かった。




「君、今日も来てくれたんだね」


 昨日もいた受付嬢がテナーを見つけて嬉しそうな声を出した。


 それに対してテナーが「こんにちは」と返す頃には女性は目ざとくテナーの後ろに隠れるように着いてきていたソプラを見つけてニヤニヤと笑う。


「なるほど、ローブはその子の為に欲しかったのね」


「そうですけど、何かいい依頼ありませんか?」


「そうそう、本当は最初に言うべきだったんだけど、依頼はそっちの掲示板に貼ってある中で自分でできそうなものを持ってきてもらう事になっているんだよ」


 「そうなんですか」とテナーが返そうとしたところで後ろから「そんな事も知らない田舎者が依頼とか受けんなよな」と少年の声がテナーの耳に入って来た。


 テナーが振り向くと、そこにはテナーと同じ年齢くらいの赤めの髪の少年と眼鏡をかけて髪がぼさぼさの冴えない青年が立っている。


「あら、トリオン君とパカートさんお帰りなさい」


「ほら、スターレ仕事終わったぞ」


 最初にテナーに悪態をついた赤髪の少年がそう言いながらテナーの前に割り込む。


 それに対してテナーもいい気はしなかったが、溢れそうな苛立ちをグッと堪えてソプラを庇うようにその場所を譲った。


「スターレさん、でしょ? それに割り込む人の相手はしてあげません」


「この田舎者を待ってたら日が暮れるだろ?」


「良いですよ、先にして貰って」


 女性の名前を初めて知ったと思うのと同時に何だかトリオンと言う少年がいけ好かないなと思いながらも、テナーはトラブルを避けるために一歩引く。


 我が物顔で受付を済ませようとしたトリオンに対して、今まで黙って見ていた青年パカートが口を開いた。


「僕も順番は守った方が良いと思いますよ?」


「何だよパカート。中央から来たからって偉そうな事言うなよな」


「別に中央から来たからというわけではなく、常識的な事を言っているだけなんですが」


「ヒョロヒョロでオレがいないとまともに戦えないくせに」


 パカートにもトリオンは敵意をむき出しにするが、パカートは困ったように笑うだけで何も言い返さない。


 そんな二人を見ながらスターレが袋と書類をトリオンの頭の上に乗せ呆れたような声を出した。


「むしろトリオン君がパカートさんがいないと何もできないって聞いたけど?


 報酬とか頭の上に乗せたから落とさないでね」


「うお、おおお!?」


 急にバランスを崩されたトリオンが声だけを発しながらよたよたと受け付けの前から離れていく。それを見て満足したように頷いたスターレはそのままテナーの方を見ると頭を下げた。


「ごめんね、騒がしくって。えっと、さっき君に噛みついていたのがこの町の演奏者の一人でトリオン君。それから、一緒にいるのが中央から派遣されて来たパカートさん」


 スターレに紹介され「よろしく」と言うパカートにテナーが少し警戒しながら「始めまして」と返す。


「うんうん。それでこっちの子が……えっと、そう言えば名前聞いてなかったね。あたしはスターレ。君の名前は?」


「テナーです。後ろにいる女の子がソプラって言います」


 「テナー君にソプラちゃんだね」とスターレが繰り返した所で、テナーが先ほどから思っている疑問を口にした。


「パカートさんは中央から来たんですよね? やっぱりモンスターが増えてきたからですか?」


 尋ねると同時にソプラがきゅっとテナーの服の裾を掴んだ。


 そんな事には気が付かずにパカートが頷く。


「そうですね。歌姫が歌わなくなった影響は大きくて、僕みたいなひ弱な奴も駆り出されてしまいました」


「中央に居たって事は、歌姫が歌わなくなった理由とか知っていますか?」


「一説には病気か何かだって話もあるけれど、僕程度だと詳しくは分からないですね。


 城で働いていたとは言え、僕みたいな下っ端が歌姫を見る事も出来ませんでしたし」


「本当に迷惑な話だよな」


 テナーがパカートと話していると、頭の上の報酬を上手くおろすことのできたトリオンが話に割り込んできた。


 その態度にテナーは少しイラッとしたけれど、それを抑えて「どういう事?」と尋ねる。


 トリオンはテナーの台詞を鼻で笑うと「そんなこと」と大きな顔をして答えだした。


「モンスターは増えるわ、こんなのと一緒に行動しないといけないわ。そのくせ理由は教えてくれないと来た。自分勝手にもほどがあるだろ」


「そんな事ないと思うけど?」


「じゃあ、何だって言うんだ?」


 何となくトリオンが気に食わなかったから無意識にトリオンの言葉を否定したテナーだったが問われ返して考える。何故歌姫が歌わなくなったのか。


「病気かもしれないんだよね」


「病気だったら病気だって言えばいいだろ?


 仮に病気だったとしてもそのせいでオレ達の生活が脅かされているんだから何も言わないのは気に食わないだろ」


 トリオンの言う通り病気ならばそれを公表したらいいのではないのかと、テナーも思う。


 急にモンスターが増え、もしかしたらそのせいで死んでしまった人もいるかもしれない。


 しかし、全くと言う程テナーは歌姫を悪く言う気持ちにはなれなかった。


「そうじゃないと言いたげだな……じゃあ、こうしよう。


 お前も依頼を受けに来たんだろ? だったら同じ依頼を受けて先に達成した方の言う事が正しい」


「そんな無茶苦茶な」


「スターレ、何か丁度いい依頼はないか?」


 テナーの話など全くと言っていいほど聞く耳を持たずにトリオンがスターレの方を向いて身を乗り出すように言うと、スターレはこめかみを抑えるように「だから、スターレさんだって……それにトリオン君も結局あたしに言うんじゃない」とブツブツ苦言を呈した。


 それでも何かいい依頼は無かったかと書類を漁り始めた隣でパカートがテナーに声をかける。


「すみませんね。トリオン君が勝手な事を言って」


「まあ、俺も何か依頼はこなさないといけなかったんで良いんですが」


「この町の演奏者じゃない人間が此処に来るって事はお金に困っているんでしょう?


 この勝負に勝っても負けても報酬はそちらに渡すからトリオンの事は許してくれませんか?」


 申し訳なさそうにパカートがそう言うが、テナーは素直にその申し出を受ける気にはなれなかった。


「俺が負けるって思ってますか?」


「テナー君の実力を知りませんからね。何とも言えないですよ。スターレ君と中良さそうに話していたって事はそれなりの実力はあるとは思うんですけど。


 一応僕達にも意地はあるしわざと負けるつもりはないよって事です」


 薄い胸を張るパカートの言葉がとても的を射ていて、テナーはムキになった自分が恥ずかしくなる。しかし、一度ムキになってしまった手前すぐには態度を変えることが出来ないので自信たっぷりと言った様子で「俺も負けませんから」と返した。


 それを見て何故か満足そうに笑ったパカートは今度、テナーと肩を組むように他の人たちから数歩離れたように移動すると小声でテナーに話しかける。


「一応忠告ですが、あまり歌姫が悪くないと言わない方が良いですよ」


「どうしてですか?」


「事実はどうあれ、歌姫が歌わなくなった事で実際に被害にあっている人達が居ますから。


 先ほどのトリオン君のように最近はその声も大きくなっているから要らぬ面倒に巻き込まれますよ」


「分かりました」


 そこまで歌姫に肩入れをする気もないテナーは、歌姫って言うのも大変なんだなくらいの気持ちでパカートの忠告に対して頷く。


 ちょうどその時「これなんてどう?」とスターレが声を出した。

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