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五音目

 エスティントの町に着いた二人はテナーのなけなしのお金を使って宿屋で部屋を一つ借りた。


 本当はソプラを連れて町を見て回りたかったテナーだが、服など関係なくこの小さな町ではソプラの容姿は目立ってしまうのだ。


 宿で借りた部屋には机と椅子が一セットと少し大きめのベッド。木の枠の窓が一つ付いていて、青いカーテンがぶら下がっている。


「ソプラと町を回るには何とかして顔を隠さないとね」


『ごめんなさい』


「別にソプラが悪いってわけじゃないよ。それに、数は多くないけどローブで顔を隠してある人だっているからそれをソプラがやって目立つって事もなさそうだしね」


 そう言った後でテナーは「でも……」と困った顔をする。


 それにつられてソプラが申し訳なさそうな顔をした。


「そのローブを買うお金もなさそうだから、何とかお金を稼がないと。


 そう言うわけで、出かけて来るから」


 努めて明るくテナーは言ったが、ソプラは肩を落として俯く。



「ほら、そんな顔しないで、ソプラの好きなベッドがあるでしょ?」


 困ったテナーがそうやって軽口を叩くと、ソプラが少し怒ったように頬を膨らませる。


 それから拗ねたようにベッドに寝転がってそっぽを向いたソプラを見て安心したテナーは「それじゃあ、行ってきます」と言って部屋を後にした。




 アパの村と違いしっかりと整備された石造りの道を歩きながらテナーは以前この町に来た時の事を思い出していた。


 顔見知りの店ならば自分の持ち物を何か買い取ってくれるかもしれないと思ったから。


 とは言えテナーが最後にエスティントに来たのは二か月は前の事。


 それ以前も頻繁に訪れていたと言うわけではない為、何度か道に迷ったが何とか一軒の食料品店にたどり着いた。


 ひさしの下木箱の上に並べられているものの多くは野菜。テナーはその見慣れた野菜に目もくれず店の奥に居るであろう店主に声をかける。


「こんにちは」


「おうおう、何が欲しいってんだい」


 店の奥から現れたのはテナーの倍くらいあるんじゃないかというような大男。


 男はテナーを見ると見たことがある顔だが、誰だったかと少し考えて思い出したかのように「おお、坊主どうしたい」と親しげに話しかける。


 テナーは顔は覚えていてくれたことにホッとしつつも坊主と言われた事が気に食わなくてぶっきらぼうに「テナーです」と言った。 


「坊主の村の野菜はいつ見ても惚れ惚れするわなあ……」


 テナーの話などまるで耳に入っていない男をテナーは諦めたような目で見る。


 店先に並んだ真っ赤な実を手に持ち自分の世界に入っていた男は思い出したかのようにテナーの方を見て尋ねた。


「それで坊主は何しに来たんでい。坊主ん所からはこないだ来たと思うんだが、家出でもしてきたのかい」


「なんかもうそういう事で良いです。オダスさん」


「まあ、若いってのは良い事だが、このご時世無理はしちゃいかんぜ?」


 だから来たくなかったんだよなと思いつつ、テナーは大きな声を出す。


「それで、家出するにはお金が足りないんで何か買い取ってくれないですか?」


「なるほどな。ちょっと見せてみろ」


 ようやくまともに自分の言葉にオダスが反応したため、テナーは息をついて道中拾ってきた木の実等を見せる。


 オダスはそれを受け取ると、先ほどまでとは違うとても真剣な目で見ると、呆れたように首を振った。


「こりゃあ、買い取れねえな。恐らくどの店にも並べられねえだろう」


「そうですか……」


 それは困った。どうしたらいいのだろうかと、テナーが俯く。


「確か坊主は演奏者だったよな。それならクエストオフィスとか行ってみたらどうだ?」


「クエストオフィスですか?」


「簡単に言えば何でも屋仲介業者って所だな。町中の依頼をそこで扱っているんだが、荒っぽい依頼も多いってぇ話だ」


 荒っぽい依頼……まさか犯罪に手を貸すと言うことはないだろうがとテナーは頭を捻る。


「まさかモンスターの討伐とかですか?」


「そのまさかだ」


「この町にも演奏者は居るんですよね?」


「居るにはいるが、この一年手が足りていないってのが現実ってもんだ」


 そう言われてテナーにもその理由がすぐにわかった。歌姫が歌わなくなったから。


「まあ、心配なんてしなくても坊主にも出来るお使いみたいな依頼もあるから行ってみな」


 そう言ってクエストオフィスまでの道を教えられながら、別に心配していたわけではないのだけれどとテナーは物申したくて仕方がなかった。




 最後、オダスにぶっきらぼうにお礼を言ったテナーは言われた通りクエストオフィスに向かった。


 オダスの言い方はともかく、モンスターを倒してお金がもらえるのならいかない理由はない。


 石畳の道の上、真上を通りこした日差しに照らされながらたどり着いたのは木で作られた長方形の建物。


 テナーが扉を押して中に入ると「こんにちは」と声をかけられた。


 見ると、入ってすぐの所にあるカウンターの向こうからテナーよりも少し年上の女性がニコニコとテナーの方を見ている。


「あの、依頼を受けたいんですけど」


 急に声をかけられて驚いたテナーだが、臆することなく女性に話しかける。


 女性は二三度瞬きをして品定めをするかのようにテナーを見ると真剣な顔をして話し始めた。


「君、初めてだよね? 見た所、あたしよりも年下みたいだけど」


「これでも一応演奏者何で大丈夫です」


 またも子ども扱いされそうな事に気を悪くしたテナーが、不機嫌そうに言ってから和太鼓の撥だけ出現させる。


 それを見た女性は安心したような顔をした。


「それなら大丈夫そうね。こっちも慈善事業じゃないから中途半端な事されると困るのよ。


 君、この町の演奏者じゃないよね。近くの村から来たの?」


「そんなところです」


 まだ不機嫌が抜け切れていないテナーが口を尖らせても、女性は特に変わった様子もなく「と、いう事はオフィスは初めてよね?」と尋ねる。


 それに対してテナーが素直に頷いたのを見て、女性は少し考えると一枚の紙を取り出した。


「君がちゃんと依頼をこなせるかの試験も兼ねて、これをやってみて」


 そう言って紙をテナーに手渡す。


 テナーが貰った紙に目を落とすと、そこには『薬草採り』と大きく書かれてあり、さらに細かく薬草の特徴などの詳細な情報が書かれてあった。


 自分ならばモンスターの討伐であってもこなせると言う自信があったテナーにしてみれば自分の実力を軽視されているようでいい気はしなかったが、それを訴えるよりも先に女性がため息交じりに声を出す。


「演奏者の君なら子供のお使いみたいな依頼だと思うんだけどね。


 ここに来る人達ってモンスター退治とかにしか目がいかないみたいでこういう依頼って無視されがちなのよ。


 君には悪いんだけどさ、力試しに行って来てくれない?」


「……わかりました」


 別に自分の力を過小評価されていたわけでも、子ども扱いされていたわけでもないと分かった居心地の悪さからテナーは頷くと手渡された紙をもってクエストオフィスを後にした。




 町の敷地の外に出ると、一面に広がる草花を見ながらテナーは憂鬱になりかけていた。


「この中から薬草を探すって言ったって……」


 愚痴をこぼしつつ依頼書に目を向ける。薬草の模式図、大きさ、葉の特徴等々、書かれているものの中にテナーは生育場所と言う項目を見つけた。


「あまり日の当たらない、水辺……と言う事はあそこか」


 町に来る時に渡った森の中の川。あそこならばきっとあるだろうと、テナーは森へと足を向けた。




 川のちょうどテナーとソプラが渡った辺りまでやって来たテナーが足を止める。


 水辺にあるとの事だが、川の近くは石だらけで草など生えていそうもない。


 テナーがそう思っていた矢先、目の端に緑色のものが見えたのでテナーはそちらに急いだ。


「これは……違うか」


 見つけた細長い葉を持つ草と依頼書を見比べながらテナーは首を振る。


 それから、いくつか緑色が目に入る度に近寄ってみたがどれも外れでだんだんテナーも飽きてきた。


 適当な大きさの石に座り「本当にあるのかな」などとため息をつきながら今一度依頼書に目を通す。


 細長くない楕円形の様な葉が茎の根元だけではなく所々に付いている。


 それから、小さい白い花が咲いている、と書いてあるところを見てテナーが「あ」と声をあげた。


「白い花……白い花……」


 テナーは先ほどまで緑色の葉だけを探していた。しかしそれだけでなく白の花にも気を付けて川に沿って歩くとすぐに白い花を見つけることが出来た。


 悪い足場をもろともせずに、森と川の境目の土手にあるその植物のそばに行くとテナーは依頼書と植物を見比べる。


「これだ」


 目的のものだと確信したテナーは、必要以上に丁寧に手折った。


 しかし、一度見つけてしまえば二度目は簡単に目につくもので、跳ねるように移動したテナーはずいぶん雑に二本目を摘み取る。


 またすぐに三本目を見つけたテナーは楽しくなってしまって、空の色が変わり始めるころまで薬草を積み続けていた。





 すっかり空がオレンジに染まった頃テナーは袋一杯の薬草を持ってオフィスに戻った。


 帰って来たテナーを見た受付嬢は業務的に「お疲れ様」と声をかけたが、丸々と太った袋を見て言葉を失う。


 なぜか女性が固まってしまったのでテナーが不安そうに声をかけた。


「えっと、これでいいんですよね?」


「え、ええ。勿論。ただ、思っていたよりも沢山採って来たから額面通りの報酬じゃ申し訳なくてね」


「報酬って依頼した人が用意するんですよね?」


「そうなんだけど、この依頼あたしが頼んだのよ」


 恥ずかしそうに頬を右手の人差し指で掻きながら女性が笑う。


 つまり、この女の人に良いように使われてしまったのだろうかと、薬草採りが意外と楽しくて上々だったテナーの機嫌に陰りが見える。


 そんなテナーの気持ちを知ってか知らずか受付嬢が言い訳でもするかのように話し始めた。


「何て言うのか、自分で採りに行くなり買いに行くなりしたくても、ここの受付が忙しくていけないし、かといっていつまでも仕入れないともう一つの仕事が出来ないのよ」


「もう一つの仕事ですか?」


「薬師。簡単な傷薬とかしか作れないんだけど、受付をしながら生傷の絶えないここのお客さんに薬を安くで売っているの。酷い怪我なんかでここに来る人が減ったら、町の皆が困るでしょ?」


 そう言う女性の言葉にテナーは思わず感心してしまった。同時に使われたのではないかと疑ってしまった自分を恥ずかしいとも思う。


「それで薬の素になる薬草を誰かに取ってきてもらおうと依頼にしてみたんだけど、誰も引き受けてくれなかったのよね。君が行ってきてくれて助かったわ。


 沢山採ってきてくれたし、報酬を上げてあげたいんだけど……」


 「生憎、今は上乗せ出来るようなお金を持ってなくてね」と申し訳なさそうに女性が言うのでテナーは慌てて「気にしないでください」と返した。


 その言葉を聞いても女性は納得することはなく何かを考え始める。


「君、何か困っている事とかない? あたしに出来る事なら手伝うから」


「それじゃあ、顔まですっぽり隠せるようなローブみたいなものってありませんか?」


「ローブ?」


 予想していなかった返答に女性が首を傾げる。


 やはりそう都合よくは行かないかと、テナーが諦めかけた所で女性が何か思いついたかのように声を出した。


「ローブってこういうのでも良いの?」


「そう言うのです。でも、どうしてそんなものを?」


 何処からか女性が取り出したくすんだ白のローブにテナーが驚きの声をあげる。


「ここで働き始めた頃、お客さんになめられないようにって着ていた物なんだけど、もう使わなくなってね。


 それで家に置いておいても邪魔だから、ここにこっそり置かせて貰っていたのよ」


「それを売ってもらう事ってできませんか?」


「お金は良いよ。今日の報酬の上乗せ分って事で君にあげる」


「でも……」


「ほら、良いから」


 そう言って女性はローブと今回の報酬の入った小さな袋を無理矢理テナーに握らせる。


 握らされたテナーは貰えるのならと開き直ってお礼を言った。


「それじゃあ、今日は宿に戻ります」


「はい、気を付けて」


 そう言う女性に見送られて、テナーはソプラの待つ宿に向かった。

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