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おまけ:シナリオ版

 小さな世界の話。


 そこには一つの王都といくつかの地方、その中でさらにいくつにも分けられた町が存在した。


 街と街を繋ぐ街道、正確にはその付近の森や山、そこには人や動物とまた違ったモンスターが住みつき時折街道を通る人を襲っていた。


 しかし、それは本当に稀な事であった。何故なら王都に住む歌姫の歌によって人の住む地が守られているから。


 歌姫の歌は人々の心の癒しだけなく、強大な魔法でもある。



 この世界の魔法は音(音楽)により発言する。


 打、鍵、弦、管の四つに分けられた楽器、それを演奏することでそれぞれ対応した魔法を使うことが出来る。


 しかし、魔法は誰でも使うことが出来ると言うわけではない。


 自らの魔力により楽器を生み出すことのできるもののみがその資格を与えられる。


 基本的に一人が扱える(生み出せる)楽器は一種類のみであり、生み出せるもの種類は先天的に決められている――ゆえにすでに述べた性質を合わせると使える魔法は一つでありそれは先天的に決められている――。


 ゆえに自分が使いたい楽器と使える楽器が噛み合わなければ上手く扱えないどころか、自分に魔法の力があると言うことに気が付くことなくその一生を終える者も少なくない。



 この世界における魔法使いは『演奏者』と呼ばれ、その性質にもよるが多くの場所で重宝がられる。


 特に比較的モンスターとの戦闘が多い地域ではその存在如何で戦況が大きく変わるため、その価値は飛躍的に大きくなる。



 物語の始まりは歌姫が歌わなくなってから一年の月日が流れた後。

 緑多き村「アパ」。テナーはその村の演奏者として村の周りの草原を見回っていた。


 アパの村は周囲を草原に囲まれ、そこから北に向かえば首都であるクレシェ方面へと向かう道があり、南に行けば鬱蒼とし森の向こう海が広がっている、大陸の果てにある村。


 その村に居る演奏者は現在のところ二人しかおらず、しかしそれでも多すぎると言われるほどモンスターは出てこない。


 そういう事もありテナーは見回りながらも退屈そうに大きく欠伸をしていた。


「何か、こう。もっと楽しい事がないもんかね。折角一年前に演奏者になれたって言うのに」


 テナーがこの言葉をつぶやいたのがちょうど南の森の入口付近。


 そして、それと同時に『グルルルルル』と獣の唸り声が森の方から聞こえてきた。


 気になったテナーが急いで唸り声のした方へと、急ぐとそこでは犬を二回りほど大きくして、牙と爪をさらに鋭くさせたようなモンスターとそのモンスターと向かい合いながら少しずつ後退している女の子。


 澄んだ空のように青く長い髪、雪のように白い肌、大きい目。歳はテナーと同じくらいで、キャミソールのように薄いワンピースだけを着ていて、靴すら履いていない。


 テナーはその少女に違和感を覚えたが、まずは助けることが先決だと少女とモンスターとの間に躍り出た。


「まずは俺の相手をしてほしいな」


 少女を助けるそんなシチュエーションに酔いつつもテナーが言葉が通じるはずもないモンスターへと言い放つ。


 モンスターは「グルルルル」と低く唸るとテナーにとびかかって来た。


 それを見てテナーはニイっと口角をあげるとすうっと両手をあげる。


「来い」


 短く鋭くテナーが言ったと同時に火の粉を纏わせながら二本の撥がテナーの手に現れる。


 見れば、テナーの前方にはふわふわと重そうな和太鼓が浮かんでいた。


 ダダンとテナーはその撥を振り下ろすように太鼓をたたく。


 すると、その音を引き金に二つの炎がモンスターめがけて宙を走る。


 それからモンスターの身体が燃えるまでほんの一瞬。飛びかかるエネルギーをどこにやったのか、モンスターの爪はテナーを捉える事無く灰となった。



「危ないところだったね」


 テナーが助けた少女の方を向き笑顔を向ける。


 少女ははじめ怯えたように後退ったが、テナーの笑顔に後退るのをやめた。


 それでも不安そうな顔で話そうとはしない少女にテナーがザッと地面を蹴りながら一歩近づく。


「俺はそこのアパの村の演奏者、テナー。君は?」


 少女はテナーの言葉に首を振り、何かを求めるように手を伸ばし一歩踏み出す。


 無音で。


「え?」


 今まで感じていた少女に対しての違和感の正体に気が付いたテナーが素っ頓狂な声をあげる。


 目の前の事が信じられないかのように。


 二歩目、少女が足を踏みだした時に現実を理解してテナーが恐る恐る口を開いた。


「君、もしかして足音が……」


 頷く少女を見てテナーは言葉を失った。



 ひとまず森にいては危ないと言うことになり、テナーは少女を村へと連れていく。


 その時にテナーは少女が足音だけではなく、すべての音を失っているのだと気が付いた。


 どうしてそんな事になっているのかはまるでわかりようもなかったが。


「ちょっと、ここで待ってて」


 村の入口、目で確認しなければ近くにいるのかどうかも分からない少女にそう言ってテナーは村の様子をうかがう。


 テナーの家は村の入口近いところに存在する。


 モンスターが現れた時いち早く現場に向かうことが出来るようにそこにあるのだが、その向かい側にも同じような家がある。


 村人、ひいては向かいの住人がいないことを確認してテナーが少女の手を掴み「行くぞ」と駈け出した。


 タタッ……タタッ……と走っているときの足音は二重。テナーはその事に気が付いていなかったが、少女はそれに気が付き目を見開いていた。



「ふぃー、危なかった」


 何が危なかったのか具体的にわからないままにテナーが息を吐く。


 テナーの家のリビング。中の様子がバレないように昼間なのにカーテンをして電気をつけている。


「改めて俺はテナー。君は……字は書ける?」


 テナーの問いにこくりと少女は頷く。それを見たテナーが一度寝室に戻ると、机の上に乱雑に置かれている紙とペンを持ってリビングに戻って来た。


「じゃあ、これに書いてくれたらいいから。いくつか質問しても大丈夫?」


 再度頷く少女。


「君の名前は?」


『ソプラ』


「どうして森の中に居たの?」


『逃げていたら、いつの間にか迷い込んでいたの』


「逃げるってあのモンスターから?」


 最後ソプラは首を振って否定を示す。


 やはりと言うべきか、ソプラがペンを走らせても音がすることは無く、テナーは一人で話しているような妙な気分になっていた。


 だが、それと同時に少しワクワクもしていた。


 それは一つに目の前の少女がとても可愛い事。


 一つにソプラがどう見ても悪そうな事をするような子に見えないと言う事。


 つまり彼女は悪い奴から追われている少女であり、そんな女の子の力になる事が退屈な村の生活からするとテナーにはとても魅力的に感じられた。


 だからテナーはこう問わずにはいられなかった。


「君は何をしようとしているの?」


『星を探しに、次は東へ』


 淀みなくソプラが紙に書いたそれを見てテナーがまた楽しそうに笑った。


「俺にそれ手伝わせてくれない?」


 テナーがそう言った瞬間家のドアが無理やりに開かれた。


 現れたのは全身を鎧で纏った二人組。手に武器を持っている所を見ると演奏者ではないらしい。


「お前がこの村の演奏者か?」


 鎧の内側からややこもった声がテナーに投げかけられる。


 テナーは警戒しながら「そうだけど、何の用で?」と平生を装って問いかける。


 テナーに声をかけた方の鎧が「この付近で音を持たない少女を……」と言いかけた時、もう一人が驚いたように声をあげる。


「おい、そこの娘。何でもいい、音を鳴らしてみろ」


 まるで意味の分からない命令。そんなの誰でもできるだろうとテナーは一瞬思った。


 しかし、すぐに思い出す。ソプラが何も音を出すことが出来ないことに。


 こいつらがソプラを追っている悪い奴らかと、一瞬にして理解したテナーは思いつくが早いか和太鼓を出現させダダンと鳴らした。


 高速で飛ぶ炎の球は、しかし、簡単に鎧にはじき返されテナーはリズムを刻むようにダッダッダッダ……と和太鼓を叩き続ける。


 その音に合わせ炎の球が生まれ、そして宙を踊るように舞い始める。


「な、何だこの炎は」


 飛んでくるでもなくふよふよと自らの周りを囲み始めた炎に鎧が困惑した声を出した。


 ダン!!


 テナーが最後に一度思いっきり太鼓を叩くと、浮いていた炎が激しい光を放ち燃え上がる。炎の壁に囲まれた鎧たちは動くことが出来ずに、テナーはその隙をついてソプラの手を掴み村から逃げ出した。



 アパの村から東へ続く道、テナーに手を引かれるソプラの足が止まる。


 それを不思議に思ったテナーがつられて足を止めソプラの方を向くと空いている方の手を胸の前でぎゅっと握り申し訳なさそうな顔で立ち尽くしていた。


「ソプラどうしたの?」


 テナーが問いかけるとソプラは寂しそうな顔で村の方を見つめる。


「村から出てきて良かったのかって?」


 その言葉にソプラが頷いたことを確認すると、テナーは顔全体で楽しそうな笑顔をして大きくうなずいた。


「もちろん。あの村の事は好きだけど、でも、何もない、本当に何もない村だったから。


 だからどこか遠くへ冒険してみたいと思っていたんだ。


 ソプラは一年前に落ちた流れ星を探しているんだよね?」


 ソプラが頷いて肯定する。


「俺も詳しくは知らないけど、東西南北と中央にそれぞれ落ちたって聞くからソプラについて行けばこの国をぐるっと一周できそうだし。


 それに、ソプラは誰かに狙われているみたいだから。俺が守ってやるよ」


 そう言ってテナーが今一度笑う。先ほどよりは控えめな、でもどこまでも明るい笑顔を。


 ソプラはそれでも不安そうな顔をして、村の方を気にしていた。


「あ、演奏者の俺が居なくなってアパの村が大丈夫かって事?


 それなら心配いらないよ。あそこには俺よりも強い演奏者がいるから。元々二人もいらないような場所だし。


 まあ、女のあいつに勝てないまま出てきたって言うのは心残りだけど」


 そう言って拗ねたように下を向いてしまったテナーを見て、ソプラが思わずと言った具合に小さな笑顔を咲かせる。


 その顔を横目に見たテナーが、先ほどまでとは打って変わって嬉しそうに笑うと両手でソプラの手を掴んだ。


「やっと笑ってくれね。うん、やっぱりそっちの方が可愛いよ」


 穢れのない目でそう言われたソプラが困惑している間に、テナーがソプラの手を引いて歩き出してしまった。




 二人が道なりに進んでいると一つの街に到着した。


 あまり大きな町ではないが、アパの村に比べるととても大きな村でその街を見つけた瞬間テナーは思わず「おおー」と感動した声をあげる。


 ソプラはそのテナーの反応が可笑しくてクスクス笑う。


 それに気が付いたテナーが拗ねたように「どうせ田舎者だよ」と拗ねるので、ソプラは焦って手を合わせた。


 そんな事をしながらも街に入るための門に近づくと、入り口に鎧を着た二人組が立っていることに気がつく。


 しかもよく見ればそれはアパの村でソプラを追っていた鎧と酷似していてテナーが足を止める。


「この街によるのは止めよう」


 本当は疲れていたし、お腹も空いていて今すぐにでも寄りたいがそれ以上にソプラの身が危ないと感じたテナーが低い声でソプラに話しかける。


 しかしソプラは首を振り、そしてつないだ手を二人が見えるところまで上げると今までよりも強い力でぎゅっと握った。


 初めテナーはどういう事かわからず首を傾げたが、何か思いついたように口を開く。


「手を繋いでいたら大丈夫……なのか?」


 頷いたソプラがテナーを引っ張るように歩き出す。


 躓くようにそれに続いたテナーは浮かない顔をしていた。




 門の前、鎧の二人は門を塞ぐことは無くその端に一人ずつ立っている。


 テナーはソプラの手を引きながら警戒して二人の間を通ろうとすると、


「おい、そこの二人」


 と鎧の低い声が二人に待ったをかける。


 仕方がない先手を取って逃げようとテナーが火の粉をチラつかせたところで、ソプラがテナーの手を引き首を振った。


「ソプラどうして……」


 テナーが小声で、でも驚きを隠せない声でソプラに尋ねると、答えは意外な事にもう一人の鎧から返って来た。


「いや待て、この二人は確かに二人分の足音をさせていただろう」


「ああ、それもそうだな。お前ら通っていいぞ」


 そう言われて釈然としないながらもテナーはソプラの手を引いて街の中に入った。




 この街、リュミヌに入った二人はひとまず宿で部屋を借りる。


 広くはない部屋で荷物を置いて、一息ついたところでテナーがソプラに問いかけた。


「門での事はどうして大丈夫だったんだ?」


 ソプラは備え付けられているメモ用紙にさらさらと文字を書いてテナーに見せる。


『あの人たちは音を出せない女の子を探しているから』


「音の出せない……そう言えばアパの村でもソプラに音を出すように言っていたっけ。


 それで今度は二人分の足音が……あれ? でも、ソプラって音が出せなかったよね?


 今だって書くときに音鳴らなかったし」


『テナーに触れていると足音とかくらいなら出せるみたい』


「俺に? どうして?」


 テナーが尋ねてもソプラは笑うだけで結局テナーには分からなった。




 一度宿から出て落ちてきた星の情報を調べるため二人は街の中を歩く。


 しかし、道行く人に声をかけようにも相手にしてもらえず、その中で唯一相手をしてくれた人からは「そういう事が知りたければギルドに行くと言い」としか言われなかった。


 だが、取りあえずの行動予定は立ったので二人は街にあると言うギルドに向かう。


 ほどなくして教えられた看板の建物を見つけた中に入った。


 中は酒場のような感じでいくつかイスとテーブルが置いてあり、その奥にカウンターがある。


 カウンターの向こうには恰幅の良い女の人がいて、テナーとソプラは躊躇いながらも一直線にカウンターに向かった。


「あ、あの、聞きたいことがあるんだけど……」


「何だい? 仕事が欲しいのかい?」


「いや、仕事じゃなくて聞きたいことが……」


「聞きたいことがあるなら働いてくれないかい。最近はモンスターが多くて依頼が全然掃けやしない。


 とは言え、御前さんたちがモンスターを倒せるとは思えないねえ……」


 話を聞いてくれない女性にテナーはいら立ちを隠すことはせずに口を開いた。


「俺達がその依頼をこなして来たら話を聞かせてくれるって事だよね。


 じゃあ、モンスター退治でも何でもやるよ」


「そうだねえ……これなら出来るだろうから任せたよ」


 女性は心配そうな顔をしながらテナーに一枚の紙を渡した。


 そこに書いてあったのはスライムの討伐以来。スライムはモンスターの中で最も弱いとされるモノで相手によっては女子供でも倒すことが出来る。


 勿論テナーには物足りないものだったけれど、受け取ってからギルドを後にした。



 二人は街を出て依頼書に書かれている場所に向かう。


 向かった先にはスライムが屯っていて、軽々とそれらを蒸発させる。


「これで最後」


 テナーがそう言って最後のスライムを火で包んだ。


 依頼が終わってテナーが和太鼓を消そうとした時、ソプラがテナーの下に駆け寄る。


「ソプラどうしたの」


 何かを訴えるようなソプラの表情を見ながらテナーがそう返した時、何かが近づいてくる草をかき分けるような音が聞こえてきた。


 音がする方を見るとそこにいたのは今まで倒してきたものの十数倍はあろうかと言うスライムの姿。


 さっきまでの退屈な戦闘に飽き飽きしていたテナーは目を輝かせて、ソプラに動かないよう一言残し駈け出した。




 多少の苦戦しつつも、テナーがスライムを倒した直後、スライムから大きな音符のようなものが姿を現した。


 その音符はテナーの下をすり抜けソプラの方へと飛んでいく。


「それが、星?」


 その光景にあっけにとられつつテナーが言うと、ソプラが首を縦に振った。


 全く音を立てずにソプラが音符に触れると、触れられた音符が光に代りソプラの中へと入っていく。


 そのソプラにテナーが近づいて行った時にはすでに光は消えていて、目を閉じているソプラにテナーが話しかけた。


「ソプラ……大丈夫?」


 目を開け頷くソプラに、「それならよかった」とテナーが安心した表情を見せる。


 それからソプラが何かを確認するように足踏みをしたり、クルクルと回ってみたりし始めたのでテナーが首を傾げる。


「ソプラ急にどうし……」


 とテナーが不安の言葉を口にしたとき、ソプラがパチンと手を叩いた。


「ソプラ、もしかして音が戻ったの?」


 頷くソプラにテナーがソプラの手を取り喜ぶ。


 それと同時にテナーの中でなぜソプラが星を探しているのかが分かった。


 星だと思っていたもの。それはソプラが無くした音の欠片で、音を取り戻すためにソプラは星を探しているのだと。




 ギルドに戻って受付の女性から依頼の報酬をもらう。


 それをしまいながら、テナーは女性に尋ねた。


「受付さんは一年前の流れ星について何か知らない?」


「流れ星? そうねえ。この辺りに一個落ちたってそれを探すように王国から依頼が来たけれど結局見つからなかったみたいだねえ」


「このほかの場所については?」


「似たような依頼は北のムルムランドでもあったって聞いたね」


「ムルムランドってどうやったらいけるの?」


「ここから真っ直ぐ森を抜けて北西って所かねえ」


 そう言われて、テナーは「ありがとう」とお礼を言ってギルドを後にする。


 ギルドから出た後石畳の道を歩きながらテナーがソプラに語り掛ける。


「取りあえず、次の目的地も決まったし宿で休もうか」


「お前がアパの村のテナーか?」


 テナーがソプラの方を向きながら歩いていると、反対側から急に疑いの低い声が聞こえてきてテナーはそちらを見る。


 そこにいたのは街の入口にいたような鎧の軍勢。


 気が付けば周りを囲まれてしまっているらしく、テナーは警戒した声で応える。


「そうだけど……どんな用事で?」


「じゃあ、そっちの女が例の女だな。捉えろ」


「させるか」


 テナーはソプラの手をグイッと引っ張ると抱えるようにして、空いているもう片方の手に撥を出現させる。


「退いてほしいんだけど」


「お前口の利き方は……」


「やめろ」


 テナーの言葉に一歩前に出た鎧に、別の一人が待ったをかける。


 一際威厳のある声で、テナーは感覚的にこの鎧がこの中のリーダーだと確信した。


「アパ村のテナー、お前のやっていることは間違っている。


 その少女をこちらに渡せばお前の罪も見逃してもらえるだろう」


「罪って何だ……よ」


 言葉と同時にテナーがリーダーと思しき鎧に炎の球をとばす。


 アパの村で鎧に使った時よりも強い炎。倒すことが出来なくても怯ませることは出来るはず。その隙にこの場を逃げ出せばいい。


 そう思っての先制攻撃。しかし、ぐわあ~んと言う轟音と共に現れた炎に簡単にテナーの炎は掻き消された。


 見ると、鎧の前に大きなドラが出現している。


「そういう事ならば仕方あるまい。王国騎士団第七部隊隊長フォルス参る」


 王国騎士団? テナーの頭の中に疑問が浮かぶ。


 しかし、そんな事を考えている暇などなく、目の前に火球が迫ってくるのでソプラの手を引いてそれを右に飛びように避ける。


 それから、即座に和太鼓を復活させ重きっきり二度叩く。


 それで飛んでいく火の玉。鎧はドラを叩くことでその数倍の炎の球を出現させ簡単に打ち消してしまう。


 打ち消すどころか、そのまま炎の球がテナーの方へと向かってきた。


 テナーは出来る限りの火の玉をぶつけその炎の球を消すが、休む間もなく次の攻撃が襲い来る。


「このままじゃ……」


 自分だけではなくソプラまで危ない。そう思ってテナーがせめてソプラだけでも、と自分の身体をソプラと炎の間に入れ守るようにソプラを抱きしめた。


 その時にソプラが手を叩き地面をける音がテナーの耳に届く。


 それから間もなく、自分の肉が焦げる熱さ、痛さがやってくると、ギュッとテナーは目を閉じたが、一向に熱さも痛さも来ることは無く目を開ける。


 目の前にはちゃんとソプラがいて、周りには鎧がいた。


 ソプラを見ると、落ち着いた、安心させるような笑顔をテナーに向け後ろを指さす。


 その指につられてテナーが後ろを見ると水の壁が二人を炎から守っているのが見えた。


 じゅう……と大量の水が蒸発し、同時に辺りが湯気で真っ白に煙る。


「今のうちに」


 テナーはソプラにそう言うと、しっかりと手を繋いでその場から逃げ出した。




 二人が足を止めたのは森の中に逃げ込んでからだった。


 そしてしばらく息を整えるために時間をおいてからテナーがソプラに語り掛けた。


「ソプラ、いくつか聞いていいか?」


 先ほどまでの出来事を思ってか真面目な顔で問うと、ソプラもそのことが分かっているのか強い力を秘めた目でテナーを見つめると頷く。


「さっきの水の壁はソプラがやったの?」


 ゆっくりとソプラが頷く。


「一年前に降って来た星がソプラの音……事でいいんだよね?」


 ソプラが頷く。


「ソプラを追っているのは国王……って事であってる?」


 奥歯を噛みながら、それでもソプラは頷いた。


 悪者だと思っていたのが実はこの国の正義ともいえる国王であることにテナーは動揺を隠すことが出来ず言葉を失う。


 そうなると、ソプラの方が悪と言うことになってしまうが、テナーにはこんなにも悲痛な顔をしている少女が悪だとは思えなかった。


 だから、テナーは半ば願望を含ませつつ、口を開いた。


「……ソプラが追われるのは、ソプラが悪い事をしたから?」


 ソプラは少し考えて、それからテナーの言葉を否定するように首を横に振った。


 それを見たテナーが安心したように笑顔を見せる。


「そっか、よかった。話は変わるんだけど、ソプラが魔法を使えたのはソプラの音と関係があるんだよね?」


 暗かった雰囲気を打破するべく言ったテナーの言葉はソプラにしてみたら先ほどまでの落差に混乱してしまうほどで、困惑した顔で、でも確かに頷いた。


 テナーはそれに笑顔で返して、ソプラの手を引いて歩き出した。




 森の中沢山のモンスターに襲われながらも、何とか通り抜けることが出来た二人は森の出口付近で休憩をしていた。


「これからどうしようか」


『街には……いけないよね。見えているけど』


 テナーの言葉にソプラが宿で取ってきていたメモ用紙とペンを使って返す。


「また、見つかったら今度は逃げられるかわからないからな~


 でも、街に行かないと星が落ちた場所も分からないし……」


「じゃあ、私が聞いてきてあげようか」


 急に後ろから少女のような声をかけられてテナーが「うわ」と声をあげて驚いた。


 その声は少し呆れたような声を再度テナーに投げかける。


「そんなに驚くことないと思うんだけど。結構長い付き合い何だからさ」


「何でこんな所にルーエがこんなところに?」


 テナーが声がした方を見ると、緑色の髪をしたテナーよりも少し背の高い女の子が少し呆れた顔をしていた。


「それはこっちのセリフよ。あんたが勝手に居なくなるからこんなところまで探しに来たんじゃない」


「悪かったね、勝手にいなくなって」


 そんな風に親しげに話す二人の様子をソプラはよくわからないと言った顔で交互に見る。


 それに気が付いた少し慌てたようにテナーがソプラにルーエを紹介し始めた。


「こいつが言っていたアパの村に住んでるもう一人の演奏者のルーエ。


 前ちょっとだけ話したよね。それでこっちがソプラ今は訳あって話せないんだけど、今はソプラと星を集めて回っているんだ」


「貴女がソプラちゃんね。私は一応こいつの幼馴染でもあるルーエよろしくね」


「それで、ルーエが行ってくれるってどういう事なの?」


 テナーは話を戻して首を傾げる。ルーエは腕を組んで少し首を傾けると、一度「うーん」と唸ってから口を開いた。


「私はさっさとテナーに帰ってきてもらえればいいんだけど、どうにもそう言うわけにはいかなそうだし、理由は分からないけど街には入りたくないわけよね」


「まあ、そうだね」


「でも、街に行かないと落ちてきたと言う星の情報が得られない」


 ルーエはそこまでいうとニコッと笑顔を作って続ける。


「それなら私がその情報を聞いてさっさと見つけてしまえばテナーは村に帰ってこられるでしょ?」


「俺くらい一緒に行った方が……」


「“話もできない”女の子を一人にする気? 私なら大丈夫よ。


 夜までには戻るわ」


「待って……」


 テナーの言葉を無視するようにルーエは街に向かっていってしまった。


 テナーは小さくなる背中を見つめ一つ溜息をつくと「勝手なんだから」とつぶやく。


 それから少し視線をあげた先に何やら遺跡のようなところが見えた。




 ルーエが戻ってきたのは夕方日が赤くなってしまってから。


 少し寒くなって来たので、テナーとソプラはテナーが出して浮かせている炎でその身を温めていた。


「お待たせ」


「ルーエお帰り。大丈夫だった?」


「何の問題もないわね。星が落ちたって言うのはあそこに見える遺跡辺りみたい。


 確か名前は「アンティコ遺跡」だったかしら」


 遺跡の方を見ながら思い出すように言ったルーエにテナーが「名前なんてどうでもいいさ」と返す。


「大事なのはそこに落ちた星があるかどうかだからね」


「そう? じゃあ、あんたの名前は今から『撥』ね」


「なんでそうなるんだよ」


 挑発するように見下ろす形でルーエの言った言葉にテナーが噛みつく。


 ルーエは楽しそうに笑うと言葉を返した。


「だって名前何でどうでもいいんでしょ?」


「そういう事じゃないよ」


 そんな風に怒ったテナーを見てソプラは思わず笑みを漏らした。




「とりあえず、出発は明日になると思ったから、色々かって来たわよ」


 話が一区切りして、ルーエが手に持っていた袋から食べ物を取り出してテナーとソプラに渡す。


「ルーエ助かるよ」


「街に入れないんじゃ、こんな食事も久しぶりでしょ?」


「一応、保存食とかは結構あるんだけどね」


 話しながらテナーが手荷物サンドウィッチを口に運ぶ。


「それで、あんた達どこまで行くの?」


「取りあえず何とかって遺跡かな」


「アンティコ遺跡、ね。それは分かっているわよ。聞きたいのはその先。


 星を見つけたら帰ってきてくれるの?」


「それは無理かな~」


 そう言ってテナーが空を見上げ、ルーエが気に食わないと言った顔でテナーを見る。


「まあ、そんな事だろうとは思っていたわ」


「たぶんここの次は西側に行って、それから中央……で、良いんだよね。ソプラ」


 テナーがそう言ってソプラを見ると、サンドウィッチをかじろうとしていたソプラが顔をあげ頷く。


 それを見てルーエがため息をついた。


「先は長いみたいね。ここまでは私が面倒見てあげるけど、次からは自分で頑張んなさいよ」


 その声を聞いてテナーが驚いて、食べる手を止めた。


「最後まで付き合ってくれるんじゃないの?」


「一度村に戻ってあんたの事報告しないといけないのよ。無事だったって事くらいは伝えとかないとみんな心配するでしょ?」


「それもそうか……頼んだよルーエ」


「言われなくても」


 そう言ったルーエの目は何故かとても悲しみを帯びていた。




 街を迂回するように、荒野を通り三人はアンティコ遺跡へ向かう。


「あんた達なんで手何て繋いでんのよ」


「こうしないとソプラがどこにいるかわからなくなるから」


 ソプラの足音は聞こえないから、とは言わない。


 そのせいでソプラはソプラで少し拗ねたような表情をして、ルーエも冷めた視線をテナーに向けた。


「な、なんだよ」


「別に良いけど、モンスターが出た時はどうするつもりなの?」


「その時には流石に手を放すけど」


「じゃあ、そろそろ話した方がいいかもね。結構な数いるみたいだわ」


 ルーエが先ほどまでののほほんとした雰囲気から一変して鋭い視線をあたりに向ける。


 それにつられてテナーもソプラの手を放し和太鼓を出現させると、間もなくあらわれた沢山のモンスターを迎える態勢をとった。


「来るわよ」


 ルーエがそう言って、ビュオオオォという風の音と共に篠笛を構える。


 それを待ったかのように、蝙蝠や狼のような姿をしたモンスターたちが襲い掛かって来た。




 ルーエが使うのは風の魔法。空気を圧縮し刃のようにして相手を切りつける。


 テナーが宙に浮かせることのできる炎とその数を比べると実に倍近い刃を作り出すことが出来るが、その刃は透明と言うわけではなく白の中にわずかに緑を足したような色をしていた。


 ギャーと甲高い声と共にモンスターたちが血の海に沈んでいく。


 その近くではグオオオォォと言う低いうめき声と共にモンスターが灰になる。




 逃げ出したモンスターもいるが粗方出てきたモンスターを退治し終わった時、テナーもルーエも肩で息をしていて、小さな傷をいくつも負っていた。


「何とかなったって所ね」


「もう一度出てきたらちょっと辛いけどね」


「あら、私はまだまだ大丈夫よ?」


「はいはい、俺はルーエには敵いませんよ~だ」


 テナーが首を振りながらそう言うと、ルーエが遠くを見ながら先ほどまでの勢いを忘れてしまったように「当たり前でしょ」と返す。


 ずっとテナーの陰に隠れていたソプラが心配そうにテナーの手を握るので、テナーはソプラの方を向いて笑顔を見せる。


「もう遺跡は目の前よ。少し休憩したら出発するから準備しておいて」


「了解」


 それから三人は適当に座れる場所を探し、腰を下ろして休憩を始めた。




 アンティコ遺跡。かつての文明が暮らしていたと言われる街の名残。


 石でできた家と道が特徴的と言えばそうだが、どこもかしこも破損していて人が住める場所は殆どない。


 むしろ家だったもの道だったものと名付けた方がしっくりくるようなものに囲まれ、三人はさらに慎重に歩いていた。


「最初に星を見つけた時って、モンスターが持っていたのよね?」


「持っていたと言うより取り込んでいたって言う方がしっくりくるけど、モンスターから出てきたのは間違いないよ」


 ここに来るまでに話していたことを再確認しながら、ルーエはいっそう神経を研ぎ澄ます。


「そして、そのモンスターは強くなっていたって事よね」


「少なくともスライムは巨大化していたよ」


「じゃあ、ここもそうなる可能性が高いわよね。


 それにしても星って本当に何なのかしらね」


 ルーエの疑問にテナーは答えることはせずに困ったように笑う。


「まあ、今はそんな事はいいわね。ねえ、テナー」


「何?」


「貴方一年前の事覚えてる?」


「一年前? 星が落ちた日って事?」


 要領を得ないルーエの問いかけにテナーがいぶかしげな顔をして尋ねると、ルーエが頷く。


「寝てたのか全然だよ。起きたら皆騒いでて、どうしたのって聞いたら星が落ちてきたって。


 ルーエもそれくらい知っているだろ?」


「ちょっと確認したかっただけよ。


 さて、無駄話をしている暇は無くなったかしらね」


「無駄話って……」


 ルーエの方からふって来たんじゃないかとため息をつくテナー。


 しかし、何かが近づいてくる音に集中を取り戻した。


 足音はほとんどしない。聞こえてくるのは唸り声と羽音。


「ボスが一匹と、雑魚が沢山って所かしら」


「ルーエが雑魚やってよ」


「それは出来ないわね」


 ルーエが笑って一足早く駈け出す。テナーもすぐに追いかけようとしたが、ソプラの存在を思い出し何とか踏みとどまる。


 姿を見せたのはルーエの倍くらいの大きさがあるんじゃないかと言う狼のようなモンスターとその周りを飛んでいる蝙蝠のようなモンスター。


 援護に回ったテナーは遠くから蝙蝠を撃ち落とすように炎の球をぶつけ、余裕が出来次第狼のモンスターに同じように炎の球をぶつけるが簡単にはじき返されてしまった。


 それどころかルーエに「邪魔しないで」と怒られる。


 ルーエは蝙蝠には一切目を向ける事無く狼の攻撃を紙一重でかわしながら風の刃を浴びせていた。




 ルーエが狼につけた傷。その一つ一つは小さくかったが、それも数が増えれば体力を奪いついにその巨体が倒れる。


 ルーエに関してもたくさんの傷を負い満身創痍と言った所。


「ルーエ、やったな」


 そう言ってテナーがルーエに駆け寄ろうと、数歩足を動かす。


 しかし、ルーエは「来ないで」とテナーを諌めた。


「どうしたって言うのさ、ルーエ」


「そう。これが落ちたって言う星なのね」


「ルーエ?」


 ルーエの様子がおかしい事に気が付いたテナーが心配したように声をかけると、背を向けていたルーエがソプラの音たる音符を手にしてテナーの方を見た。


 その顔は恨みと悲しみで歪んでいるようだった。


「これが、テナーが探していたものよね?」


「そうだよ。だからそれをこっちに……」


「渡さないわ」


「どうして」


 感情を表にだし、怒声を吐いたルーエにテナーが信じられないと言った顔で返す。


 ルーエは自嘲気味に笑うとテナーを見下すような目で見た。


「最後だから全部教えてあげる。


 テナー、あんたが居なくなった後、王国騎士に歯向かった村としてアパの村は制裁を受けたわ」


「制裁って……?」


 テナーの表情が絶望に染まり始める。


「分かり易く行ってあげようか? 火を放たれて村は無くなったわ。


 勿論そのせいで死んでしまった村の人もいる。生き残った人も反逆者として王国に追われている。


 これは、ぜーんぶテナーが騎士様に逆らい逃げ出したから」


「でも、それは向こうがソプラを捕まえようと……」


「そうね。その音をなくした歌姫様を助けようとしたのかもしれない。


 でも、そのせいで村は壊滅したわ」


 ソプラが歌姫。急な事実にテナーは驚きソプラの方を見た。


 ソプラは真剣な表情でルーエを見るばかりで真相は分からなかったが、テナー自身も何も言葉にすることが出来ない。


「しかも、この星。歌姫の音……なんだっけ?


 この星が各地に降り注ぎ、今回みたいにモンスターの手に落ちてしまったせいでモンスターが活性化して被害が増えたのよ。


 各街がモンスターに襲われるようになったのは、歌姫が歌わなくなり其の加護が消えたからって言われているみたいだけど、本当はさらにモンスターを活性化までさせていたのよね」


 ルーエの視線がソプラの方を向く。その目は人ではない何か卑しいものを見るかのように冷め切っていた。


 テナーはなかなか動かない口をそれでも何とか動かして問いかける。


「どうしてルーエがそんな事を」


「生き残った村人を見逃して貰うためにね条件をのんだのよ


 その条件を達するために必要だったから色々教えてもらったわ。


 実際必要以上を教えられたけど、村の人が人質として取られている以上私は裏切らない」


 暗に自分が裏切ったのだと言われたような気がしてテナーが苦い顔をする。


 しかし今はそれを言葉にはせずに、別の事を言った。


「その条件って言うのは?」


「一つ、この音符を集める事。一つ、歌姫を捕まえる事。


 そして最後の一つ」


 ルーエそこまでいうと篠笛に口を近づけて叫んだ。


「テナー、あんたを殺す事よ」


 瞬間、たくさんの風の刃がテナーに向かって飛んでくる。


 後ろにソプラがいる状況。下手に避けることが出来ずにテナーは可能な限りい相殺するために炎の球をがむしゃらに飛ばしたが、幾分か威力を下げただけで、テナーの身体に多くの切り傷を作る。


「はは、凄い威力ね。流石は歌姫の力って所かしら」


 ルーエはそう言いながら笑うと、捕まえていた音符を自分に押し付けるように自らに取り込んだ。




 パワーアップしたルーエの攻撃をテナーは辛うじで避ける事しか出来なかった。


 それでも、避けきれなかったものは存在し着実にテナーを追い詰めていく。


 対してルーエは休むことなく魔法を使っていたと言うのに、まるで衰える様子がない。


「これで最後にするわね。私にはほかにもやらないといけないことがあるから」


 テナーを思う存分いたぶり、少し興味をなくした声でルーエが言う。


 テナーはその言葉に何かを返すだけの体力も残っていなかったが、せめて最後にルーエに一泡吹かせてやろうと撥を構える。


 ドドンと和太鼓が鳴る音とピィーと言う篠笛の音、それからパチンと言う音が重なる。


 炎の球と風の刃がぶつかり、轟音と光、そして爆風が二人を襲った。


 しかし、それで炎も風も吹き飛んだかと言われたらそう言うわけでもなく、テナーの目には数多くの刃が無事な事が映っていた。


 それと同時に死を覚悟しテナーは目を閉じる。


 だらりと力なく両腕をおろして、痛みが来るのに備えたが想像していた痛みがなかなか来ないので薄く右目を開けた。


 それでテナーが見たものは、地面から生えるように現れた水の槍にお腹を刺され血を吐くルーエの姿。


「ルーエ!?」


 驚いたテナーがルーエの下へ駆け寄る頃には水の槍は消え、ルーエが地面にたたきつけられた。


 テナーはルーエの隣に座り込み、頭を膝の上乗せる。


 ルーエはそんなテナーを見ると、薄く笑ってゴホゴホと咳をした。


「何しに……来たのよ」


「ルーエ……血が……」


「私はテナーを殺そうとしたんだから……当然よね。


 気をつけなさい……歌姫は……貴方も殺すわよ……」


 ルーエは最期何とかそれだけ言うと、全身から力が抜けた。


「ルーエ?」


 無邪気な子供のようにテナーが声をかける。


「ルーエってば」


 テナーの声に悲しみが帯び始めた時、ルーエの中からソプラの音の欠片が抜け出た。


 それがふよふよとソプラの方へと飛んでいく。


 テナーはそれを追うように顔だけでソプラの方を見た。


 その顔は怒りに満ち満ちている。


 そんな中で音の欠片がソプラの中に入って行った。


「ソプラがやったの?」


 テナーが尋ねるとソプラが頷く。


 その時のソプラの表情が読めなくてテナーは少し恐怖を覚えた。


「どうして?」


 ソプラは困った顔をするだけで応えない。初めテナーはそう思い腹立たしかったが、ソプラが話せない事に気が付いた。


 しかし、それさえもテナーの怒りを煽るだけでテナーは低い声でボソッと呟く。


「もう、一緒には行けない」


 ソプラはその一言を聞いて一緒に驚いた顔をしたが、次第に納得したような表情になっていき、最後寂しげな笑顔を見せるとテナーに背を向けた。


 テナーは去っていくソプラの背を見ながら、何も考えることが出来なかった。




「ソプラは西に行ったんだろうな」


 遺跡から出てルーエの墓を作った後、テナーはそれに寄りかかりながら額の汗をぬぐった。


 冷たくなったルーエを地面に埋めながら、テナーはソプラの事を考えていた。


 最後に見せたソプラの笑顔が頭を離れない。


「ソプラは歌姫で、歌姫が歌わなくなったからモンスターが街を襲うようになった。


 街を襲うようになった理由の一つがソプラの音の欠片がモンスターの手に渡ったから。


 そう言えば、確かに今までモンスターに襲われなかったな……」


 何か考えていないと落ち着かないテナーは、今まで得た情報をもう一度確認するように言葉にする。


「ソプラがルーエを攻撃したのは音の欠片を取り返すため……何だろうな。


 でも、ソプラが歌わなくなったのは?


 歌わなくなったんじゃなくて歌えなくなったから、だと思う。


 音がないんだから。じゃあ、ソプラが音の欠片を集めるのは歌えるようになるため?


 確かにソプラは悪い事はしていないと頷いた。それを信じるならソプラがルーエを攻撃した理由も分からなくない……かな。


 モンスターに襲われる人を無くす事とルーエを生かす事。俺にはどっちが正しいかは分からないけど、ソプラはどちらかを選ばないといけなかったんだとしたら……


 大体なんでソプラの音が星になって各地に飛んでいったんだろう……」


 誰に言うでもなく呟いていたソプラが首を振る。


「俺は何も知らない。知らなすぎる。誰が悪くて誰が正しいのか。


 俺は知りたい。本当はどうなっているのか。幸い俺には帰る場所も守るモノもないんだから……」


 瞬間、テナーの頭の中でルーエが言った言葉が蘇る。


「歌姫は貴方も殺す」と言うルーエの言葉、その真意も全てを知ればわかるのではないか。


 そう思ったテナーは真っ直ぐ南へ首都クレシェの方へと歩き出した。




 テナーにとって初めての一人旅。話し相手すらいない、ただただあるきモンスターに出会えばそれを倒すと言う単調な作業にテナーは、わずかながら寂しさを覚えていた。


 そんな時耳を傾けるのは吹いてくる風の音、川の流れ、そして自らの足音。


「ソプラはこれを一人でやっていたんだよな……」


 あの華奢な体でとテナーは足を進める。


 ようやくテナーが首都の外観を捉え、もう少しでつくと言ったところで「そこの少年」と何処か聞き覚えのある声がテナーを引き留めた。


「俺に何か用ですか?」


「一緒にいた歌姫は一緒にいないようだな」


 テナーが声の主の方を向くとそこにいたのは、リュミヌの街で戦った王国騎士フォルス。


 テナーは警戒を強めて口を開いた。


「俺を殺しに来たんですか?」


「返答によってはそうなる。一緒にいた歌姫はどうした?」


「ソプラとは北の遺跡で別れました」


「やはり情報は正しかったと言うわけか」


「情報? ソプラの事知っているんですか?」


「それを教える義理は無いが……良いだろう。


 現在国の西側においていくつもの街で王国騎士が倒されると言う事件が起こっている。


 それを引き起こしていると言うのが歌姫一人だと言う情報があってな」


「ソプラが……」


「そう言うわけで、王国騎士の多くは西に集まっている。


 わたしは手薄に居なっている他の地方の偵察でこうやっているわけだが、そこで君を見つけたわけだ。


 さて、質問を続けよう。君は自分がしでかした事を償うつもりはあるか?」


「償い……そうですね。ありますよ」


 テナーの返答にフォルスが安心したような明るい声を出した。


「そうか。それじゃあ、我々の手伝いを……」


「でも、どう償うかは俺が決めます」


 フォルスの言葉を遮ってテナーが決意と共にそう言うと、和太鼓を構える。


 フォルスはそれを見て一つ溜息をついて、同じくドラを構えた。


「どう償おうと言うんだい?」


「それを決めるためにソプラについて知っていることを話して貰います。


 間違っているのはソプラか王国かそれを知るために」


「それをわたしが話すとでも?」


「力づくにでも」


 言うが早いかテナーが和太鼓を叩いた。




 熾烈な攻防の後、機動力に勝るテナーが辛勝しフォルスは地に伏せった。


「じゃあ、答えてください」


「あ、ああ。まさかここまで強くなっているなんてな……


 歌姫について……だったな」


 話を脱線させかけたフォルスにテナーが強い口調で再度口を開いた。


「そうです。ソプラについて。どうして王国がソプラを追っているのか、そもそもどうしてソプラの音が散ってしまったのか。


 分かる範囲で教えてください」


 フォルスはそこでようやく体勢を立て直し地面に胡坐をかく。


「歌姫の役割は知っているな?」


「歌で村や町を守るためですよね」


「ああ、おおよそはそうだ。そして、そうされると困る人がいたんだ」


「それが国王だって言うんですか?」


 テナーが信じられないと言う目でフォルスを見る。


 テナーは今の国王を見たことはなかったが、それでも、自分の国危険にさらすような国王はいるはずがないと思っていたのに裏切られたことになる。


 フォルスはテナーの言葉に頷くと口を開いた。


「君は知らないかもしれないが、ここ最近国王を支持する人が極端に減ってきている。


 元々国が行っていた主だった仕事はモンスターの駆除。王国騎士団も元はそのために作られたと言われている。


 それも大昔の話で一年前まで歌姫の力により街は守られていた。その間にかつての栄光でその地位を保っていた国王に疑問視する人が現れた。


 そうやって権威を失いつつあった国王が取った手段」


「それが、歌姫を歌わせないようにその音を国のあちこちに飛ばした……ってことですか?」


 話を聞いて不機嫌になったテナーが尋ねるとフォルスは頷く。


 頷きを見た瞬間、テナーの中でソプラに対しての罪悪感を抱かざるを得なかった。


「それともう一つ。歌姫の力はこの世界の魔法そのものと言っても良いそれがモンスターに渡る事でモンスターの活性化を図れる」


「それで、国の地位を取り戻す……と。そんな勝手な事をしているんですね」


 テナーの言葉にフォルスは首を振った。


 そのフォルスをテナーが訝しげな目で眺める。


「確かにわたしだって一人の少女を犠牲にして保身にかかるのは賛成しかねる。


 だが、もしもここで国が権力を失ったらどうなるか、考えたことはあるか?」


「さあ、俺は頭がよくないですから。でも、ソプラから音を奪ってまで認められる正当性があるとは思えません」


「戦争だよ」


「戦争?」


 短く言ったフォルスの言葉にテナーが疑問を口にする。


「このまま国王の地位が低下すれば反抗する輩が出てくる。いや、すでに出てきている。


 国の有力者が国王を打倒し、倒した後は今度は誰が国王になるかで争う。


 その時に流れる血はわたしにはどうしようもないが、モンスターによって流される血なら我々が何とかすることが出来る」


 それを聞いてテナーがそれが本当に正しいのかと思考を巡らせている間にも、フォルスは言葉を続けた。


「あとは、怖いのだ」


「怖い……ですか?」


「そう、歌姫の力は強すぎる。恐らく人が束になってもモンスターが束になっても勝てはしないだろう。だから、歌姫として生まれた人間は王宮に閉じ込められ、歌う事しか出来ないのだと叩き込まれる。


 自分には戦う力などないのだと思ってしまえば後はそれに気が付かれないようにするだけだからな」


 フォルスの言葉にテナーの眉がピクリと動く。


「ソプラは魔法を使ってましたけど」


「どういうわけか、今回の歌姫は知ってしまったらしい。自分には戦う力があるのだと」


「わかりました。ありがとうございます」


 テナーが聞きたいことは聞き終えたと判断しフォルスに背を向ける。


 その瞳は悲しみと決意に染まっていて、踏み出す足には力があった。


 そんなテナーをフォルスが呼び止める。


「君はどうする気だい?」


「分かりません。分かりませんが、ソプラと話をしてみようと思います」


「彼女がどこにいるのか知っているのかい?」


「いいえ」


 テナーが首を振った所で、フォルスが一つ息を吐いて口を開く。


「わたしの情報が正しければ彼女は西側でも音を取り戻したようだ。


 恐らく次に行くのは中央だろう」


「ありがとうございます」


「わたしが言えた義理じゃないのは分かっているが、彼女を、歌姫を止めてやってほしい。


 彼女はきっと深い悲しみを背負っているはずから」


 懇願するようなフォルスの声には答えず、テナーは真っ直ぐに中央へと足を向けた。




 首都クレシェ。この国で最も栄えているとも言える城下町。


 しかし、今はその面影はない。


 あちこちで煙が上がり、住民は身をひそめるように家の中に閉じこもっている。


 外にいるのは王国騎士団のみ。そのほぼ全員が地に伏している。


 そこに辿り着いたテナーは目を疑った。


「これを全部ソプラが?」


 石で造られた道に石で造られた家や店。それがところどころ崩されている。


 しかし、よくよく見るとソプラが通ったともう場所を見つけることが出来た。


 兵士が倒れ、被害が最も大きいところ。


 恐らくソプラが襲ってきた騎士意外には手を出さなかったがために生まれた道にテナーはほんの少し安心した。


 その道は真っ直ぐ王宮へと向かっていて、テナーはその道を歩き始めた。




 王宮の中は特にひどい事になっていた。


 むせ返るような血の匂いと壁に飛び散った血の色。


 階段は半分が崩れ、まるで廃墟。


 そしてこの王宮を廃墟足らしめている大きな理由。


「静か……だね」


 誰に言うでもなくテナーが呟く。


 沢山の人が居るのに生きている人の気配がまるでしない。


 ソプラはどこにいるのだろうかとテナーが足を踏み出すとテナーの足音だけが響く。


 人が沢山倒れている方へと足を進めテナーがたどり着いたのは謁見の間。


 その玉座でようやくテナーは生きている人間を見つけることが出来た。


「ソプラ……」


「テナー来てくれたんだね」


 透き通るようなソプラの声がテナーの耳を撫でる。


 まるで洗脳されるのではないかと言うくらいに心地よいソプラの声にテナーは心奪われそうになったが、ソプラの姿を見て首を振る。その、返り血に染まった赤黒いソプラの姿を。


「声……戻ったんだ」


「うん。それもこれもテナーのお蔭」


 そう言ってソプラが玉座から立ち上がり数歩テナーの方に向かって歩く。しかし、その足音は聞こえない。


「ソプラどうしてこんな事を……」


「どうしてって、私は自分の音を返してもらっただけだよ。そう、それだけ」


 ソプラの顔はうっすらと笑っていて、それが逆にテナーの恐怖心をあおる。


 テナーが何か言おうと口を開いた時、それを制するかのようにソプラが続けて話す。


「この一年、沢山嫌な事があったよ。


 音を奪われて、邪魔だからって殺されそうになって、何とか逃げだしても各地で聞くのは「何で歌姫が歌わなくなったのか」「自らの役割を放棄したんじゃないのか」みたいな事。


 私だって歌い続けていたかったのに、勝手な事を言われて。


 そんな時にテナーが私を助けてくれた。それはとっても嬉しかったよ。


 ようやく頼れる人に会えたんだって。自分の村よりも私を選んでくれたんだって。


 それは今でも感謝しているし、これからもずっと感謝し続けると思う。


 テナーに助けられたから、私は本当に音を返してもらうだけにしたの。邪魔してきた人しか殺してない。それは此処に来るまでに分かってくれたでしょ?」


 あまり感情の起伏のないソプラの言葉をテナーは必死に理解する。


 ソプラの置かれた状況。それは恐らく自分では到底耐えられるものではない。


 そうは思うけれど、とテナーは首を振る。


「だからって、ここまでしなくても」


「じゃあ、テナーは私に音が戻らなくても良かったって言うんだね」


「そうじゃなくて、もっとほかの方法が……」


「テナーはそう言うんだね……残念。ねえ、逆に聞くけど私がもっとほかの事考えられたと思う? 何度も殺されそうなったり、言われもない事を言われ続けたり。


 その上でテナーは私に手段を選ぶべきだったって言うの?


 テナーはあの時私を拒絶した癖に」


 徐々に鋭さを増していくソプラの言葉がテナーの心に刺さり、その顔を歪ませる。


 対してソプラはもう一度笑顔を作った。


「でも、テナーに感謝してるのは本当だよ。テナーのお蔭で私にも戦う力があるってわかったから」


「俺のお蔭……?」


「やっぱり気が付いていなかったんだね。テナーが魔法を使えるのって、私の音の欠片がテナーの中にあるからなんだよ?」


 ソプラにそう言われた時、テナーが最初に思い出したのはルーエの言葉。


 テナーがソプラに殺される理由。それはテナーがソプラの音をその身に宿しているから。


 でも、いつから? その疑問にテナーは一つ心当たりがあった。


 一年前、記憶がないところ。その直前テナーは確かに空から流れてくる星を見ていた。それが近づいてきて……


「テナーは一度死にかけて私の音の欠片を取り込んで生き返った。たぶんそんなところだろうね。


 そのテナーが私の音の欠片の力を使って魔法を使っていたから、テナーがピンチの時にもしかしたらと思って使ってみたの。そしたら上手くいった」


 ソプラがそう言いながら水の壁を自分の隣に出現させる。


 それから、ソプラはテナーを見据えた。


「私は私の音を全部取り返すつもり。これがどういうことか、テナー分かるよね?」


「戦うしか、ないの?」


「ごめんね」


 言うが早いかソプラが水の槍をテナーの足元から発生させた。




 ソプラが使うのは主に水の魔法。それを掻い潜りテナーがソプラと取り押さえようと奮闘する。


 テナーの魔法はソプラの音の欠片の力、テナーの成長も相まって一属性だけ見るとソプラの魔法とテナーの魔法はほぼ同等の力を有している。


 後は経験の差とでもいうのだろう、わずかに動きで勝ってついにテナーはソプラを抱きしめるようにして捕えた。


「流石テナー……だね」


「ソプラ、もうこんな事は止めて」


「それは無理、私にはやらないといけないことがあるから」


「やらないといけないこと?」


「今の世界を壊して、新しい世界を作る事。音の力が全部そろえばそれが出来るの。


 私を否定したこの世界はもういらない」


 ソプラはそう言うと、悲しそうな顔をして最後にぽつりとつぶやいた。


「テナー短い間だったけど大好きだったよ」


 その言葉がテナーに耳に届くのと同時にソプラが歌いだす。


 悲しみが音になったようなそんな歌を。


「あ……え……」


 その歌を聞いたテナーの全身から血が噴き出す。王宮は音を立てて崩れ始め、地面が揺れる。そして、空がうねり出した時、テナーの意識が途絶えた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 何もない草原に一つの家がポツンと建っていた。


 そこに住むのはとても歌声の美しい女性と、元気な男の赤ん坊。


 女性は綺麗な声で歌いながら、赤ん坊を抱きあげると恋人でも見るかのような瞳で赤ん坊を見つめ、それから「今度は幸せになろうね、テナー」と笑顔を作った。

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