四十六音目
「なんでこうやってテナーに会ったのか。
本当は言いたい事とか、訊きたい事とかあったんだけど、先にテナーが私に言っておきたい事とか訊いておきたいことってないかな?」
「ソプラは人の事、どう思っているの?」
「見かけたら遠ざけたいし、殺したいかな。居なくなって欲しいって思うよ。
多分、テナーがモンスター見た時に感じるのと変わらないと思う。
でも、テナーは別だよ? 後はユメとか、セグエも嫌いじゃないよ」
今まで見向きもしていなかったのに、ソプラが突然セグエの方にも視線を向けてきたので、セグエは驚いて声を出しそうになる。
しかし、悪しからず思われている事には安心して、息を漏らした。
自分がモンスターを見るのと同じように人を見ていると言うソプラに、テナーは「そんな事」と返したいが、続く言葉が見つからない事にショックを受ける。
「それで、テナーはどうして私のところまで来てくれたの?」
「本当は、ソプラに人を許してほしい、助けて欲しいって言いたかったんだ」
「だろうな、とは思ってた」
ソプラは特に機嫌を損ねた様子も無く、むしろ楽しそうにクスクス笑う。
しかし「でも」とテナーが続けるので、ソプラは首を傾げた。
「俺はソプラに人を守ってどころか、人を許してとは言えないよ」
「私はね、テナーが頼むんだったら許してあげようかなって思ってるよ?
もちろん条件はあるけど」
ソプラの声が暗くなるのだけれど、ユメは心の中で勝利を確信した。
ソプラが出す条件は恐らくテナーと共にいる事でだから、テナーが頷きさえすれば人は救われることになる。
テナー自身もソプラと一緒にいる事自体に不満はないだろうから、全ては思惑通りに進んでいると思っていたユメだが、テナーがその望みを絶った。
「やっぱり俺はソプラに強要する事は出来ないよ。
どうやったら、ソプラは許してくれる?」
「それじゃあ、言っている意味変わらないと思うんだけど、私はただテナーと一緒に居たい。
テナーだけは殺したくないんだよ。
でも、テナー。テナーは最後の星が何処にあるか知ってる?」
「俺の中……何だよね」
「うん。本当はテナーが持っているんだったらいいかなって思ってたんだ。
残りの四つが戻ってきた今、テナーが持っていてくれたら、テナーが何処にいるのか手に取るようにわかるから。
でもね、駄目なんだ」
「駄目って、どういうこと?」
「テナーが言っていた奪うものが、ここにやってくるから。
不完全な状態の私だと、多分勝てないよ。それくらいには強い相手だから。
仮に追い払えたとしても、人が住む地はただでは済まない。住む場所が殆どなくなってしまうか、海に沈んでしまうか。
テナーは嫌だよね?」
テナーがゆっくりと頷く。
もしかすると、ソプラも人も皆死んでしまう事になるこの選択肢だけは選んではいけないと心に刻む。
「だけど、最後の星はテナーの中にあって、いくらテナーの頼みでもテナーが死んで、他の人がのうのうと生きているのは私は許せない。
もしもテナーが死んだ時には、残りの人もみんな一緒にって思ってるよ。
だからテナー、選んで。今のままでいて私の戦いに人を巻き込むか、私が人を皆殺しにするか、私の力を全部テナーに渡すか」
「ソプラの力を、俺に?」
「うん、それで奪うものに勝てるかはわからないけど、今の私よりは可能性があるかもしれないから。
出来れば私は最後のを選んでほしいかな」
ソプラは願うが、テナーはその願いを良しとは思わない。
ソプラばかりが犠牲になる選択肢を取るくらいなら、自分が犠牲になりたいとすら思う。
テナーが考え込む中、ここぞとばかりにユメが口を挟む。
「お言葉っすけど、どれも選ばずにすむ方法があるっすよ」
「私から音を奪ったように、だよね」
「その通りっす。勿論、テナーから音が無くなる可能性があるっすけど、ソプラが手伝ってくれればまた簡単に取り戻せると思うっす」
「テナーから星を取り出すために、パカートさんが居るんだろうなって思っていたけど、つまりパカートさんが私から音を奪った敵って事だよね」
ここにきて、ようやくソプラが敵意を見せる。
向けられたパカートは悪びれた様子も無く、猫を被って話し始めた。
「お久しぶりですね。僕からは三度目になりますが、貴女から見たら二度目って事になりますか」
「音を奪うときに貴方はいなかったもんね。
居たのは確かオウサマだけだったから、扉の向こうにでもいたの?」
「想像にお任せしますが、もしも顔を見られたら困りますからね。
逃がした後に、何食わぬ顔で会うことが出来ませんから」
「って、事は中央からソプラを逃がしたのはパカートさんだったんすね。
ソプラが殺されたら、奪うものとの約束が果たせなくなるからっすか?」
「その通りです。他の人に殺されては、約束を果たしたと見なして貰えないかもしれませんから」
ユメとパカートとで話が別の方向にそれかけていたが、ソプラが「まあ」と声を出したので、二人ともぴたりと会話を止めた。
「別にパカートさんに特別恨みはないんだけどね。
お蔭でテナーに会えたと考えたら、少しは感謝してもいいかなって思うくらい」
「だったら、問題ないと思うんすけど」
「でもね、駄目なんだよ」
「駄目ってどういう事っすか?」
ユメの問いかけに、ソプラは悲しむように、憐れむようにテナーを見つめた。
「テナーはもう生きていないから」
「え……?」
ソプラの言葉に、テナー自身何を言われているか分からす、声が漏れた。
驚いたテナーの様子と何か言いたそうなユメを見て、ソプラは説明を追加する。
「正確にはテナーは今生かされている状態にあるんだよ。
既にテナーの心臓は動きを止めていて、心臓の代わりに私の星がテナーを生かしているの」
「ちょっと待つっす。いったいどういう事っすか」
「つまり、どんな方法でもテナーから星を取り出すのは、テナーを殺してしまうって事」
珍しく取り乱すユメを相手に、ソプラは冷静に言葉を返す。
テナーは自分のことながら、全く実感できずにどう反応していいのかが分からない。
「どうして、ソプラがそんな事が分かるんすか」
「だって、私の力の事だもん。分からないわけないよ。
どうしてテナーがこんな事になったのか私には分からないけれど、テナーならわかるかも知れないね」
「俺なら?」
自分なら分かると言われても、思い当たる節などなく、テナーは頭を捻る。
思い当たる節が無いと言う事は、寝ている時など意識が無い時に何かがあったのか。
そこで一つ思いついた。
亡くなったのは両親だけだったとテナー思っていた。
何故なら、自分が生きていたから。しかし、自分は一度死んだのだとしたら、タイミング的にもあそこしかない。
星が落ちた日、両親と共に居たテナーの視界が光に包まれたのだ。
以降の記憶はないけれど、想像に難くはない。星に当たったテナーは一度死に、当たった星をその身に取り込んで蘇ったのだ。
村の人たちが口を噤んでいたのは、テナーだけが生き残ったのが星のお蔭だと分かっていたからだろうか。しかし、尋ねるべき村人は居ない。
納得したような表情のテナーに、ソプラが話しかける。
「分かったみたいだね。だから、テナーからは星を取り出すのは無理だよ。
わざわざパカートさんに来てもらったんだけどね。
で、テナーはどうしたい? 私はテナーが選んだ事に喜んで従うよ」
再度突きつけられた選択肢に、テナーは閉口する。
一度自分が死んでしまったのだと分かった今、ソプラに星を返すのが最善だとは思う。死ぬのは嫌だけれど、これでソプラが人を守ってくれるのであれば喜んで選んだであろう。
しかし、自分が死んでしまえば、ソプラは人を滅ぼすと言う。
ソプラは自分の力をテナーに渡すことが望みらしいが、ソプラはまた人の犠牲になってしまうため、踏み切れない。何より、歌姫の力を手にしても扱い切れるか分からない。
選ばなければ、誰も助からない。
選べないでいるテナーの首筋に冷たい何かが当てられた。
「テナー、ソプラの望みを叶えてあげるっすよ」
「ユメ、何を?」
「ユメは少しでもユメが死なない方法をテナーに選んでほしいだけっすよ。
まあ、こうしているだけでほぼ死んだようなものっすけどね」
こうでもしなければ、テナーはソプラから歌姫の力を貰う選択をしないだろうからの強硬だが、同時にソプラへの挑発にもなるためにほぼ死を覚悟していた。
しかし、ソプラが何もアクションを起こさないことを疑問に思ったユメが、ソプラへと視線を移す。
「テナー、どれだけ脅されても大丈夫だよ。
テナーを殺す事は自分の死に直結するから、ユメはテナーを絶対に殺せないもん」
「折角、ソプラの願いを叶えてあげようと思ったのに、邪魔するんすね」
「無理に強がらなくてもいいよ?
ユメ、今は気が気じゃないでしょ?」
「バレバレっすね」
ユメがナイフを地面に落として首を振る。そのまま、テナーから離れたところで、ソプラが話し始めた。
「私は、テナーの決めた事に従いたいの。どう転んでも、私かテナーかしか生き残れないんだもん。
どうなっても、テナーを想い続けるために、テナーがくれるものは何でも欲しいの」
狂気にも似たソプラの愛情に、ますますテナーが何も言えなくなる中で、恐る恐るセグエが流れを断ち切った。
「ソプラさんは、テナーと一緒に居たいんですよね?」
「私、セグエは嫌いじゃないけど、変に期待させる人は好きじゃないよ?」
間のやり取りをいくつか飛ばしたような答えに、セグエは怯みながらも、確かに言葉を返す。
「ソプラさんが星の場所を分かるようになったのって、割と最近の事ですよね?」
「最近って言うか、オウサマ倒した後かな。セグエと初めて会った時には、分からなかったから探していたわけだし。
オウサマを倒したからと言うよりも、私の中で力が欠けた状態に慣れたからって感じなんだけれど。それがどうしたの?」
「だったら、ソプラさんにもユメさんにも思い当たる節があると思います。
最初にテナーの中に星があるって思い始めたきっかけって、覚えていますか?」
「テナーと手を繋いでいる間だけ、足音が……」
言っている途中で、ソプラが何かに気が付いたように口を閉じた。
ソプラの言葉を続けるように、セグエが話し出す。
「私は、今になって思うと、って感じですが、ソプラさんってテナーと手を繋いでいる間だけ足音がするんですよね。
つまり、テナーを介して歌姫の力がソプラさんに戻っていたって事なんじゃないかなと思いまして」
「セグエ、今の話本当?」
セグエが話し終えるかどうかくらいで、テナーがいち早く反応を示す。
頷いたセグエを見て、テナーがソプラの元に駆け寄り、握手を求めるように手を出した。
緊張した面持ちでソプラが握り返して、テナーがソプラの顔を覗き込む。
「どう?」
「完璧……ってわけじゃないけど、大丈夫そうかな」
「じゃあソプラ、今のまま……でいいかな?
ソプラを閉じ込める事はしないから、ソプラが人を許せるようになるまで人と一緒に暮らして、もしも許しても良いって言うなら今度こそ人が自分たちだけで生きていけるようになるまで見守っていてほしい」
「人と暮らせるように、外のモンスターは私が倒さないといけないよね?」
「えっと、それは……そうなんだけど……」
困って俯いたテナーの手を、ソプラが存在を確かめるように何度も握る。
顔を上げたテナーの目に映ったのは、悪戯っぽい笑顔だった。
「何てね。私はテナーとずっと一緒に居られたらいいよ」
「じゃあ、ソプラ。これからもよろしくね」
「うん」
大きな世界の中の、人が住む小さな陸地。
多くの血が流れたうえで密かに生まれた平和は、多くの人がその血すら知らないまま、始まった。




