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四十一音目

 一行がデリランテにたどり着いた時、西の大町はどこまでも騒がしかった。


 戦えそうもない女子供と老人が我先にと町から飛び出し、戦える男たちは海の方へと駈け出す。


 町の入口で誰に話しかけようとも取り合ってはくれず、人によっては罵声を浴びせてきたために、話を聞く事は諦める。


 仕方がないので交錯している叫び声から状況を窺う事にした。


「例のモンスターが現れて応戦したはいいけれど、想像以上に強かったって事みたいっすね。


 邪魔になる人は町を離れて、戦える人だけが残っているみたいっす」


「じゃあ、早く海の方に行かないと」


「そうっすね。でも、その前に確認っす」


 今すぐにでも助けに行きたいテナーは、ユメに制止させられ不満そうな顔をした。


「どんな状況でも一度様子を見るっす。


 どんな状況でもモンスターの前に出ていくのは、ユメとフォルスさんだけっす」


「分かってる」


「テナーがすべきことは何っすか?」


「モンスターから隠れて、魔法の準備をする。それをモンスターにあてる」


「大丈夫っすね。それじゃあ、行くっす」


 ユメを先頭にして一行は海に向かって走り出した。




 デリランテの町は海に近づくほどに、悲惨さが増していた。


 時折、潰れた建物から助けを求める声が聞こえ、テナーが助けに行こうとする度に他のメンバーがそれを阻む。


 ようやく、モンスターの姿が見えた時には、まともに建っている建物は一つとしてなかった。


 何とか高さを保っている家に隠れて、ユメとフォルスが様子を窺う。


 無数の触手を持つ、人程度なら軽く食べられるであろう、ブヨブヨとしたモンスターがこちらも数えきれないほどの人と向き合っていた。


 人々はそれぞれに楽器を持ち、思い思いに攻撃をする。


 しかし、どの魔法も触手を傷つけるだけで、決定打には程遠い。


 逆にモンスターは、触手の一振りで直撃した人を戦闘不能においやり、辛うじて避けた人も強風によって体勢を崩した。動きを止めてしまった人は別の触手に捕えられ、海の中に引きずられていく。


「モンスターの攻撃、見えるっすか?」


「見えるけど、これを避け続けるとなると難しそうだね」


「じゃあ、セグエの魔法があれば余裕っすね」


 ユメとソメッソで話を進める中、テナーが心配そうに「大丈夫なの?」と声を掛ける。


「大丈夫っすよ。見たところ、スライムと違って物理攻撃全般が効かないって事はなさそうっすから。セグエとソメッソさんは、フォルスさんの援護に回って欲しいっす」


 名前を呼ばれた二人がゆっくり頷く。


「あとは、逃げずに頑張っている人たちがさっさと逃げてくれればいいんっすけどね」


「それは私が何とかしよう。これ以上犠牲が出るのは、私も耐えられないからね」


 自信と怒りに満ちたフォルスを、他のメンバーが不思議そうな顔をしてみる。


 フォルスは一人物陰から姿を現すと、力いっぱいに銅鑼を鳴らして人々の注意を惹いた。


「そのモンスターは王国騎士団七番隊が預かる。命が惜しい者はこの場を離れろ」


 炎の龍に睨まれた人々が、誰ともなく「逃げろ」と走り出す。


 背を向けた人にモンスターは触手を伸ばすが、フォルスの龍が触手を遮った。


 モンスターが逃げる人を集中して狙ったお蔭で、フォルスは余裕を持って魔法を使い、逃亡を手助けする。


「良かった……でいいんすかね」


「皆逃げてくれてよかったと思うけど……駄目だったの?」


「全員居なくなったって事は、命を懸けてこの町を守ろうとしていた人は……」


 ユメは言葉を飲み込み首を振る。


「今は、フォルスさんを助ける方が先っすね。他に狙うものも無くなって、本格的にやばそうっすから。


 後ろは任せたっすよ」


「分かった。ユメも気を付けて」


 走っていくユメの後ろ姿を見ながら、テナーは自分の仕事に取り掛かる。


 少し遅れて、セグエとソメッソも自分の楽器を出現させた。




「フォルスさん、大丈夫っすか?」


「大丈……夫ではあるが、よく……話しながら避けられる……ね」


 既に無数の触手からの猛攻を凌いでいたフォルスの元にユメが駆けつける。


 先端になるほど触手は細くなるが、太い所では巨木ほど。


 一振りで家を破壊するため、掠っただけでも大ダメージは避けられない。


 しかも、下手なモンスターよりも素早い動きをするため、一瞬の油断が命取りと言う場面においても、ユメは余裕を見せていた。


「ユメとフォルスさんは条件が違うっすからね。


 ユメは当たってもいいっすけど、フォルスさんは掠るのすらアウトっす」


「ユメ君も、当たったら……痛いと、思うけどね」


「ユメは痛みに鈍感になれるっすから、って事でここからが本番っすよ」


 ユメがモンスターの本体に向かってナイフを投げる。


 簡単に触手に阻まれてしまうが、本体を狙えば触手の動きを制限できると分かったユメは満足そうにフォルスを見た。


 フォルスも隙を見て銅鑼を鳴らし、本体への攻撃をする。


 狙いはテナーの存在を気づかれないようにすること。


「テナーの準備が整うまで、一分くらいっす。頑張るっすよ」


 ユメがフォルスに声をかけても、フォルスは返す余裕が無かった。




 フォルスとの技比べをテナーは思い出しながら、和太鼓を叩く。


 確かに一撃の威力はフォルスよりも、テナーの方が上だった。


 しかし、テナーが最大級の火力を出すには時間がかかる。


 自分が準備をしている間にも、ユメとフォルスが危険な目に合っていると、テナーは焦っていた。


 焦りが手元を狂わせ、さらに時間がかかる。


 テナーの様子がおかしい事に、セグエが気がついた。


「テナー、落ち着いてください」


「分かってるけど、急がないと」


「急いだ結果、遅くなっているのは分かっているんですよね?」


 強い口調のセグエに、テナーは黙って頷く。


「わたしも手伝います。だから、安心して続けてください」


「セグエが手伝う?」


 テナーが首を傾げつつも、演奏を再開する。


 セグエはテナーの叩く和太鼓に耳を傾けた。


 ムルムランドでテナーとルーエが一緒に演奏しているのを聞いた時から、セグエは自分も同じことが出来るのではないかと考えていた。


 だが、セグエの魔法は二人の魔法とは毛色が違う。どうすれば自分が演奏に混ざれるか、セグエには想像が出来ていなかった。


 気が付いたのは、つい最近の事。


 テナーの魔法は時間がかかっていた。ただの――と呼ぶには違う感じもするが――炎球を、時間をかけてフォルスの龍にも勝るものに変えていく。


 そこでなら手伝える。


 炎球がより燃焼しやすいように風を、空気を与える。


 激しいテナーの演奏に掻き消されても、そっと寄り添うように鳴らした音は、セグエの思惑通りに作用して、テナーの焦り分を少しだけ取り戻した。


「セグエ、ありがとう」


 テナーはお礼を言ってから、出来上がった炎球をモンスターに向かって放った。




 一分と言う時間は短いけれど、永遠のように長い。


 フォルスは触手をよけながら実感していた。


 最初こそたかってくる虫を払いのける程度だった――それでも威力は凄まじいが――が、気を引く為の攻撃がモンスターを逆撫でているのか、確実に攻撃が激しくなっていく。


 補助魔法がかかっている自分とは違い、隣で一緒にモンスターの気を引いている女性は生身で同じことをやっている。


 負けていられないと自分を鼓舞し、何とか食らいついた。


 一組の男女に気を取られていたモンスターは、急に現れた青白い炎に対応できなかった。


 触手で自らを守る事も出来ず、ブヨブヨとした身体から僅かにジュッと焼ける音がして、小さな穴が開く。


 内側から焼かれる感覚に、触手を痙攣させたかと思うと、膨らみ、破裂し、ボタボタと肉をあたりにまき散らした。


「終わった……のか?」


 無くなった本体と動かない触手に安心したフォルスの口から、言葉が洩れる。隙が生まれる。


 最初に来た衝撃で突き飛ばされた。ユメにやられたのだと気が付いたフォルスが、何かを話そうとしたとき、急に視界が暗くなり二度目の衝撃がやって来た。


 伸ばした右腕の感覚がなくなり、代わりに二の腕辺りが熱を持っている。


 吹き飛ばされ、地面で身体を擦った時の痛みと二の腕の熱さが同一のものだと分かった時、熱は耐え難い痛みへと姿を変えた。


 それでも意識を保てたのは、偏にフォルスの精神力の為。


 助けてくれた女性はどうなったのかと、その姿を見つけた時、フォルスは自分が動揺していくのが分かった。


 片膝をつくユメの、膝から下が存在していない。


 早く止血をして、ユメを救わなければと起き上がろうとしたが、ユメがフォルスに向かって制止の動作をした。


 よく見れば、ユメの前には箏が出現していて、乱雑にジャランと弦を引っ掻く。


 箏の近くにいたユメの足はすぐに姿を取り戻し、遠く離れたフォルスの腕の血も止まった。


 ユメは元に戻った足で立ち上がり、空を見上げる。


「私の足は美味しかったですか?」


『あの蛸を倒せるほどのものがどれほどかと思えば、なるほど、面白い』


 ユメの視線を追ってフォルスが見つけたものは、フォルスが魔法で出す炎とは違う、龍そのものだった。


 鋭い牙は厚い壁も難なく噛み砕けそうで、二本の長い髭を蓄え、体中を固い鱗が覆っている。


 白いたてがみはまるで雲のようで、フォルスの目には神々しくも見えた。


 人の言葉を操れるらしく、低く下腹に響くような声をしている。


「あら、話せるのですね」


『違うな。こちらがお前らに合わせてやっているのだ。


 本来、お前らのような弱小種族の言葉など解せずとも、食らってしまえばよいのだからな。


 実際食らってきたわけだが、あまりにも矮小で退屈だったのだ。


 ようやく、骨のある奴に出会えたがために、光の玉を手にして得た、他種族との意思疎通の手段を使こうてやろうと思ったのだ』


 龍の言葉を頭に片隅で蓄積しつつ、ユメは現状を打破する方法を模索する。


 先ほどの一撃で理解してしまったから。今倒したモンスターと目の前の龍は、レベルが違いすぎると。


 自分一人でも負ける可能性がある相手で、今は一人ですらない。


 最悪のパターンは、心配して姿を見せたテナーが食い殺されてしまう事と回復する暇も無く自分が殺されてしまう事。


 テナー達にも聞こえるように、わざと力一杯に箏を鳴らしたので、今すぐテナーが駆けつけてくることはないだろう。テナーが駆けつけようとしてもセグエが止めるはず。


 最良のパターンはテナーの攻撃で被害なく龍が倒れるか、このまま帰ってくれるか。


「他種族とおっしゃいましたよね。先ほどのモンスターは、貴方の差し金だったんですか?」


『時間を稼ごうとしておるわけか。一瞬の生にしがみついておるのか、まだ我をどうにかできると思っておるのか……


 蛸を殺った方法で我をどうにかできるとは思わぬことだ。あの炎の玉はお前の後方より現れた。つまり、まだ仲間がおるのだろう? 良からぬ動きを見せた時には、お前らは皆我の腹の中だ』


 考えを読まれ、ユメは悔しそうに噛みしめる。


 もしも龍をどうにかできるとすれば、こちらを圧倒的に弱者だと思ってくれている事から切り崩すしかない。


 また、龍の発言からテナーの魔法は有効かもしれないと言う事が分かる。


『冥土の土産だ。わずかにお前らに付き合ってやるのもよかろう。


 お前の想像通り、あの蛸は我が差し向けた。網の向こうに食料がいる、とな』


「網と言うのは何ですか?」


『網とは、網だ。この陸地を覆い我を含めあらゆる生物を寄せ付けまいとしていた。


 まあ、この極少な地を気にするものも居なかったがな。


 だが強力な力を使って守りを築いている事に気が付いて興味が沸いてな。


 守りが緩み、蛸ならば潜り込めるようになったので、けしかけたのだ』


「では私達を殺してしまう前に、ゲームをしましょう」


『ゲームとな』


 龍が興味深そうに笑う。


 話に乗ってきてくれ事にユメは安心したが、すぐに気を引き締めて話を続ける。


「わたし達は網の源を知っています。それをどうにか聞き出してから殺すと言うのはどうでしょう?」


『言葉に偽りはないな?』


「決して」


『だが、お前はどうやっても何も言うまい。何よりも、光の玉を手に入れて以来、我は食うたものの知識を取り入れることが出来る。


 わずかな時間であったが、楽しかったぞ、小さき者よ』


 交渉が決裂し、ユメが舌打ちする。


 幸いこの状況で、まず狙われるのは自分だろう。狙うなら目か。


 まさか目までナイフを寄せ付けないと言う事はないだろう。


 ユメがナイフを構え龍を見据えた時、背後から思いもよらない声がした。


「狙うなら、先に俺を狙え」


「テナー……何やっているんですか」


 ユメが頭を抱える中、龍は動きを止めて方向を変える。


『死に急ぐか。何とも興味深い。望み通りお前から食らってやろう』


 巨体に見合わない速さと、巨体から生まれるプレッシャーに、テナーは逃げることが出来ずに目を閉じた。


 恐らく一瞬で龍の腹に収まると思っていたテナーだが、いつまでたっても痛みは来ない。


 もしや、痛みすらなく死んでしまったのだろうかと、恐る恐る目を開ける。


 しかし、目を閉じる前と変わらない。違いがあるとすれば、自分に向かってきていた龍が地面に横たわっている事とその前に一人の少女が立っている事。


「ソプラ……なの?」


「テナー、久しぶりだね」


 出会って初めて聞いたソプラの声はとても澄んでいて、耳をくすぐるようで、とても心地よいものだった。

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