四十音目
海からある程度離れた小さな村にやって来たテナー達は、そこに海沿いの町から逃げてきたと言う人物がいると言う事で話を聞く事になった。
木で作られた壁に、テントのような三角の住居が並ぶ草原の中にある村は、沢山の動物を育てながら生活をしているらしい。
人が住んでいる場所よりも、柵で囲われた動物のスペースの方が広い。
一口に動物と言っても、何種類にも分けられていて、テナーとセグエとユメは柵に背中を預けて暇そうにしていた。
「何で俺達は行っちゃ駄目なの?」
「説明したっすけど、中央の兵士って事で特別に会わせてもらえるんすからね。
隊長のフォルスさんと一応兵士をやっているソメッソさんはともかく、ユメ達じゃ信用して貰えないっすよ」
「わたしやテナーは見るからに若すぎますし、ユメさんが兵士って言うのも違和感がありますしね。
どちらかというと、身分の高いお嬢様って感じです」
「まさか、ユメが可愛いのが仇になるとは思ってなかったっすね」
軽口を叩くユメを、残りの二人が白い目で見る。
村に来るまでの間に、だいぶ冷静になったテナーが思い出したように声を出した。
「町を襲ったモンスターなんだけど」
「どうしたんっすか?」
「もしかしたら、外から来たモンスターなんじゃないのかなって」
「どうしてそう思うっすか?」
「どうしてってわけじゃないんだけど。何となく、可能性はありそうだなって思って」
自信がなくなりテナーの言葉が徐々に小さくなっていく。
少し考えたユメは「セグエはどう思うっすか?」と問いかけた。
「外から来たモンスターか、星を持っているモンスターか。五分五分って所でしょうか。
いえ、外から来たモンスターと言う方が可能性は少し上って感じですね。
流石に、一般的なモンスターって事は無いはずです」
「外からの可能性が高いと思うのはどうしてっすか?」
「わたしは直接星を持ったモンスターと対峙た事がないので分かりませんが、多分単独で町一つ破壊できるほど強くはないと思うんですよね。
少なくともムルムランドにいた狼は、すぐには町を襲わなかったです。
……あと、人が食べられていたんですよね」
セグエの表情が暗くなる。一方ユメは表情を変える事無く「そうっすね」と返した。
「ふと思ったんですけど、モンスターってあまり人を食べないんですよ。
普段から人を餌としているモンスターが居た場合、それこそ凶悪モンスターとして知れ渡っているはずなんです。
だから、急に力が強くなったからと言って、いきなり人を大量に食べるって事はないと思うんです」
「セグエの言う通りっすけど、むしろ今になって被害が出たって言う方が根拠になりそうっすね。
星が落ちたのは一年以上前っす。人を食べるのであれば、このモンスターはなんで一年間も潜んでいたのかという謎が残るっす。
それよりも、この一年の間に徐々に歌姫の守りが無くなってきて、外のモンスターが大陸にやってこれるようになったと考える方がそれっぽいっす」
セグエが頷く横で、テナーが真面目な顔をして頭を悩ませていた。
テナーの様子に気が付いたユメが尋ねる。
「何か言いたい事でもあるっすか?」
「二人とも、よくそんなに思いつくなと思って。俺は何となくでしか思ってなかったのに」
「適当っすよ」
「そうなの!?」
「まあ、テナーは勉強は苦手そうっすからね」
笑うユメに言い返す言葉が無くて、テナーが黙り込む。
それから少しして、フォルスとソメッソが三人の所にやってきた。
「待たせたね」
「どうだったんですか?」
待っていましたと、食い気味にテナーは問いかけるが、フォルスはいたって冷静に言葉を選んだ。
「話を聞いた子は今でも怯えていてあまり詳しい事はきけなかったが、襲われたのはちょうど私達が中央を出たくらいのようだ。
丸に近い不定形の身体から、無数の太い触手が伸びているらしい。
本体は海から出ようとはせず、触手だけで町を破壊したのだと言っていた」
「壁を壊していたのも触手ってことっすか。
やっぱり人を簡単に丸呑みできるくらいの大きさはありそうっすね」
「一応町の人がどうなったかも尋ねてみたが、答えは返ってこなかった」
「あの反応を見るに、推測通り食べられていたんだろうな」
フォルスが話しながら肩を落とし、ソメッソは淡々と事実を述べる。
正反対の二人にテナーが問いかける。
「他の町はどうなんですか?」
「いくつかの村や町で被害が出たそうだが、今は一部を除いて海沿いの町や村の住人は避難しているらしい」
「一部って言うのは……」
「デリランテっすね」
「その通りだ」
呆れたような声のユメに、フォルスが首を縦に振る。
「どうして逃げないの?」
「デリランテは西で一番大きな町っす。要するに領主が住んでいるんすよね。
恐らく中央に手柄を取られないように、自分の住む町で撃退しようとか考えているんじゃないっすかね」
「本当にそうらしい。最初の町で被害があった直後、デリランテから避難命令が出されたらしいからね。
どうやら、デリランテ自身を囮にして、誘われて来たモンスターを返り討ちにしたいらしい。戦力をデリランテに集めていると言う話を聞いたよ」
「まあ、現実的と言えば現実的かもしれないっすね。
いつどこに現れるか分からないモンスターを相手にするよりは、どこに現れるかを絞っておいた方が対策は取りやすいっすし。
内陸に逃げるって言うのも一時しのぎにしかならないっすしね」
「じゃあ、急いでデリランテに行かないと」
「そうっすね。デリランテ側が勝っても負けても、その場にいないと後々困るっすしね」
話はデリランテに向かいながらだと、ユメとテナーはデリランテへと足を向けた。
当初の予定とは異なり、一行は内陸の道を使ってデリランテへと歩みを進めていた。
風吹く草原に作られた道の上で、テナーがユメに問いかける。
「デリランテが勝ったら、俺達が間に合わなくてもいいんじゃないの?」
「もしも、星を持つモンスターだった場合ユメ達は任務失敗って事になるっすから駄目っすよ。
星をどこの誰とも知らない人に持って行かれたら、探しようがなくなるっす」
「あ、そっか」
納得するテナーの後ろから、フォルスが落ち着いた声を出す。
「ところで、モンスターと対峙した時はどうするんだい?」
「生半可な攻撃だと、全く意味無い気がするでかさっすからね。
ユメ達の最大火力をぶつけてみてって感じっすかね。
具体的には、もっとも攻撃力の高い魔法を使える人を大事にするっす。前衛が注意をひいて、その間に後衛が必殺の一撃をモンスターに食らわせるって感じっすね」
「つまり、フォルスさんが後衛って事?」
「もちろんテナーが後衛っす」
思わぬユメの言葉にテナーが驚き、フォルスが訝しげな目を向ける。
「流石にテナー君よりも、私の方が火力があるんじゃないかな。
私なら動きながらでも問題なく魔法は使える。テナー君を無理に危険な目に会わせる必要はないよ」
「って主張みたいっすけど、皆はどう思うっすか?」
「悔しいけど、俺はやっぱりフォルスさんの方が強いと思う」
「これで二対一っすね。セグエはどう思うっすか?」
多数決を取り始めたユメに対して、セグエはすぐに答える事はせずに「やっぱりそう言う事なんですね」とユメに問い返した。
ユメは意味深な笑顔を向けつつも、「何の事っすか?」ととぼける。
セグエはため息をついてから「テナーの方だと思います」と結論を出した。
「って事で、ラストはソメッソさんっす。
ムスッとしているっすけど、もしかして自分が候補にすら上がらないから拗ねたっすか?
相手が海にいるから地面割ってもどうしようもないだけで、普通のモンスターの殲滅能力ならソメッソさんが一番っすよ。
一対多のスペシャリストっす」
「拗ねていないし、無理に持ち上げなくていい。ムスッとした顔は元からだからな。
多数決を取るのではなく、実際に使って貰ったらいいんじゃないか?」
「流石ソメッソさんっすね。二人ともいいっすか?」
わざとらしく、感心したようにユメは手を叩き、テナーとフォルスの方を見た。
二人がそれぞれ頷いたのを確認してから、道の外れに場所を移動した。
「やるのはいいんだけど、多分俺勝てないよ?」
テナーの謙遜ではない言葉を、ユメは首を振って否定する。
何故ユメが此処まで自信を持っているのかわからないテナーは、疑いの目をユメに向けた。
「アドバイスをするならっすね。どうやったら、高火力の魔法が使えるかを考えるって所っすかね」
「どうやったらもなにも、俺の魔法は炎球を飛ばすだけだよ。確かに、旅の中で威力は上がって来たけど、フォルスさんに勝てるなんて……」
「炎球がどうなったら、強そうっすか?」
テナーが「何の事?」と問い返す前に、ユメはその場から居なくなっていた。
テナーとフォルスのちょうど真ん中まで歩いてきたユメが「じゃあ、始めて欲しいっす」と大声を出してから、安全なところまで離れる。
和太鼓と銅鑼、それぞれ楽器を出した所でテナーの頭はユメの質問でいっぱいだった。
炎の玉がどうなったら強そうか。
すごく熱くなれば強いのかもしれない。熱くて大きい。
でも大きさで行くと、スライムの洞窟の入り口で思いっきり叩いた時の炎は、今思うと見た目だけでスカスカだったようにテナーは思う。
では逆に小さくした方が、強いんじゃないだろうか? ギュッと固めるように。
いや、今回の敵は大きいんだっけ。
いくら高温でも、小さいとダメージは入らないかもしれない。だったら……。
テナーの頭の中にリズムが生まれる。今までとはまた少し違うリズム。
力強く且つ繊細なリズムを、テナーは操られるように刻んでいく。
ドンッと力任せに叩いた音が炎の温度を上げるなら、カッと高く鳴らした音で炎を圧縮する。
ダダダと細かい音で微調整を行い、また初めに戻る。戻りながらも、音の数が増え、最終的にテナーが手を止めた時、ふわふわと浮かぶこぶし大の青白い炎からは暑いほどの熱気が放たれていた。
テナーの準備が出来たと認識して、フォルスも銅鑼を叩き炎の龍を出現させる。
フォルスはテナーの炎球を、テナーはフォルスの炎龍を睨み付け、どちらともなく自らの楽器を手に持つ撥で叩き付けた。
二つの形の違う炎は、テナーとフォルスの間でぶつかり、龍が玉を飲み込むように取り込む。
フォルスが勝ちを確信した瞬間、テナーが撥を高々と掲げ、皮を破るような勢いで鼓面にぶつけた。
直後、耳をつんざくような轟音と共に、炎の龍が爆発した。
草原を駆け抜ける熱風は、立っているのが難しいほど。
音と風が無くなり、静まり返った所でユメが満足そうに「決まったっすね」と声を出した。
「ああ、テナー君の方が一枚上手だったみたいだ。だが……」
勝負に負けたフォルスは、清々しさと同時に違和感をぬぐいきる事が出来なかった。
目の前の少年の早すぎる成長速度もそうだが、何よりも……。
「テナー君の魔法は……」
「テナーの魔法がどうしたんっすか?」
「ユメ君は知っているのか?」
「何の事っすか?」
言葉と裏腹な、全てを分かっていますと言いたげなユメの笑顔に、フォルスは何を悟ったのか「分かった」と短く返した。
「テナー凄かったですね」
勝負に勝ったテナーの元へセグエが近寄り声を掛ける。
しかし、テナーは自分がやった事が理解できおらず、ポカンとしていた。
「えっと、俺が勝ったの?」
「そうですよ。テナーの勝ちです」
「フォルスさんの龍が爆発したように見えたんだけど、俺がやったの?」
「はい、テナーの魔法です」
半信半疑のテナーに対して、セグエははっきりとした口調で返す。
「ねえ、セグエ」
「どうしたんですか?」
「何で俺はこんな魔法が使えるんだろう?」
「それは……」
テナーの素朴な疑問に、セグエは返す言葉が見つからなかった。




