三十八音目
無事にテナー達が行政区にある家に戻った時には、ソメッソが既に中で待っていた。
帰ってきたテナー達を見て、わずかに安堵を見せたソメッソに、ユメが嬉々として話しかける。
「無事帰って来たっすよ。王様にも挨拶してきたっす」
「そうか」
「……想像していたのと反応が違うっすね。もしかして知っていたっすか?」
ソメッソの予想外の反応に不満そうな顔をしてユメが腕を組む。
テナーは良くこんなにいつも通りでいられるなと、感心したように見ていた。
「オレ達が王の所に行ったら、すでに居なかったからな。
行くなら、お前たちが行った所だろうとは想像が出来た」
「だとしたら、帰って来た時にもう少し安心したような反応してくれてもいいじゃないっすか」
「ユーバーがいて危険な事にはなるまい。
むしろ、王の方が大丈夫だったのか気になる所だな」
「まあ、殺そうと思えば殺していたと思うっすけど」
バツが悪そうに顔をそむけるユメを見て、セグエがクスクスと笑う。
「ところで、これからどうするんですか?」
「できれば先に何があったか教えてくれると助かるんだが」
セグエの問いかけを、ソメッソが遮る。
ソメッソの疑問に対して、テナーが説明を始めた。
「資料を探している時に王がやってきて、好き勝手に話して、星を取って来いって命令して帰って行ったよ」
「王様もずいぶん嫌われたもんっすね」
「ソプラを“アレ”って呼んでたから」
「今の説明じゃ分かり難かったかもしれないっすけど、その辺含めて明日って事で良いっすか?
今日は持って来た資料を読み込まないといけないっすから」
怒りをあらわにするテナーの代わりに、ユメが場をとりなす。
二人のやり取りに何となく状況を察したソメッソが、「では今日はもう休むとしよう」と部屋に戻っていく。
続いてユメも資料を読むからと部屋に戻り、リビングにはテナーとセグエだけが残された。
「テナーは部屋に行かないんですか?」
「セグエだって残ってるでしょ?」
先ほどの熱が冷めきっていないテナーが、不貞腐れたように口を尖らせる。
「テナーはソプラさんが“アレ”と呼ばれていた事が嫌だったんですよね」
「セグエは何とも思わなかったの?」
「わたしも嫌でしたよ? ですが、テナーはソプラさんを完全に好意的な目では見てないですよね。
一緒に旅をした仲間であり、幼馴染を殺した敵でもありますから」
「そうだけど……」
「だけど、ソプラさんの肩を持ちたかったんですよね」
諭すようなソプラが何を言いたいのか分からず、テナーは黙ってしまう。
「わたしはそれでいいと思いますよ。テナーの中でソプラさんは友達とか仲間だと思っていると言う事でしょうから。
ソプラさんが人ではない、と言うものへの答えでも何でもないですが、これでは駄目ですか?」
「どうして俺がその事を……」
「どうしても、こうしても、バレバレでしたよ。それでは、おやすみなさい」
テナーの言葉を遮ってセグエが自分の部屋に戻っていくのを、テナーは心が晴れたような気持ちで見ていた。
夜が明けて、朝食を食べ終わったところでユメが「昨日の話っす」と切り出す。
「王が言っていた事とかについても話していいんだよね?」
「そうっすね。テナーは王様に対して何か疑問に思った事はあるっすか?」
「やっぱり、歌姫は人じゃなかったの?」
「間違いないっすね。あくまで資料を読んだところって感じっすけど、外から来たモンスターに人が滅ぼされそうになったところを助けた、おんなじ外から来た存在みたいっす。
魔法を人に与えた存在ってだけで、人とは一線を隔しているっすから、今さら驚くような事じゃないと思うっすけど、テナー的には困るっすか?」
「全然。一応はっきりさせておいた方が良いかなって思って。
若返るって言うのも本当なの?」
テナーの迷いのない答えに、ユメは感心しつつ、頷く。
「人の一生と同じくらいの周期で若返るらしいっすね」
「でも、若返るだけですよね? その時記憶ってどうなるんですか?」
「流石、セグエ。良い所に目をつけるっすね」
ユメは拍手をしてから、「王様の別の言葉にも関わってくるんっすけど」と話を続けた。
「基本的に記憶は無くならないらしいっす」
「待って、ソプラって物知りそうじゃなかったよ?」
「テナーよりは物知りだったっすけどね」
ユメの軽口に対して、テナーは悔しそうにユメを睨み付けることで返した。
「テナーの言う通り、ソプラはどちらかと言えば世間知らずって感じっすよ。
少なくとも、ユメ達の何倍、何十倍と生きているとは思えないっす。
でも、歌姫も想定していなかった例外があったんすよね」
「大陸を外のモンスターから守るってところでしょうか?」
「正解っす。歌姫が人に魔法を与えたのは何でだったか覚えているっすか?」
「モンスターに対抗する力を与える為、だったよね」
テナーが答えて、ユメが頷く。
しかしテナーは、それがどうしたの、と言いたげに眉間にしわを寄せた。
「逆に言うと歌姫は、外から来るモンスターを抑えるので精いっぱいだったって話っす。
正確には外から来るモンスターから人を完全に守るのは、っすけどね。
歌姫だけなら一人でどこ歩いても大丈夫だったらしいっすよ」
「だけど、歌姫は人を守っていたってことですよね」
「元々は人が外のモンスターに対抗できるようになるまでだったっすけどね。
何十年かかろうと、歌姫にしてみれば短いもんっすから、自分の行動が制限されようとも問題ないと思ったみたいっす。
何で歌姫が此処までしたのかって話っすけど、単純に身を隠す場所が欲しかったみたいっすね」
「隠れる場所を提供してもらう代わりに、人を守っていたってことですね」
「魔法に関しては、ほぼ歌姫の厚意みたいっすけどね」
「歌姫が勝手に力を与えたって言っていたのは……」
「この辺を王様が知っていたからっすね。自分の都合が良いように解釈しているみたいっすけど」
テナーがまた不機嫌になっている横で、セグエが「記憶の方は?」とユメを促した。
「セグエは薄々気が付いていると思うっすけど、恐らく力を使いすぎた歌姫は、若返る時に記憶を失ったっす。
さっき、歌姫の若返りは人の一生と同じくらいって言ったっすけど、大陸を守り始めてからは半分ほどになったと言う記述もあるっす。
で、問題は此処からっすね。歌姫が記憶を失ったと知った王族は、歌姫は大陸を守るために存在しているのだと、教え込んだっす。同時に歌姫は戦う力がないから、城で守られているのだとも」
「最初はともかく、今のソプラは自分の意志じゃなく中央に言われて、人を守っていたって事だよね?」
低いテナーの声に、ユメが頷く。
握った拳を震わせながらも、テナーは深呼吸して落ち着く事を選んだ。
「本来強力な力を持つ歌姫が、音を奪われたって言うのもこの辺が関係していると思うっすよ」
「戦う力がないと思い込まされていたら、抵抗のしようがありませんからね。
一つ気になっているんですが、魔法が使えるからと言って、わたしたちで外から来るモンスターって倒せるんですか?」
「見た事無いから何とも言えないっすけど、結構難しいと思うんすよね。
何せ、歌姫が記憶を失うくらいの力を使わないと遠ざけられない相手っすから」
「ですよね……だとしたら、タイムリミットが一気に少なくなりましたね」
「どういうこと?」
話が残り時間へと移り、話について行けなくなったテナーが慌てて二人を止める。
ユメは少し考えてピンとひとさし指を立てた。
「じゃあ、テナーに問題っす。歌姫はどうやって大陸を守っていたっすか?」
「歌って、だよね。だから歌姫って呼ばれているんだろうし」
「歌姫であるソプラは、今何をしているっすか?」
「星を……って、そうか」
「気づいたっすね。歌姫が歌わなくなって一年。もしかすると、大陸は守られていないかもしれないっす。
むしろ、とっくに歌姫の守護が無くなっている可能性もあるっすね。その辺は、歌姫の力が一度使ったらしばらく残るのかどうかって問題っすけど。
仮に残っていたとしても、あまり悠長には構えてられないっす」
緊張感のないユメの声だが、内容が内容なだけに、テナーはごくりと生唾を飲み込む。
しかし、王の発言を思い出して、取り繕うように声を出した。
「でも、王一人で何とかなるって言ってたよ?」
「言ってたっすね、そんな戯言」
「ざれごと?」
「冗談ってことっす。本人は冗談のつもりはなかったかもしれないっすけど、ユメにしてみれば冗談もいいところっす」
「言葉の意味じゃなくて」
「落ち着いたっすか?」
ユメに言われて、自分が緊張していることに気が付いたテナーは、大きく息を吐いて「落ち着いた」と返す。
ユメは満足そうに笑い、説明を始めた。
「あの王様、全然強くないんすよ。いや、魔法の強さだけ見れば、もしかすると、ユメ達の誰よりも上かも知れないっすけど。
実際昨日は結構危なかったっすしね。でも、ユメ一人だったら負けようがなかったっす。
場所を変えて、一対一で戦えばきっとセグエでも勝てるっす」
「だったら、どうしてあんなに強気でいられたんだろう?」
「そもそも、何で中央がソプラの音を奪ったか覚えているっすか?」
「戦争を避けるためだよね?」
訝しげな表情で答えるテナーに、ユメが「半分正解っす」と返す。
「大陸を纏めるだけの圧倒的な力が無かったから、ですよね」
「セグエの言う通りだから、戦争が起ころうとしていたわけっす。
もしも、中央がとんでもない力を持っていたら、戦争なんて起こす気になれないと思うっす。起こしても簡単に殺されて終わりっすからね」
「つまり、どういうことなの?」
「王様はもともとそんなに強くなかったっす。そんな人が、ある日とても大きな力を得られたら、気が強くなってもおかしくはないと思うっすよ」
テナーは自分が魔法を使えるようになった時の事を思い出す。
憧れの演奏者になれて、調子に乗っていたところは否めない。
王もその時のテナーとあまり変わらないのだとすれば、テナーにも気持ちはよくわかる。
しかし、テナーにはルーエが居たので、無茶なことはしないでいられた。
もしかしたら、自分も今の王のようになっていたかもしれないと思うと、当時は疎ましかったルーエの存在が、とてもありがたく感じられた。
「要するに王は、急に強くなって何でも出来るんだって思っているわけだよね。
だけど、急に強くなるってどうしたら」
「ソプラの星っすよ。間違いなく一つは取り込んでいるっす。
もしかしたら、ソプラの力を手に入れれば大陸をまとめ上げるほどの力が手に入ると、事前に知っていたかもしれないっすね。
だから今は、そこらの演奏者やモンスターよりは間違いなく強いっすね。セグエでも勝てるって言うのは単純に、戦闘経験の差と相性の問題っす」
「だとすると、外からのモンスターってやばいんじゃ……」
「やばいっすね。正直なところ、ソプラに星を全部返して、また大陸を守って貰うように頼むのが最も楽かもしれないっす」
ユメの言葉に、テナーは素直に頷くことが出来なかった。
中央に半ば強要されて歌っていたソプラは、ある日突然力と音を奪われた。
そんなソプラに、また歌って欲しいと頼むことは、躊躇われる。
「テナーの気持ちも分かるっすから、その辺はソプラに星を全部返す時にでも話せば良いっすよ。今みたいにソプラに頼りきりじゃなくて、もっと人に働いて貰うような案とか出せばいいかもしれないっすし。
問題は星の在処っすかね」
「一つは王の中にあるんだっけ。嫌な人だけど、殺されるって言うのは何かな……」
「殺さなくても星を取り出す方法が無いわけじゃないっすよ」
「本当?」
テナーが顔をあげてユメを見るが、逆にユメは俯いて首を振った。
「百パーセント存在するんすけど、その方法を資料で探しても見つからなかったんすよね」
「どんな方法なの?」
「ソプラさんから音を奪った何か、ですよね」
ユメの代わりにセグエが答え、ユメも同意を示す。
初めは大きく瞬きをしてセグエの言葉が理解できなかったテナーも、すぐにハッと気が付いた。
「絶対あるって言うのは、ソプラが使われたからってことだよね」
「そうっすよ。正直知っておいて損はないと思うっす。どうしてもソプラを止められない時の最終手段になるかもしれないっすし」
「また、ソプラの音を奪うって事なら、賛成できないよ?」
「ソプラからまた音を奪わないように、ソプラと話すのがテナーの役割っす」
「そっか。うん、そうだよね」
自分に任せられた仕事がどれほどの大役か、テナーは自分に言い聞かせるように頷く。
少し落ち着いたテナーは、昨日の王の魔法について考えられるようになった。
「もしかして、王がいくつか魔法を使っているように見えたのは、ソプラの星のお蔭だったの?」
「間違いないっすね。ただ、何でもかんでも出来るってわけじゃかったっす。
何でも出来たら、ユメ達はさらに危なかったっすからね。
単純に王様の努力不足か、歌姫じゃないとちゃんと力を引きだせないのかは分からないっすけど、王様は歌姫の力を持て余している感じがしたっすよ」
「ところで、昨日の事を聞いてもいいか?」
今まで黙っていたソメッソが急に話した事で、テナーが少し驚いたように身を引いた。
「結局、王様から西に行って大きなモンスター倒して来いって命令されたっす」
「では、これから西に行くわけだな」
「西に行きつつ、ソプラから音を奪った何かについての情報が得られたらベストっすかね」
「その事なんだけど、フォルスさん辺りに聞けば……」
テナーの言葉を遮るように、家のチャイムが鳴った。




