三十五音目
詰所の敷地内にある訓練場に一行はやって来た。
小さな祭りなら開けそうなほどに広い訓練場には数名の兵士が自らを鍛えていたが、フォルスの一声でその場を譲った。
したがって、土肌の見える訓練場には五人しかいない。
しかも、三人は端からその様子を眺めていて、ユメとフォルスが中央付近で向かい合っている。
「魔法を使って貰ってもいいっすよ。と言うか、殺すつもりで頼むっす。
後から本気じゃなかったとか言われても面倒なだけっすから」
「そんな事を言われたのはいつ以来だろうな。こちらは剣を構えているのに、丸腰の相手に言われるのは間違いなく初めてだけれど」
「ユメが武器持ったらいじめになるっすからね。それじゃあ、いつ始めて貰ってもいいっすよ」
「では、参る」と丸腰で棒立ちしているユメに向かってフォルスが走り出す。
魔法込みのセグエよりは遅いが、魔法を使っていない人だと考えると驚くほど速い。
数瞬のうちにユメを間合いに入れ、フォルスは勢いを殺さずに切り上げた。
あまりのスムーズさに、テナーは自分では反応できないだろうなと評価する。
ユメは危なげなく一歩身を引いて避けるが、追いかけてくるようにフォルスは切り下した。渾身二撃目も空を切ったと悟ったフォルスは、後ろに飛んでユメと距離をとる。
「一筋縄ではいかない、と言う事か」
「何かユメをやっつけるいい手を思いついたっすか?」
からかうようなユメに対して、フォルスは感情を表に出すことはせずに、もう一度走り出す。
見たところ全く同じ直線的な軌道でやってくるフォルスに、ユメは拍子抜けしつつも、切り上げを先ほどと同じように躱した。
次の切り下しも悠々と避けようとしたが、何かが背に当たりユメの後退を妨げる。
切っ先が迫ってくる中、ユメはとっさに相手の懐に潜り込んだ。そのまま、相手の勢いを利用して投げ飛ばす。
空中で体勢を整え、上手く着地をして構え直したフォルスだが、その表情は驚きに満ちていた。
「ここまで出来る人がいた何て驚いたよ」
「それは光栄っすね」
「だが、これからが本番だ」
「それは良かったっす。せめてユメに本気を出させてほしいっすね」
余裕を見せるユメに今度は回り込むようにフォルスは近づいて行く。
途中、直角に曲がり一気に距離を縮めたかと思うと、自分の目の前に銅鑼を出現させ、それを足場にユメの背後に回った。
ユメに方向転換させる間もなく薙ごうとしたが、既に正面で構えられ簡単に避けられる。
今度は一度距離をとる事はせず、器用に剣を持ちかえてすぐに切りかかった。
これも避けられるのは承知の上、フォルスはユメの真上に銅鑼を出して押しつぶしにかかる。
銅鑼に聡く反応したユメはサッと銅鑼のスタンドに手を掛け、引っ張るように自分とフォルスとの間に銅鑼を落とした。
轟音に紛れて銅鑼の鉄製の円盤の上から剣が突き出て来る。
首を傾けてこれを躱したユメが、そのまま剣を持つ右手を掴んだところで「これで終わりだ」と言う声がした。
見ればフォルスの左手には大きな撥が握られており、今まさに銅鑼を打ち付ける所だった。
先ほど落ちた時とは比較にならない程の轟音が響き、炎の龍が真っ直ぐに翔け抜け、壁に当たって消滅した。
ハッと我に返ったフォルスは、自らがやりすぎてしまった事に頭を抱えそうになる。
しかし、砂煙の向こうに見える人影に気を引き締め直した。
「今のは少しだけ危なかったです。流石は隊長と言った所でしょうか」
聞こえてくるのは穏やかな声。しかし、フォルスの不安を駆り立てる。
砂煙が晴れ、姿を見せたのは先ほどまで戦っていた女性と姿は同じ。フォルスが出会って来た女性の中で歌姫に次いで目を奪われる見目麗しい人。
見た目に反してつかみどころのない性格と、驚くほどの戦闘能力を持っていたが、今の彼女は外見のイメージ通りの口調をしている。
しかし、何故かフォルスには薄らと笑みを浮かべる口が、温厚そうな瞳が、華奢な体が恐ろしく見えた。
歩いて近づいてくる彼女を近寄らせてはいけないと思い、有らん限りの力でもって銅鑼を叩き付ける。
再び空中に姿を見せた炎の龍は、何かを待つようにその場にとどまる。
二度目の銅鑼の音で龍が動き出した。フォルスのイメージ通り、歩みを止めない彼女を囲む。
内側にいるモノは、例え強固な殻で覆われたモンスターであろうともただでは済まない灼熱。まして人が……と思った所で、何かが炎の中から飛び出してくるのがフォルスの目に映った。
その影を追う間もなく、耳元でカチリと硬質な物体がぶつかり合う音がして、首に鋭い何かが突きつけられた。
「参った」
両手をあげてフォルスが負けを宣言する。
「久しぶりに本気を出せたと思ったのですが、残念ですね」
「私の強さはわずかに君に本気を出させる程度だったと言うわけか……」
力なくフォルスは言ってから、仰向けにその場に倒れた。
そのまま空を見上げていると、あちらこちらが焼け焦げた服を着て煤で黒くなりながらも火傷一つない女性が見下ろしているのが見える。
「でも、十分強かったと思うっすよ。元気出すっす」
「その慰めは辛いものがあるな」
「並の演奏者なら何回死んでいたか分からなかったっすよ? 特に最後のは人相手に使う技じゃないっす」
その技を受けてピンピンしているのに、この女性は何を言っているのだろうかと思うと、フォルスの口に笑みが浮かぶ。
「君でも歌姫は止められないのか」
「止められないっすね。出来て雑談兼ねた時間稼ぎっす。でも、テナーなら止められるっすよ」
「よし、ひとまず君たちを今日から住む屋敷に案内しよう」
フォルスは勢いをつけて立ち上がり、訓練場を後にする。
受付に二、三言話を入れてから詰所も後にした。
「君たちは家族ってことでいいんだよな?」
「そうっすよ。ユメ達三人が子供でソメッソさんがお父さんっす。
ソメッソさんにはもう一人娘がいて、トーベントの事件に巻き込まれて亡くなったから、家族で静かに暮らすために行政区に移住したいと言う裏設定もあるっす」
「もう一人の娘って言うのは俺、初耳なんだけど、もしかして……」
「アニマートの事っすね。
ついでにアニマートとソメッソさん以外は、生まれも育ちも違うっすよ」
「ユメ君のような子が何人もいるとは思いたくないからね。
大胆不敵だが、偽りの家族でよかったよ」
「確かにフォルスさんにタイマンで勝てるのはこの中だとユメだけっすね。
でも、テナーとセグエの二人相手だとフォルスさんが負けると思うっす」
ただ事実を告げるようなユメの言葉に、フォルスは内心肩を落とす。
そうしている間に、目的地に着いたのかフォルスが足を止めた。
「ここが君たちの家になる。最低限の家具くらいは置いてあるが、本当にそれだけなので気に食わなければ各自でどうにかしてくれ」
「雨風防げれば十分っすよ。とりあえず、明日はこっちに来てほしいっす。
何回も詰所に行くのは目立ちそうっすからね」
「分かった。それでは失礼する」
踵を返すフォルスを見送る事もせずに、ユメがシンプルだがしっかりとしたつくりの木の扉を開く。
二階建ての家らしく入ってすぐ階段がある。一階の奥には広々としたリビングがあり、そこに至るまでに二つほど部屋があった。
二階にも四つほど部屋があり、一行はひとまずリビングに集結する。
「何とか予定通りここまで来られたっすね」
「予定通りだったんですか?」
椅子に座ってやり遂げたとばかりに満足気に話すユメに、セグエが疑問を呈す。
「今日の予定は行政区に拠点を設ける事っすからね。
十分すぎる成果っすよ」
「でも、予定通りってわけじゃなかったよね。話が進み過ぎたと言うか、大変なことになったような……」
「結果的に親子設定要らなくなったっすからね」
「むしろ、今回多くの情報を手に入れられた分、意味があったと思うが」
ソメッソが話に入ってきて、ユメが「そうっすね」と同調する。
しかし、テナーには分からないのか首を傾げた。
「情報って言っても、ソプラから音を奪ったのが中央だったって事くらいじゃない?」
「そこは気が付いていたんっすね」
「歌姫には申し訳ない事をした、って言ってたし」
「つまり、どういうわけか中央には歌姫から音を奪い、モンスターを蔓延らせる必要があったと言う事になります。
王は何かに焦っていたんじゃないでしょうか?」
「そっか」
セグエの説明にテナーが納得したように頷く。
フォルスの発言の裏側を考える事で、ただ聞いた以上の情報を得ることが出来るのかと、フォルスの言葉を思い返し始めた。
「で、フォルスさんが手を貸してくれるのか、と言う話っすけど」
「個人として出来る範囲なら、ってところでしょうね。
わたし達の話は理解してくれていたと思いますし、テナーに対する負い目もあるようでした。
わたし達を疑ってもいないようですが、騎士として王様を裏切れないと言う感じがしましたね」
「王を裏切れないと言うよりも、民を守る事に従事していると言った印象だったがな。
必要に民の事を言っていたように見えた」
セグエの言葉にソメッソが付け足す。
セグエは良い顔はしなかったが、特に何もいうことはせずにユメに視線を持って行った。
「フォルスさん的にソプラから音を奪う事は民を守るうえで、仕方のない事だったと言う事っすね。
申し訳ないとは言っていたっすけど、自分たちが悪い事をしたって風でもなかったっすし。ユメ達の行動が人々を守る事につながるとなれば協力はしてくれると思うっす。
でも、セグエが言っていた通り、個人の範囲でって感じっすね。
線引きは向こう次第っすけど、お城に招き入れて怪しい場所までエスコートしてくれるって事はなさそうっす」
「それじゃあ、どうするの?」
「どうもしないっすよ。そもそも誰の手も借りずに進入しようと思っていたわけっすから、わずかにでも情報を貰えると言うのはそれだけでありがたいっす。
ついでに、お城探索はユメとテナーとセグエで行くっすよ?
ソメッソさんは大きくて見つかりやすいうえに、室内だと役立たずっすからね」
「予想はしていたが、はっきり言われるとはな」
わずかに肩を落とすソメッソに、ユメは「お父さん拗ねないでほしいっす」と、フォローになっていないフォローを入れてから真剣な表情を作る。
「では、ここからが最重要な話っすけど」
「部屋割りだよね」
「何っすか、その如何にも『ユメならこんな事で真剣な顔するだろうな』って顔は」
「分かってるじゃん」
「じゃあ、テナーは最後っす。セグエはどこが良いっすか?」
「二階の角部屋は眺めが良さそうでしたね」
「流石セグエっす。良い所とるっすね。ユメはその隣にするっす」
不用意な一言で勝手に話が進んでしまい、テナーが「ちょっと待って」と慌てだす。
しかしユメは「待たないっす」と一蹴して、ソメッソに話を振った。
「一階の入り口付近で良いだろう。流石に、ユーバー達と同じ階は嫌だろうからな」
「お父さんは気遣いが出来るっすね。で、テナーはどうするっすか?」
「俺も二階が……」
「ユメと一緒が良いっすか? それともセグエっすか?」
「まだ、部屋空いてるよね?」
「残念ながら二階は今から壁を開けて二部屋になるっす」
ふざけて話すユメをテナーは恨めしそうな目で見てから、「わかったよ」と怒った声を出した。
それから、たった今決まった一階の自分の部屋に引きこもってしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
次の日、フォルスがテナー達が居る屋敷を訪れた時、一行の緊張感のなさに肩透かしを食らったような心境になった。
昨日人の存亡がどうこう言っていた人々が、リビングに集まり、お菓子を囲んでお茶を飲んでいるのだから。
「何と言うか、昨日あれだけの話をした人々だとは思えないな」
「褒め言葉として受け取っておくっすよ。で、本題っすけど」
「考える時間を貰って悪かった」
「お茶とお菓子美味しいっすか?」
フォルスは出鼻を挫かれた気分で、手元にあるカップとテーブル中央に置いてあるクッキーに目をやる。
「ああ、美味しいよ」
「それは作った甲斐があったと言うものっす」
「でも今は話を進めたい」
「手伝ってくれるんすよね」
相手の空気に飲まれている事を自覚しつつ、フォルスは頷く。
他の人の反応を見る限り、目の前の女性の言動はいつも通りなのだろうと分析して、続けて話し出した。
「手伝うとは言っても、多くは手伝えない」
「大丈夫っすよ、お城の中がどうなっているのか、昨日言っていた心当たりと言うのが何処に当たるのか、後はお城の入口を見張っている兵士の気を少しだけ引いてくれたらいいっす。
最後に関して言えば、トーベントの資料を持ってソメッソさんと二人でお城に入ってくれるだけで良いっすよ」
「手伝うと言った手前それくらいなら大丈夫だが、いいのか?」
「もし、ユメ達がへまして対峙することになったら、気兼ねなく来てもらって良いっすよ?」
「君と相見えるのは遠慮したいな」
「そうなら無いようにお城について教えて欲しいっす」
終始ユメに乗せられっぱなしだったなと思いながらも、フォルスは説明を始めた。




