三十四音目
受付の女性に案内されてフォルスとテナー、セグエは扉の前までやって来た。
ユメと合流できることに安心するテナー、もしもに備えて気を張りつつも胸を撫でおろすセグエとは対照的に、自らの本拠地でありながら状況把握の出来ないフォルスは得体のしれない緊張感に襲われていた。
しかし王宮騎士の隊長として平静を装い、扉を開ける。
扉の向こうには壮年の男性と男性の娘程の年齢の麗しい女性。女性の方が先にフォルスに気が付き恭しく礼をする。
「お待ちしておりました」
「貴女達がトーベントの件で話をしたいと言う」
「はい。ですが、少し話が込み入っているみたいっすね」
突然変わる女性の口調にフォルスは面食らいつつ、女性が連れてきた二人を見ている事に気が付いた。
「後ろの二人に確認っすけど、脅されて連れてこられたとかじゃないっすよね?」
「大事な話をするのに、ユメさんが居た方が良いだろうと思って連れてきてもらいました」
「分かった。ひとまず君たち四人は好きに座ってくれ」
「話が分かるっすね。二人とも早くこっちに来るっす」
ユメに呼ばれてテナーとセグエが近寄り、そのまま入口側に固まる。
フォルスが反対側に座った所でユメが口を開いた。
「自己紹介の前に一つ確認っす。この場所の話が現時点で他の人に聞かれているって事はないっすよね?」
「ない」
「じゃあ、自己紹介っす。ユメはユメっす。仏頂面のおじさんがソメッソさんっす」
「悪かったな仏頂面で」
示されたソメッソは不機嫌そうに言うが、ユメは「おじさんは怒らないんすね」と笑った。
「私は王国騎士団七番隊隊長のフォルスだ」
「で、テナー。何があってこのユメの計画総崩れ状態になったっすか? たぶん二人は知り合いっすよね」
突然名前を呼ばれて、テナーが驚いたように話し出す。
「フォルスさんは前にソプラと一緒にいる所を狙われたんだけど、今回はたまたま出会っちゃって。
すぐに逃げたんだけど、ゴミの山がいっぱいある所まで逃げた所で、子供たちに襲われそうになったところを助けて貰った……のかな。
フォルスさんは個人的に話がしたいってことだったんだけど、他に良い所も無くて此処に来たらユメ居るだろうって事で連れてきてもらったんだよ」
「こんなところで会うなんて、いやな偶然もあったもんっすね。
話しをしたいと言いつつ実はテナーの事を狙っているとかはないんすか?」
「どうやら、中央としては俺は死んだことになっているみたい」
「テナーは信じるっすか?」
「分からないからここまで来たんだよ。でも、信じないと話も進まないよね?」
テナーの言葉を聞き終わってユメは「了解っす」と言ってから、神妙な顔のフォルスの方を向いた。
「さて、何を話したかったのか訊いても良いっすか?」
「なぜテナー君が生きているのか、歌姫はどうなったのか、だな」
「それだけっすか?」
「後は此処に至るまでの事を雑談でもできればと思っていたが、そう言う雰囲気じゃあなくなってしまったな」
首を振るフォルスを注意深く観察していたユメがテナーを見る。
「話してもいいのかな?」
「テナーが決めると良いっす」
「セグエはフォルスさんが嘘をついているように見える?」
判断しかねたテナーが助言を求めるように、セグエに話を振った。
「嘘はついていないと思います。と言うか、この状況下では嘘を付けないでしょうね。
こちらの戦力がどれくらいなのかも計れていないと思いますし、何より先にわたし達四人を合流させたと言う事は少なくとも今は話をしたいと思っているはずです」
セグエの答えを聞いてテナーは「ありがとう」と返して、フォルスを真っ直ぐに見た。
「なぜ俺が生きているかですよね。ソプラが殺さなかったからです。理由は分かりません。
ルーエはソプラの星を取り込んで、ソプラに害をなそうとしたから殺されました。
さっきのフォルスさんの話が本当だとすると、俺がソプラを殺す気がなかったから殺されなかったのかもしれません。
ソプラがどうなったかですが、俺には分かりません。ただ、少なくとも星を二つ取り戻しています」
「星……と言うと、離散させた歌姫の音……か。だが、歌姫の持つ強大な力はどこから……」
「歌姫の強大な力って、別に……」
フォルスの的を射ていない発言にテナーが敬語も忘れて返そうとするが、ユメが手を伸ばして制止させる。
テナーもすぐにしたがってユメに言葉を譲った。
「フォルスさんにとって、歌姫ってどういう存在なんすか?」
「モンスターから人を守る存在だろう? 歌の力によって多くのモンスターを町や村から遠ざけていると言うのは、流石に誰もが知っているんじゃないかな」
フォルスは皮肉交じりに話して、首を振る。
「いや、なるほど。それだけの力を戦いに応用できれば、脅威足りえるわけだ。
報告が星を二つ集めた状態だとすると、一刻も早く保護しなければ大変なことになりかねないな」
フォルスが頭をひねり始めたが、テナーとしては今さらソプラを何とかできると言うフォルスのズレた認識に、首を傾げずにはいられなかった。
しかし、触れなかったユメにも何か考えがあるのだろうと、別の事について尋ねてみる事にした。
「フォルスさんはソプラを保護したいんですか?
中央はいっそソプラを殺してしまいたいのだと思っていたんですけど」
「確かに王の命は生死を問わず歌姫を連れてくることだ。
民を守るためとはいえ、歌姫には申し訳ない事をして、王も恨みを買っている事を自覚しているのだろう。
王であるが故自らの身を優先せざるを得ない事もあるが、私としては穏便に済ませたいんだ」
「ソプラは兵士を殺したんですよね? それでもですか?」
「ああ、こちらが蒔いた種だからね。話し合いをする機会くらいあって然るべきだと考えている」
真っ直ぐなフォルスの物言いに、テナーは俯くように頷いてから「少し時間貰っていいですか?」と話を遮った。
次に作戦会議でもするかのように、三人を集める。
「フォルスさんにある程度は話してしまっていいと思うんだけど、どう思う?」
「テナーが良いって言うならユメは良いっすよ。
味方に引き入れないまでも、手伝いをして貰えたらだいぶ楽になるのは間違いないっすから」
「無意味に敵対する様子もないし、オレも異論はない。中央がどの程度現状を理解しているかと言うのを知っておくのも大事だろう」
ユメとソメッソの意見を聞いてから、最後にテナーがセグエに視線を向ける。
好意的だった前二人と違ってセグエは厳しい表情をしていた。
「一つ、あの方に訊いておきたいことがあるんですが、回答次第でいいですか?」
「うん、わかった」
「話は纏まったかい?」
フォルスに問われてテナーが「終わりました」と返す。
テナーとしてはこうやって作戦会議をしている間も、嫌な顔をせずに待っていてくれるフォルスは信用していいと思っている。
だから、セグエの反応は予想外だったが、ひとまずセグエが質問するのを待った。
「フォルスさん……でしたっけ。隊長である貴方は何かテナーに言うべきことがあるんじゃないですか?」
「……悪いが、中央の兵として言うべきことは何もない」
セグエが軽蔑の目をフォルスに向ける。フォルスはセグエの言いたいことが分かったうえで「だが」と続けた。
「私個人として中央がアパの村にしたことは謝罪したい。
すまない、もう少し早く私が気が付いていたら奴らを止められていたのに」
フォルスが頭を下げるのでテナーが「頭をあげてください」慌てる。
セグエは満足しないまでも、フォルスに敵意を向ける事を止め、後はテナーに任せるとばかりに視線を送った。
「しかし、私達がしたことはただの――」
「やめてください。これ以上謝られると俺は貴方を悪者にしないといけなくなります。
もしも、悪いと思っているなら、ソプラを止めるのに力を貸してください」
「力を貸す、と言うと?」
「城にあると言う、歌姫の資料が欲しいんです」
「駄目だ」
テナーの言葉を遮るようにフォルスがピシャッと声を出した。
「そもそも、歌姫に関する何かが城にあると言う事は聞いたことがない。
仮に存在した場合、閲覧する事すら許されていないのだろう。それを君たちはどうするつもりなんだ?」
「忍び込んで盗むっすね」
「ならば、私は君たちを此処で捕えなければならない」
「……分かったうえで、協力してほしいと言っているのだとしたらどうですか?」
テナーが凄みを利かせるので、フォルスが僅かに怯む。その隙をついてユメがいつもの調子で話し出した。
「事は機密文書の窃盗とかそんなレベルじゃないんすよ。
誰にでも解りやすく、端的に今の状況を言うのだとしたら、人の存亡の危機っす」
「どういうことだ?」
「そもそもフォルスさんの考えは甘いんすよ。今さら力でソプラをどうにか出来るもんじゃないっす。
確かフォルスさんは中央でもかなり強いんすよね。隊長っすし。
で、フォルスさん率いる七番隊対現状のソプラの勝負で賭け事をする場合、どちらが勝つかではなく、七番隊がどれだけ生きながらえるかって内容になるっす。
真正面から挑んで一分持たないっすね」
「聞き捨てならないな」
「そうっすか? これでもかなり甘いっすよ?」
騎士としての誇りを傷つけられたような心地のフォルスだが、ユメが嘘を言っているようにも見えなかったため一度矛を収める。
「君達なら歌姫に勝てると?」
「無理っすよ。人に止められるほど歌姫は甘くないって話っす」
「そこまで言うと言う事は、根拠があるんだろうね」
「テナー、言っちゃって良いっすか?」
ユメがテナーの方を向き、テナーは頷いて返した。
「根拠はトーベントにあった資料っすよ。要するにユメ達が普段魔法と呼んでいるものは、歌姫から借りているって事が書いてあるっす」
ユメが資料の該当部分をフォルスに見せる。
フォルスはじっと資料を読んだ後で、深刻そうな顔になった。
「歌姫を相手にすると言う事は、現存するすべての魔法を相手にすると言う事か」
「しかも、こちらは魔法を使えない可能性もあるっすから、生身でって感じっすね」
「歌姫はどのように魔法を使うんだ?」
「ソプラが出した音すべてが魔法って感じっすね。今でこそいくつか音がなくて万能ってわけじゃないっすけど」
「音を出させなくさせる……と言うのは現実的じゃないのか。いや、下手すると心音ですら魔法になるのか」
フォルスの呟きにテナーが「心音!?」と驚いた声を出す。
すぐに、そばにいたセグエから「やはり気が付いていなかったんですね」と説明が始まる。
「心臓の音だって立派な音ですよ」
「だとすると、心音が戻った時点でソプラは常に魔法を使っている状態って事になるよね?」
「化け物が超化け物になるだけっすよ」
ユメが軽く返すのを、フォルスは信じられないとばかりに目を見開く。
そこまでの存在なのだとしたらソプラを止める術を、フォルスは一つしか思いつかない。
「ソプラを一瞬で殺そうって話なら恐らく無理っすよ。
もしもソプラに気が付かれず、全く音をたてずに殺せるって言うなら話は別っすけど。
その場合でも、ソプラが常に身を守るような魔法を使っていたら駄目っすよね」
「……だとしたら、君たちはどうやって彼女を止めようと言うんだ?」
「話し合うしかないと思うっす。話し合うと言うよりも許して貰うって感じだと思うっすけど」
「話し合ってくれるとでも思うのか?」
「少なくとも中央の話は聞かないと思うっすね。一般人でも無理っす。この一年、ソプラに対して散々文句言って来た人達っすから。
でも、テナーなら出来るはずっすよ。ソプラに殺されなかったって言う実績もあるっす」
フォルスは自分の中でユメの言葉を吟味してから「話し合いの場に持って行けたとして、説得できるのか?」とテナーを見る。
テナーは真っ直ぐにフォルスを見返した。
「分かりません。分からないからこそ、歌姫の事を少しでも知っておくべきなんです」
「だから、城にある歌姫の資料……と言うわけか。確かに思い当たる場所はある。なるほど、分かった」
「それじゃあ」
テナーが期待してフォルスを見るが、フォルスは「考える時間をくれ」と首を振った。
「それはそれとしてっす。ユメ達は親子って事で、トーベントの手柄を持って行政区に住み込もうと思っているんすけど、手配して貰えないっすか?
そもそも、こっちがメインのつもりで話に来たんすけど」
「そちらは滞りなく手配しておこう。今、君たちに姿を眩まされる方が問題だろうからね。
使われていない家があったはずだから、すぐにでも入居は可能だろう。
その資料に関しても一旦は君たちに預けておく。他に何かあるか?」
「またこうやって時間を貰えるなら大丈夫っす……よね?」
ユメがテナーに確認するので、テナーは「大丈夫」と返した。
「では、一つ頼みたい」
「何ですか?」
「君たちの誰でもいい、私と手合せしてくれないか?
君たちの話が事実だとして、それを君たちに任せるだけの力があるのか知っておきたい」
真剣な顔をしてフォルスが頼む中、テナーが答えるよりも早くユメが「良いっすよ」と快諾した。




