三十音目
*
「後は想像出来るっすよね」
いつの間にかユメの話し方が元に戻っていた。
話を聞かされた面々は誰も口を開こうとはせず、何かを思いふけっている。
「ついでになるっすけど、ユメの事をお世話してくれていた人っすよね。
その人はユメを自由にしてほしいと上に頼みに行った時に捕まって、アニマートと同じように殺されたみたいっす。
と、全部話したっすけど、ソメッソさんはどうするっすか?」
ユメは言いながらソメッソの縄をナイフで切る。瞬間ソメッソがユメの背後に回り込み、ユメの持っていたナイフを奪い取ると首に突き付けた。
「んー、やっぱり殺しに来るんすね。ユメのせいでアニマートが死んだと言っても過言じゃないっすから当然っすけど。
ですが、私も殺されるわけにはいかないんですよね」
再びユメの口調が変わり、指に箏爪が現れる。いつでも返り討ちに出来るようにしてユメはソメッソの動きを待ったが、ソメッソはなかなか動かず代わりに低い声を出した。
「今の話に嘘はないのか?」
「ソメッソさんが信じて下さるかはわかりませんが、本当の事ですよ」
「では、アニマートを殺した奴らは?」
「この町に居た人とこの町の秘密を知る人は全員私が殺しました。
少なくともアニマートに直接手を下した人たちには死んでもらいましたよ。
今のわたしの強さが、この時の経験からあるというのは皮肉なものですけどね」
「……そうか」
ユメの話を聞き終えて、ソメッソはナイフの刃先をユメの首から自らの首へと変えた。
残念そうな顔でソメッソが低い声を出す。
「アニマートも、アニマートの敵もいないとなればもうオレが生きている意味はないな」
「何勝手に死のうとしているっすか」
今にも喉に刃を突き立てようとしていたソメッソの腕をユメが掴む。
動かない自分の手を見たソメッソが不満そうな顔をした。
「ユーバー、なぜ止める」
「これ以上テナーの前で知り合いが死んで心が折れたらどうしてくれるんすか。
世界が終わってしまうかもしないっすのに。
あと、ユメはユメっすよ。ちゃんとユメって呼ぶっす」
「オレには関係ないだろう」
「ソメッソさんに関係がなくてもユメには関係するっす。どうせ死ぬ気ならちょっとくらい手伝ってくれてもいいと思うっすけどね」
ソメッソはじっとユメを見る。表情を変えないユメに対して諦めたようにため息をつくと腕から力を抜いた。
「オレに何をしろと言うんだ?」
「雑魚の殲滅っすね」
「本当に勝手だな、お前もアニマートも。オレの事なんて少しも考えやしない」
「子供は手がかかるほど、可愛いものだって聞いたことあるっすよ」
ユメもソメッソから手を離し、ナイフだけを返してもらう。
ソメッソの方はもう大丈夫だろうと、テナー達の方を向いたユメは想像通りの光景に頭を掻いた。
「やっぱりセグエには刺激が強すぎたっすかね」
「セグエ?」
緊張してユメを見ていたテナーがセグエを見る。
腰を抜かしたように座り込み、顔を青くして震えているセグエに、テナーは慌てて近づき「セグエどうしたの?」と声を掛けた。
セグエは自分でもよく分かっていないのか「あれ?」と言いながら体に力を入れ、立ち上がろうとするのだけれど上手く力が入らずに上手くいかない。
「ユメ、セグエが」
「たぶん、ユメが近づいて行ったら逆効果だと思うっすよ?」
「何で? どうして?」
パニックに陥りキョロキョロしだしたテナーを見兼ねて、ユメが一歩セグエに近づく。
「ひっ」と悲鳴を上げて後退ろうとするセグエを見て、ユメがテナーに視線を送った。
「見ての通りっす。どうやら、セグエに怖がられちゃったみたいっすね。
殺人鬼を目の前にしたら普通はこうなるっすけど、よくテナーは平気っすね」
「殺人鬼って、ユメが?」
「今話した通り、ユメはこの町の人を全員殺した張本人っすよ? これが殺人鬼じゃなくて何だって言うんっすか」
「えっと、うん。そっか。でも、ユメはいつも通りだし……
事件を起こした理由も分からなくはないけど、やりすぎだとは思う……
ユメは事件を起こしてどう思うの?」
整理がつかなくなったテナーがユメに問いかける。
ユメは特に気にした様子もなく「どうって程も思っていないっすよ」と返した。
「アニマートの復讐をしたところでアニマートが生き返るわけでも無かったっすからね。
やって気が付いたから救えないっすけど、でも、後悔もしてないっすよ」
「ユメの口調が変わるのはどうして?」
「単なるスイッチっすよ。昔の話し方をすると、人を殺す感覚を思い出してしまうんすよね。
別に二重人格ってやつじゃないっすけど、敬語を使っている時のユメの方が危険と言ったら危険っす。殺人鬼モードってところっす。
どっちもユメには違いないっすけど、危険度が違うんだって事で呼び方を変えて貰った方が良いっすよ」
話の半分くらいしかテナーは理解できなかったけれど、何とか自分の中で折り合いをつけて、先ほどのユメの問いに答え始めた。
「何で俺が平気かって言ってたよね」
「言ったっすね」
「たぶん、俺もユメとかわらないからじゃないかな。俺も村の人達を殺したようなものだから。ユメが殺人鬼なら、俺も殺人鬼になるよ」
「直接手を下したのかどうかってだいぶ違うと思うっすけどね。
それに、状況が違うっすよ」
「ユメは理由があって殺したけど、俺は何も知らないまま殺したね」
開き直りすら感じ取れるテナーの言葉に、ユメは困ったような笑顔を見せた。
「そう言う事じゃないっすけど……まあ、テナーに嫌われていないようで良かったっす。
で、セグエっすけど、大丈夫っすか? 話せるっすか?」
「は、話せます。大丈夫です」
「プルプル震えながら大丈夫って言われても説得力ないっすけどね。
セグエはこれからどうするっすか? 帰るっすか?」
首を傾げるユメの問いに、セグエは「帰りません」と首を振る。
頑なに見えるセグエの対応に、ユメは少し考えてから再度問いかける。
「無理しなくて良いんですよ? セグエが黙っていてくださるのなら、ちゃんと帰してあげますから」
「嫌です、帰りません」
「ユーバー、この子は帰した方が良い。こんなに怯えていては……」
「お父さんは黙っておくっす」
客観的な判断をもとにソメッソがユメに進言したが、叱られるような形でユメに戒められて「お父さん……?」と困惑した声を出す。
ユメはそのままソメッソの手を掴みテナーの方を向いた。
「ユメはお父さんと一緒にお墓参りに行ってくるっすから、セグエの事頼むっすよ」
「分かった」
「おい、ユーバー」と苦言を呈そうとするソメッソを引っ張るようにユメはアニマートの家を後にした。
誰もいなくなってしまった町中をユメが軽快に歩く隣で、ソメッソがむすっとした顔をしていた。
「セグエ……と言ったか、あの子は帰した方が良い。足手まといにしかならない」
「ソメッソさんさっきも言っていたっすね。でも、セグエって頭良いんすよ? だから足手まといにはならないっす。
頭の足りないテナーと頭の固いソメッソさんと比べると、セグエの存在は大きいっすよ?
それに、人でどうにかなるレベルならユメが守るっすし、人ではどうにもならない相手なら足手まといとか関係ないっす」
「お前自身があの子の負担になっているだろう」
「だからテナーに任せてきたんじゃないっすか」
分かって無いなと言わんばかりのユメの表情にソメッソが苦虫を噛み潰したような顔をする。
次いで諦めたようにため息をついた。
「で、オレをどこに連れていく気なんだ?」
「言ったじゃないっすか。お墓参りだって。もちろんアニマートの所っすよ」
ソメッソは何も言う事無くユメの後をついて歩いた。
辿り着いたのは教会の庭園だった場所。
足取り軽くユメが向かったのは、その中にある一本の大きな木の前だった。
太く大きく、手入れをされていない枝葉は好き勝手に伸びている。
「アニマート、お父さん連れて来たっすよ。
というわけで、アニマートはこの下っす。本当は故郷に返すべきだったのかもしれないっすけど、ユメはアニマートの故郷は知らなかったっすからね。此処に埋葬させてもらったっす」
「ようやく……ようやく見つけられたんだな、オレは」
「そうっすよ。お父さんがちゃんと教育しないから、こんなに自由に生きているっすけどね」
軽口を叩いていたユメは、横目でソメッソを見ると青々とした空の下「っと、雨が降って来たみたいっすね。ユメは先に教会に入っておくっす」と片手をあげて教会の中に戻って行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ごめんなさい、取り乱してしまって」
「俺は良いんだけど、セグエは大丈夫なの?」
ユメが家を出た後、安心したように一度全身から力が抜けたセグエは、今ではしっかりと両の足で立ち上がり椅子に座っている。
テナーも向かい合うように座った状態で、不安そうにセグエを見ていた。
「ユメが怖いの?」
「テナーは怖くないんですか?」
「さっきも言ったけど、俺もユメと変わらないから。セグエは俺は怖くないんだよね?」
「テナーはユメさんとは違いますから。何かあっても逃げられそうな気はしますし」
冗談をいうセグエの様子にテナーは少し安心して話を続ける。
「ユメが怖いなら無理についてこなくていいと思うよ。ユメは口止めとかなんとか理由つけてセグエを此処まで連れてきたけど、たぶん帰るって言っても止めないし、危害を加えたりはしないよ」
「テナーはどうしてそんなにユメさんを信用できるんですか?
わたしはもしユメさんが敵にまわったら、わたし達を殺すのも厭わない気がして怖いんです」
「それなのに、セグエはついて来たいの?」
セグエの質問を保留にしてテナーが尋ねるが、セグエは困ったように口を噤んだ。
初めはテナー達が救ってくれたムルムランドの住人として、恩人に何かをしたかった。同時に恩知らずな男達とは違うと自分に言い聞かせたかった。
一応死すら覚悟していたはずなのに、どうしてこんなに怖いのか。どうして自分はテナーについて行きたいと思っているのか。
「……分からない」
「ユメってさ、変な人だよね」
「テナー?」
呟きに反応してなのか、それともあまりにもセグエが何も言わないから見兼ねて話し出したのか分からないが、テナーが突拍子のない事を言うのでセグエは思わず首を傾げる。
「何でも知っているみたいに行動するし、美人の癖にあんな話し方していて、強いし。
でも、何かと逃げるって言うし。
世界を救うって言っているけど、ユメは命をかけていないんだと思うんだよね。
変な話だけど、多分ユメは死なないことに命をかけてるよ。だから、セグエもそんな感じでいいんじゃないかな?
怖かったら逃げればいいし、死にそうだったら逃げればいい。
一緒に来てくれるんだったら、その中で分からないことを考えていけば良いんじゃないかな?」
話を終えたテナーを前に、セグエがプッと吹き出す。
必死に考えながら良い事を言ったつもりだったテナーは「何で笑うのさ」と不満をあらわにした。
「テナーが真面目な顔して逃げろ、逃げろって言うからですよ」
「どうやらユメは俺に何かあって貰ったら困るみたいだから、俺がセグエを大切だって思っている間はユメはセグエを守ってくれると思うよ」
「テナーはわたしが大切なんですか?」
「俺にはもう、セグエやユメくらいしか頼れる人が居ないから」
自嘲気味に話すテナーを見て、セグエはテナーが微妙なバランスで立っていることを理解した。
幼馴染のルーエに裏切られ、ソプラに裏切られ。実際には自分が二人を裏切っていたと聞かされ、帰る場所も無い。そんな中でも自分を頼ってくれているというのであれば、セグエの中に旅をする小さな理由が生まれた。




