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二十八音目

 消耗の為に歌姫の力をうまく引き出せないのか、先ほどモンスターと戦っていた時よりもゆっくりではあるが、着実に地面のひびがユメにまっすぐ伸びていく。


 本来なら軽く横に飛ぶだけで避ける事が出来るのだが、ユメは何もないかのように一直線にソメッソの方へと歩いた。


 実力の差を見せつけるように、ゆったりとソメッソに近づくユメの右足を割れた地面が捉える。しかし右足を固定されたユメは躊躇う事無く足を引き抜いた。


 一瞬の動作にどれほどの力を込めたのかボキッなのかメコッなのか大きな音が鳴る。折れた足は辛うじて皮で繋がり、不気味なほどに白い骨を露出させていた。


 しかし、爪同士をぶつけカッカッと音を鳴らし、右足が地面に着く頃には何事も無かったかのように地面を踏みしめる。


 まるで止まらないユメにソメッソは「ッチ」と舌打ちをして両の指をすべて使い不協和音をあたりに響かせた。


 自らの足元すら破壊するような亀裂に、ユメが跳躍をするように一気にソメッソとの距離を詰める。


 勢いに任せた踵落としがグランドピアノを貫き、ピアノ復元することなく消滅してしまった。同時にソメッソがその場に倒れる。


「亀裂の範囲から見て、自分もろとも一帯を埋葬でもする気だったのでしょうか?


 ですが、だいぶ消耗してくれていて助かりましたね」


 助かったという言葉とは裏腹に、全く焦りを見せないユメが「さて」とテナーとセグエの方を見る。


 テナーとセグエは、事情が分からないとばかりにユメを見ていたが争う気はなく、むしろ何かあった時に逃げられるように身を引いていた。


「そんなに怖がらないでください、お二人が何もしないのならこちらも何もしませんから。


 出来ればソメッソさんを運ぶの手伝って貰えませんか?」


 ユメの言葉にテナーとセグエは恐る恐る手伝いを始めた。




 昨日ユメとソメッソが泊まっていた家に入り三人はソメッソを寝かせる。


 ベッドを囲むように椅子に座り、テナーがユメに怪訝な目を向けた。


「ソメッソさんはどうしたの?」


「魔力が尽きてしまったみたいですね。このまま数日は眠ってしまっているかもしれません。


 最後楽器が修復された様子はありませんでしたから「尽きかけている」が正しいのかもしれませんが、少なくとも今日中には起きないでしょう」


「……ユメは大丈夫なの?」


「大丈夫ですよ。ですが、ユーバーアルディタメンテと呼んでいただけたら、より大丈夫になります」


「ユーバーさんが事件の犯人だったってどういう事ですか?」


 いつもよりも幾分か低い声で尋ねるセグエに対して、ユメは首を振って返す。


「説明はソメッソさんが起きてからにしましょう。約束でしたしね」


「ユーバーさんの魔法って何なんですか?」


「それくらいならいいでしょう。先ほども言ったとは思いますが、私の魔法は回復です。


 再生に近い所もありますが、どちらでも大差はないと思います。


 テナーがスライムの洞窟で腕を溶かされた時も治療してあげましたよね」


「あの時は、生えてきた……って」


「嘘は言っていないですよ? 私の魔法で生えてきましたから」


 重苦しい雰囲気の中、ユメだけがクスクスと笑う。一度部屋を出て何処からかロープを持ってくると、ユメはソメッソを縛り始めた。


「とは言え、このままソメッソさんが起きるのを待っているのも退屈ですし、一つ実演してあげましょうか。見た目に派手さはないですが」


「ソメッソさんを縛る事に意味はあるの?」


「起きた時に騒がれても面倒なだけです。また殺しに来られては話どころではなくなってしまいますからね」


 テナーが何も返さないので、そのままユメはロープを結び終える。


 ソメッソの隣に座り箏を出現させ、スッと弦の上に両手を添えた。


 見た目の優雅さに反した力強さで弦をはじくと、後を引くような高い音が辺りをつつむ。


 やがてユメの手は弦の上を踊るように行ったり来たりしつつ、メロディを奏でた。




 緩やかな中に力強さの見えるユメの演奏は数分のうちに終わり、テナーは自然と拍手をしていた。


 間もなくソメッソが目を覚ましたのか「うう……」と呻く。


「……ここは? 俺は……ユーバーに挑んで負けたのか。娘の敵を前にしてオレは何もできずに……縛られて……情けないな」


「独り言もいいですが、私は早く話を進めたいんですよ」


「なぜオレを殺さない」


「約束しましたからね。殺したらお話しできないじゃないですか」


 子供っぽく顔を綻ばせるユメにソメッソは返す言葉が思いつかず、ムスッと睨みつけていた。


「では、ソメッソさんも起きられましたし、テナーとセグエもちゃんと聞いておいてくださいね。その後で決めてください。これからも私といてくれるか、どうかを」


 テナーとセグエがゆっくりと頷くのを見て、ユメは一度目を閉じた。


「トーベントで行われていた実験については覚えていますよね? 実験で唯一成功した子供、それが私です。


 私は気が付いたら教会の隠し部屋に居ました。何故いたのか、いつから居たのかは分かりません。もしかしたら、両親が私を売ったのかもしれません、研究者の誰かが自らの子である私を実験の対象にしたのかもしれません。


 事情はどうであれ、私はあの狭い空間で「お前は歌姫に選ばれた世界を平和に導く子供だ」と言い聞かせられ育てられました」


「あの空間に、一人で?」


 テナーの問いかけに、ユメは左右に首を振る。


「入れ代わり立ち代わり色々な人が来ましたし、外の世界に憧れはあっても当時は皆の為と信じていましたからね。


 痛い事も怖い事も無く、実験も順調に進んで行ったので円満だったと思います。


 同時に、町のトップの私をどう使うかという話も進んで行ったのでしょうけれど、一定の成果を上げた所で次の段階へと進みました」


「ユメが異常に強いのは、実験を受けたからなの?」


「半分正解ってところでしょうか。私の魔法はあくまで回復ですから。この辺りも話しはしますから聞いておいてください。


 次の段階に進んで、私は外に出る事を許されました。外に出ると言っても、教会裏の壁に囲まれた庭園だけでしたけれど。


 ですが、今は荒れ果てていますが、初めて外に出た時にはとても綺麗なところでしたよ。


 整えられた草木の緑は力強く、花々は可愛らしくあたりを染め、木陰に入れば一日中そこに居られるほどに」


 ユメの声は弾んでいるが、テナーは庭園の現状との違いに思いを馳せどことなく切なさを感じる。


「同時に隠し部屋での私の仕事が出来ました。何だと思いますか?」


 ユメに視線を向けられたテナーが首を振る。続いて、ユメがセグエを見るとセグエは慎重に口を開いた。


「魔法を使うんですよね。怪我をした人を治療するために」


「その通りです。きちんと箏を弾けば教会の内部にいる人全員を回復させることが出来ますから。自分で言うものではないとは思いますが、効果は絶大です。


 治癒しきれていない傷なら治せます。例え死ぬ直前であったとしても、原因が傷ならば問題なく治せます」


「治った怪我は治せないと言う事ですか?」


「はい。腕を失ったとして、傷があれば腕は再生しますが、傷が塞がり何年も経ってしまったものはどうしようもないみたいです。


 ともかく、この魔法があるために町の演奏者は無茶をできるようになりました。死ななければ腕を失おうと、足を失おうと、死にかけようと問題なく回復できますから。


 もっと言うと、先ほどのソメッソさんのように魔力や体力も回復するみたいです。


 ですから、町の演奏者は徐々に力をつけていきました。この時期がトーベントに行くと強くなれるという時期ですね。


 教会という特異な建物、そこにいるだけでどんな傷も癒えるという神秘的な現象が噂としても広まり易かったんでしょう」


「神秘的……って事はユメの事は皆知らなかったの?」


「ええ、私の存在は秘匿とされていました。庭園に入れる人も制限されていましたし。


 一応、歌姫のように人前に姿を見せずに守ってくれている特別な存在がいる、くらいには公表していたみたいですが」


「ユメが事件を起こしたのは、自由になりたかったから?」


 テナーの問いかけにユメが否定を示す。普段から自由を求めていたユメの事、間違いないだろうと思っていたテナーは驚きつつも、ユメの話に耳を傾けた。


「憧れはありましたけど、人々の役に立つと実感できる生活には満足していましたよ。


 やがて強者が集まる町として広まった頃、私と同年代の一人の女の子が現れた所からちゃんとお話ししましょうか、ソメッソさんが気になる所でしょうから」


 ソメッソの表情がピクリと動いたことに聡く気が付いたユメは、話を一度切ると「あれは、特に意味も無く庭園で空を眺めていた時でしょうか」と語りはじめた。




     *




 ユメがまだユメを名乗っていなかった頃。狭い部屋と唯一空の見える庭園が自分の世界の全てだと信じていたユメは、二つの世界の空が見える方で散歩をしていた。


 閉じられた世界だったが、常に形を変える雲や季節によって色を変える花々、自分を頼りに集まってくる人々のお蔭であまり人のやってこない現状でも不満は持たなかった。


 しかし、空から女の子が降って来た。


 高い壁を飛び越え、着地に失敗した女の子は足を曲げてはいけない方向へと曲げて尻餅をつく。


 恥ずかしそうに立ち上がろうとするも、折れた足に上手く力が入らずまた尻餅をついた。


「大丈夫ですか? もしかして怪我を?」


「大丈夫……とは言えないっスね。不自然に高い壁があったから、飛び越えようと思ったのが間違いだったみたいっス。良ければ手を貸して貰えないっスかね」


 小柄で溌剌はつらつとした女の子は、痛みをユメに見せないように明るい声で手を伸ばしたが、ユメは首を振って「じっとしておいてください」と女の子のそばに座る。


「いったい何をするっスか?」


 問いに答える代わりに、ユメが箏を弾き出した。メロディにもならない単音をポーン、ポーンと鳴らし、そっと女の子の足に手を添えた。


「どうですか?」


「どう……って、治ってるっス。凄いっス」


 女の子が異常を確かめるために、足踏みをしながら騒いでいると「どうなさいましたか?」と何処からか声が聞こえた。


「少しの間隠れていてください」


 ユメは短く言ってから、教会につながる隠し扉へと向かう。


 教会側から隠し扉が開き、五十になろうかという白髪交じりの中肉中背の男性が姿を見せた。


「どうなさいましたか、ユーバーアルディタメンテ様」


「すみません、今日の天気があまりにもよくてはしゃいでしまいました」


「はしゃぐのは構いませんが、くれぐれもお怪我だけはなさらぬよう頼みますよ?


 貴女様は選ばれたお人なのですから」


「承知しています。次はいつ演奏をすれば?」


「夕刻です。日が傾き空が赤くなった頃ですから、分かりましょう。わたくしもその時にやってきますので。では、お騒がせいたしました」


 男性が姿を消した所で、ユメが安堵の息を漏らした。


「ユーバー何とかって言うんスね。名前」


「ユーバーアルディタメンテです」


「長いからユメで良いっスか?」


 押しの強い自分よりも背の低い女の子にユメは困ったように「出来れば、ちゃんと名前で……」と抗議するが、女の子はどこ吹く風で「ユメ何か言ったっスか?」と返した。


 諦めたユメは別の質問をすることにする。


「貴女はどうしてここに?」


「アニマートは貴女じゃなくて、アニマートっス。アニマートも名前は長い方っスけど、ユメには勝てる気がしないっスね」


「そもそも勝負ではないですよね?」


「アニマートが何でここにいるかって事っスよね。単純に、不自然に高い壁がかこっている場所があったから、よじ登って跳び下りてきただけっス」


「えっと、アニマートさんは私をどうにかしに来たわけではないんですよね?」


 不安そうに尋ねるユメにアニマートが首を傾げる。


「どうしてアニマートがそんなことするっスか?」


「傷を治しているのが私だから……でしょうか? アニマートさんは許されて此処に来られた方ではなさそうですし」


 アニマートが何度か瞬きをして、次に自分の折れたはずの足で何度か地面を蹴る。


「教会での神秘ってユメの仕業だったんスか? いや、確かにたったあれだけで足がくっついたっスし、選ばれた人って言われていたっスね。


 なるほどっス。そう言われてみたら連れ去りたい気がしてきたっスね」


 とっさに身構えるユメにアニマートが慌てた様子で「冗談っすよ」と両手を振る。


 ユメはアニマートの言葉を信じ切ったように頷いて「では」と話し出した。


「ここから出た方が良いですよ? ここは立ち入り禁止になっていますから」


「ユメもいるっスよ?」


「私がいるから立ち入り禁止なんです。間違っても私は此処から離れるわけにはいかないですから」


「じゃあ、忠告に従って今日の所はお暇させてもらうっスよ」


 ユメに背を向けて壁に走り出そうとするアニマートにユメが思わず「あの」と声を掛ける。


 アニマートは楽しそうに振り返り「どうしたんスか」と足を止めた。


「夕方までは誰もここに来ませんから、それまでは……」


 躊躇いがちに口にしたユメに対して、アニマートは「了解っス」と向き直った。

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