二十六音目
「でも、すぐには教えられないっすけどね」
「手伝わなければ教えないと言う事か?」
「別に手伝わなくても良いっすよ。ユメ達がやる事を黙認してくれたらいいだけっす」
「いや、オレも同行しよう。逃げられてはたまらんからな」
疑いの目をソメッソがユメに向けるが、ユメは受け流すように「逃げないっすよ」と返した。
「一度急にオレの前から消えておいて信じられると思うか?」
「んー、セグエ良いっすか?」
「何でわたしに訊くんですか」
「何でっすか、テナー」
急に話を振られてテナーが驚いたように「俺?」と漏らす。しかしユメのせいで緊張感がまるでなく、困惑しているテナーでも何故セグエに訊くかくらいは分かった。
でも、それを口に出したら怒られるんだろうなという気もするので、テナーは察してくれるのを祈ってセグエに視線を送る。
「良いですよ。大丈夫ですよ」
セグエの拗ねた回答があってから、ユメが「だそうっす」とソメッソを促す。
「事件についての事が嘘だったら分かってるよな?」
「もちろんっすよ。流石にユメも交渉に嘘は持ってこないっす」
「ああ、信じよう」
案外あっさりユメを信用したソメッソにセグエは違和感を覚えたが、男とかかわりを持ちたくなかったので黙っておくことにした。下手に刺激してもマイナスにしかならいかもしれないし。
とりあえず場が収まったと感じたユメが改めて話し出す。
「さて、明日には資料見つけてトーベントを抜け出したいところっすね。ソメッソさんのお仲間が明日は宝探しするらしいっすから」
「あいつらか」
「仲いいんすか?」
「全く。名前も知らない」
「本当に良い仲間っすね」
ユメが皮肉を言ってもソメッソは眉ひとつ動かさない。ユメも対して気にした様子無く話を続ける。
「ところで、ソメッソさんはユメ達にくっ付いて来て大丈夫なんすか?」
「ああ、お前ら以外侵入者はいないだろうし、モンスターも強くはない。
見張りの順番でもないから、問題ないだろう」
「モンスターが強くない……っすか」
「どうしたんだ、ユーバー」
「いえいえ、昔は一演奏者では太刀打ちできない程のモンスターがゴロゴロいる地域だったのになと、昔を思い懐かしんでいただけっすよ。ユメは、この町で生まれ育ったっすから」
「初耳だな」
「ソメッソさんには、初めて言ったっす」
ユメが笑うのに対して、呆れたソメッソはゆっくりと目を閉じた。
「まあ、強力な演奏者なら一人で何とかなったっすし、この町にはそこそこな腕前の演奏者が集まっていたっすから別に脅威でも何でもなかったすけどね。
むしろ、どんどん駆逐していって周辺だけならほぼ安全になったっす。
と、無駄話は止めてここからが本題っす」
「無駄話をしていたのはユメじゃん」
ボソッと呟いたテナーに耳ざとく「何か言ったっすか?」とユメが目を細める。
慌ててテナーが首を振り、ユメが何処からか紙とペンを持って来た。
テーブルを囲むように四人が集まり、ユメ簡単に町の地図を紙上に描いた。
「ユメ達が今いるのが端っこの住宅街っす。全員見てきたとは思うっすけど、各ブロックを分けるように大通りがあって、中央に行くにしたがって有力者が多く住んでたっす」
「見張りなんて言っても、大通りを散歩しているようなものだな」
「おかげでここまで楽っした」
ソメッソが同僚に対する侮蔑の眼差しを見せる。
「で、ユメ達が向かうのは町の中心にある教会っす」
「教会……ってなに?」
「神様に祈りを捧げる所っすよ。まあ、この町以外で見た事はないっすし、ここも真似ただけで本当の教会とは違うっすけど。教会にあったのはトーベントが演奏者の町として発展していく礎となった人と書物っすね」
「歌姫の資料ってやつですね」
ユメがセグエに頷いて返すが、ソメッソが不審そうに低い声を出す。
「確かそこは以前徹底的に捜索したと聞いたが」
「よそ者が捜索したくらいで見つかったらこの町が困るっすからね。
トーベントって中央にケンカ売っていたんすよ?」
「ユメなら見つけられるの?」
「行ってみてからのお楽しみっす。ソメッソさんに事件の顛末を話す時点で全部話してもいいんすけどね。せっかくなんで小出しにするっす」
場に諦めの空気が流れる。リュミヌで行動を共にしていたソメッソは勿論の事、セグエもユメがどのような性格なのかなんとなく分かっているから、特に意味も無く勿体つけているだけなのだと容易に想像できた。
「とりあえずこの町についてっすけど、もともとは中央の直轄地だったらしいっす。
だからこそ歌姫についての資料を秘密裏に持ち込み、裏で様々な実験をしていたらしいっす。結果、ある噂を聞きつけた演奏者が集まり急成長したっす。
発展したトーベントはその力故、歌姫についての資料を隠したまま中央の支配から逃れたわけっすね」
「ある噂って言うのは?」
「『トーベントに来たら強くなれる』っすよ。徐々に『トーベントには強者が集まる』に変わって行ったっすけど。何だかんだで十年とか二十年の話っす」
テナーの問いにユメが答えたところ、セグエが「強くなれるんですか?」と前のめりにユメに迫る。
「流石に今はそんな事ないっすよ?」
「そうですよね……」
「さて、明日が潜入の本番っすから、今日はもう寝た方が良いっすね。ユメは此処で寝るっすけど、セグエとテナーはどうするっすか?
適当にその辺の家で寝てもいいと思うっすけど」
初めにセグエがドアを出る。男嫌いの彼女がソメッソと同じ屋根の下というのが嫌なことは誰の目にも明らかなので誰も何も言わない。
続いてテナーも後にする。ユメと同じ家だとどうせからかわれるから。
「ソメッソさんは出ていかないんすか?」
「数日ここで寝泊まりしているオレとしてはユーバーに出て行ってほしい所だが、今はそう言うわけにもいくまい」
「見張りって事っすね。ユメは自由でいたいんっすけど」
やれやれと首を振るユメを、ソメッソがじっと見ている。視線に気が付いたユメが「聞きたい事でもあるっすか?」と首を傾げた。
「アニマートを知っているな?」
「知っているっすよ。だから此処に来たんすから。ソメッソさんだって一緒っすよね。
でも、娘が住んでいた家に寝泊まりするって嫌われても知らないっすよ?」
「昔からアニマートには嫌われていただろう。今さらだ」
「お父さんは寂しいっすね。
悪いっすけど、彼女の事についてこれ以上は話せないっすよ?」
「お前の話し方はアニマートの真似か?」
「内緒っす」
言葉とは裏腹にユメが肯定しているようにソメッソは感じた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「なんとまあ、雑な警備体制っすよね」
「返す言葉がないな」
日が昇り、一行は苦なくトーベント中央の教会までやってくることが出来た。
白い壁の四角い建物に三角屋根の塔が刺さっているような外見で、裏手は建物の大部分と同じ高さの壁で囲まれている。
中は高い天井、白い柱と沢山の椅子が並べられ、正面に数段の階段があり何かの台のようなものが設置されていた。窓には色のついたガラスがはめ込まれており、入ってくる日の光をそれぞれの色に染めている。
「凄い所だね」
「わたしもこういう所は初めて見ました」
感想を述べるテナーとセグエの声が反響し、二人を驚かせる。
厳かで重苦しい雰囲気に反して、ユメが躊躇いなくコツコツと歩みを進めるので、緊張しながらテナーとセグエが続いた。
「そんなに緊張しなくていいと思うっすけどね。昔は演奏者のたまり場みたいな所だったわけっすし。
まあ、皆粛々としていたような気がするっすけど」
ユメはそのまま入り口とは反対側の壁までやってきて、目立たないように作られた扉を開く。現れたのは庭園……だったと思われる場所。管理がされず、草木が自由に空間を埋め尽くしていた。
「さて、ここまでで何か違和感に気が付かなかったっすか?」
「違和感は特に無かったと思うけど……むしろ、ユメが開けるまで此処につながる扉がある事に気が付かなかった」
「一応隠し扉って事になっているっすからね。隠す気はなさそうっすけど」
「塔って登れたりしないんですか?」
見上げるセグエにユメが「正解っす」と称賛を送る。
「この元庭の何処かに入口があるんすけど、探してみるっすか?」
「悠長な事言っている場合ではないだろう?」
「他の二人は探し始めたっすよ?」
ユメの呑気さに苦言を呈したソメッソだったが、自分が間違っているのだろうかと疑問を覚えた。
しばらくしてセグエが「見つけました」と声をあげる。地下通路のときのように地面に何かがあるのではないかと思っていたテナーは先を越された事に肩を落とした。
セグエがいたのは教会と接している壁付近。
「よく見つけたっすね」
「あえて建物と関係ない所に入口を作ると思いまして。でも、ここだけ他と違うって事までしか分からないんですよね」
「まあ、ここを開けるには鍵がいるっすからね」
ユメが指差した先には言われないと分からないような目立たない鍵穴がある。
やってきたテナーが、鍵穴を確認して「鍵はどうするの?」と尋ねた。
「ユメが持っているっすよ」
自分の荷物から先の長いかぎを取り出し、穴に差し込んだ。
ゆっくりと壁を押すと人一人が通れる程度の空間があり、教会に向かって階段がある。
登り切った先は最低限の家具だけが置かれた広い部屋になっていた。
「お疲れさまっす。ここが目的地っすよ」
ユメが三人に声を掛けるが、周りを見回すばかりで誰も何も返そうとしない。
ユメは慣れたようにベッドに近づき腰かける。
「ここは、何だ?」
「大事なものを保管しておく場所っす」
ようやく口を開いたソメッソにユメがすぐに答える。
「歌姫の資料が此処にあるの?」
「あるっすよ。ほら、そこに」
ユメが指差した先には机があり、その上に無造作にひとまとめにされた紙の束が置かれている。薄い本くらいの厚さがあり、一番上には何か文字が書かれていた。
テナーは手に取りパラパラとめくってみるが、言葉が古すぎて所々の単語しか読み解くことが出来ない。どうしても読めそうにないので、隣まで来ていたセグエに「読める?」と手渡してみる。
セグエも同じようにページをめくるが、タイトルと思しき最初の一枚すら読むことが出来ずに首を振った。
「読んでもらった通りっす」
「いや、読めないよ」
「そうっすよね。一枚目は『歌姫と魔法の関係』みたいな事が書いてあるっすよ」
「ユメは読めるの? というか、何で内容知ってるの?」
「まあまあ。今は資料の中身っすよ。簡単に訳するから貸してほしいっす」
半信半疑でテナーがユメに資料を渡す。ユメはベッドの上から、動くことなくゆっくりと内容を話し始めた。
「魔法とは歌姫が我々人に対して授けたモンスターへの対抗策である。我々自身の力を使って媒体となる楽器を生み出し、歌姫の力を借りて魔法が発動する。
つまり、魔法とはいかに歌姫から力を借りるかという所でその巧拙が決定する。
歌姫との親和性は生まれ持ったものであり、合致しなければ楽器すら出現させることが出来ない。
歌姫の力の本質は音にある。力を借りる媒体が楽器である理由もそこにある。歌姫の場合音そのものが魔法となるが、我々は音によって歌姫の力を導いているという形になっているらしい。
その為音の流れを作る事で、よりスムーズにより強力な力を借りることが出来る。
重ねて綴る事になるが、魔法を使う際我々が消耗するのは楽器を出現させる分でしかなく、魔法発動の際には歌姫の力が使われる。また、歌姫の力は無限に近く、我々がいくら魔法を使った所で枯渇しないらしい。
使用することで楽器が消耗した場合即座に復元されるので、基本的に常に楽器は正常な状態である。もしも、我々の側が力を使いすぎた場合、数日意識を失うがそれが直接の原因で死に至る事はない。
魔法は大別すると地水火風の四種類があり、楽器とかかわりがあるとみられる。例えば、我々がその楽器を叩く事で音が鳴るものは火に関する魔法が多い。一人が生み出せる楽器は一種類のみで、それは一つの魔法しか使えないことを意味する。この点に関しては一人の人がアクセスできる力に限界があるからと言われているが定かではない。
大体まとめるとこんな事が書いてあるっすね。あとは膨大なデータがあるんすけど読むっすか?」
テナーが即座に首を振る。代わりに「結局どういうことなの?」と質問を返した。
「魔法の出どころはソプラってことっすね」
「だからわたし達はソプラさんに勝てないんですか?」
「魔法は歌姫、つまりソプラから借りている状態っすから、ソプラを相手にするのは単純に考えて演奏者全員を相手にするような物っすよ。
しかも、あくまで貸している部分だけみたら演奏者全員ってだけで、ソプラってその上で歌っていたんすよね。
何より問題は分け与えたのではなく、貸しているってところっす。下手するとソプラの一存で全演奏者が魔法使えなくなることだって十分に考えられるっすね。
歌姫の力が音だと言う事もきついっすよね。つまりソプラが発する音、それが声だけでなく足音みたいに些細な音でも魔法だというなら、ソプラが歩く度に魔法が発動するっす。
もちろん発動した魔法は演奏者が使う魔法以上の効果があると考えられるっすね。
これでも、勝てると思うっすか?」
「次元が違いますね……」
「そもそもソプラが死んだら人はモンスターへの対抗策を失うっす」
ユメが話すたびにテナーとセグエの雰囲気が重苦しくなっていく。
さらに、ある事に気が付いてしまったセグエが自分の考えを否定するように首を振った。
「セグエどうしたんっすか?」
「魔法がモンスターに対する対抗手段だったんですよね? では、何で歌姫は歌っていたんですか?」
「あー……歌姫の歌でもある程度しかモンスターから人を守れなかったから、で騙されてくれないっすか?」
失念していたとばかりに声を出すユメに対して、セグエが目を伏せる。「ダメっすよね」と諦めたように言ったユメにテナーが「どういうこと?」と尋ねた。
「歌姫がモンスターから人を守るために歌っていたわけではないかもしれないって事っす」
「じゃあ、何の為に?」
「分かれば苦労しないっすし、何となく分かりたくもないっすね」
ユメの言葉にテナーがさらに頭を悩ませる。一方でソメッソがしびれを切らせたように話し始めた
「お前たちが壮大な話の渦中にいる事は分かったが、欲しい情報は手に入ったのだろう?
ユーバー、何故お前がこんなに詳しいか教えて貰えるか? いや、それもどうでもいいな。
例の事件の顛末についてここで話して貰おうか?」
「約束っすからね。でも、順番ってのがあるっすから、トーベントやユメの事について聞いて貰うっすよ」
不服そうながらもソメッソが頷いたのをユメは確認する。
「昨日も言ったっすけど、トーベントではある実験が行われていたっす。
何で歌姫の資料が此処にあるのかを考えれば分かると思うっすけど、歌姫の力を効率よく引き出す方法を研究していたんすよ。
演奏者の力はいかに歌姫の力を引き出すかによるっすからね。ただ、実験と言っても結局は洗脳教育みたいな物っす。問題はまだ魔法というものに対する認識が固まっていない子供の頃から行う必要があったって事っすけどね。
この部屋は最初はそう言う子供を外界から隔離するために作ったものらしく、見た目もこんなに豪華じゃなかったみたいっすね。外観も普通の家みたいだったっす。
実験は、大体は失敗したらしいんすけど、一人だけ成功にかなり近い子供がいたっす。
正直この実験はコストに見合っていないって事で唯一の成功を持って終わったんすけど、町のトップはこの子を使ってトーベントを中央以上の町にしようなんて考えたっす。
強力なその子の魔法は人を呼ぶのに都合が良い魔法だったんすね。建物が教会っぽい形になったのが大体このくらいっす」
ユメが景気よく話している時、遠くからブオーと大きな音が鳴った。聞いた人に不安感を与えるこの音を聞いたソメッソがユメの話に待ったをかける。
「どうしたんすか?」
「悪いが助けが必要らしい」
「今の音が何かあるんですか?」
「モンスターが出たらしい、しかも一人二人ではどうしようもないレベルの。
例の事件の起きた土地だ、例のモンスターらしきモンスターが出た時に全員を招集する決まりくらいある」
ソメッソはテナーの問いかけに素早く答えて部屋を後にした。
「行っちゃったっすね。まあ、例のモンスターかもしれないらしいっすから、気持ちは分からなくもないっすけど」
「ユメ、ソメッソさん行っちゃったよ。と、言うか例のモンスターかもしれないだよね? どうしよう」
テナーの後ろでセグエも焦りの表情を見せている。唯一落ち着いているユメは「別に逃げるってのもありっすよ?」と答えた。
「でも、ソメッソさんが」
「分かっているっすよ。助けに行くんすよね。セグエもそれで良いっすか?」
「まさかとは思いますが、例のモンスターだった場合ユメさんが犠牲になろうなんて考えてないですよね?」
「ユメは死ねないのでやばかったら全力で逃げるっす。むしろ、ユメが逃げたらテナーとセグエは大丈夫っすか?」
「……わたしの魔法は逃げる時には役立ちますから」
セグエが腹をくくったのを見て、ユメが「それじゃあ、急ぐっすよ」と先導し始めた。




