二十四音目
「ねえ、テナー」
「セグエどうしたの?」
「わたし、あの時ユメさんに逆らわなくて良かったって本当に思います」
見晴らしの良い荒野。低い木や草がまばらに見られるこの場所で、飛び散る血を見ながらセグエは畏怖を持ってユメに視線を送っていた。
テナーは「そうだね」と頷いてから、同じようにユメを見る。
額に鋭い角を生やした馬のようなモンスターを数匹相手取っていたユメだったが、すでに一匹だけとなり、最後の一匹も風前の灯火と言わんばかりにふらついていた。
一閃、ユメが走り抜けるようにナイフで切りつけると、ムルムランド周辺でテナーが倒していた狼に勝るとも劣らない強さの馬は、とうとう倒れ砂埃を巻き上げる。
ナイフについた血をサッとふき取り、ユメがテナー達の所に戻ってきた。
「お疲れユメ。手伝えなくてごめん」
「良いっすよ別に。あの程度ユメ一人で何とかなるっすから。むしろ、もっと手ごたえのある奴が出てきてほしいくらいっす」
「改めてみてもユメってすごいよね」
何気なく会話する二人を見ながら、セグエは自分を顧みていた。
今のセグエはテナーよりも弱い。そのテナーは恐らくユメには勝てない。そのユメが束になってもソプラには勝てないと言う。果たして自分は役に立つのだろうか。
これから西に向かうにしたがって、強力なモンスターと対する機会も増えるだろうが、自分は自分の身を守ることが出来るのか。
「ユメさんはどうしてそんなに強いんですか?」
気が付けば、セグエは言葉を発していた。
首を傾げたユメは、じっとセグエを見たあと一つ手を叩く。
「ああ、セグエは強くなりたいんすね。でも、演奏者のセグエがそんなに頑張らなくても、ユメが死なない程度に囮でも何でもするっすよ? 死にそうになったら一目散に逃げ出すっすけどね」
「そっか、ユメはセグエの魔法知らないんだっけ」
「大方、遠距離攻撃じゃないんすか?」
ユメが首を傾げるのを見て、テナーが説明を始める。
「セグエの魔法って、スピードアップだよね」
「そうです。正確には動きに合わせて風が吹くんですよ。風に背中を押されたら速く走れた……に近い魔法ですね」
「なるほどっすね。使い方次第でどうとでも化けそうな気はするっすけど、完全にサポートなわけっすか」
ユメの分析が分析するので、セグエが頷いて言葉を返す。
「わたし自身、力があるわけでも武器の扱いに長けているわけでもないので、近づかれた時に自分の身すら守れないかもしれないんです」
「今まではどうしていたんすか?」
「長剣何かを使って、向こうから突っ込んできてもらっていました。でも、長距離の移動を持って歩くにはわたしには重すぎるので、持ってきていなんです。別に持ち運びやすい何かがあればいいなと思っていたんですが……」
「確かにナイフは長剣何かと比べると持ち運びは便利っすよね。使ってみるっすか?」
ユメが二本のナイフをセグエに手渡す。
受け取ったセグエは恐る恐る目の高さまで持ち上げる。先ほどモンスターを倒したナイフは冷たく光っており、セグエにわずかばかり恐怖を与えた。
改めてセグエはユメに語りかける。
「これ、貰ってもいいんですか?」
「良いっすよ。あと何本か持ってるっすから」
「使い方を教えて貰ったりは……」
「んー、ユメは構わないっすけど、ユメのは我流っすよ?
刃物の使い方が分からなかった、いたいけな少女が沢山の経験の中で身につけたものっすからね。
たぶん、ユメの超身体能力があって初めてって可能性もあるのでお勧めはしないっす」
「それでもかまいません」と力強く答えるセグエの隣で、テナーはユメの発言のどこにツッコんでいいのかと思考を巡らせる。
しかし、何も言わない方が良いと結論に至り、前々から気になっていることを尋ねる事にした。
「ところで、ユメの身体能力ってどうなっているの? もう何か人じゃないよね」
「人じゃないって言うのはご挨拶っすね。言いたいことはわかるっすけど。
でも、ユメは人の域は出ていないっすよ。頑張りに頑張ったので人が辿り着けるであろう境地には至ったかもしれないっすけど」
「えっと……つまり、人の中で最強って事?」
「真正面から戦ったら誰にも負ける気はしないっす。ユメが負けたら相手はもう人じゃないっすね」
ユメが冗談抜きで自信に満ちているのを見て、質が悪いなと内心テナーがため息をつく。
「頑張ったって、どんなことをしてたのさ」
「難しい事はないっすよ。限界を超えて毎日休まず修行したら数年でどうにかなるっす」
「限界を超えてって……」
本気で言っているのか、からかわれているのか分からなくなってきたテナーはこれ以上問う事を止める。
テナーが何も言ってこない事を確認してから、ユメはセグエにナイフの扱い方を教え始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
荒野を抜け見えてきた大きな町。木々が生い茂り、とても豊かそうにも見える町はどこか寂しげにも見えた。
二本伸びている街道にも草が侵食していて、壁の外側にある畑の柵は壊れ荒れ果てている。
町に入るための門の前には退屈そうに、鎧を脱いだ兵士が二人立っていた。
「まだこっちには気が付いていないみたいだけど、どうやって入るの? あそこしか入口ないよね?」
「ユメさんなら一瞬で気絶させるとかできそうですよね」
幸い何年も放置されたような土地。好き勝手に生えている草花のお蔭で身を隠すのは簡単だが、目と鼻の先にトーベントがあると言うのに近づけそうにない状況にやきもきしつつテナーとセグエがそれぞれに話す。
「まあ、気絶くらいなら出来るっすけど、流石に見張りはあそこの二人だけって事はないと思うっすよ?
モンスターもやって来るっすから、中に何人も代わりがいて定期的に見張りを交代しているっす。交代の時間も相手の数も分からないユメ達が下手に行動したら一気に大ピンチっすよ。
もしも、二人が人殺しもやむを得ないと言うのであれば強行突破も出来なくはないっすけど。どうするっすか?」
「強行突破は止めよう。でも、それならどうやって町に入るの?」
「ちょっとは自分の頭で考えるっす」
もっともな事をユメに言われて、言い返せずにもやもやしながらテナーが考え始める。
門から入れないなら壁を超えるしかない。空を飛ぶのは無理だから……
「壁に穴を開ける」
「音もなくできたら、それでもいいんすけどね」
「穴を掘るとかは……無理ですよね」
「セグエのはなかなか良い線いっているっす。というわけでついて来るっす」
ユメがそう言って動き出す。迂回するように町の側面へと向かい、見張りが見えなくなったところで壁に近づく。
思いきり身体を逸らして見上げなければ終わりの見えない壁を前にテナーは不審そうな顔でユメを見ていた。
「掘るの?」
「もう掘ってあるっす」
テナーとの短い会話をして、ユメが地面を指さした。
不自然に草の生えていない箇所があり、砂をはたくと岩肌のようなものが姿を見せる。
不思議そうにテナーとセグエが見つめる中、ユメが岩を持ち上げた。岩の下には階段があり、ユメは迷うことなく下っていく。
セグエとテナーも慌てて中に入り、天井を閉じると真っ暗になってしまった。
「取りあえず、壁に手を突きながら下まで降りてきてほしいっす」
反響しながらユメの声が聞こえ、そろりそろりと階段を下る。石でできているのかざらざらとしていて、横も縦も人一人が通れるほどの広さだと分かる。
三人の足音以外は何も聞こえず、ひんやりとして肌寒い。
「テナー明かり頼むっす」
広い空間に出たらしく、テナーはユメの指示に従って太鼓を叩く。あまり大きな音を出すと反響して煩そうなのでほどほどに。
拳大の炎が辺りを照らし、小さな公園ほどの広さがある空間が浮かび上がった。
石の壁に中身のないランプがいくつもぶら下げられていて、今下って来た階段の他にいくつも階段がある。
「ここは?」
「何のための空間何っすかね。ユメにもわからないっすけど、多分隠し通路じゃないっすかね」
「何のためか分からないって……そもそも、何でユメはこんなところがあるって知っていたの?」
迷いもなくここまでやってきたユメに不信感を抱きながらテナーが問いかけると、ユメが何でもないかのように「だって、ユメの故郷っすもん」と返した。
「え?」
「だから、ユメの故郷何っすってば。だから、存在は知っているっすけど、作ったお偉いさん方がどういう意図で作ったかは知らないっす」
「ごめん、整理させて」
急なユメの発言にテナーが頭を抱える。この町はかつてあるモンスターによって壊滅させられた町で、でもユメは此処で生まれて……
「生き残りがいたんですね」とテナーの代わりにセグエが話を続ける。
「事件の時に町にいなければ生き残れるっすよ。町にいてもうまく逃げられたって可能性もあるっすし。後者の場合トラウマ必至だと思うっすけどね」
「ユメさんは別の町にいたんですか?」
「何でそう思うっすか?」
「トラウマがある人には見えませんし、あったらここまで来れませんもんね」
ふーっと息を吐きユメを見るセグエに対して、ユメは笑顔を返す。
テナーの方も整理がついたらしく、今度はユメに非難の目を向けた。
「ソメッソさんにその事は言ったの?」
「言ってないっすよ。言える事が無いっすからね。出身ってだけで、どんなモンスターだったのかユメには分からないっすから、逆に落ち込ませるだけっす。
下手すると「どんなことでもいい、些細なことでもいいから教えて欲しい」と付きまとわれかねないっすからね。モンスターについて答えるものが無いのに付きまとわれても流石に迷惑っす」
「あ、うん。そっか。ごめん」
自分の考えの足りなさにテナーが消沈したところで、セグエが「ソメッソさんって誰ですか?」と尋ねる。
「娘さんを例の事件で亡くした人っす。演奏者の娘さんは偶々この町に来ていたみたいっすね」
「……そうなんですか。お気の毒に」
返す言葉が見つからないセグエが言い辛そうに返す。テナーとセグエが気落ちしてしまい静かになった地下空間で、ユメが明るい声で「じゃあ、今からの事を話すっすよ」と口を切った。
「それぞれ階段は権力者様方の家につながっているっす。それがちょっと曲者何っすけど、どうしてか分かるっすか?」
「中央の見張りがいる可能性が高いから……ですか?」
「それはどうしてっすか?」
「ユメさんの話が本当なら、この町が閉鎖されている理由は歌姫の資料があるからですよね? あるとしたら、やっぱり偉い人の家に隠されているとかかな……と」
セグエの答えにテナーは感心したが、ユメは否定するように大きく首を振った。
「お偉いさん方の家は豪華だからっす。もっと端的に言えばいいベッドを使っているからっす。こんな辺鄙なところまで来ておそらく数日は見張りという名目で此処に留まらないといけないっす。そしたら、少しくらい贅沢してやろうと思うのが人の性っすよ」
ユメの答えにテナーは一瞬馬鹿らしいと思ったが、自分がその立場だと考えるとユメの言い分も分かるような気がしてきた。
とは言え、こんな状況下でそんな大胆な事を考えるユメが可笑しくて思わず笑ってしまう。
「さて、気分が明るくなったところで、行動するっすよ。ユメ理論だと夜になったらほぼアウトっすから、早く動かないと明日の朝まで此処にいる事になるっす。
流石に此処で一晩って言うのは嫌っすからね」
ユメがこういうことで嫌というのは珍しいなと思いつつも、流石に明かりが全くない地下空間は嫌かとテナーが納得しかけた所でセグエが「きゃ」と短く悲鳴を上げて口を押えた。
どうしたのだろうとセグエが見ていた方に視線を移すと、そこには壁にべったりとついている赤黒い何かと服を着たままの人の骨があった。




