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二十二音目

 宿の一室。昼間なのにカーテンが閉め切られ、薄暗い室内でテナーは膝を抱えていた。


 何をするでもなく、何を考えるでもなく。たまに頭の中に浮かんでくる言葉は、何故自分は生きているのか、と言う事だけ。


 でも、死ぬことすらも億劫だと、テナーの思考はまた無に戻る。


 トントン……と控えめにドアがノックされる。


「テナー」


 女性の声はテナーの耳にも声は届いたが、ふさぎ込んでしまったテナーは反応も示さない。ドアの外、食器同士がぶつかる音の後、「ここにご飯置いておきますから、今度はちゃんと食べてくださいね」と声がした。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 お盆を置いて、宿の広間に戻ったセグエが椅子に座って、大きなため息をつく。


「テナー、また反応ありませんでしたよ」


「自分だけ生き残ったってんだから、落ち込みもするだろうよ。それにまだ一日だ。そっとしておいてやんねえ」


「真面目な事言いながら、近寄ってこないでください。アルロさんの居場所はカウンターの向こうだけです」


「相変わらず辛辣だねえ。折角美人なのに、そんなんじゃモテねえぞ?」


「わたしは別にモテなくていいんです。むしろ、男に好かれるなんて思うと寒気がします」


 セグエは自分よりも十以上も年上の、筋骨隆々のアルロを睨み付ける。


 ムルムランドにおいて、セグエがどんな人物なのかと言うのは知れ渡っているので、アルロも手慣れたようにセグエの相手をしていた。


「その割に、あの坊主の世話はするんだな」


「聞きたいことが沢山ありますから」


 セグエは適当に返しながら、昨日の事を思い出していた。




 テナー達が狼の親玉を倒すために町を出発した後、気が気ではなかったセグエは町に狼が襲ってこなかったので、見回りと称して一行の後を追った。


 そこで、目印通りに砂漠を歩いている途中、フラフラと歩いてくるテナーを見つけた。


 他の二人の姿が見えなかった事、テナーがあまりにも疲弊した表情をしていた事から、セグエはしぶしぶ肩を貸し、歩きながらテナーに尋ねた。


「親玉は倒したんですか?」


「……うん」


「お姉さまと、ソプラさんは?」


「……」


 そもそも目の焦点があっていないテナーに、これ以上何を聞いても一緒だろうと諦めたセグエだったが、嫌な予感を拭い去ることは出来なかった。


 ルーエとソプラが犠牲になり、辛うじてテナーだけ帰ってこられた可能性。演奏者としてモンスターと戦いに行く以上、死からは目を逸らせないためセグエ自身覚悟もしていたが、まだそうだと決まったわけではないので考えないようにした。本当ならテナーを責めたかったが、流石のセグエもここまで衰弱した人物相手をさらに追い詰めたくはなかったから。


 テナーを安全なところまで連れて行ったセグエは、テナーの言葉が事実か確かめるため、魔法の力を借りて遺跡の様子を見に行った。


 そこで見た、狼の死体の山の中にひときわ大きなものを見つけ、テナー達が本当に親玉を倒したのだと確認してから、テナーの元へ戻る。


 ムルムランドの町の門が見え始めた頃、黙って歩くだけだったテナーが何かを呟いた。


「テナー、何か言いました?」


「……が……に」




「「ルーエがソプラに殺された」……なんて、にわかに信じがたいですよね……」


 セグエの呟きが、外の賑わいに掻き消される。


「何でこう、男たちはこんなに騒いでいるんでしょうね」


「それをオレに言われてもなあ。町から脅威が去ったんだから、騒ぎたいんだろう。


 昨日まで、死と隣り合わせだったわけだしな。幸い死人は出ていないからな」


「町の人は……ですよね」


「……町を救った英雄も、しょせん他人だからな。全員感謝はしているが、感傷に浸れるほどの仲じゃないんだろうよ」


「アルロさんも騒ぎたい側の人ですもんね」


 アルロの言いたい事もセグエは理解できるが、納得は出来なくて毒を吐き不貞腐れたようにそっぽを向いた。


「ここが宿であっているっすか?」


 宿のドアが開いて、セグエの知らない女性が姿を現した。


 色白碧眼、薄い茶色の髪に、女性らしい身体つき。セグエが今まで見てきた女性の中でもかなり上位に入るほどの美人。


 清楚そうな見た目とは裏腹の話し方に違和感は覚えるが、それがまた良いアクセントになってセグエの興味を惹きつける。


「はいそうです。お泊りでしょうか」


 アルロも女性の魅力に取りつかれ、気を悪くさせないように丁寧に接客をする。


 しかし、猫なで声で厭らしい視線を向けるアルロの様子は、易々とセグエを逆なでしてしまい「気持ち悪い」とセグエに悪態をつかせた。


「んー、まだ泊まる事になるかはわからないっすけど、ここに演奏者が泊まっているっすよね? その人に会いに来たっす」


「はいはい、いますよ。今ご案内……」


「わたしが案内します」


 アルロの言葉を遮り、セグエが女性の手を掴むと同時に、アルロを睨み付ける。


 アルロは少し怯えた様子で、頷いた。




「案内はしますけど、あってくれるかはわかりませんよ?」


「もうそんな事になってしまっていたっすか。まあ、案内だけで良いっすよ」


「あの……テナーとどんな関係なんですか?」


 ゆっくり歩きながらセグエが女性に問いかける。女性はわざとらしく悩んだふりをしてから、逆にセグエに問いかけた。


「もしかして、テナーの事好きだったりするんすか?」


「天と地がひっくり返ってもそんな事はないです」


「まあ、ユメに熱い視線向けてたっすからね。でも、ユメはそう言う趣味じゃないっすよ?」


「わ、わたしもそう言うのじゃないです。ただ、男が嫌いなだけです」


 顔を真っ赤にするセグエに満足したユメは、気を取り直して先ほどの質問に答える事にした。


「関係って言っても、一度共闘したことがあるって事くらいっすよ。で、今日は世界を救ってもらうために、こうやって誘いに来たっす」


「……世界を救いに……ですか?」


 急なユメの言葉にセグエが困惑した顔をする。対してユメは飄々と言葉を続ける。


「テナーの力が絶対に必要……ってわけじゃないと思っていたんすけどね。


 テナーがいてくれた方が成功率が格段に上がるうえに、状況見る限りテナーが残された最後の希望って言っても過言じゃないかもしれないっす。


 って事で、一つ確認っすけど、テナーって今一人っすよね?」


「……そう……ですね」


 視線を逸らして、憂い顔で答えるセグエを見て確信したユメは「了解っす」と軽い返事をした。




 間もなくテナーがいる部屋について、先にセグエが控えめにノックをする。


「テナー、お客さんが来ましたけど……」


 扉の向こうから反応は帰ってこない。先ほど置いた食事もそのまま置かれてあり、セグエの顔にやるせなさが滲む。


「そんなんじゃ駄目っすよ。もっと思いっきりいかないといけないっす」


 セグエの肩を叩きユメは前に躍り出ると、躊躇う事なくドアを開けた。


 突然の光に、テナーの顔が上がる。しかし、すぐに俯いてしまった。


 ユメはテナーに近づき、脇を抱えて無理やり立たせる。突拍子の無さに思わずテナーが「何するのさ」とまともな声を出した。


「大丈夫そうっすね」


「あれ? ここは? というか、何でユメが此処に?」


「やっぱり、大丈夫じゃないかもしれないっすね」


 驚くテナーを見て、ユメが呆れた声を出す。ユメの後ろでは、セグエが胸を撫で下ろしていた。




「要するに、セグエがテナーを此処まで連れてきたけど、テナーは何にも覚えていないって事っすね」


 テナーの部屋のカーテンを開けて、三人は三角を作るように座っていた。


 ユメの言葉に、もの言いたげな目をセグエがテナーに向けるので、テナーはよくわからないままに「連れてきてくれて、ありがとう」と伝える。


 セグエがそっぽを向く事で返した所で、ユメが話を続けた。


「取りあえず、ここから先の話を聞くにあたって、セグエには席を外して貰いたいんすけど、良いっすか?」


「嫌です」


「後でチューしてあげるっすよ?」


「……嫌です」


「ちょっといいなって考えたっすね?」


「だから、わたしは違うんですって」


「あ、あの……」


 ユメとセグエの話を隣で聞いていたテナーが、空気に耐えられなくて声を出す。


 話が脱線したことに気が付いたユメが、真面目な顔をして仕切り直した。


「真面目な話なので、部外者には出て行ってもらいたいっすよ」


「わ、わたしは部外者じゃないです」


「そんな心外って顔はしないでほしいんすけどね。はっきり言うっすけど、これからの話を聞いたら後に引けなくなるっすよ? そうっすよね、テナー?」


 ユメの視線に、テナーは俯いて黙り込む。今でこそ、ユメに乗せられて普通に話しているが、テナー自身何も整理がついていないのだ。


 ただ、テナーだけの問題じゃないと言う事も何となく察してはいた。何せ、ソプラが歌姫だったのだと告げられたのだから。


 テナーが黙り込んでしまった事が、逆にセグエに緊張を与えたが、セグエはごくりと唾を飲み込んでから勢い任せに口を開いた。


「お姉さまとソプラさんについての話なら、この町の人間として聞かないわけにはいかないです」


「お姉さまって言うのが誰かは分からないっすが、ソプラは関係あるっすね」


「じゃあ、わたしにも聞かせてください」


 何も知らずに外で騒いでいる男とは違うのだ、という怒りにも近い感覚でセグエがユメに迫る。ユメは真っ直ぐにセグエを見た。


「あとから、聞かなければよかった。なんて言っても遅いっすよ?」


「大丈夫です」


「って事で、テナー。何があって今一人になったのか、教えて貰って良いっすかね?」


 軽い感じで話しながら、くるっとユメがテナーの方に向きを変えるが、テナーは目を逸らしてしまう。


 チラチラと、ユメの様子を窺うテナーだったが、全く動かない視線にとうとう、口を割った。


「ソプラの音を取り戻すところまでは、順調だった。ルーエが一人で親玉を倒してくれたから」


 思い出したくない、でも頭から離れてくれない光景を、テナーがゆっくりと言葉にしていく。


「ルーエって、あのルーエっすよね。テナーとどういう関係何っすか?」


「同じ村の幼馴染」


 残りの二人がテナーの話を遮ったのは、ユメのこの質問だけで、後は黙ってテナーの話を聞いていた。


「ソプラの音を取り戻したルーエが、音符を飲み込んで俺達を攻撃してきた。


 俺がソプラを連れて逃げたせいで、村が焼かれて、生き残った人を人質に取られて、中央の言いなりになるしかなかったみたい。


 俺が死ねば村の人が助かるならと、ルーエに殺すように言ったんだけど、ルーエは殺せないって、中央にソプラを引き渡して一緒に逃げようって。


 そしたら、ソプラがルーエを殺して、一人でどこかに行っちゃった……」


 テナーが黙ったのを確認して、セグエが「本当なんですか?」と深刻そうな顔をする。


 頷くテナーを見て、聞かなければよかったという言葉がセグエの頭をよぎったが、ユメに言われた事を思い出し歯を噛みしめて声に出すのを耐える。


 対してユメは、いつもと変わらぬ様子でテナーに問いかけた。


「テナーはソプラに関して、他に何か知らないっすか?」


「……ルーエが、歌姫だ……って」


「えっ……」


「まあ、そう言うわけっすね」


 セグエの驚きを、ユメが軽く済ませる。


 テナーの話を総合すると、歌姫が何故か音を失い中央から追われていると言う事になる。


 そして、歌姫であるソプラが、自分を捕まえようとしたルーエを殺したと言う事はつまり……。セグエの頭が状況の整理を放棄した。残ったのは自分の憧れの人を、歌姫が殺したと言う事だけ。


「テナーはどうするんっすか?」


「分からないよ。何を信じていいのか、何を考えて行動したらいいのか。もう、俺には分からない」


「じゃあ、何もせずにいるっすね?」


「それが良い」


 村を失い、ルーエを失い、ソプラには裏切られたテナーには、もう何をする気力も無い。


 テナーの様子を見たユメは、困ったように頭を掻いてから、真面目な顔になった。


「まさかとは思うっすけど、テナーはソプラに裏切られたとか思っていないっすか?」


「裏切られたよ。今まで一緒にいて助けてあげたのに、ルーエを……家族を殺されたんだから」


「それは違うっすよ。話を聞いた限りでは先に手を出したのは、ルーエの方っすから。


 ソプラは自分とテナーの身を守るために、防衛したにすぎないっす」


 ユメの冷静な言葉に、テナーは全力で首振り、荒々しく次の言葉を紡ぐ。


「大体、ソプラがいなければ村が燃やされることも、ルーエが死ぬことも無かった」


「でも、ソプラを守るように決めたのはテナー自身っすよね。自分の判断ミスをソプラのせいにするのは、お門違いっす」


「じゃあ……」


「ソプラが歌姫だったって、テナーはちゃんと分かっているんすよね? 歌姫がこの一年どんな扱いを受けていたのか、知らないとは言わせないっすよ?」


 ここまで旅をしてきて、世間知らずのテナーでも歌姫を擁護すること自体褒められた行為ではなくなっている事は知っている。


 実際、歌姫を目の敵にしている人も居ただろうし、歌姫であるソプラは一年間、聞き続けてきたに違いない。


「でも、歌わなくなったのはソプラでしょ?」


「ソプラって音を無くしているんっすよね? 歌えるんすか? ついでに、自分で自分の音を飛び散らせたって言うのもないと思うっすよ。やる意味が分からないっすし、集め直している理由はもっと分からないっす」


 つまり、ソプラは誰かの手のよって音を奪われたというのに、いわれのない文句をあちこちで言われ、挙句の果てには中央に追われていると言う事なのだろうか。とテナーの中に同情の念が生まれる。


「世界中が敵みたいな中で、最初に手を差し伸べたであろうテナーにまで責められて、ソプラはこれからどうするんっすかね」


「……ソプラを止めなきゃ。もう一度、ソプラに会わなきゃ」


 何が正しいのかはわからないけれど、テナーの中に一つだけ目標が生まれる。


 テナーの様子に、安心の色を浮かべたユメをセグエは見逃さなかった。

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