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二十一音目

 テナーがソプラの隠れていた場所にたどり着いた時、ソプラの目の前に狼が腹に穴を開けて倒れていた。


「ソプラ大丈夫?」


 狼よりもソプラに怪我がないかの方に気が向いたテナーが尋ね、ソプラは何事もなかったように頷く。


「これ、ソプラがやったの?」


 ソプラがもう一度肯定したところで、ソプラも魔法が使える事をテナーは思い出す。


 気が付けば篠笛の音も終わっていて、ルーエの事だし心配ないだろうと祭壇の方へ足を向けた。




 テナーとソプラが祭壇にたどり着いた時、ルーエは祭壇の上で大狼の死体に腰かけて、片手で掲げるようにして持っていた黄色い音符を眺めていた。


 テナーはルーエが持つものが、ソプラの音で間違いないと確信して、走り出す。


「ルーエ、やっぱり大丈夫だったんだね」



「まあね。ねえ、テナー、これが星って事で良いんだよね?」


「う、うん。そうだけど、早くソプラに返して帰ろう?」


 テナーの知る、いつものルーエとはどこか違う様子に戸惑いながらも、祭壇の下からテナーがルーエの方に手を伸ばす。


 ルーエは立ち上がったが降りようとはせず、魅せられたようにソプラの音符を眺めている。そのまま動かないルーエに何か嫌なものを感じたテナーが声を上げるよりも先に、ルーエが話し出した。


「ね、テナー。一年前に星が落ちた時の事、覚えてる?」


「覚えてない……ってルーエは知ってるよね」


「うん。でもね、その事だけは謝っておこうかなって。ごめんね、テナー」


「謝るって……何で?」


 テナーに疑問に答える気がないのかルーエは首を振り、手に持つ音符を口元へと引き寄せる。


 テナーが「何を……」と絶句する中、ルーエは音符に口をつけた。淡く光る音符が、スーッとルーエの中に入っていく。


 静寂を破ったのは狂ったような、キャハハというルーエの笑い声だった。


「ルーエ、どうしたのさ」


「うん、うん。全部話してあげる。なんで私が此処にいるのかを。


 それにしても、歌姫の力ってすごいんだね。何でもできそうな気がするよ」


「ルー……エ?」


「テナーは不思議に思わなかったの? 私が村を置いていつ見つかるかもわからないテナーを探しに来るなんて、あるわけないと思わない?」


 確かに不思議だった、とテナーが顔を歪める。ルーエはアパの村の皆の事を家族のように思っている。だから、皆に危険が及ばないようにすることを第一に考えていたのがルーエなのだ。


 テナーの目に映るルーエは笑っているはずなのに、テナーは動けず固まってしまう。


「でも、理由は簡単。村が無くなったんだから」


「まって、村が無くなったって……」


「無くなったよ? テナーが歌姫を連れて逃げたから。中央が反逆者を出した村って事で火を放ったの」


「それは、向こうが追いかけて……って言うか、歌姫ってソプラが?」


 テナーの頭が話題について行けなくなるが、ルーエは話を続ける。


「村の人いっぱい死んじゃって、生き残った人も中央に追われてる。だから、私が此処にいるの。


 生き残った人達を見逃してもらうために、私は星を集めないといけない、歌姫を捕えないといけない」


 ルーエが篠笛を取り出す。


「村よりも歌姫を選んだテナーを殺さないといけない」


 言い捨てて、甲高い音が耳を刺す。直後、テナーの真横の地面が割けた。


「ほら、テナー。反撃しないと簡単に殺されちゃうよ?」


 ルーエが本気で自分を殺しに来ている事を理解してしまったテナーは、「うわああぁ」と叫びながら、闇雲に和太鼓を叩く。しかし、飛んで行く炎はまるで狙いを定められておらず、祭壇の柱に当たり消えてしまった。


 対してルーエは、いたぶるようにテナーに傷をつけていく。殺さないように、痛いように。


 刃の猛攻に太鼓を叩くどころか、逃げる事しか出来ないテナーで弄ぶかのように。


 聞くものを不安にさせるような音を響かせる。




 テナーは反撃の意志どころか、糸口すら見つけることが出来ずに、とうとう膝をつき死を覚悟した。しかし、動かなくなったテナー篠笛から違ったメロディが流れ出す。


 世の中の悲しみをすべて乗せたような曲。ルーエが演奏している間、風の刃がテナーを襲う事は無かったが、代わりに少し動かした腕から出血した。


 遅れて訪れた痛みによって、テナーは今自分がどんな状況にあるのかを理解した。


 ルーエが静かに話し出す。


「動かないでね。動いたら二人の周りに張り巡らした、風の糸が確実に切り裂くから。


 出来るのは話す事だけ。もしかしたら指先くらいは動かせるかもしれないけれど、太鼓を叩けるなんて思わないでね」


 テナーは生唾を飲み込み、ルーエを直視する。ルーエは、悲しみを帯びた目でテナーを見つめ返す。


「ねえ、テナー。急に村に火を放たれて、あっという間に燃え広がった時、私はどうすればよかったと思う? あちこちで「助けて」って声を聞きながら、私はどうすればよかったのかな?」


 ルーエの疑問にテナーは答えない。ルーエの質問は徐々にテナーを責めるように、力を増していく。


「わずかに助けた人達を人質に取られて、テナーが元凶だって聞かされて、私はどうすればよかったの?


 家族テナー家族むらのひとを天秤にかけられて、私はどうしたらいいの?


 ねえ、テナー。答えてよ」


 すがるようなルーエの声に、テナーの胸が締め付けられる。


 自分のせいで村の人が死に、自分のせいでルーエが苦しんでいるという事実もまた、テナーの胸にのしかかって来た。


 ルーエへの同情と贖罪の意識に駆られたテナーが一つの答えに行きつくのは簡単で、重たい口を開いた。


「……俺を殺したらいいよ。そしたら、生き残っている人たちは助かるんだよね」


 ルーエは満足そうに頷いて、テナーの元まで歩き、篠笛を構える。高い音が鳴り、テナーが目を閉じたが、テナーの身体に変化はなかった。


 一音だけでなく、何度も何度も篠笛は音を響かせたが、テナーに刃が当たる事は無く、とうとうルーエが膝から崩れ落ちた。


「無理……やっぱり、私にテナーは殺せないよ。だって、テナーも家族なんだよ。


 家族を手にかけるなんて、私には出来ない、出来ないよ……」


「ルーエ……」


 駄々をこねる子供のように首を振るルーエの名前を呼ぶことしか、テナーは出来なかった。


「テナーは何も知らなかっただけだもんね。だから、一緒に逃げよう? 歌姫だけ引き渡して。テナーも殺したって事にして。


 中央が本当に求めているものは歌姫だけだから、きっと大丈夫」


 テナー俯いたまま答えられない。しかし、その沈黙を肯定だと思ったのか、ルーエが憎しみの籠った目でソプラを見た。


「取りあえず、逃げられないように足くらい切り落としても……」


 ルーエが篠笛を構えると同時に、テナーの背後でパチンと指を鳴らすような音がした。


 テナーが見えている範囲、丁度ルーエの真下の地面が盛り上がり大量の水が鋭い槍のようにルーエに襲い掛かる。


 負けはないと確信し、油断していたルーエは水の槍を避けることが出来ずに腹に風穴を開け、身体が宙に浮く。ちょうどテナーの身長の倍くらいの高さまで持ちあがったところで、水の槍がその形を無くし地面にシミを作った。


 ルーエの身体も地面に叩き付けられ、テナーはすぐにルーエに近づく。お腹からは血が溢れ、テナーが両手で傷口を抑えてもまるで止まる気配がない。


「ルーエ、ルーエ。誰がこんな事を」


「テナーを殺そうとしたから、罰が当たったのかな……」


「ルーエ、大丈夫なの!?」


 ルーエが言葉を発したことにわずかに安堵したテナーが問いかけたが、ルーエは弱弱しく首を振り何度も咳をする。テナーは傷を抑える事を止め、ルーエの頭を膝に乗せた。


「私は、もうダメ……だから、テナー……話を聞いて」


「ダメだなんて言わないでよ」


「泣かないの……私は、本気でテナーを……殺す気だったんだから。


 歌姫……は、きっと、貴方も……殺す。だから、気を付けて」


 テナーは泣きながら、でも、ルーエの言っている意味が分からなかった。


 ただ、ルーエが死にそうで、自分には何もできない、と言う事が耐えられなくて、情けなくて涙を零す事しか出来ない。


 ルーエは最期の力を振り絞り、震える手を精一杯持ち上げてテナーの涙をぬぐう。


 テナーの視線が、ルーエをちゃんととらえたのを確認して、声にならない声で『泣かないで』と微笑んだ所で崩れるように腕が落ちた。


「ルーエ?」


 テナーが無邪気な子供のように声をかける。


「ルーエってば」


 叫ぶようにテナーが言った時、ルーエの身体から黄色い音符が現れた。


 音符はふわふわとソプラの方へと飛んで行き、そのままソプラの中に入っていく。


 音符を追いかけるように見ていたテナーは、ソプラに声をかける。


「ソプラがやったの?」


 腹に穴の開いた狼の事を思い出し半ば確信していた。案の定、ソプラは頷いたけれど、読めないソプラにテナーは恐怖心を覚える。


「どうして?」


 ソプラは困った顔をするだけで答えない。初めテナーはそう思い腹立たしかったが、ソプラが話せない事に気が付いた。


 しかし、それさえもテナーの感情を煽るだけでテナーは低い声でボソッと呟く。


「もう、一緒には行けない」


 ソプラは一度目を見開いたが、次第に納得したような表情になっていき、最後には寂しげな笑顔を見せテナーに背を向けた。


 テナーはソプラの背中を見ながら、一年前の事を思い出していた。


 テナーの家族が皆、事故でなくなったと聞いた時、一人泣いていたテナーの涙を拭って泣かないでと言ったルーエの姿を。


 優しくルーエの頭を地面に置き、無言で穴を掘りだした。初めは素手で、途中からは近くにある石なんかを使って。


 本当はルーエを村に連れて帰ってあげたかったテナーだが、一人でルーエを連れて帰るのは危険なうえ、何より村に帰ること自体が今のテナーには気が引けてできなかった。


 たっぷり時間をかけてルーエが入るくらいの穴を掘ることが出来たテナーは、冷たくなったルーエをゆっくりと中に入れる。


 ルーエが見えなくなっても砂をかけ続け、山のようにした後で、テナーは石を集めて来て積み上げた。


 お世辞にも墓標には見えない、歪な石の塔を作り終えた時には、テナーもかなり消耗していて、ふらつく足でムルムランドの方に歩き出した。

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