表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/48

二十音目

 ムルムランドからアンティコ遺跡には、一度壁に沿って反対側に行く必要がある。見えてきた砂漠地帯を真っ直ぐ北に行けばアンティコ遺跡があり、アンティコ遺跡までは目印として棒に赤い旗が付いたものが点々と地面に突き刺さっている。町人が刺したと言う棒のお蔭で、テナー達も迷わずアンティコ遺跡までたどり着くことが出来た。


 アンティコ遺跡は砂に埋まった石造りの町で、風で削られた壁や崩れた天井によってどの家もプライベートとどころか、砂がつもり生活スペースのない家がほとんどである。


 町を囲うようにあったであろう壁も埋もれ、崩れ、ソプラの身長程も高さを維持できていなかった。


「何と言うか、熱いね」


「砂漠ってこういう所だとは聞いていたけれど、遺跡までこうやって何事もなく来られたと言う事は何とかなるんじゃないかな」


『最悪、水は出せるよ?』


「うん……」


 テナーがルーエとソプラのどちらに対してかわからない返事をした時、壁だったものに何かが描いてあることに気が付いた。


「これって何だろう? 何か描いてあるみたいなんだけど」


「半分埋まっているけど、武器を持った人々と反対側にはモンスターみたいだよね。こんなにでかくてにょろにょろした奴、見た事ないけど」


「龍……」


 壁に書かれたルーエが言うにょろにょろに心があったテナーが呟く。


「りゅう……?」と首を傾げるルーエに、テナーは記憶を掘り起こして説明する。


「太古の昔にいたモンスターなんだって。この町が町として機能していた時にはいたのかもしれないね」


 フォルスの言葉が嘘だと思っていたわけではないが、この絵を見て本当に居たのだとテナーは感動を覚えていた。


 興味を持ったテナーは壁に描かれた絵を順に見ていく。


 どうやら絵は時系列順になっているらしく、人々が急に現れた龍と戦いその数を減らしていく様が描かれている。


 眺めながらテナーは違和感を覚えたのだが、正体を掴む前に「テナー準備」とルーエの鋭い声が聞こえたので反射的に和太鼓を叩く。


 ルーエもすでに篠笛に唇を当てていて、周りからは何かが砂の上を歩く音がする。


 ほどなく物陰から、多数の大きな狼が姿を見せた。


 ルーエは二度つま先で砂を蹴り、歌口に息をぶつける。砂の上でも関係なくルーエは地面を滑るが、狼の方も砂に足を取られる事無くルーエを追いかけた。


 昨日の倍近い数の狼は逃げるルーエを捉える事が出来ず、標的をテナーの方へと変えようとしたが、ルーエに牽制され結局ルーエを追いかける。


 間もなくテナーの方も準備が整い、昨日と同じようにルーエに合わせて和太鼓を叩いた。


 一匹倒すごとに炎の温度は下がるが、そのたびにテナーは太鼓の縁を鳴らす。


 青炎が確実に狼の数を減らし、数が減れば今度は風の刃が狼を切り裂く。


 しかし、一匹たりとも逃げるようなそぶりは見せなかった。


 最後の一匹が炎に焼かれ、ルーエがテナーの元へと歩き出す。


「ルーエ、お疲れ」


「テナーこそ」


 テナーが太鼓を消し、ルーエが篠笛を持った手を振って返した隙をついて物陰に隠れていた狼がルーエに飛びかかる。


 瞬く間。テナーは和太鼓を出す暇どころか、意表を突かれ声さえ出せない。


「ルーエ危ない」とようやく、テナーが声を出せた時、殆ど狼の鋭い歯がルーエの細い首筋にかかっていた。


 目を背けてしまったテナーの耳に届いたのは、ルーエの悲鳴ではなく篠笛の高い音。


 恐る恐るルーエの方を見たテナーの目には、真っ二つになり地面に倒れる狼と何事もなかったかのように歩くルーエの姿が映った。


「どうしたのテナー、そんな惚けた顔して」


「ルーエ大丈夫なの?」


「あ、さっきの奴? 劣勢の割に逃げないなと思っていたから何事かと思っていたんだけど、やっぱり警戒しておいて良かったね」


 飄々と話すルーエにテナーは言葉を返すことが出来なかった。


 親玉が居るのであれば、町の最奥だろうと一行は慎重に歩みを進めたが、慎重さもむなしく親玉を見つけるまで狼と出会う事は無かった。


 狼の親玉は遺跡を町として見た時の、丁度中心部にいた。


 他の狼よりもさらに大きく、また、護衛でもつけているかのように周りに狼を侍らせて、自身は四つの柱と四方を階段で囲まれた、祭壇のような場所で気持ちよさそうに寝ている。


 祭壇から一区画ほど離れた所で足を止めたルーエが話し出す。


「さて、敵はもう目の前なんだけど、多分こっちに気が付いているとは思うんだよね」


「そうなの!? だとしたらどうして、動かないんだろ?」


「こっちから行くのを待っているのかもね。さっきの最後の一匹みたいに、油断したところを狙ってくるだろうから。こっちが、不意を突くつもりで逆に不意を突かれるなんて事があるかも」


 ソプラが頷いたのもあって、テナーはルーエの言葉を素直に受け止める。


「ルーエが親玉を叩くんだよね? じゃあ俺が先に下にいる奴らを倒して道を作ったらいい?」


「ううん。私が一気に親玉の所まで行くから、テナーはそれに気を取られた周りの奴らに不意打ちをして欲しいかな」


「一気に親玉の所に行くって流石に、無理じゃないかな?」


 テナーが視線を向けた先には、二十近い狼が狭い空間に集まって寝転がっている。


 全く隙間が無いわけではないが、間を縫って親玉に向かう途中、狼が黙っていることはあり得ず、いつかのように空を渡って行けば着地点で狙われる。


 しかし、ルーエの目は自信に満ちておりテナーは言葉を続けることが出来なかった。


「それじゃあ、テナー準備は良い?」


「う、うん。大丈夫」


 テナーの不安をよそに、ルーエは篠笛を手にしてメロディを奏でる。


 テナーが何度も聞いたことのあるメロディ……に少し手が加えられているという印象を受けるメロディの下、ルーエが狼の間を縫うように滑っていく。とんでもない速さで。


 ルーエが言っていた通り、一行の存在に気が付いていたかのように狼たちは立ち上がると同時に飛びかかる態勢に入った。しかし、ルーエよりも遅い。


 瞬く間に親玉の所にたどり着いた、ルーエの方をすべての狼が注目する。


 ルーエは合図でもするかのように、テナーの方を向いた後で、一番大きな狼と対峙した。


 大狼は目を開けて視界にルーエを捉え、ゆっくりと立ち上がる。


 四本の足の後ろ二本が、何故か前足よりも太く、四本の足が地面をしっかりと踏みしても起き上がる動作を止めない。


 最終的に人のように二本の足で立ち上がった時「やっぱりか」とルーエが低い声を出した。




 ルーエの目配せに気が付いたテナーは、すぐに和太鼓を叩き始める。


 皮を震わせ鳴る轟音は、簡単に狼たちの耳に届いてしまい、テナーに近い二匹ほどが向きを変え警戒し始めた。


 ほどなくテナーの方へと動きだしたが、狼が慎重であることに加え、ある程度距離があったため、狼がテナーの下へとたどり着くよりも早く準備が整い、狼たちを塵にする。


 状況を解したらしい大狼が一つ吠えると、取り巻きが全てテナーの方を向き、走り出した。


「ソプラは隠れてて」


 ソプラが頷いたのを見て、テナーが狼の群れの前に躍り出る。


 真っ直ぐ向かってくる狼たちに、先ほどの炎を後ろから襲わせる。一匹は捉えたが、すぐに横に飛び退かれて他の狼たちは難を逃れた。


 それだけでなく、狼が散ってしまった事で、テナーはどこを狙えばいいか分からなくなる。


 考えろ、と言う言葉だけがテナーの頭を埋め尽くしている間にも、狼たちは迫ってきていた。


 一番近くまで来ていた狼がテナーに飛びかかる。その狼は炎をぶつける事が出来たが、テナーのもとから武器が失われた事を悟った二匹目が間髪入れずに飛びかかる。


 和太鼓を放置、テナーが横に飛ぶと三匹目が見えたので撥を使って打撃を与え、今度は撥同士を叩き付けて迫ってくる狼たちの目の前に火花を散らし、ほんの少しだけ足留めした。


 わずかに狼との距離を確保することが出来たテナーだが、すでに肩で息をしており、宙に浮かんだ炎は勢いを失いつつある。


 数は昨日や先ほどより少し多い程度、しかし、今回はまるで倒せる気がしない、とテナーが思った時、先の戦闘を思い出した。


 ルーエの笛に操られるように、導かれるように、叩いた太鼓の音は、ルーエを守るように炎を踊らせていた。無理に数を減らそうとせず、向かってきた奴だけを最小の動きで倒す。


 言うのは簡単だが、前回まではルーエのお蔭で出来ていた部分が大きい。しかも、今回はルーエが守ってくれない分、炎球は一つでは足りない。


 しかし、やるしかない。今のままでは時間は稼げてもいつかはやられてしまうから。


 テナーは手元に和太鼓を再出現させてから、それを叩き始めた。


 ルーエがいた時の事を思い出しながら、同時に新しい炎を作りながら。


 向かってくる狼達でさえも歯牙にもかけず、ひたすらに和太鼓に撥を打ち付ける。


 飛びかかって来た一匹が炎にのまれる。怯むことなく二方向から飛びかかって来た狼達が灰になる。


 じりじりと近づいてくる狼達を時に牽制しながら、テナーを守る炎は着実に敵の数を減らしていった。




 ドンッとテナーが最後に一振りした時には、点々と焦げた跡が残り、吹き抜ける風が灰を遠くまで飛ばした。


 一歩でも間違えれば命に関わると言う、極度の緊張状態もあり体力を無くしたテナーがひざを折り両手をつく。


 全身から汗が流れ地面にシミを作り、和太鼓を維持する事も出来なくなっていた。


 聞こえてくるのは風の音とかすかに聞こえる篠笛の音。ルーエはまだ無事だと安心したテナーの耳に、低く唸るような声が聞こえた。


 テナーは身体にムチ打ち立ち上がり、辺りを見回して唸り声の主を探す。


 しかし、近くにいるはずなのに、全く姿を現すことはなく、一つの考えに思い至り「ソプラ!」とテナーが叫んだと同時に、パンッと音が聞こえた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 祭壇の上、ルーエも大狼も対峙したまま動かない。周りの狼をすべてテナーに回した事で、ルーエの中で目の前の二足歩行の狼がかなりの知恵を持っていることを確信した。


「私を一斉に襲う間にテナーに数を減らされるよりも、手下を全てテナーに回して確実にテナーを倒しに行ったって事だよね。


 つまり、私に負けるつもりはないと思っているって事なんだろうな」


 実際強いのだろうけれど、とルーエは口に出すことはせず、代わりに篠笛を吹いた。


 風の刃は真っ直ぐ大狼に飛んで行ったが、パラパラと毛を落とす程度。想定していたルーエは気にした様子もなくじっと大狼を見据えた。


 一方大狼は、まるでルーエを馬鹿にするかのようにチラッと鋭い歯を見せ、飛びかかる。


 鋭い爪が届くよりも前にルーエが後方に滑り、爪は空を切る。そのまま前かがみの二足歩行でルーエを追いかけるが、ルーエとの距離は縮まらない。


 他の狼と大して変わらない速度の大狼が何を考えているのか、ルーエには分からない。


 大狼は少なくとも先ほどのルーエの速度を見ていたはず。しかし、大狼に切羽詰った様子はないどころか、余裕さえ感じられた。


 こちらがダメージをまともに与えられないから、持久戦でもしようと言うのだろうか。とルーエが考えている間にも大狼は追いかけてくる。


 大狼を見ながら、後ろに滑るように移動していたルーエの背に何かがぶつかった。大狼が目をにやけさせいかにも追い詰めたと言わんばかりの顔をする。いつの間にか壁に追い詰められていたのか、これが大狼の狙いだったのかとルーエが感心している間にも、大狼が襲い掛かる。


 大ぶりな爪による攻撃を紙一重で右にかわす。一撃で半分埋まっていた家の壁が完全に破壊され、ルーエは肝を冷やした。


 しかし、大狼はルーエが固まっているのを待ってはくれず、二本足で立っていたものを、四本足に戻してルーエへと走り出す。速さは、ルーエが狼の大群を縫って大狼の所に近づいた時のものとほぼ変わらない。


 虚を突かれ、わずかに反応が遅れたルーエの左腕を、大狼の爪が引き裂いた。


 あたりに鮮血が舞い、ルーエの表情が痛みに歪んだ。


 なるほど、大狼が余裕を見せるわけだ。ルーエは腕を庇う様子も無く篠笛を構えると、不敵に笑った。


「うんうん。じゃあ、本気出してみても良いよね?」


 大狼は答えない。ルーエの篠笛の音が始まる。


 もう、ルーエの目には大狼は映っていなかった。ただ、絶対に自分には触れさせず、動くものを攻撃するのみ。


 敵はとても固いから、刃は、鋭く、鋭く、厚さなんてないかのように。


 怪しげな音は、徐々にスピードを上げ、不安を掻きたてる。


 ルーエの身体が地面を滑る。大狼が追いかけても、追いつけないどころか離されていく。


 風を切る音だけが鳴り、大狼の頑丈な毛皮を無視してわずかに傷をつける。


 一つ一つは大きな傷ではない。しかし、無数についた傷が確実に大狼の動きを鈍らせ、力を奪っていく。


 同時に、ルーエや大狼によって巻き上げられた石も、塵へと化す。


 大狼の巨体がとうとう倒れ、その息を引き取ってもルーエの演奏は終わる事はなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ