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十六音目

 ユメに教えられた北西の森にたどり着いたところで、二人は足を止めた。


 木に手をついてテナーは息を整える。


「もう追ってこないよね」


 テナーが来た道を見る横で、ソプラが頷いて返す。


 安全が確保できたと、大きく息をついたテナーは次に困惑の表情を作った。


「ソプラを追っていたのは、中央だったの?」


 肯定。


「どうして?」


 ソプラは唇を噛んで首を振る。


「何か悪い事をしたの?」


 必死に首を振るソプラを、テナーはじっと見つめると、頷いた。


 ソプラが嘘をついていないと思ったから、思いたかったから。


「あの水の壁って、ソプラの魔法なんだよね?」


 努めて明るく接するテナーに、ソプラは安堵した様子で頷いた。


 その肯定がテナーを考えさせる。


 あの時、ソプラは楽器を出している様子はなかった。しかし、魔法が発動したと言う事は、ソプラは何か特別な力を持っているのではないか。中央が何かしらの理由でその力を欲しがっているのだとしたら、ソプラを追う理由も分かる。ソプラが逃げるのは、何か食い違いがあったからだろう。


 そこまで考えたテナーが、ハッとソプラを見る。急なテナーの行動にソプラは少し戸惑った顔をした。


「もしかして、ソプラが魔法を使えたのって、ソプラの音のお蔭?」


 突然の質問にソプラは二、三度瞬きをして、それから頷いた。


 欲しい情報が手に入ったテナーは「ありがとう」と笑顔を作って考えに戻る。


 つまり、今のソプラには中央が求めている力がなく、それを伝える術もない。だから逃げるしかなかったのだろうと。ならば、ソプラが力を取り戻し伝えられるようになるまで、ソプラを守っていけば良いのだ。


 自分の中で答えの出たテナーは、すっきりした顔でソプラの手を引いて森の奥へと進み始めた。




 森の中は薄暗く、モンスターの住処になり易いのか、スライムの洞窟ほどではないが何体もの敵がテナー達の前に立ちはだかった。


 魔法が使えるようになったソプラであるが、テナーがソプラを守ると言う構図は変わらない。


 この森でよく出て来る、妙に牙の鋭い蝙蝠のようなモンスター三体と対峙している時、ソプラが背後からの視線を感じた。


 テナーが器用に焼き蝙蝠を三つ作り上げた所で、ソプラがテナーの手を取る。


『誰かからつけられているみたい』


「本当に?」


『後ろから見られている感じがする』


 小声でソプラと話したテナーは、流し見るように背後を確認する。


 パッと見た所、誰もいなさそうだけれど、急にガサガサと茂みをかき分ける音がした。


「誰だ」


 姿を見せたのは、棘のような毛皮を持つ狼のようなモンスターでこちらも、森で姿を見かけていた。


 追っ手では無かった事や、背後から奇襲されなかった事に安心の色を見せたテナーは、すぐに和太鼓を出す。


 ダダンと勢い良く叩き、狼が飛びかかってくるよりも早く、炎の玉をぶつける。


 炎に怯み全身に火傷を負いながらも、狼はテナーに飛びかかって来た。


 最初は驚き、尻餅をつくように避けていたテナーも、何度も戦ううちに慣れてしまい敵の動きに合わせて手に持った撥を叩き付ける。


 地面にたたきつけられた狼は犬のような悲鳴を上げたかと思うと、そのまま動かなくなった。


「ありがとう、ソプラ。でも、人じゃなかったね」


 テナーは笑ったが、ソプラは何処か腑に落ちない、怪訝そうな顔で狼が現れた方を見る。


「ほら、ソプラ急ごう。森がどこまで続いているか分からないから」


 テナーに手を引かれ、ソプラもしぶしぶ前を向いて歩き出だした。




 薄暗い中、柔らかい土を踏みしめ歩く二人の目の前に、光の点が見える。


 その点は近づくほどに大きくなり、橙色をしている事まで分かるようになってきた。


 森の出口。森は丘の上にあったようで、光の向こう、オレンジ色の空の下には、草原が広がっている。


 吹き抜ける風が、二人の髪を揺らし同時に森の濃い草木の香りとは違う、爽やかな香りを運んできた。


 草原には細長く土が見えている所があり、そこが街道であることが分かる。


 街道を目で追っていった先、丁度テナーとソプラが抜け出してきたところからほぼ正面に町が見えた。


 テナー達から町までの距離は長く、黄色っぽい石で出来た壁で覆われている。


 町に近づくにつれ、草原はその草を失い、町より向こう側は殆ど砂漠のようになっていた。


「あそこがユメの言っていたムルムランドってところかな?」


『そうだと良いんだけどね』


「どの道、町にはいかないといけないし、行ってみようか」


 そう言ってテナーはソプラの手を掴むと、下り坂を思いっきり駆け始めた。




 町の入口が見え始めた頃、門の前に人影を見た二人はとっさに岩陰に隠れた。


 ばれないように気を付けながら、ソプラが様子を窺うと兵士が二人目を光らせている。


『此処がムルムランドみたいだけど、兵士が見張ってる』


「情報がもう、この辺りまで来ていたって事かな」


『たぶん。これじゃあ、中に入れない』


 ソプラが首を振り、テナーが困った顔をする。


 仮に兵士二人が演奏者じゃなければ、テナー一人で何とかする事も出来るだろう。しかし、騒ぎを起こせば町の中には入る事も出来なくなり、ソプラの音に関する情報、もしかするとそれ自体が手に入らなくなる。


 忍び込むにも、テナーはそう言う事には長けておらず、八方塞がりだと「兵士がいなくなってくれたらな」と有りもしないぼやく。


「いなくしてあげようか?」


「それが出来たら苦労は……って、ルーエ!? 何でここに」


 居るはずのない人が、真後ろまで来ていてテナーが驚いた声を出す。


 急に声をかけたルーエは、呆れと怒りが入り混じった息を吐くと、テナーを睨んだ。


「何でここにはこっちの台詞。急にいなくなって、村の皆心配しているんだから」


「えっと、それはごめん。でも、ちょっと事情があって……ルーエまで村を空けて大丈夫なの?」


「アパの村にモンスターがほとんど来ないのは、テナーも知ってるでしょ」


 そうやって親しげに話す二人を、ソプラが良く分からないと言った顔で、交互に見る。


 ソプラの様子に気が付いたテナーが、慌てて紹介を始めた。


「こっちが、前に話したとも思うけど、同じ村のもう一人の演奏者、ルーエ。


 それで、こっちが事情は話せないんだけど、一緒に星を探して回っているソプラ」


「あの時、星について聞いて回っていたのはそう言うわけだったのね。


 まあ、いいわ。ソプラちゃんね。私はテナーの幼馴染のルーエ、よろしくね」


「ねえ、ルーエ。いなくしてあげるって、騒ぎも起こさず、そんなことできるの?」


 日も暮れてしまい、門が締め切られてしまう前に町に入りたかったテナーが、急に間に入って来たのでルーエが呆れたように息を吐く。


「ちょっと行って、二人に似た人を砂漠の方で見たって言えば何とかなるでしょ?」


「何とかなるかもしれないけど、行ってくれるの?」


「本当は今すぐにでも、テナーを連れて帰りたいんだけどね。その為に来たから。


 でも、テナーは素直に従ってくれそうにないし、無事は確認できたし、理由は分からないんだけど見つかったら困るんでしょ?」


 確かにテナーは帰るつもりはないし、町に入れるのであれば願ったり叶ったりではある。


 気が付けばルーエが「行ってくるね」と言うのでテナーが慌てて「俺も行った方が」と引き留めた。


「話も出来ない女の子を一人にするの? 大丈夫、すぐ帰ってくるから」


 すたこらと行ってしまうルーエの背中を、テナーは呆然と見ている事しか出来なかった。




 町の入口についたルーエが兵士たちと二、三言話をすると、二人の兵士は慌てて砂漠の方へと走って行った。


 遅れて門までやって来たテナーとソプラにルーエが手を振る。


「こんなにすんなりいくもの何だね」


「私も自分でびっくりしたけど、上手くいったんだからいいんじゃない?


 それは、それとして、どうして二人は手を繋いでるの?」


 ルーエの視線が、繋いだ二人の手へと向けられる。テナーは慌ててソプラの方を向いたが、首を振られてしまった。


「それは後で説明するから、先に町に入らない? 泊まる所も探さないといけないし」


「分かった。でも、宿代はテナーが持ってね」


「何で俺が」


「テナーが黙っていなくなったのが始まりなんだから。それに、町に入れるようになったのは誰のお蔭?」


「分かったよ……」


 三人が入ったムルムランドは砂漠のような町。全体が砂っぽく、建物の多くは砂を固めて作ったようなもので作られている。


 しかし、全く緑が無いわけではなく、道の脇には乾燥地域特有の木が植えられていて、水路もある。


 ただ、殆ど日が見えなくなった状態なので、その町の景色を楽しむ暇もなくテナー達は宿を探した。


 ある程度の大きさの町であれば、宿と言うのは確実に存在しているらしく町人に尋ねるとすぐに宿の場所を知ることが出来た。




「何で三部屋も借りたのさ」


「テナーが払うから……と言うか、今まで一部屋しか借りてなかった方が可笑しくない?


 ソプラちゃん、変な事されなかった?」


 テナーが泊まると言うことになっている部屋に集まった一行は、それぞれに夕飯を食べつつ話をしている。部屋は石の床の上にカーペットが敷いてあり、ベッドと机が備え付けられている。


 乾燥したフルーツを食べていたソプラが首を振ると、ルーエがにやにやと笑った。


「まあ、テナーにそんな根性は無いよね」


「悪かったな」


「いや、褒めてるんだよ」


 全く褒められている気がしないテナーがため息をつくと、ルーエがまた楽しそうにする。


「でも、手は繋ぐんだよね。どういうことか説明してくれるんでしょ?」


 テナーがソプラを見ると、ソプラが頷く。


「ソプラには音が無いんだよ」


「そうみたいだね。この距離でも不自然なくらい音が聞こえないし」


「だから、手を繋いでないとソプラを見失っちゃうんだよ」


「確かにそうなのかもね。でも、テナーである必要はないんじゃない?」


 ルーエがソプラに手を伸ばす。差し出された手が握手を求めていることに、ソプラも気が付いていたが躊躇うようなそぶりを見せた。


「ルーエじゃ嫌だって」


「まあ、初対面だもんね。ごめんねソプラちゃん」


 謝るルーエにソプラは首を振る。


「そう言えば、ルーエ。村の皆は元気?」


「え、ええっと。皆元気だよ。急にテナーがいなくなって騒ぎにはなったけど、テナーだし大丈夫だろうって言ってたかな」


「俺が悪いとはいえ、皆薄情だね……」


「ごめんテナー、わたしもう疲れたから寝るね」


 落ち込むテナーをしり目にルーエが立ち上がる。先ほどまで元気そうだったのに急にどうしたのだろうと、テナーが様子を窺うと本当にきつそうな顔をしていたので「今日はありがとう」と声をかけた。




 ルーエが部屋を出て行ってから、ソプラがテナーの手を取る。


『たぶん、ルーエがつけてきていたんだと思う』


「ルーエが? どうして?」


『分からない』


「んー……それが本当だとしても、多分俺を驚かせたかっただけじゃないかな?


 ルーエとは昔っから一緒だったけど、そう言う事することがあるから」


 無邪気に笑うテナーを見て、テナーの過去を知るルーエに対して自分がもやもやしている事にソプラは気が付いた。

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