十二音目
「それで報酬の話っす」
ユメの家に帰り着き、それぞれに椅子に座ったところでユメがいきなりそう話を切り出した。
「四等分でもらったよね?」
「ちゃっかりソプラも貰っているんだからユメとソメッソさんとテナー達で一対一対二じゃないっすか。不公平だと思うっす。
ソプラはこれと言って何もしていなかったわけっすし。ユメに半分くらいくれても良いと思うっす」
確かにソプラは何もしていなかった事はテナーにも想像できる。しかしそれならなぜ分ける時に言わなかったのだろうかと、テナーが考え始めた所である事が思いつき呆れた目をユメに向けた。
「そこまでして報酬をたくさんもらいたいの?」
「ユメはお金が欲しいっすからね。自由気ままに生きるのはわずかでも多くのお金が必要何っすよ」
「でも、お金を貰ったのはソプラだからソプラに聞いてね」
「勿論そのつもりっすよ」
何もしていなかったと評されたのもソプラであるからそれが妥当だろうと、テナーがソプラに判断を任せる。実際問題テナー一人分だけでも既に十分な金額は貰えたので、テナーとしても意地を張る必要はないのだ。
話を振られたソプラは考える事無く、自らに渡された報酬を半分ユメに渡した。
「流石ソプラ、話が分かるっす」
そう言って受け取るユメの手をソプラは掴んでそこに文字を書きこんでいく。
『あくまで美味しいご飯も含めた宿泊費だから。ユメも大して働いていなかったよね』
「つまりこれで美味しいもの作れって事っすね」
ため息混じりのユメの言葉にソプラが頷く。話が見えないテナーもソプラが納得しているのなら別にいいかと話題を変える事にした。
「そう言えば、スライム退治ってユメとソメッソさん以外やっていないの?」
「基本は……そうっすかね」
意味ありげな遠くを見るユメの言葉にテナーがつばを飲み込む。しかし、テナーはゆっくりと口を開いた。
「やっぱり、あれだけの数、人は多い方が良いと思うんだけど……」
「報酬は良いっすけど、並の人間だと死につながるっすから松明で何とかなるうちはそれで凌ごうって話っすよ。
実際報酬に目がくらんで生きたままスライムの栄養になった人というのもいるらしいっす。
まあ、実際増えすぎて困ったからソメッソさんが送られてきたわけっすけどね」
そこまで話した所でユメが立ち上がる。それから「それじゃあ、ご飯作ってくるっすから、適当に寛いで置いてほしいっす」とその場を後にした。
ユメの話にぞっとしたテナーだったが、気を取り直してソプラに尋ねる。
「そう言えば、ソプラたちは今日、何をしてたの?」
『話しながら、ユメが寄ってくるスライムを追い払っていたかな』
「話って?」
『秘密』
そう言ってソプラが笑う。そう隠されるとテナーとしては気になってくるが、こんな風に素直に笑うソプラを見ていると無理に聞かなくていいのかなと言う気になった。
料理を終えたユメが持って来たのは、肉汁の滴るステーキ。鉄板を温めたものの上に置いていてテーブルの上に乗せられてなおジューっという音が聞こえてくる。
ステーキの方もただ肉を焼いただけではなく、ハーブで香り付けがされ、ユメが研究を重ねて作ったソースがたっぷりとかけられていた。
「熱いから気を付けるっすよ」
テーブルの上に置くときに、ユメがそう注意はしたがソプラはそれが聞こえていなかったのか一度かなり顔を近づける。
しかし、すぐに熱さに耐え兼ね顔を離した。
それぞれにナイフとフォークが手渡され、その肉にナイフを入れる。入れた瞬間にテナーは自分が今まで食べてきた――とはいってもそんなに肉を食べる機会が多かったわけではないが――それとはまるで別のものが目の前にあるのだと確信した。
少し力を入れるとスッと切れる肉をフォークで差し口に持って行く。
それから咀嚼をするのに殆ど力入らなかった。なぜなら溶けるように口の中で消えてしまうから。
その時には濃厚な肉の味とハーブの良い香りが残り次を食べるのが勿体なくなる。
テナーがこっそりソプラの方を見るとすでに半分ほどを食べていて、そのおいしそうな食べっぷりにテナーの手も止まらなくなってきた。
「美味しそうに食べている所悪いっすけど、明日の話をしても良いっすか?」
「え、あ。うん。大丈夫だよ」
食べる事に夢中だったテナーがその手を止めてユメの方を見る。
ユメは美味しそうに食べる二人を満足そうな表情で眺めた後で話を始めた。
「明日何っすけど、一応スライム退治はお休みなんすよ」
「そうなの?」
「毎日毎日戦い詰めだと流石にユメもソメッソさんも倒れるっすからね。
そんなわけで、洞窟の奥にいる大本を倒しに行くっすよ」
ユメの言葉にテナーが何度か目を瞬かせる。
それから、怪訝そうな顔をしてテナーが口を開いた。
「今日、ユメが行くなって言わなかったっけ?」
「ソメッソさんがいたっすからね。絶対に許可はしてくれないっすもん。あの人。
とは言え、そもそも何でユメがこの町で足を止めているか分かるっすか?」
「そう言えば、何でなの?」
テナーが首を傾げたのを見て、ユメが腕を組み、目を閉じて、大きくうなずく。
「今のユメの目的はお金を集める事っす」
「自由に生きていくためにだよね?」
『つまり、この町に大金を稼ぐ方法があるって事?』
メモ帳に書かれたソプラの字を見てユメがちょっと残念そうに「そう言う事っす」と返した。それから、気を取り直して次を話そうとユメが口を開いたところで、ソプラから二枚目のメモ用紙が提示される。
『あの洞窟の中に宝石か何かが隠されているって事だよね。ユメはあの中に入ったことあるんだ』
「そうやってユメの決め台詞盗るの止めてくれないっすか?」
不満そうなユメの声にソプラが楽しそうな顔をする。
すっかり仲良しという感じの二人にテナーが疎外感を感じ始めた所で、ユメが「でも」と話を続けた。
「あの洞窟に金銀財宝が隠されているってわけじゃないっすよ」
「大金が手に入るんだよね? というか、洞窟に入ってユメは無事だったの?」
「たぶん売れば一生食うに困らないくらいの宝石があるっすね。ただ隠されてはないっす。
それから、ユメは強いから洞窟に入っても普通に帰れるっす。でも、ユメだとどうあがいても大型のスライム倒せないっすからね。
今日の事でテナーの実力もある程度分かったっすから、多分行けると思うっす」
確かに今日出くわした程度のスライムはテナーの敵ではない。それにユメには恩もあるし、下手に逆らうと自分の身が危ないと言う事で、テナーは一つ溜息をついてソプラに問いかける。
「明日もユメの手伝いって事で、ソプラも良い?」
テナーの言葉にソプラが頷いたのを確認してユメが「じゃあ、決まりっす」と声をあげた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
朝が着てテナーが目を覚ますと、周りに誰もいなかった。
それも昨晩ユメがソプラに「一緒にベッドで寝るっすか?」と尋ねた所、ソプラがそれに頷いたのでテナーは一人別の部屋ということになったと言うだけの事だが。
テナーが起きた事に気が付いたのか、ソプラとユメが寝ているはずのドアがそっと開いてユメが姿を現した。
「おはようっす」
「あ、おはよう。ユメ起きてたの?」
「三人分の朝ごはんを作らないといけないっすからね」
「ソプラは?」
「全く起きそうもないっす」
昨日はあんなに警戒していたのに今の無防備さときたら同一人物とは思えないと、ユメは呆れ半分に今潜って来たドアを指さす。
その指を追うようにテナーがドアの方を向くと、ユメが「襲っちゃ駄目っすよ」と茶化した。
「そんなことしないよ」
「本当っすかね? たぶんテナーの前でもソプラってかなり無防備に寝ているんじゃないっすか?」
「そうだけど……」
ベッドの上気持ちよさそうに眠るソプラの姿を思い出し、テナーがおずおずと頷く。
「その時ちょっと触ろうとか思わなかったんすか?」
「思わないよ」
テナーがそう大きな声を出すと、ユメがドアの方を指さして、もう一方の手の人差し指を口元に持って行く。
テナーやってしまった事に気が付き、隣の様子を窺うがソプラが目を覚ました様子が無くて安心したように息を吐いた。
そのテナーがユメの方に視線を戻すとユメが考え込むようなポーズをしている事に気が付いた。
「全く思わないと言うのは男としてどうかと思うっすけどね」
ユメの言葉にテナーが強がるように声を出した。
「ソプラは守らないといけない相手だから」
「それはつまり、ユメなら大丈夫って事っすよね」
挑発するようにユメがそう言うと、胸元を強調させる。さらに、その白い肌を露わにするかのように指で襟を引っ張った。
緊張のせいか、期待のせいか、テナーの額には汗がにじみ始め、ごくりと生唾を飲み込む音がする。
そこでユメが服装を正した。
「冗談っすよ。恋人でもない人に身体を許すほどユメのガードは甘くないっす。でも、これでテナーがちゃんと男の子だと言う事は分かったっすね」
笑うユメにテナーは何も返せずにムッと顔をしかめる。
それから、不機嫌そうな声で話題を変え始めた。
「そう言えばユメは洞窟の中に入ったことあるんだよね。どうだったの?」
「スライムの住処って感じっすよ。入口からしばらくは三人くらい並んで歩ける程度の広さっすけど、奥まで行くと急に開けるっす。
で、そこにスライムの親玉みたいなのが居るっすからそいつをテナーに倒して貰いたいっす」
その言葉を聞いてテナーが少し違和感を覚える。
「勿論、倒すのは倒すで良いんだけど、ユメの目的って宝石じゃなかったっけ?」
「ユメも長い間この町に住んでいて少しくらいは愛着があるから皆の役に……」
そう言うユメをテナーが、疑いの眼差しで見ていることにユメが気が付く。
呆れた顔をして溜息でもつくかのように息を吐くと、ユメは言葉を変えた。
「その宝石って言うのを親玉が取り込んでいるんすよ。
人が襲われていたって言う話はしたっすよね?」
「うん」
「その襲われた人が持っていたであろう宝石なんかが、親玉の中で面白い感じにくっ付いているっすよ。
普通では手に入らない逸品っすね」
実際に、石を取り込む様子を見たテナーとしては、確かに、ユメが言っている事が起こる可能性がある事は理解できる。
しかし……とテナーは顔をしかめた。
「スライムの中の宝石って売れるの? 何か気持ち悪くない?」
「お金持ちの中にはそう言うのが好きな人もいるんすよ」
当然のようにユメが言うので、テナーは世界の広さをしみじみと感じていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「そう言えば今日ってソプラも一緒に来るんすか?」
パンを美味しそうに齧っているソプラにユメが尋ねると、ソプラは首を傾げて一度テナーを見る。
視線を送られたテナーが頷いたのを見て、今度はユメに頷いて返した。
「結構危ないと思うんすけどね……まあ、テナーがスライムを全部倒してくれれば問題ないっすけど」
「もちろん。ソプラは守らないといけないからね」
「ユメは守ってくれないって事っすね。別に良いっすけど」
ユメが言葉通り対して気にした様子もなくそう言うと、続ける。
「それじゃ、どうやって洞窟に潜っていくかっすけど、基本的に戦力はテナーだけっすから一番前をテナーが進んで、次にソプラ、一番後ろをユメがついて行くっす」
ユメの言った隊列に二人とも異を唱える事無く頷くと、朝食を再開した。




