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十一音目

「あの……」


 残されたテナーは恐る恐るソメッソに話しかける。


 ソメッソはそのテナーの様子に「どうした?」と応えようとしたが、ガサガサ何かが草をかき分ける音がしたので「来るぞ、構えろ」と言い換えた。


「来るって……」


 先ほどからの急展開に頭がついて行っていないテナーをしり目にソメッソが自らの楽器を出現させる。


 ドスンと音を立てて現れたのは黒いグランドピアノ。


 それを見て、テナーも慌てて楽器を出現させた。


 五匹のスライムが草陰から現れたのはちょうどその後の事で、赤、青、黄色……と色とりどりの上、鎌のような爪を持っていたり、角のようなものが付いていたりとバライティ豊かである。


 スライムを認識したソメッソが大きな声でテナーに話しかけた。


「巣に戻るように誘導できるか?」


「炎で脅かしたら巣に戻りますよね」


 半ばやけくそな様子でテナーが返すと、ソメッソが「やってみろ」と続ける。


 どうにでもなれとテナーが和太鼓を叩くと、いつものようにふわふわと宙に炎が浮かぶ。


 ゴオっと音を立てて人の歩行速度ほどで近づいてくるスライムの目の前にテナーが炎を放った。


 自らに掠るように地面に着弾した炎に驚いたスライムたちは逃げるように地面を這う。


 取りあえずは上手くいったかなとテナーが安心したところで、ポーンと高い音が風に乗ってテナーの耳に届いた。


 初めは音を確かめるように一音ずつ、次第に音が連続し始める。


 巣に帰ろうと巣までの道を真っ直ぐ向かうスライムたちの少し先、洞窟の入り口付近からゴゴゴ……と地鳴りが聞こえる。


 徐々にひびが入り、やがて地面が口を開いた。


 その時にはソメッソの演奏も激しさを増し、同時にいくつの音が出ているのかテナーには判断できない。


 スライムたちが急に現れた地面の亀裂に飲み込まれたところで、今度はその亀裂が閉じ始める。


 ソメッソの演奏が終わった時、地面は何事もなかったかのようにぴったりとくっついていた。


 その様子をテナーは驚いた顔で見ている事しか出来ない。


 しかし、ソメッソはそんなテナーの事などお構いなしに「ふむ」と腕を組んだ。


「わざわざオレが倒さずとも、テナー一人で何とかなりそうだな」


「えっと、あの……はい。そうですね」


 どう返せばいいのかわからないテナーがしどろもどろしながら、事実は伝える。


 ソメッソは一度頷くと「それならば」と続けた。


「ユーバーやテナーが倒し損ねて戻って来たスライムをオレが担当しよう。


 見ての通り移動には適していないからな」


「分かりました。それじゃあ行ってきます」


 言いながらテナーは内心とても安心した。このままソメッソと一緒に居続けると変に気を遣ってしまいスライムを相手にするよりも疲れそうだから。


「それにしても、魔法って色々あるんだな」


 そう言って始まったスライム狩りは、ソメッソにそろそろ休憩しようと声を掛けられるまで続いた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 これならばスライムを相手している方がましだった。声には出さなくても全身からテナーがそんな言葉がにじみ出ていた。


 それもそのはず、休憩ついでに食べる昼食がその重たい空気に喉を通らないから。


 ソメッソは何も気にしていない様子でパンを食べているが、テナーにはこの無言が何かの圧力のようにすら感じる。


 しかし、このまま何も食べずにまたスライムを相手するとなると、不要な怪我をしてしまいそうだったため意を決してテナーはソメッソに話しかける事にした。


「ソメッソさんってある事件を追っているんですよね?」


「ユーバーにでも聞いたのか。こういうお喋りさえなければ良い娘だと思うんだがな……」


「聞いちゃ駄目でしたか?」


 ソメッソの反応が芳しく無かったため、テナーが畏まって尋ねる。


 ソメッソは一つ咳をして、少しだけ顔をゆがめると首を振った。


「いいや、構わんさ。事件自体は既に多くの人間に知られているからな。


 史上最悪のモンスター事件、聞いたことはないか?」


「えっと……ないです」


 ソメッソの話からするに、その事件を知ら無い事すなわち田舎者だと言われているような気がして複雑な気持ちでテナーが首を振る。


 しかし、ソメッソはそんなテナーの様子など意に介さず事件のあらましを話し始めた。


「西領の中でも有名な町で起きた事件でな、一夜にして住人の大半が殺された事件だ」


「そんな事が……」


「殺された住人のほとんどが鋭い爪のようなもので喉を掻っ切られていたらしい。


 当たり前だが爪で喉を掻っ切る……しかも何十何百もの人間となればそれこそ、人間の出来る所業じゃないからな。モンスターの仕業だろうと言う事で史上最悪のモンスター事件と呼ばれているわけだ」


 アパの村ではまずありえない話に唖然とするしかなかったテナーだが、その事件とソメッソの関係についてまだ教えてもらっていない事に気が付き、険しい顔をしているソメッソに恐る恐る尋ねる。


「どうしてソメッソさんはその事件を追っているんですか?」


「その犠牲者の中に演奏者だった娘がいたんだ」


「えっと、その……」


「テナーが気にする事じゃない。気にされたところでどうできるわけでもないだろう?」


 ソメッソの言葉にテナーが言葉を失う中、ソメッソは表情を変えずに続ける。


「ただ、この事件には不審な点が多くてな」


「不審な点ですか?」


「ああ、襲われた町は有名な演奏者が多くいたと言うわけではないが、何故か大陸の中でも対モンスターにおける防衛力が高いと言われている町だった。


 その町がモンスターに壊滅させられたと言うのも信じがたい話だが、その事件を起こしたモンスターが未だに見つかっていない」


 低く安定した声色のソメッソに対して、テナーは少したじろいでしまう。


 町一つ壊滅させることのできるモンスターが野放しになっている事、もしも自分がそのモンスターと対峙するような事があった場合果たして助かることが出来るのか。


 テナーの中に不安が生まれていく。


「そのモンスターに何か特徴とかはないんですか?」


「残念だが目撃者は一人も生きてはないらしい。それにオレはこの事件が単にモンスターが町を襲ったと言うだけの事件じゃないと考えていてな」


「どういうことですか?」


 尋ねたテナーがソメッソを見ると、その目には何か固い決意のようなものを感じることが出来た。同時に怒りとも憎しみとも取れる。


「本当にモンスターの仕業だとしたら、被害がその町だけだと言うのが可笑しいだろう?」


「じゃあ、ソメッソさんはモンスターが犯人じゃないって思うんですか?」


「どうだろうな。その辺も含めて娘が死なないといけなかった理由をオレは知りたいんだ」


 「無駄話が過ぎたなそろそろ戻るか」そう言ってソメッソが立ち上がるので、テナーは急いでパンを口に運んだ。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「いやあ、今日は大量だったっすね」


「そうだな」


「でも、多分これって全く意味無いんすけどね」


「……そうだな」


 洞窟の前に松明を置いて、申し訳程度に岩で穴をふさいだ後の帰り道、今日一日の苦労を水泡に帰させるようなユメとソメッソの会話にテナーが驚いた声を出す。


「意味無いって……今日、結構スライム倒したよ?」


「そうっすね。かつてないほど倒せたのでもしかしたらある程度意味はあったかもしれないっす。でも、結局時間稼ぎにしかならないって言うのが現状っすよね」


「そうなの?」


 夕暮れよりも少し早い時間。オレンジ色になりかけている空の下首を傾げるテナーにユメは楽しそうに頷いた。


「どうやらどれだけ倒してもあの洞窟の中で増えるみたいっす。たぶんあの中に居るであろう大本を叩かないといつまでも鼬ごっこって事っすね」


「じゃあ」


 ユメの話を聞いて良い案を思いついたとばかりにテナーが声を出したが、それにかぶせるようにユメが続ける。


「洞窟の中に入ろうって思っちゃ駄目っすよ?」


「……どうして?」


「中にどれくらいスライムが居るかわからないっすからね。それにソメッソさんは洞窟の中じゃ楽器出せなくて役立たずっすから」


「悪かったな」


「別にソメッソさんが悪いって言いたいわけじゃないんすけど」


 今の言い方だとソメッソを責めているように聞こえるよなと、テナーは思っても口に出さない。


 そうしている間に町にたどり着いたので四人はそのままオフィスへと向かった。





 ソメッソが受付に行っている間に残りの三人で朝座っていた所と同じ場所を陣取ってソメッソを待つ。


「そう言えば、テナーはソメッソさんと二人で寂しくはなかったっすか?」


「寂しくはなかったけど……何というか疲れた……かな?」


 困ったように話すテナーにユメがにやにやと厭らしく笑う。


「やっぱりソメッソさんは怖いっすよね。変に威嚇している感じがして何話していいかとかも最初は分からないっすから」


「分かってて二人にしたよね?」


「当然じゃないっすか」


 言葉だけじゃなくて、ユメの笑みからも当然と言う言葉を受け取ることが出来る状況に、テナーはため息をつかずにはいられない。


 これ以上何を言及したところで意味はないだろうと悟ったテナーは気分を入れ替えてユメに問いかける。


「ユメは史上最悪のモンスター事件って知ってる?」


「ソメッソさんに聞いたんすね。ユメもしがない旅人っすからもちろん知っているっすけど、ソメッソさん以上の事は言えないと思うっすよ」


「そうなんだ」


 先回りしてそう答えられたテナーは他に言う事も見つからずに頷く。


 ちょうどその時ソメッソがテナー達の元へやって来たので一度話が区切られて、ソメッソの持って来た袋に注目が集まる。


「これが今回の報酬だ」


「待ってたっすよ。これがないと苦労してスライムと遊んでいた意味がないって話っす」


「スライム退治って結構報酬多いんだね」


 エスティントの町で受け取った報酬よりの何倍もあるかのような袋を見てテナーが口を開く。それに対してユメが少し残念そうに話し出した。


「まあ、ここから四等分だから実はそんなでもないんすけどね」


「これだけあればひと月は生活に困らんと思うが」


「旅人は稼げるときに稼いでおかないといけないんすよ」


 そう言ったユメが報酬を四等分し始めた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「それで、テナー達はこの後どうするんだ?」


「今日もユメの所に泊まっていけば良いっすよ」


 ソメッソの言葉にテナーが答える前にユメが口を挟む。


 それに対してテナーは驚いたように「良いの?」と尋ねた。


「今さら宿を探すのも難しいと思うっすからね。それに、テナー達に手伝いを頼んだのはユメっすから」


「それじゃあ、テナー達はまたユーバーに任せる事にしよう」


 そう言ってソメッソが立ち去った後ソプラがユメの手を取る。


『今日もよろしくね。ユーバー』


「ユメはユメっす」


 ユメの反応しかわからないテナーにはなぜユメがそんな事を言い出したのかわからなかった。

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