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ようこそ、異寄学園生徒会へ!!  作者: 野村 誠
孤狼(リカントロピー)編
11/14

孤狼11

 


 俺は一旦、霧島との連絡を絶ち、自分の役割を果たすべく1階東側の体育館へと直行する。この学校の体育館は校舎から廊下でつながってて、外に出ずに体育館へと行ける。雨の日なんかは、便利だろうな。


 体育館へ到着すると、まず校舎側へと通じる両開きの体育館の扉を犬神さんが侵入しやすいように大きく開け放つ。扉は分厚い鉄製で、彼女を閉じ込めた時これを破るのはさすがに無理のはず。


 体育館2階の観客席へと階段で上がり、校庭の照明の光が入らないように窓のカーテンを閉める。

 さっき2人に作戦を話している時に宮内さんに聞いたことだけど、犬神さんの獣化現象は精神病なんかの類じゃ無く、いわゆる「霊障(れいしょう)」と呼ばれるものらしい。


 詳しくは聞けなかったけど、彼女にとり憑いているのは、極めて悪質な動物霊の集合体。嗅覚が異常に利いたり、常人離れした身体能力を持つようになったのはその影響だそうだ。


 照明の光を遮ったのは、夜行性になっている彼女が体育館に入りやすくするため。そして今度は裏庭へとつながる扉を開け放つ。かなり大きな扉で、風通しが良くなった。これがこの作戦の重要な鍵となる。


 これでひとまず準備は整った。後は、犬神さんがこの(おり)に入るのを待つだけだ。裏庭につながる扉のすぐ傍にある壇上への階段に身を隠しながら、ひたすら待つことにする。でも、夜の体育館というのは不気味だ。静寂に支配された館内には、何やら薄ら寒い空気が流れている。

     

 (…………………………………………何か、寂しい)




 どれくらい経っただろう。

 突如体育館入口に向かって、獣が地を駆るような足音が響く。程無く、赤い影が勢い良く館内へと侵入する。


 犬神さんだ!


 昼間見た、赤いジャージを着用している。けど、昼間の姿とは明らかに違う。両手を地につけ、まるで犬のような四足歩行。そして、地面に顔を近づけニオイを嗅ぐような仕草をしてる。


 彼女は、いきなりこちらに顔を向ける。俺は、身震いした。彼女の顔つきが、野生の獣そのものだ。そしてその両眼は、夜行性の獣のごとく、窓から漏れる月明かりに照らされ薄く光っている。

 蛇に睨まれた蛙のようにその場から身動き一つ取れずに居た。


 彼女を追うように、体育館へ向かってパタパタと足音が響く。今度は白い影が館内へと侵入する。

 宮内さんだ。

 なんとか間に合ってくれたみたいだ。


 宮内さんの姿を確認してから、俺は外へと通じる扉を閉める。宮内さんも俺に倣って校舎へと通じる扉を閉めて鍵を掛ける。犬神さんが逃げないようにする為と、先生が入って来れないようにする為だ。


 少しして、扉の外から2人の教師が話し合う声が聞こえた。


「木嶋先生、彼女こっちの方へ来ませんでしたか?」


「私もそう思って追ってきたのですが、体育館の鍵閉まってますね。夜間、この扉施錠してましたっけ?」


「いや、いつも空いていたと思いますが、でも獣化している彼女が鍵を掛けることは無いでしょうし、また上に向かったんですかね?」


 宮内さんは固唾(かたず)をのんで、外の様子をうかがっている。

 じきに先生達が2階への階段を上っていく足音が聞こえた。宮内さんは上手く立ち回ってくれたみたいだな。ここまでは、思った以上に上手くいってる。俺達は、犬神さんを体育館に閉じ込めることに成功した。


 話に聞いた通り彼女が狼の本能に支配されるというのは本当らしい。

 俺の思惑通り、彼女は風上へと移動した。


 学校に限らず建造物というのは設計段階で、建物内の空気の流れを考慮して造られる。この校舎内にも空気の流れが存在し、犬神さんが上階にいたのは多分、校舎の下階から上階へと空気が流れ4階が風上になっていたから。


 狼は獲物に気づかれないように、常に風上へと移動する習性を持つ。それなら今度は体育館を風上にすればいい。

 宮内さんと霧島にはその為に動いてもらった。無駄な空気の流れをつくらないよう、霧島にはいくつかの防火扉を閉めてもらった。教師に気づかれないように、監視カメラで2人の動きをみながら防火扉を操作する離れ業は彼にしか出来ない。


 宮内さんも教師に見つからないように、監視システムで操作できない教室の扉や窓などを閉めてもらい、極力空気の流れを乱さないようにした。そして、外へと通じるこの扉を開け放つことで、体育館を風上にすることが出来たみたいだ。

 

 だけど、問題はここから。俺が彼女を捕らえて地下室へと連れ戻すという最難関が待ち構えている。

 もちろんこのまま体育館の中に閉じ込めておけば、これ以上被害は出ないはず。でも、それだと犬神さんが地下室から脱走したまま連れ戻すことも出来なかった静刃先生の管理が問われることになる。

 それに、もう一度脱走したら彼女を退学にさせるという意見に力を持たせてしまう。それじゃあ彼女を本当に救けることにはならないよな。


 もちろん力づくで彼女を押さえ込むなんて芸当は俺には無理。犬神さんを捕まえるなんて大見得を切ったは良いけど、俺に残された手段は1つしか無い。

 昼間、宮内さんの異能を抑えたあの方法。あの時の精神を分離させた感覚はまだ残っている。それさえ出来たなら、きっと何とかなるはずだ。


 犬神さんは体育館の真ん中で座り込み、虚空を見つめている。

 獣化した状態で、彼女に意識はあるのかな? だとしたら、今一体何を考えてるんだろう。そんな犬神さんを心配そうな顔で見つめながら、刺激しないようにソロソロと宮内さんが俺の方へ歩いてくる。


「…………杉原君。さっき刹那を捕まえる方法があるって言ってたけど、一体何をするつもりなの? 私に手伝える事があるなら何でもするけど…………」

 宮内さんは、俺に耳打ちするようにひそひそ話す。宮内さんの吐息が俺の耳をくすぐる。


「う~んと、何て説明すれば良いか…………簡単に言えば、俺の精神を使って彼女の精神を捕らえようと思うんだ。実は昼間宮内さんを止めることが出来たのもこの方法なんだよ」


「…………そ、そうなんだ…………??」


 宮内さんは瞳をパチクリさせている。俺の話を理解出来ないようだ。無理も無いか。話している俺自身が十分に理解出来ていないんだから。

 でもゆっくり説明している時間なんて無い。俺は片膝を立てて楽な姿勢で、壁に寄りかかったまま座る。

 宮内さんは、そんな俺の一挙手一投足を真剣な眼差しで見つめる。口で説明するよりも、実際にやった方が早い。


 精神を分離させる方法は、昼間の一件を思い返せばなんとなく分かる気がする。


 まず第1段階として体の感覚を出来る限り遮断し、肉体から精神を剥離しやすい状態にする。あの時はまず凶也に視覚を奪われた。そして宮内さんの能力で極限状態に追い込まれていた俺は、他の感覚もほとんど麻痺されられていた。色んな偶然が重なり、精神が分離しやすい条件が整ってたってことになる。


 そして第2段階として、肉体から精神へと意識を移す。昼間は宮内さんの異能により強い精神干渉を受け、否応なく精神側へと意識が強まった。あの独特の感覚は日常生活ではまず体験する機会は無い。しかし今ならまだあの感覚が思い出せる。


 俺はまず目を閉じて雑念を捨てる。大きく深呼吸を繰り返し、少しづつ意識レベルを落としながら感覚をぼやけさせる。その状態のまま意識の奥底で昼間見た自分の魂をイメージする。


 乳白色の俺の魂。暗闇に浮かぶそのガラス玉に向かい、俺の意識を流し込む。そのガラス玉の中に俺の意識が完全に入り込むイメージ。完全にそこに意識が定着してから、俺はゆっくりと目を開ける。

 すると、視界が赤茶けたものへと変わり、犬神さんの体の中に魂が浮かぶのが見える…………………はず?


 なん、だけど…………目を開けた先に広がるのは先程と変わらない、いつも見ている世界。


 顔を横に向けると、俺の顔にすぐ傍に宮内さんの顔があった。

 彼女は、依然期待の眼差しで俺の行動を見つめている。そんなに見られても俺にはどうして良いかも分からない。


 というか、何でだ? 他に精神を分離する条件があったのか?

 思わず頭を抱えて考え込む。宮内さんも異変に気づいたようで、俺に声を掛ける。


「な、何かあったの…………?」


「…………今更言い出しづらいんだけど、昼間の時のような精神分離に成功しないみたいなんだ。実はこの異能の使い方がいまいち良く分かって無くて…………」


 俺は文句のひとつも言われるだろうと思って覚悟したけど、彼女の反応は予想とは違っていた。


「…………ありがとう、杉原君」


「へ? …………な、何が?」


「正直、杉原君が何をしようとしているのかさっぱり分からないけど、自分の精神を分離させようなんてことは生半可な覚悟でやることじゃないんでしょう? それも出会ったばかりの刹那の為になんて、なかなか出来ることじゃないと思うわ」


 言われてみれば、俺は何でここまで必死に犬神さんを助けようとしてるんだろう? きっと 彼女の境遇が自分に似てるから、重ねて見ているんだろうな…………


 静寂と暗闇に包まれた体育館の中で、犬神さんの足音だけが響き渡る。

 さっきまで体育館の中央で座っていた彼女だけど、それに飽きたのか館内をウロウロし始めていた。


 犬神さんの噂を聞いて、獣化した彼女は目に映る全ての人間に襲いかかる獰猛(どうもう)さを持つかのような想像をしてたけど、こっちから何かをしない限り危害を加えてくるようには見えない。前回、彼女が暴走したのも皆が追い掛け回した結果じゃないのか? 野生の獣だって、意味無く相手に襲いかかったりはしないはず。


 とにかく事態が膠着している今の内に、何か手を打たないと………………

 しかし俺が思考を始める前に、突然この膠着状態は破られる。

 

 《ピロピロン♪》


 俺のポケットの携帯から音が鳴った。

 迷惑メールの着信音。


 (しまった、携帯の音消しておくのを忘れてた!)

 その音に犬神さんが反応する。光る両眼をこちらに向け、警戒するようにこちらに近づいてくる。


 どうする、動かない方が良いのか? それとも何かアクションをとるべきか?


 腰を浮かそうとした俺を、宮内さんが俺の肩に手を置いて止めた。宮内さんは黙って首を振る。そして、彼女は立ち上がって俺と犬神さんの間に入り、大きく両手を広げ立ちふさがった。

 それを見た犬神さんは一瞬躊躇したけど、それでもさらに深い姿勢でゆっくり近づいて来る。


 (いや、いくらなんでも危険過ぎるって!)


 犬神さんが宮内さんに対して攻撃しない保証は無い。

 でも、この状況で俺が下手に動くのは逆効果だ。犬神さんは宮内さんのすぐ足元まで来ている。犬神さんが手を振れば、宮内さんの足を切り裂ける距離。膝に置いた俺の手が自然と震える。


 しかし、宮内さんは全く身動きせず俺をかばうかのように立ち続ける。一体彼女はどんな精神構造をしてるんだ。

 犬神さんは何かを確かめるかのように、宮内さんの足元でニオイをかいでいる。犬神さんは宮内さんに危険は無いと判断したのか、今度は宮内さんの体の影から顔を出して俺の方を見る。


 宮内さんの影からのぞくその顔は、やっぱり人間のものじゃ無い。そして間近で見て気づいたけど、その顔は俺が今まで見てきたどんな獣のものとも違った。

 憎悪(ぞうお)悲哀(ひあい)怒気(どき)寂寥(せきりょう) あらゆる負の感情が浮かびあがったかのような、なんとも言えない複雑怪奇な表情。1個の生物が持ちうる感情じゃ無い。


 昼間普段の犬神さんの姿を見ていた俺は、いかに獣化したとしても彼女と分かり合えるような気持ちでいたけど、それは間違いだったと否応なく気づかされた。無理やりにでも押さえつける以外に方法は無い。


 しかし身動きが取れない以上、俺に出来る事はやはり魂を分離させることしかない。俺は祈るような気持ちで再び目をつむる。


 (頼む、分離してくれっ…………!)


 先程と同じイメージを浮かべたその矢先、体から精神が抜け出るあの感覚が俺の全身を支配した。

 突然の事だったので一瞬状況を理解出来なかった。

 さっきと特に違う事をしたわけではない、けど。


 まさかと思い精神の目を開くと、視界が赤い。

 3度目の無音の世界。


 (…………成功、だ…………!)


 どういう理屈かは分からないけど、精神が緊張状態の時の方が精神が分離しやすいらしい。

 宮内さんは、意識を失った俺の体を支えてくれている。彼女は何やら話し掛けているようだけど、精神体となった今の俺に聴覚は無い為、何を言っているのかは分からない。


 体育館の中央へと目を移す。


   !?


 そこに居るはずの犬神さんは居なかった。

 代わりに謎の物体が、そこに有った。


 (何だ、これは…………?)


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