story4 ドSな神様と通話する俺(とブラコンな義妹)。
ちょびっと長くなってしまいました……。
まさか4話目にしてあらすじに書いた事を破ってしまうとは……。申し訳ありません。
「えっと、瀬那? 何かあったのか?」
俺が携帯電話を耳に当てて訝しげな声を出すと、
『え? だ、だってお兄ちゃんからの電話だよ? 慌てない妹はいないよ』
「いや、絶対いる。でも、慌てたにしては電話出るの、早かったけど」
1コール目が鳴り止む前に出るなんて早過ぎだろ。
『スタンバイしてたもん!』
「携帯の前で!? お前はどんだけ暇人なの!」
『何時もじゃないよ。今日は掛かってくる気がしたから』
「まさかのエスパー!? どうしよう俺の義妹がこんなに奇妙な訳がないのに!」
『落ち着いて、お兄ちゃん。それとパクリ禁止』
義妹に宥められる俺=兄。あ、瀬那、パクリだと分かったんだ。
瀬那は言葉を続けた。
『携帯の前でスタンバイしてるのは月・火・水・木・金』
「それ毎日じゃん!?」
『土曜日はお休みだよ? 日曜はお兄ちゃん家にいるから』
「そうだけど! 土曜は俺部活行っちゃうけど!」
何だか、義妹がそんなにブラコンだったとは。いや、まぁ俺も、シスコンなんだけど。
だからって、ここで「可愛いなぁ」と思ってしまうのは如何なものか。
ま、まぁ、義妹にストーカー紛いの事されても別に俺は――って、話がずれたな。戻ろう。
「で、瀬那、話があるんだけど」
『何? 虐めてくれるの、お兄ちゃん?』
「……人として、その言葉を嬉しそうに言うのは止めような、瀬那」
『兄の前でMにならない妹はいないよ!』
「はーい、そのネタ禁止。同じネタを繰り返すのは止めような、瀬那」
『はーい』
間延びした返事を返す義妹。兄ちゃんは貴女が心配です。
『で、話ってなぁに?』
きっと電話の向こうで瀬那はちょこんと首を傾げているんだろう。それが容易に想像出来る。
やっぱ、今からする話を聞いたら、ショック受けるだろうな……。
「……って瀬那、お前、部活は?」
『ん? 今日は中止になった。キャプテンが、ちょっと今やばくて』
中止?
瀬那の所属している部活は女子バスケ部だ。そのキャプテンと言えば、
「……上須?」
さぁっ、と顔から血の気が引いていった。
『そうなんだよお兄ちゃん、ちょっと聞いて! あのキャプテンが振られたんだって! 信じられないよね、いや、キャプテンに好きな人がいた事の方が信じられないけど……』
「……それで?」
『え?』
「上須は今……どうしてる?」
『……他の先輩達に慰めてもらってるよ。体育館閉めきって、その中で』
「な、泣いてる……のか?」
『みたい、だね。かなり好きだったらしいからさ、相手。……お兄ちゃん、何でそんな事訊くの?』
訝しげな響きの混ざった義妹の声は、先程までとは違って真剣だった。
そして俺は彼女の質問に答えられなかった。
上須が泣いている――そう聞いて、平静ではいられなかったのだ。女の子の涙に弱いのは、男なら仕方無いだろ?
しかも、泣いている原因は間違いなく俺にあるんだ。告白している最中に相手がいなくなったら、告白を受ける事さえ拒絶された――と思っても不思議じゃない。
そんなつもりじゃない。確かに俺は、彼女を振るつもりだった。目立ちたくない――そんな、情けない理由で。でも、告白を受ける事を拒絶した訳じゃない。それどころか、上須にコクられて舞い上がってる自分は確かに俺の中に存在した。彼女の、俺への「好きです」という言葉を心底聞きたいとも思った。
振るつもりなのに? そう思う奴もいるだろう。――自分でも、我儘だとは感じてる。
でも。
俺は――
『……ね、お兄ちゃん』
「……何だ」
『キャプテン、変な事言ってたんだよね。告白の途中に、相手の人が消えた――って』
「……」
『……まさか、お兄ちゃん……』
瀬那の声は、掠れていた。
驚きと悲しみと寂しさの混ざった、声音で。
『……義兄さん、また?』
お兄ちゃん、から、義兄さん、に変わった。それは義妹が本気で俺を心配するときの呼び方。
「……ああ」
瀬那とは電話で話しているのに、思わず頷いてしまった。
俺が異世界の森の中で途方に暮れていると、
『義兄さん、またあの人の仕業なの? 義兄さんを異世界に飛ばしたのは、あの人?』
あの人、とはサド神の事だ。義妹は絶対に、彼女を「神」とは言わない。
「……ああ」
再び、頷く。
携帯越しに、怒りに震えている義妹の声が聞こえた。
『そう、なんだ……』
義妹を宥めたい、とは思った。だけど今、俺には他にもやらなきゃいけない事がある。
「……瀬那。今、上須に代われるか?」
『……うん、分かった』
義妹は素直に、そう言ってくれた。
*
『……か、神薙くん?』
上須の声が聞こえた時、俺は自分の握り締めた右拳がピクッと震えるのを自覚した。
「ああ、そうだ。……上須、その、悪い。急にいなくなって……吃驚しただろ」
『……うん』
そんな短い言葉を発する彼女の声は、震えていて、掠れていて。さっきまで――いや、今も泣いている事を感じさせるものだった。
「……今は、還れないんだ」
『帰れない……?』
「ああ。だけど、必ず還るから……待っていてくれないか?」
告白をするのは、もう少し待っていてくれないか。
そういう意味の、我ながら酷い言葉だった。
これは彼女に、俺を好きでいてくれと言うに等しい。告白の途中に忽然と消えた男を、だ。
だが、彼女は何を勘違いしたのか、
『本当……!?』
「あ、ああ。本当だ」
『……じゃあ、私、待ってる。ずっと待ってる。神薙くんの事、帰ってくるって、信じてる。……帰るって何の事か、分からないけど……』
「……悪い」
何で彼女は嬉しそうなんだろう、と思ったが、訊くのは流石に躊躇われた。
『神薙くん――ううん、或瀬。私、ずっと――』
「――或瀬?」
何故いきなり名前? という素朴な疑問だったのだが、携帯の、否、世界の次元の向こうからは、怒ったような声が聞こえてきた。
『わ、私は或瀬の彼女になったんだから、良いでしょっ』
そして、ブツッと通信は途絶え――
って、え?
上須さん、今、何と?
*
「あーあ、良いなぁ、キャプテン……」
女子バスケ部部長、上須永莉乃から返された携帯を握り締め、柏木瀬那はポツリと呟いた。
義兄と電話していきなり元気になった永莉乃は、慰めてもらっていた友達に「ゴメン、マック奢るよ」と言って帰っていった。
瀬那は先輩達のいなくなった体育館で一人、制服姿のまま、ぽつんと立っていた。
何を、するでもなく。
「……義兄さんと、付き合えるなんて……」
ただ、呟く。
しいん、と静まり返る体育館の中で、彼女の声だけが響く。
瀬那は一瞬、握った携帯に目を向けてから、それを制服のポケットに仕舞った。
義兄にもらった猫のストラップが、ポケットに入らずにだらんと垂れる。
彼女はふと思い付いたように、体育倉庫からバスケットボールを取り出した。
バスケットのコートに姿勢良く立つ。
茶色に白のラインが入ったそのボールに両手を添え、ゴールと向かい合う。
彼女――柏木瀬那は、誰もいない体育館の中で、誰も見ていない中で、シュートを放った。
部活動では決して見せる事のない、彼女の本気のシュート。
「神薙。神を薙ぐ者。即ち、神を殺す者」
彼女の放ったボールは綺麗過ぎる放物線を描いて、見事ゴールの中に収まった。
体育館の床を、ゴールのネットを通って落ちたボールが跳ねる。
「良いなぁ、キャプテンは」
再度、呟く。
ゴールを決めたボールを、冷めた目で見詰めながら。
「神を殺す者の傍にいて良いのは、私だけなのに」
瀬那の放ったシュートは、永莉乃のシュートなどより遥かに上手で美しく華麗な、3ポイントシュートだった。
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