えっ?渡した手紙は・・・
激励会の朝、沙南は、体育館の中をきょろきょろと見回していた。
おかしいなぁ。
翔平がいない。
翔平以外のテニス部員は、他の部と一緒になってせっせとテーブルといすを並べている。舞台では、セレモニー係になったバスケ部がなにやら打ち合わせをしているが、そこにも翔平はいなかった。
「沙南、キャプテンのくせに何ぼさっとしてんの?やること一杯あるんだから手伝ってよね。」
郁美が両手にパイプ椅子を3つずつ抱えて立っている。今にも落っことしそうであぶなっかしい。
「ごめん、ごめん。手伝うよ。」
沙南は、椅子を2つ郁美から取ると近くのテーブルへ運んだ。いや、正確には運ぼうとしていたけど、考え事をしていて途中で立ち止まっていた。
だめだめ、今は、翔平のことは考えないようにしよう。この後、テニス部の部室でのことを考えると何も手につかなくなる。
沙南は、頭をふって気持ちを激励会の準備に向けようとした。
でも、気がつくと・・・・
いすをふたつ持ったまま、ぼ~っと立ち止まっていたのである。
「あっ、沙南ったら、また。お~い、沙南、戻っておいで。」
郁美は、椅子を運び終わると沙南のそばにやってきて、沙南の目の前で手を何度もかざしてみた。
沙南の反応は、なし。完全に夢の中にトリップしていた。
翔平、何の話かな?
まさか、やっぱり告白?
私に?
あ、ありえないって!!
女の子の気持ちなんか、全っ然、分からなさそうな翔平のことだもの。きっと、別の話・・・
でも、もしかしたら・・・・
どんなに呼びかけても夢の中からでてこない沙南に郁美はさじを投げた。はあっとため息をつくと、ぼけ~っとしている沙南を置いて椅子運びにいそしんだ。
「沙南!いい加減にしな!!!」
「ひっ。」
沙南は椅子を持ったまま、ぴょんと飛び上がった。
後ろから、地獄の鬼が吼えてる?って思うくらい迫力のある羽瑠のハスキーな声が響いてきて、沙南の妄想は、一瞬で吹き飛んだ。
「ご、ごめん・・・」
沙南は、慌てて動こうとして、持っていたいすを足の上に落としてしまった。
「グゥゥワッワッツタッッタッ!」
蛙の悲鳴??みたいな奇妙な声を出して、沙南は、また飛び上がった。
沙南は痛みをこらえて椅子を持ち直した。
「はぁぁぁ~。沙南、もういい!どいてな。マジ、じゃま!!!」
羽瑠の怒り顔は、ちょ~怖くって、閻魔大王も避けてくれそうなくらいドスがきいていた。
「まぁ、まぁ。大目に見てよ、羽瑠~。」
優衣がいすを運びながら、沙南に助け舟を出した。
「そうそ!今日の沙南は、この後のこと考えてな~んにも手につかないはずだからさ。大目にみてあげてよ?」
茶化しながら亜由美が言った。
はあっとため息ひとつついて、羽瑠の怒り顔も溶けた。
「まぁ、しょうがないか。今日は、沙南にとって記念日になるかもしれないもんね。」
羽瑠もニヤッと笑った。
「やっ、そんなことになんか・・・ならないよ。」
沙南は、顔を赤らめて否定した。
4人は、今日、沙南が翔平と待ち合わせしている事を知っている。
なんせ、沙南は、手紙を渡した日の翌日に4人にしっかりと問い詰められたのだ。
手紙を渡した次の日、いつも一番早く朝練に来る沙南よりも先に、羽瑠、優衣、亜由美、郁美の4人は着いていて、道場の前で沙南を待っていた。
「おはよう。今日は4人とも早いね。」
沙南は、道場の鍵を開けながら4人に声をかけた。
ガチャッ、ドンッ。
沙南は、驚く間もなく4人に道場の中に押し込まれて尻もちをついてしまった。
「痛ったいなぁ。なんだよ、もう?」
沙南は、押された背中とぶつけたお尻をさすりながら口をとがらせた。
そんな沙南をしり目に、亜由美が道場のドアを閉めるとしっかりと鍵をかけた。
「ちょっと、何?どうしたの?」
沙南は、4人の行動がまったく読めなくて呆気に取られてていた。
「さぁ、これで邪魔は入らない。男子が登校してくるまでじっくりと聞かせてもらうからね!」
バキバキバキッと指を鳴らしながら羽瑠が近づいてくる。
こわっ。
何?何が始まるの?
沙南は、4人の悪魔的に黒に染まった笑顔を見て、座ったまま本能的に後ずさりをした。
「あっ、あああ、あのっ。」
じりっじりっと迫って来る4人に声まで引っこんで出てこない。
「沙南、昨日の手紙、ちゃんと渡した?」
「へっ?」
思いがけない問いに不意打ちを食らって、沙南は目をまん丸くした。
手紙???
事情が飲み込めず、羽瑠の問いかけの意味も分からず呆けている私に、
「だからっ、奈々美から預かった手紙、昨日、翔平に渡した?」
羽瑠は、じれったそうに眉間にしわを寄せながら問い返した。
「えっつ、手紙って・・・ウン、翔平に渡したよ?」
羽瑠が、何で菜々美の手紙のこと気にしているのか、わけがわからず、沙南は首をかしげながら答えた。
「「「「でっ???」」」」
4人がいっぺんに聞いてきた。
「でっ、て?」
沙南は、4人に問い返すように聞いた。
「ああ、もうっ。」
4人はじれったそうに声を上げた。
「翔平、その手紙受け取った?」
い、郁美っ、顔が近いんですけど・・・
郁美のものすごい形相で迫ってきてそう問いかけたから、沙南は思わずもう2,3歩後ずさりをした。
「う、ぅん。受け取ってくれた・・・けど・・・」
沙南が、そう返事をすると、突然4人の顔が明るくなった。
「「「っしゃ!」」」
「よし!よくやった。」
羽瑠が、満足そうに頷いた。他の3人も同じように頷いている。
はぁ?
いったい、どういうこと?
私が奈々美の手紙を翔平に渡したら、何で4人が喜ぶの?
わけわかんない。
沙南が、4人を見比べながらキョドっていると、
「沙南、あんた、自分のラブレターを翔平に渡したんよ。」
意地悪そうな黒笑顔でにやっと笑って、羽瑠が言った。
は???
自分のラブレター・・・って、私のラブレター?
翔平に・・・って???
何でそうなる・・・・・・
沙南が、ワケがわかないという様子で呆けていると、亜由美が、ぐぐっと顔を近づけて言った。
「だ~か~ら~、沙南はぁ、奈々美の手紙を翔平に渡したんじゃなくってぇ、自分が書いたラブレターを渡したんだよ。」
はい?
うそでしょ。
そんなの、書いた覚え・・・ないんですけど。
「ぷっ、沙南の顔っ、驚いてるよ。」
優衣がおかしそうに笑ってる。
いや、優衣だけじゃない。他の3人も。
こっちは何にもおかしくないんですけどね。いったいぜんたい、どういうこと?
沙南が、まるっきり納得できない顔をして4人をにらんでいると、
「まぁったく、ほんっと、沙南は、にぶいんだから。ほらぁ、優衣、沙南にもわかるように、くだいて話してやってよ。」
郁美が腰に手をあてて沙南を見下ろしながらそう言った。
郁美、何、その鬼の首でもとりましたて顔はっ!
てか、4人に囲まれて座り込んでいる私って、マジ不利なんだけど。
うぅっ、4人からのプレッシャー?きつい。
沙南が4人を見上げて怯えて?いると、
「あのね、沙南?ゴールデンウィークに、4人で愛の詩を書こうっていって、ふざけ半分で書いたの、覚えてる?」
へっ?
いきなり何?
ゴールデンウィークに書いた詩って・・・あぁ、そういえばそんなこと、あったっけ・・・
沙南は、その時のことを思い出していた。
確かにゴールデンウィークに私んちに4人集まって、かっわいい~便箋持ち寄って詩を書いた。
「う、うん、書いた・・・ね。みんなで、恥ずっ!だの、くっさ~いこのせりふ!だの、かっわい~じゃん、けなげ~だの言って、見せっこしたやつ?」
「そう、それ!」
亜由美が沙南を指さしながら、頷いた。
「その時沙南の書いた詩、奈々美の手紙とすり替えといた。」
優衣が得意そうにふんぞり返っている。
他の3人も同じポーズをしていた。
「ちゃんと封筒も入っていたアメも似たのを準備してすり替えたんだよ。気づかなかったでしょ?はぁ~私らって、ほんっと友だち思い?」
郁美が笑う。
「手紙をすり替えるの、マジ大変だったんだよ?」
羽瑠が大袈裟に言い、
「ほんとだよ!浦先が呼び出してるって、沙南にうそついて時間稼いでさ。ああ、そうそ、その前に、沙南の詩とアメつめた封筒準備して・・・そんで、手紙すり替えて・・・」
って、優衣が思い出したことを楽しげにしゃべってる・・・
「スリルあったねぇ~。ちょ~ワクワクしたっ!」
亜由美が続けた。
「でもさ!何といったって、私が一番ファインプレーだったでしょ!授業ふけて学校抜け出して封筒買いに行ったり、アメ買いに行ったりしたんだから。先生に見つかったら指導ものだったよ。」
羽瑠が得意気に話してる・・・
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ひっぇぇぇぇぇ~○※△#□
こ、こいつら、何てことしたわけぇ~!
沙南は、ようやく事情が呑み込めた。
昨日手紙を渡した場面を思い出して、恥ずかしさで、みるみる顔が熱くなる。
沙南が青くなったり、赤くなったりしてると、羽瑠が、優しい口調で話し出した。
「沙南さぁ~。私らが沙南の気持ち知らないって思ってたでしょ?ずっと、自分の思い、隠せてるって。」
「んなわけないでしょ。沙南の気持ち、ダダ漏れしてたもの。」
優衣が私の前に座り込んで私のおでこをちょんっと小突いた。
「まったくもって、こっちはずっと、いらいらしてたってゆうか。じれったくって、もぉ~さ!」
亜由美が口をとがらせて言った。
「まぁま、みんなで沙南責めたら、かわいそうでしょ。」
郁美がいたずらっぽく言うと、
「「「一番ノリノリだったの、郁美でしょぉ~が!!!」」」
3人が同時につっこんだ。
ぷっ!!
3人そろってつっこむのを聞いて、私は噴出した。
「ありがと、みんな・・・」
4人に届くか届かないかくらいの消えそうな声で、沙南はお礼を言った。俯いた頬を涙がつたう。気がついたら泣き笑いの顔になっていた。
4人のやったこと、怒ってるわけじゃない。傷ついたわけでもない。
ただ、4人の気持ちがうれしくて・・・
私のためにってしてくれたことが、うれしくて・・・
気がついたら、涙がでていた。
「「「「沙南・・・」」」」
4人が心配そうに私を覗き込む。
「や、やりすぎた・・・?」
郁美がぽそりとつぶやいた。
他の3人もお互い顔を見合わせて心配そうにしてる。
「ちがう、ちがうよ。誤解しないで。うれしかったよ。ほんと!みんながやってくれなかったら、私、絶対、翔平に告れないでいたし。みんなが私のこと、応援してくれてたんだってわかったから、本っ当にうれしかった。」
沙南が涙を拭って4人に笑いかけると、4人もほっとして笑顔になった。
正直、自分の詩を翔平が読むこと考えたら、穴があったら入りたいほど恥ずかい。
これから、翔平の顔、まともに見れる自信もないし・・・。
読んだ翔平が、どんな返事くれるかって考えたら、やっぱり、こわい・・・
それでも、うれしかった。
持つべきものは、ちょっと暴走気味の親友たちだなって、沙南は思った。
私には、これくらい背中を押してくれる友達が必要なんだから。
しばらく誰も何も言わないまま時間だけが過ぎた。
5人で道場の真ん中で背中を合わせて座っていた。
みんなの顔は見えないけど、背中から4人のぬくもりが伝わってきた。
―――――――――――――――――――――
「で?翔平は、手紙もらってどんな顔してた?」
静けさを破って、羽瑠が切り出した。
「そうだよ!手紙渡した後が肝心なんだよね?」
亜由美がくるっと振り向いて私に詰め寄った。他の3人も同じよ~に詰め寄ってくる。
「あ、ぅん。翔平手紙はもらってくれたけど、すぐに開けずにカバンにしまって・・・。」
沙南があの時の様子を思い出しながら答えてると、
「「「「え~!!!それじゃ、あの手紙、今までのと同じ末路?」」」」
せっかく、沙南の気持ちを翔平に伝えられたって思っていた4人は、盛大に舌打ちした。
「や!でも、その後、翔平さ、今度の激励会の時、抜け出して会ってくれって。」
「何で?」
「さ、さあ、なんか話があるっぽかったけど。」
「翔平がわざわざ沙南を部室に呼び出すってことは・・・」
優衣が口元に人さし指をあてながら思案顔でつぶやいた。
「翔平もついに自分の気持ちに気づいたってことかな。」
「ほんとっ。」
羽瑠の顔がぱぁぁぁっと明るくなった。亜由美も郁美もがばっと顔を上げて、身を乗り出してきた。
「そうとしか考えられないでしょ。いつも会ってる翔平が、改まって話をするって、告白以外に考えられない。沙南、本当に、翔平は部室に来てって言ったんだよね?」
優衣が聞いた。
「う、ぅん・・・バーベキューの途中でテニス部の部室で待ってるって。でも・・・」
私の声は、4人の声にかきけされた。
「「「「い、ぃやっったじゃん!!!」」」」
4人が一斉に抱きついてきた。
「ぐ、ぐるじぃ~」
4人の重さに私は目を白黒させて倒れこんだ。
「沙南、よかったね。」
羽瑠がうれしそうに言った。
あの、でも・・だから・・・
呼び出しはあったけど、何で呼びだされたかは、わかんないんですけどぉ?
「よかったねって、まだわかんないよ・・・」
沙南がぼそぼそと不安を口にすると、
「何言ってんの!大事な話でもなきゃ、普通に教室でとか、部活帰りに話してるでしょ。何でわざわざ部室になんかに呼び出すのよ?よっぽど大事な話なんだよ。そんで、よっぽど大事な話っていったら、やっぱり、告白しかないでしょ!」
郁美が、自信ありげにそう言うと、他の3人も大きく頷いた。
そうかなぁ~?
なんかそれって、4人に都合のいい解釈だと思えるんだけど、ここで反論しても、この4人じゃ絶対勝てっこないから、そのまま黙っていた。
ってなことが、あったんだ。
それじゃ、また、激励会当日にもどるね?
「沙南、翔平、気合入ってるかも?」
「あ、やっぱり?郁美もそう思う?」
セレモニーの途中だってのに、亜由美と郁美が、私を巻き込んでひそひそ話をはじめた。
「だってさぁ~。セレモニーの準備もさぼってさ、今頃、部室の掃除でもしてんじゃない?」
「なるほどぉ~。部室を掃除して沙南を迎えようなんて、翔平、マジ気合入ってんだねぇ~。」
二人の思い込みってこわい!!
だいたい、4人とも今日の翔平からの呼び出し、告白だって決めつけてんだものね!
私は、今にも心臓が口から出そうなくらい緊張してるってのに!
それにしても、翔平、ほんと、どうしたんだろう?
あいつらしくない。
沙南は、その頃、翔平が、とんでもないことになっているってこと、全くわかってなかった。