想っていても、いい?
「羽瑠、ちょっと。」
だれかが私をゆすってる。
ん~?
だれ?
私の眠りを妨げるやつは!
羽瑠は、不機嫌そうに、とろ~んとしてた目をこすると、ぼんやりと目を開けた。
羽瑠の目の前には、だれかの胸があった。白いポロシャツの第2ボタンまではずしただれか・・・
ぼや~んとした目で、ゆっくりと視線を胸から上の方に移していく。
胸、首、あご、顔・・・・・・・
っ!!!!!!
「一平っ」
羽瑠は、慌ててもたれかかっていた道場の壁から飛びのいた。
「なっ、なんで一平が道場にいるのっ?」
「なんでって・・・お前に用があったから。はい、これ。」
一平は、手に持っていたカバンを差し出した。
「なに、これ?」
「お前ンだろ、これ。俺が翔平から預かった。翔平、今日、沙南といっしょに警察行ったから。これは、羽瑠の大事なもので、沙南に頼まれて今日中に渡さないといけないのに自分が渡せないから、俺に頼むって。」
羽瑠は、まじまじと一平の持っているカバンをみた。
これって・・・沙南のだよね?
それがなんで私のカバンってことになってるわけ?
な~んか、変。
これ、ワケありだけど、受け取った方がいいんだよね。
「あ、ありがとう・・・・」
羽瑠は、釈然としないまま、カバンを受け取った。
「ん。」
一平は、羽瑠にカバンを渡すと、にこっと笑って立ち上がった。
「これから、練習?」
「うん。じゃな。」
手をふって道場を出ようとしている一平を思わず呼び止めてしまった。
「い、一平。」
「なに?」
「あの・・・この間は、ごめん。いきなりビンタしちゃって・・・」
「ああ、ほんと、思い切りだったよな。」
一平は、頬をさすりながら顔を歪めた。
「うっ・・・」
羽瑠がなにも言えずに俯いていると、一平が戻ってきて羽瑠の前に座った。
「な、なに?どどど、どしたの?」
羽瑠は、いきなり目の前に一平が座ったので、思わず後ずさりした。
「俺の方こそ、ごめん。俺の失恋はもう、決定的でどうしようもないってわかってるけど、沙南のこと、簡単にはふっきれない。だから、羽瑠の気持ちに応えること、できない。」
「わ、わかってるよっ、それくらい。い、い、いいから、気にしないで。」
羽瑠は、顔をそむけながらそう言った。
胸が痛い。
失恋がこんなにつらいなんて、思わなかった。
気を緩めると溢れそうになる涙を堪えたのは、精一杯のやせ我慢。
視界の端で、一平が立つのがわかった。
・・・・・・・・いいの、羽瑠?
このまま・・・・・・行かせちゃってもいいの?
たぶん、一平がここにいるのは、沙南が作ってくれたせっかくの機会。
簡単に諦めるくらいなら、失恋するのがわかっていたのに、告白なんか、しない。
諦めないのは、私の信条。
たとえ、ストーカーと言われようと、簡単に諦めるのは、羽瑠さんじゃない。
「一平っ。」
押し問答しながら開き直りの境地に達すると、女は強い。
頭で考えるより先に、声が出ていた。
一平は、羽瑠に呼び止められて少し驚いた顔をした。
「なに?」
「あのっ、私、一平のこと、想っていても、いい?」
「いや、だから・・・」
「一平の気持ちは、わかった。一平と同じように、私も失恋確定だってことも。でも、想うのは自由だよね。一平が沙南を忘れられないように、私だってそう簡単には諦められない。だから、想うだけなら・・・・・いいよね?」
言ってしまった。
ストーカーばりに諦めの悪いせりふ。
羽瑠の手は震えが止まらず、袴を握りしめた手からは、汗が噴き出していた。
心臓は、跳躍素振り50回やったあとよりも早鐘を打っている。
「・・・・・わかった。羽瑠がそう言う気持ちだってことは、胸にしまっとく。それで、かんべんな。」
一平は、すまなさそうに頭をかいた。
羽瑠は、力なく笑うと首を横にふった。
「ありがとう・・・・・」
とにかく、一平に片思いしつづけるお墨付きはもらった。
あとは、攻めるだけ。