これからもメンドーをおかけシマス
とりあえず、本編はこれで終了です。
たった3日しか休んでいないはずなのに、1ヶ月くらい休んでいたような気がする。何だが、校門をくぐるのが躊躇われて、足が止まった。
「沙南?」
一緒に歩いていた翔平が足を止めて沙南を見た。
「ごめん、何だか気後れしちゃって。」
「沙南は何も言わなくていい。誰かに何か聞かれても、自分はよく知らないって答えればいいんだから。どうしてもしつこく聞こうとする奴がいたら、俺に聞けって言えばいい。」
「でも、翔平・・・」
沙南が口を開きかけると翔平がことばでそれを制した。
「沙南が困る必要は何もない。俺が全部引き受けるから、沙南は何も知りませんって顔でいればいいんだ。」
翔平が絡めた指に力を入れた。そしてゆっくりと沙南の体を自分の方に引き寄せると、ふわりと抱きしめた。沙南は、頭に翔平の唇を感じて身を強張らせた。
「しょ、翔平・・・」
あの事件以来、いや、両想いになった瞬間から翔平はまるで自然な事だとでも言うように平気で過剰なスキンシップをしてくる。それにちっとも慣れずに困惑する沙南だったが、最初のように無駄に抵抗する事はなかった。幸いにも、まだ朝早い時間なので辺りには人影は見当たらない。
人通りがあろうとなかろうと、翔平はこうするのだろうけど・・・
沙南は、事件の事を聞かれる以上に翔平の子の変貌をみんなに突き詰められるのが怖かった。
これまで女の子になんか全く興味ありませんって態度で、告白されてもプレゼントを差し出されてもぜんぶスルーしていた翔平だから、よもや学校の中で今までの態度を変える事はしないと思うけど・・・
ここ数日の翔平の自分に対する行動を思い返して、沙南は一抹の不安を拭えなかった。
さすがに部活ではみんな普通にしてくれていた。どうやら羽瑠たちが気を配ってくれたらしい。後輩たちも男子部員も気になる様子はちらっと見せはするものの、いつもと変わらないように接してくれた。沙南も優衣もそんな部員たちの態度に、次第に緊張が取れて行くのがわかった。準備運動の仕上げの切り返しを終える頃には、稽古に集中できていた。
だが、朝練を終わって教室に向かうと、ろう下ではそうはいかなかった。自分たちに注がれるいくつもの好奇な視線に沙南も優衣も眉をひそめた。それでもふたりを守るかのように、羽瑠と亜由美と郁美が周りを固めて睨みを返すものだから、さすがにふたりに声をかける者はいなかった。
しばらくは・・・こんな視線を浴び続けるんだろうな。
そりゃそうだ。自分とこの学校からドラッグで関わって捕まる生徒が出るなんて、誰も思わないもの。
噂の中には奈々美をあからさまに悪く言うものもあった。部活動が全面中止になって、もしかしたらインターハイへの出場自粛になったかもしれないということを聞くと、みんながそう言うのはわかる気がする。
でも、私は、みんなが言うほどには奈々美のことを悪くは思えなかった。奈々美が翔平を好きだった気持ちは、きっと本物だったと思う。それに学校の外での奈々美がどんなだったかは別にして、学校ではごくごく普通の、私らと同じ女子高校生だった。それは、確かだもの。
奈々美の全部が悪かったわけじゃないと思う。
沙南がそう言うと、羽瑠たちは、無事だったからそんなこと言えんだって言った。それは、否定しない。
もし、手紙がすりかえられていなくって、ほんとうに翔平が警察に捕まっていたら・・・
もし、翔平のケガがひどくって大会に出られないことになっていたら・・・私、きっと、奈々美のこと許せなかったと思う。
なんか、自分の気持ちって矛盾しているなって思うけど、高校生だし、大人と違って自分の気持ちをきっちり整理なんかできないって。
ぼんやり外を眺めながらそんなこと考えていると、教室の入り口から翔平の声が聞こえた。
「沙南、ちょっと。」
一瞬でまわりがざわついた。教室の中の視線が翔平と自分に注がれている。翔平は、教室の中を険しい表情で一瞥した。とたんに、ざわつきがやんだ。
翔平の眼力ってすごい。
「沙南、こっちにこいよ。」
一向に腰をあげない沙南に少し苛立ったような声をあげて翔平が手をあげた。
手招きする翔平を見て胸が高鳴る。我ながらゲンキンだと思う。両想いになっても、やっぱりこれだけは変わらない。
想いを伝える前は全然平気だったはずなのにと思いながら、沙南は、早まる鼓動を無理やり抑え、平静を装いながら席を立った。
「なに?」
ろう下に出て尋ねると、翔平はそれには答えず沙南を外階段のとこまで引っぱっていった。ちらっと教室の中を見ると、羽瑠たちの冷やかしの目が見えた。他のみんなに視線を移すと、みんな呆気にとられている。
やっぱり・・・こうなる?
女の子の手を握って歩くなんて事、今までの翔平にはあり得ない事だって、自分で気づかないかなあ。私は事件の事を聞かれるより、翔平の事を聞かれる事の方が困るんだけど。もう翔平ったら、あの日以来、ほんっとにまわりを気にしないんだから。
外階段まで来ると、翔平はやっと沙南の手を放した。その代わりに沙南の傍にピタッと寄り添うように立つと、肩に手をまわして耳元に口を近づけて囁いた。
「今日、事情聴取するからふたりで警察来いって、兄貴が。」
沙南は耳に触れる翔平の息と甘い声にぞくっとした。おさまりかけていた鼓動がまた早鐘を打つ。
「えっ、そ、そう、なの?」
「ああ、なんでも捜査態勢が変わりそうだから、その前にきちんと状況を把握しておきたいからって。公園でのことも部室でのことも。だから、俺、山田先生に話して部活休んだ。沙南もそうして。」
「わかった。じゃぁ授業終わったら、正門前で待ち合わせね?」
「OK!それからさ、大会前にさすがに練習不足は否めないだろ。ほんとは今日だって部活を休みたくなんかない。でも、ことがことだから仕方ないんだよな。それで考えたんだ。」
「考えたって、何を?」
「沙南、事情聴取が終わったら、一緒に警察署の近くにある運動公園にいかないか?そこならテニスコートも武道場もあるし。たしか、事前に申し込みしていれば10時までは使えたよな。」
「ああ、そうだね。でも、私も翔平もひとりではできないスポーツなんだよ。個別練習だったらなにも運動公園でなくったって・・・」
沙南がそう言うと、翔平はにこっと笑った。
「お互いにパートナーを連れていけばいい。俺はすでに一平に話してある。沙南も誰かに来てもらえばいいだろ?」
「ああ、なるほど・・・、うん、わかった。相談してみる。来てもらうの7時半くらいでいいかな?」
「うん、それでいいと思う。」
翔平は軽く答えてから、沙南の頭をぐいっと引き寄せると、唇に軽くキスをした。
っ!!
沙南は思わず口をおさえて翔平を睨んだ。
「なんだよ、沙南、まだ恥ずかしがっているのか。こういうことに早く慣れてほしいんだって、何度も言っているだろ。頼むから早く慣れて。」
・・・・・あんったはっ。ここが学校だってこと、忘れてるでしょっ!
沙南は怒ってふいっと顔をそむけると、翔平を置いて教室に戻ろうとした。
「沙南、待てってば。」
翔平が慌ててついて来る。
「しょうがない、沙南が慣れるまでもう少し待つよ。でも、俺はこれからも同じことするよ。」
翔平は沙南の肩をポンとたたくと、自分の教室に帰っていった。沙南は、翔平の態度にことばを失った。どうやら翔平は沙南の希望に反して、甘々モードを学校でもやるつもりのようだ。
はあっ、先が思いやられる・・・
沙南はため息をついた。そこに羽瑠たちがやってきて声をかけた。何を言われるのかを薄々察知していた沙南は、苦虫をつぶしたような顔をした。
「いいねぇ、どんなポーズ取らせても絵になる彼氏がいて、甘~いことばを囁いてくれるってのは。」
私の首に腕を巻きつけて亜由美が耳元で呟いた。
「なっ、なに言って・・・」
沙南が耳まで真っ赤になって抵抗すると、
「おぉ~おぉ~、いっちょまえに照れちゃって!」
と、郁美がはやしたてた。
その様子を優衣と羽瑠がにやにやしながら見ている。本当に、この4人娘はっ。
「沙南~。よかったね。思いが通じて。」
羽瑠が亜由美の手をどけて沙南の肩に手を回した。羽瑠が心からそう言ってくれているのが沙南にもわかった。
「うん。みんなのおかげ。感謝してる。」
私が言うと、4人は大きく頷いて、
「「「「ほんとに、メンドーのかかる子だったよ。沙南は。」」」」
って、声を揃えていった。4人のはもった声に沙南は圧倒されて身をのけ反らせた。
悪かったよ。えぇ、えぇ、どうせ、私は、みんなにメンドーかけましたよ。
沙南が口をとがらせて睨むと、4人はにやっと笑った。
「次は、羽瑠がメンドーをかける予定だってさ。みんな、覚悟していてよっ。」
はあっ?と驚く羽瑠を無視して、優衣が明るく言った。亜由美と郁美は、うんうんと大きく頷いている。私も釣られて頷いた。
まだ、事件は終わってはいない。これから事情聴取も受けるし、学校側からもいろいろ聞かれることになるだろう。面倒なことは依然山積しているのだ。
それに、インターハイもこれからが正念場。いい加減軌道を修正して、そっちにも集中しなければいけない。テニス大会が裏賭博に利用されようとした事は、一切報道されていない。まだ機密事項だということだろう。それを警察にどういわれるかも不安が残る。
だけど、私たちはまだ高校生。こんな事件なんかよりも、自分の生活と青春を謳歌することの方がよっぽど大事。
昼休みの学校のろう下、あちらこちらで生徒たちのざわめき声が聞こえる。みんな、それぞれの青春のいろんな気持ちを心に秘めてるんだよね。
私の恋も青春もまだまだこれから。
羽瑠や優衣の恋も、亜由美も郁美も、みんなこれからまとめてメンドーかけあっちゃおう?
私の拙い話を最後まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。誰かが読んでくれているということがこんなにうれしくて励みになるとは思いませんでした。投稿してほんとうによかったです。
この話は、まだ事件そのものが終わってはいないので、中途半端に思われる方もいるかもしれませんが、沙南と翔平の話はこれで一区切りです。
他の子の話も少しあるので、それは番外編みたいな形で書けたらいいかなと思っています。
1か月余り、ありがとうございました。