浩二の思いやり
事件の事後、まとめようと思うと結構大変です・・・
沙南と翔平がお互いの心を確かめ合っていた時、奈々美は、警察でこれまでのことをすべて告白したと史輝から聞いた。
史輝は、詳しい事は捜査上の守秘義務で言えないがと前置きをした後、奈々美が翔平と沙南には迷惑をかけた何度も謝っていた事を教えてくれた。それから、奈々美自身が自分の置かれている泥沼からはい出そうとしていて、隙を見てTに知られず得た情報などを話してくれているということだった。
これから奈々美は正式に審判を受けることになると史輝は話した。未成年だから、おそらく家裁送致になるだろうが、警察に有益な情報を提供している事とこれまでに前科がない事が、菜々美の審判の有利な材料になると史輝は言った。
「お前たちは、ふたりとも奈々美によって事件に巻き込まれたけど、やっぱり、奈々美のことを恨んでいるか?」
史輝がふたりに聞いた。
「・・・俺は、正直、腹が立った。自分の自由が奪われたこともそうだけど、沙南に危険が及んだ時には、殺してやりたいと思うほど憎かった。奈々美に対して恨みがあるかと聞かれたら、それは・・・今は何とも言えないけど、同情はできないな。」
翔平はベッドの上に座り、前かがみになって足の間で両手を組んだ姿勢でそう呟いた。隣に座っていた沙南は、とつとつと話す翔平に少し悲しそうな顔を向けた。
「私は・・・わからない・・・」
沙南は、消えそうなくらい小さな声でぽつりと言った。
奈々美は、犯罪の深みに嵌っていくことの恐怖を誰にも言えずに苦しんでいたのかもしれないと沙南は思った。自分の苦しみを表に出さず明るく振る舞っていた奈々美の姿を思い出し、沙南は胸が苦しくなった。自分が奈々美の心の闇に寄りそう事が出来るかといえば、そんなことはきっとできないだろう。自分が奈々美を思って苦しくなることだって、ただの同情だと奈々美に一蹴されるのは目に見えている。こんなふうに奈々美のことを考えることはおこがましい事なのだとわかっていても、沙南は、苦しかった。これから奈々美がどんな審判を受けるのかと思うと、胸が詰まった。せめて、奈々美の未来にあまり影を落とさないような結末であって欲しいと思った。
事件の翌日から、学校は大騒ぎだった。
テニス部に災いが及ぶ事はなかったが、自校からドラッグに関わる生徒が出たという事実は、学校にとっても大きなダメージとなった。緊急生徒集会および保護者会、そして職員会議が開かれ、どの学年も授業どころではなかった。
特に3年生は、最後のインターハイ、受験スタートという大切な時期におきた衝撃的な出来事に、あちらこちらで『これって、ドラマの撮影じゃないよな?』、『なにかのまちがいじゃないのか?』など、現実的に受け入れられないという囁きが聞こえてきたと羽瑠は言った。
一部、各部活動の自粛論も飛び出したようだが、奈々美が帰宅部だったことと、インターハイまで精一杯力を尽くして頑張ってきた部活生たち努力を犠牲にする事はないという大勢の意見で、自粛論自体は消滅したらしい。だが、部活動がやりにくくなったのは事実で、各部とも神経を尖らせ、モチベーションがダダ下がりしていると、亜由美はため息をついた。
もちろん、学校には色んなマスコミが押しかけてきていた。学校側が代表で応対にあたるからと、生徒や教師、それに保護者には緘口令が引かれていた。学校側は、マスコミに対して生徒の精神的ダメージになるような取材は控えて欲しいとの要望を申し入れたようだが、それでもしつこい取材が行われ、一部の生徒はまいっていると郁美は苦虫をつぶしながら話した。
この事件に直接関わっていたメンバー5人(沙南、翔平、一平、優衣、海斗)は、学校側と警察の意向により、自宅待機中である。いくら緘口令が引かれていても、事実はどこからか漏れるもので、5人が事件の核心を知っているという噂はあっというまに広まっていた。それを見越した格好で、5人はとある場所に揃って自主軟禁中なのである。そこへ羽瑠と歩みと郁美が陣中見舞いに来てくれたのだ。
3人から語られる外の状況に5人はため息をついた。その様子だと、まだここから出してはもらえないのだろうか。
とばっちりを食らったのは、男子テニス部と剣道部である。それぞれのキャプテンを始め主力選手が登校できないのだ。もちろん部活動に参加する事も出来ない。こんな理不尽な事あるかと、一平は腹を立てていた。
テニス部の大会予選まであと4日しかない。予選は、2人以外のメンバーで何とかなるとしても本選はそうはいかない。それよりも、個人戦だ。個人戦には、代わりはいない。予選初日から個人戦もスタートだ。翔平も一平もシードなので、2日目からになるが、それでも、後5日しかない。ここではろくな練習もできず、ふたりで筋トレを黙々とこなしているのがせいぜいなのである。
剣道部は大会までもう少し余裕はあるが、女子は大将と中堅がいない中でオーダー決めに苦慮している。もともと部員自体が少ないのだ。そんな中での主力選手がふたり抜けるのはどうしたって痛い。男子だって、大将は海斗だ。3人とも責任を感じて毎日、素振りを欠かさないのだが、実践練習ができないので本試合で思うように体が動くか心配でならなかった。
誰も口には出さないが、焦りが募っていくのを互いの気で感じていた。みんなの間に重苦しい雰囲気が漂うなか、翔平の携帯が鳴った。
自然にみんなの注目が翔平に集まる。翔平は、携帯をポケットから取り出すと、宛先を確かめてから携帯を耳に近付けた。
「何、兄貴?」
電話は史輝からだった。
『翔平、喜べ、そこから出られるぞ。浩二の上司が上層部に掛け合って、お前らにはマスコミが押しかけないように交渉してくれた。警察の情報を積極的にマスコミに流すのが条件だ。』
「まじで?ほんとに俺ら解放されるの?」
『ああ、その代わり、こっちの人事は大変な事になると思う。お前ら、浩二に礼を言えよな。あいつは、自分の今後の捜査がやりにくくなるのを承知で上に掛け合ったんだ。』
「浩二さんが・・・」
翔平は、心の中で何回も何回も浩二に頭を下げた。直接会ったら、もっと頭を下げるよ、浩二さん。