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重なる心と心

 翔平は、病院のエントランスを出た左側に行き、乗り場で待機していたタクシーに沙南を先に乗せ、そして自分も乗り込んだ。運転手に自分の家の場所を運転手に告げると、タクシーは静かに走り出した。


 家に着くまで翔平は、運転手の道案内をする以外はずっとなにも言わなかった。例のごとく翔平は沙南の手を放さなかった。


 沙南は、ずっと握られたままの左手をバックミラーを通して運転手が一瞥するのを目の端に捉えて居心地が悪かった。大袈裟にならないように手をよじって束縛を解こうとした。だが、それは徒労に終わった。翔平の手は決して沙南の手を解放することはなかったである。


 沙南はバックシートに頭を持たれると、無駄な抵抗をするのは止めようと思った。自分も自身の中にある本能的な感情に身を委ねてしまえば、繋がった手の温もりは心地いいものだと知っていた。


 ただ、両想いになってからあまりにも短すぎる時間の経過と人生の半分以上の経験をしてしまったかのような濃すぎる2日間に、理性が抗ったのだ。


 今は、自分の心に素直でいい。誰よりも翔平が好きだという気持ちに。


 窓の外の景色がゆるやかに流れていく。家に着くまでの暫くの間、翔平も沙南も互いの手と手を絡ませたまま静かに寄り添って座っていた。繋がった手のぬくもりから互いを感じながら。


 辺りの景色が見慣れたものに変わり、沙南は、もうすぐ家に着く事を知った。数分後、タクシーは翔平の家の前で止まった。翔平は料金を払う時だけ沙南から手を放した。そして払い終わるとまた沙南の手を引いてタクシーから降ろした。


「沙南、俺の部屋に来て。」

 タクシーを降りた翔平は、自分の家の門を開けて沙南も一緒に連れて入ろうとした。沙南は、タクシーを降りたら翔平と別れて自分の家に帰るつもりだったので、翔平の行動に驚いて身を引いた。


「まって。私はもう家に帰る。翔平は、今日はもう部屋で休んだほうがいいよ。お医者さんも安静にした方がいいって言っていたし。話は明日聞くよ。」


「いや、俺はどうしても今日中に全部沙南に話したい。」


 翔平は沙南を掴む手に力を込めた。目は、絶対譲らないと語っていた。ここで押し問答しても、翔平に押し切られるのはわかっていたので、沙南は翔平の言うとおりにした。


 玄関のカギを開けて中に入ると、翔平と一緒に階段を上がった。沙南が翔平の家に来るのは、ほんとに久しぶりだった。高校に入ってからは、翔平のことを変に意識していたので、気後れから翔平の家に行く気になれなかった。


 ほんと、久しぶり・・・翔平の部屋は前のままかな?そんなこと、ないよね。もう、ずいぶん経つし。


かちゃっ


 翔平が部屋のドアを開けて沙南を招き入れた。沙南は、ぐるっと翔平の部屋を見まわした。人気グループのポスターがプロのテニスプレイヤーのそれに代わっている以外は、以前とそれほど変わっている様子は見られなかった。


 懐かしい。机の上の本の置き方も部屋の散らかり具合も昔のままだ。


ぱたん 


 翔平がドアを閉める音に、沙南はびくっとした。閉ざされた空間に好きな人とふたりだけでいるのだということを沙南は強く意識した。鼓動が速くなる。緊張で掌が汗ばんできた。頭がじんじんしてきた。


 今、私は翔平とふたりっきりで部屋にいる・・・体が震えてるのを翔平に気づかれたくない。


「沙南はベッドに座って。」


 耳元で囁かれた翔平の声が思ったよりも低く響いて、沙南はぶるっと身震いした。いつの間にか翔平は沙南すぐの後ろに立っていた。沙南の肩に手をかけた翔平が、目で沙南の座る場所を示した。


 沙南が大人しくベッドに腰かけると、翔平は机から椅子を引き出して腰かけた。


 翔平は、ふうっと一息吐くと、沙南を見つめて、そして、昨日、今日と、翔平に起きたことを静かに話しはじめた。


 沙南は、俄かには翔平の話を信じられなかった。だが、昨日も今朝も自分は現場に居合わせた。たとえ現実離れした話であっても、翔平の話は嘘ではないことは、わかった。


 こんなことってほんとにあるんだ。こんな、ドラマみたいなこと。


「翔平・・・大変だったんだね。ほんとうに大変だったんだ・・・」


 沙南は、そう言うのがやっとだった。すると、翔平が、にこっと微笑んで、沙南を見た。


「ほんと。俺、だれかが俺にドッ○リを仕掛けているんだって思ったよ。とてもリアルな話には思えなくて。でも、こんな変な事件に巻き込まれたおかげで、いいこともあった。」


「いいこと?」


 沙南が翔平に聞き返した。


「そう、沙南と両想いになれた。」


 翔平は沙南をじっと見つめた。その瞳が異性への感情で薄くけぶっていた。沙南は胸が早鐘を打ち、息苦しくなるのを止められなかった。


 だめっ、体が熱くなる。震えが止まらない。翔平に見つめられただけで、私はいつもこうだ。胸が苦しくて、切なくて、翔平への気持ちが心から溢れだしそうになる。自分から翔平に身を委ねてしまいそうな激情に駆られて、沙南は困惑した。自分の中にこんな感情がある事が信じられなかった。


 がたっ


 翔平は、ゆっくりと椅子から立ち上がると沙南のそばに座った。その動作をスローモーションのように感じながら、沙南は自分が翔平のぬくもりを求めているのがわかった。翔平が沙南の方を向き、両手を肩の上に置いた。翔平の手はゆっくりと肩をなで、それから首へと這い上がり、沙南の顎を両側からとらえた。


「沙南・・・」


 翔平に呼ばれて、沙南はゆっくりと顔をあげた。ふたりの視線がぶつかり合う。


「沙南、好きだ。」


 翔平は、沙南をぐいっと引き寄せると、その唇に自分の唇を重ねてきた。何度も何度も角度を変えて触れるだけの優しいキスを繰り返す。


 沙南は自分の体がふわふわと浮いているみたいだと思った。座っているだけでは自分の体を支えていられなくて、夢中で翔平にしがみついた。


「沙南・・・」


 顎を捉えている翔平の手に力がこもり、重ねられた唇の動きが大胆になっていく。沙南は次第に深くなる口づけに息をすることを忘れていた。時折放される唇の合間から、自分の声とは思えない甘い呻きが漏れた。


 重なり合った唇から、そして、抱きしめ合った体のぬくもりから、翔平の自分への気持ちが伝わってきた。


 私も・・・


 沙南は束の間放された唇に自分のありったけの想いをこめて、キスをかえした。


「翔平、好きっ。大好きっ。」


 ゆっくりと押し倒され、背中に柔らかなマットの感触を感じた。翔平が、跨ぐように沙南の体の両側に手をついて見おろし、狂おしそうな顔で沙南を見ていた。沙南も潤んだ瞳で翔平を見上げた。次第に近づいてくる翔平の顔に沙南は目を閉じた。ふたりは、互いを求めあう気持ちに素直に自分を解放した。


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