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翔平の暴走、沙南のとまどい

 病院で、レントゲン検査、MRI検査、エコー検査をした後、担当の医師から『頭部、胸部、腹部の検査の結果、骨、内臓、脳などに異常は認められない』と言われたと、待合室で待っていた沙南に、翔平は明るく笑って言った。


 美里もホッとした表情で安堵のため息を漏らした。


 安堵?


 いや・・・諦めか呆れかのどっちか。


 だって、翔平、おかしいって。普通、医師の診断結果なんて親と一緒に聞くはずなのに、『いや、高3にもなってそれは嫌だから。沙南が一緒なら構わないけど。』と訳のわからない事をぬかし、そして、結果を真っ先に報告するのが私だなんて。


 沙南は、美里に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。今日になって少し事情を知った沙南と違って、美里は昨日から心が休まることはなかったはずである。それが赤く腫れた目とやつれた様子でよくわかる。


 な・の・に・


 翔平が美里を気遣う様子を見せたのは、病院の前で美里に合った最初だけ。それからの翔平は、沙南しか目に入らないというような行動をすっととり続けていた。沙南は、翔平に逆らう事はしなかったが(さっき、抵抗しても無駄だという事を思い知ったから)、半ば無理やり、微笑ましいカップルでいいわねという諦念のオーラを出しつつふたりを見ていた美里にすまなく思っていたのだった。


「・・・・翔平、順番が違う。先生からの結果を先に話すのはおばさんでしょ。」


「なんで?」


 なんでって言いやがった、こいつ。それが普通だろ。私らはまだ未成年だ。親の保護のもとで生活しているんだ。形がどんなに大きくなったって、親は子供の事を真っ先に心配するんだから、それを思いやる気持ちを忘れてどうするっ・・・って、心の中で翔平に悪態をついても、沙南の顔は、ひくっと唇の片方が歪んで上がっただけだった。


 美里は、沙南が自分を気遣っているのがわかって嬉しかった。だが、目の前の宇宙人が脳内を乗っ取ったかのごとく、以前の硬派の面影をすっかりなくした息子が、自分の主張を変える事はないだろうこともわかっていた。美里は大きくため息をつくと、沙南に向かって口を開いた。


「いいのよ、沙南ちゃん、いずれ嫁姑になった時に、息子は嫁側につく方が家庭はうまくいくって言うじゃない?家はその点問題なさそうだから、おばさん嬉しいわ。」


 いやいやいやいや、おばさん・・・目が遠くを見ているんですけど。てか、嫁姑って、何、それ?


 沙南が唖然として何も言えないのをしり目に、翔平は満足げに深く頷いた。


「うん、それは、問題、ない。」


 お~い!翔平、今の問題ないは、嫁姑の事なの?ねえ、そうなの?何でそこまで話が飛躍するかなあ?いい加減、ふたりとも現実に戻ろうよっ。


 沙南は、これ以上話がとんでもない方向に進むのを恐れて、無理やり口を開いた。


「けっ、結果が異状なしなら、もう帰ってもいいの?」


「いや、それがさ、念のため入院してくれって言うんだ。でも、俺、帰るから。」


「えっ、先生が入院しろって言うんなら、そうしたほうが・・・」


「いや、帰る。必要な検査は全部終わってその結果も聞いた。もう、病院にいる必要は、ない。」


 確かに検査の結果は異常なしだったのだろう。それでも、頭部に裂傷と打撲があって、口の中は切れていて、背中や腕、脇腹に打ち身がいっぱいで、足首はねんざしていた。

医師が今日1日入院して様子を見たほうがいいって言いうのは至極当然のことだ。


「・・・・・あんたでは、話にならないから先生に聞く。」


 さすがに息子の体が心配だった美里は、目の前の甘々な光景は甘受しても、入院の是非について医師に相談する事には息子の口を挟ませなかった。


 翔平は、仕方がないと言わんばかりのため息をつくと、しぶしぶながら美里と一緒に診断室に戻った。


 医師の前でも、翔平は、家で安静にするからと帰宅することを頑として譲らなかった。これには、医師も美里も呆れたが、今日一日は、絶対に家から出ることなく安静にすることを強制的に約束させて、入院せず帰ることを許可した。


 まったく、今日1日くらい病院でゆっくりすればいいのに、なんでそんなに無理したいのかわからない。


 美里は、頑固な息子に呆れていた。しかし、親の目の前でいちゃつく元気はあるので、まあ大丈夫だろうとも思っていた。


「会計してくるから、ちょっと待っていて。」


 会計を済ませようと窓口に向かうおばさんに、


「俺、沙南を家まで送るから、先に帰る。」


と言って、沙南の手を引いて立ち上がらせた。


 え~っ、またまた、可笑しなことを言い出してこのケガ人はっ。ふつぅは、心配かけた親と帰るんでしょうがっ。なんで、親おいて、私と帰るって言うのよっ。


「い、いいよ、翔平っ。私はひとりで帰れるから。翔平は、おばさんと一緒に早く帰って安静にしてなきゃ。」


 沙南は、慌てて掴まれた手を振りほどこうとしながら、翔平が送るというのを断った。


 沙南のことばに翔平の目が細くなった。沙南を掴む手の力がいっそう強くなった。


「駄目だ、沙南の言い分は聞けない。今朝、約束しただろ。今日からは、家に帰る時は俺が送るって。これは、絶対譲れない。」


 なに思い込みの激しい事を親の前でっ。今朝の話は学校の《・・・》行き帰りだよね?今は病院からでしょうが。状況が違うって。


 沙南は心の中ではそう反論したが、翔平に気おされてことばにはならなかった。開いた口がふさがらない沙南に美里は諦めのまじった声で話しかけた。


「沙南ちゃん、私の事はいいから、うちのバカ息子と一緒に帰ってあげてくれる?翔平が一番安静にできるは、きっと沙南ちゃんの隣だと思うから。」


「母さん、俺の事よくわかっているね。さすが母親。ありがとう、じゃあ、心おきなく俺は沙南と先に帰るから。」


 そう言って翔平は沙南の手を引いて病院のエントランスに向かった。沙南は半ば引きずられるようにして翔平の後からついて行った。沙南が申し訳なさそうに後ろを振り返ると、目の前の光景は見慣れたものだと、腹をくくった美里が笑って手を振っていた。


 エントランスホールから出ると、明るい日差しがふたりに降り注いだ。翔平は、日差しを遮るように目の前に手をかざしたが、もう片方の手は沙南をしっかり握っていた。翔平の歩みが止まる事はなかった。


「しょ、翔平っ、待って。待ってったら!」


 何度も止まるように呼びかけても一向に返事をせず歩みをすすめる翔平に沙南は、とうとう堪忍袋の緒が切れた。ありったけの力を込めて翔平の手を振りほどくと、これまで堪えていた感情を吐きだした。


「翔平、勝手過ぎるよ。私の気持ちも知らないでっ。なに問題はすべて解決しましたって態度取っているよ。私は全然納得できていないんだからねっ。まだ、翔平から今度のことちゃんと説明してもらってない。それに、ケガのことだって。翔平が・・・死んじゃったらどうしようって・・・お、もっ、て・・・そ、それなの・・に・・おばさんの前であんな・・・ふざけた態度・・・」


 言いながら涙が溢れてきた。


 これじゃ、昨日と同じだ。泣いてもどうしようもないのに、涙が勝手に出ちゃって結局何もきけなくなる。だけど、昨日からほんっとうに心臓が止まりそうになるくらい、衝撃的なことがありすぎて


 溢れる涙で翔平の顔が滲んで見えた。翔平が困ったように沙南を見おろしていた。


「沙南・・・泣くなよ。お前が泣いたら、俺、平静でいられない。理性がぶっとんで、ずっと抱きしめていたくなるからっ。」


 エントランスを出たばかりの人通りの多い場所にもかかわらず、翔平は沙南を抱きしめた。翔平に抱きしめられても、沙南は抵抗できなかった。


 まわりから冷やかしの声が聞こえる。


 それでも沙南は動けなかった。昨日からの事が走馬灯のように沙南の頭の中を駆け巡っていた。この2日間であまりにも色んな事があり過ぎて、束の間、沙南の行動はフラッシュバックする記憶に支配されていた。


 翔平は、全く抵抗しない沙南に自分の激情が湧きあがりそうになるのを必死に止めていた。これまでは、手を繋ぐことで何とか止めていた感情が密着することで制御できなくなりつつある。


 怒涛のようなこの2日間で、神経が異様に興奮していて自分ではどうする事も出来なかった。普段の自分では絶対にできない事も今の翔平には軽くできてしまう。沙南と手を繋いで、甘いセリフを言うのだってそうだ。自分を支配する異常な興奮がなければそんなこと、まずやらない。


 興奮した神経で研ぎ澄まされた五感は、密着している沙南を全身で感じさせてくれた。今の俺には、来ている服を剥いだ沙南の肢体もはっきり感じ取れる。


「ここじゃ、だめだっ。沙南、行こうっ。」


 翔平は、沙南の腕をつかむと有無も言わさず歩き出した。このままでは公衆の面前で沙南を押し倒しかねない。翔平は、ありったけの理性を総動員して、その事態だけは避けようと努力していた。


大丈夫…でしょうか?次の話、R指定の予定はないんですが…自信ありません。R指定にならないように、全力でセーブします。

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