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もうひとつのエース

まだまだ浩二や史輝は大変なのですが、この話で一応、事件は解決です。はあっ、長かったです…

 高原が一平を追って部室に入るのを見届けた海斗は、急いで優衣のもとに駆けて行った。優衣は、裏門近くで心配そうにあたりを見回していた。海斗の顔が自然にほころぶ。


「優衣」


 自分を呼ぶ声に優衣は坂の方を振り返った。そこに海斗の姿を見て不安な顔が安堵の表情に変わる。


「終わった?」


「まだわからない。Tが部室に入るのは見たけど、中で何がおこっているのかは全然わからない。」


「それじゃあ、グラウンド側から覗いてみようよ。」


 優衣が海斗の右手を引いてグラウンド側の破れ目を目指した。海斗は念のためにと持っていた竹刀袋を左手に持ち替えて素直に優衣に従った。だが、優衣の足はグラウンドにまわる道路の角のところでぴたっと止まった。


「優衣、ど・・・・・」


「しぃっ」


 優衣は、人さし指を口にあてると、低くこもった声で海斗のことばを制した。海斗が優衣の視線の先を辿ると、グラウンド向こうの部室長屋の見える道路側に黒塗りの車が止まっていた。運転席には頭を短く刈り込んだ濃いサングラスの若い男が乗っていた。優衣は固い表情で低く呟いた。


「あの車、乗っている男は違うけど、昨日公園で見たのと同じ。」


「ほんとか?」


 海斗は驚いて優衣に聞き返した。


「間違いないよ。プレートのナンバーが同じだもの。でも、どうしてここにいるの?浩二さんは、Tは単独行動をしているって言っていたよね?」


「うん、そう聞いているけど・・・あっ、誰か来た。」


 ふたりは話を止めて、見つからないように学校の塀の影に隠した。破れた網をくぐって金髪の男が急いで車に近づいてきた。金髪の男は、車の助手席に乗り込むとサングラスの男に話しかけた。優衣は、見つからないように気をつけながら塀から顔を少しのぞかせると車の方を凝視した。


「えっと・・・、だ、め、だ。・・・・き、る?・・・だ、せ。って、何?」


「優衣・・・何してる?」


 優衣がぶつぶつ言っているのを海斗は目を丸くして見ていた。


「何って、読話。」


「はぁ?どくわ?」


「そう、あいつらの口の動きを見ているの。難しいのは無理だけど、特徴のある言葉なら読めるよ。」


 海斗は呆れた。いったい、いつ、何のために読話何か身に付けたのか。


 もともと好奇心旺盛だとは思っていたけど、読話ができるなんて、ほんと、優衣には驚かされるよ。


「てっ、あの車、どっか行っちゃう。さっきのだ、せ、って車を出せってことだったんだ。」


 優衣の慌てた声に海斗が車を見ると、エンジンをかける音がして黒塗りの車が走り出したところだった。


「まずいよ、逃げられるっ。」


 そう言って優衣が飛び出そうとするのを海斗は手を引いて止めた。


「何すんのっ。」


 優衣が海に噛みついた。だが、海斗はぐっと口をきつく結んで優衣を睨みかえした。海斗の瞳に怒りの色が見える。厳しく諭す事はあっても、怒った海斗なんか見た事のない優衣は、次のことばを呑みこんだ。ふたりがそんなやり取りをしている間に車は通り過ぎて行った。


 だが、次の瞬間、黒塗りの車は急ブレーキを踏んで止まった。学校を過ぎたすぐ角の細道から別の車が飛び出してきた。それから、車が走り去ろうとした道の先からもまた、別の車が近づいてきた。2台の車に行く手を阻まれた形で止まった車からサングラスの男と金髪の男が飛び出してきた。同時に道を阻んだ2台の車からも数人の男が出てきた。


 黒塗りに乗っていたふたりは、行く手を阻んだ男たちの数に顔を歪めた。慌てて辺りを見回して逃げ道を探した。ふたりが逃げられそうなのは、海斗と優衣がいる道だけだった。ふたりは、躊躇せずに海斗と優衣の方へやってきた。優衣は咄嗟に道を塞ごうとした。


「だから、優衣は危ないことしちゃ駄目だっ。ここは俺が出るから、頼むからそこを動かないでくれっ。」


 海斗は強く優衣にそう言うと、逃げてくる男たちの前に立ちはだかると、持っていた中身の入った竹刀袋で中段の構えを取った。袋の中には竹刀2本と木刀が入っていて結構重たいのだが、優衣を守りたい一心の海斗には重さは感じなかった。


「邪魔だ、どけっ。」


 金髪の男が近づきながら怒鳴った。だが海斗は怯まない。自分から攻める様に前に踏み出すと、袋を横にして金髪の男の脇腹目がけて振りきった。


 ばしっと音がしてきれいに金髪の男の左脇腹を打ち抜くと、そのまま流れる様にサングラスの男の右肩に一撃をくらわせた。


 ぐわあっ


 ふたりの男が、それぞれわき腹と肩を抑えて膝をついた。そこへ駆けつけた別の男たちがふたりの男を取り押さえた。


 男たちはうつ伏せに抑えつけられ、そして手錠をかけられた。抑えつけている男の一人が、無線を取り出すと、


「被疑者、確保しました。」


と、伝えた。


 『確保』の声を聞いて、海斗は深く息を吐くと、竹刀袋を持ったまま優衣のところに駆け寄った。


「海斗っ。」


 優衣は駆けよってくる海斗の首に自分の両腕を巻きつけた。突然の優衣の抱擁に海斗は固まった。一気に心拍数がうなぎ上りに上昇していく。顔がみるみる赤くなるのが自分でもわかった。


「ゆ、優衣・・・」


「海斗、うれしい、ありがとう。私を守ってくれたんだよね。」


 優衣が巻き付けた腕を緩めて海斗の顔を覗きこんだ。長いまつ毛に彩られた切切れ長の瞳が潤むように海斗を見上げている。海斗は愛おしさを抑えきれずに、思わず優衣を抱き返した。


 ごほっ、ごほっ


 申し訳なさそうな咳払いの後、ふたりは声をかけられた。


「あ~、え~、その、お取り込み中済まないけど、ちょっといいかな?」


 海斗と優衣はその声にはっとしてお互いの抱擁をといた。体がかっとなる。顔が真っ赤になっている。優衣は、恥ずかしさのあまり半べそ顔で声の主を睨んだ。海斗は空を見上げて頭を掻いて自分のしたことを誤魔化そうとした。


「いや、あの、その、邪魔してごめん。自分は○○署、□科の高橋といいます。被疑者の確保に協力してくれてありがとう。あとで少し事情を聞きたいから署まで来てくれる?」


 高橋は、胸ポケットから警察手帳を取り出し、ふたりに見せながらそう言った。


「あっ、はい、わかりました。」


 海斗が頷くと、優衣も一緒に頷いた。ふたりは自分の名前と学校名、学年、それから順書と連絡先を高橋に教えた。高橋は、それを手帳に記すと敬礼をして乗ってきた車の方に戻った。


 海斗と優衣は、あらためてグラウンド側の道路に戻ると、部室長屋の様子を窺った。それほど時間が経たないうちに、高原が転げるようにテニス部から出てくると、正門を目指して疾走していくのが見えた。


「えっ、Tに逃げられるよっ。」


 優衣が海斗の胸ぐらを掴んで叫んだ。海斗もことの成行きに息を呑んだ。


 作戦は失敗したのか?


 海斗がそう思った時、テニス部の方から、ぱ~んとボールが猛スピードで飛び出してきたかと思うとTの足にあたった。ボールはたて続けに3発繰り出され、全部Tにヒットして、とうとうTはその場にもんどりうって倒れた。倒れたTの上に史輝が馬乗りになり、手錠をかけるのを見た。


 やった!


 海斗と優衣は、お互いに顔を見合わせて笑い合った。


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