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作戦開始1

この話から3話分、43話の前に戻ります。テニス部での事のネタばれ的な話になります。

 時間は、沙南と翔平が部室に行く前に遡ります。


― 決戦の朝(学校の裏門で) ―




「羽瑠にちゃんと渡してよね。」


 そう言うと、沙南は、走っていった。


 何が羽瑠にかばんを渡してだよ。うそつきだな、沙南。


 翔平は、沙南が裏門から坂を上がるのを目の端に見ながら、自分はグランドの破れた金網を目指した。そこから部室に行く方が坂を上がるよりずっと早い。沙南が部室に来る前に部室の中に入っていなければいけない。


 作戦開始


 これからは、時間との争いだ。


 おそらくTはもう、学校の中に潜んでいるはずだ。Tの監視をかいくぐって翔平が密かに部室に忍び込むための作戦は、もう始まっている。


 一平、海斗、それに優衣・・・頼んだぞ。


 翔平は疾走しながらそう呟いた。





「おい、おかしくないよな、俺?」


 一平は、海斗に聞いた。水色Tシャツに上下テニス部のジャージの一平は、黒いぼうしのつばをぐいっと下げて、顔があまりみえないようにしていた。ジャージの襟を立てて、できるだけ顔が見えないようにしている一平は、いつもの一平の装いとは違うので、普通に見たらふざけているようにしかみえない。


「だ、大丈夫だよ。まだ薄暗いし、シッ、シナリオどおりにやれば、その格好でも怪しまれないって。」


 海斗の声は、極度の緊張で裏返っていた。


「海斗・・・、お前も一緒に芝居すんだからな。そんなヘンな声出してどうすんだよ?」


「わ、わかってるけど・・・きっ、緊張して・・・」





 一平と海斗は、学校の正門前のそば屋の駐車場にいた。駐車場は、少し高めの塀に囲まれているから、ふたりの姿は道路からは見えない。ふたりは、明け方の5時前からここで待機している。


 昨日の夜、ふたりと優衣は、浩二に呼び出されて、今日のおとり作戦に協力するよう頼まれた。はじめは、3人抜きで作戦を立てようとしたらしいが、Tに気づかれずに作戦を遂行するには駒が足りないと浩二が呟いたのを翔平が聞いて、3人を呼ぼうという事になったらしい。

 3人はもとより翔平と一緒に奈々美に罠を仕掛けるつもりだった。それも史輝や浩二には内緒で。だから、翔平の家から帰らず近くの公園で待機していたのだ。

 浩二の呼び出しに応じて3人が来るまで10分もかからない事に史輝と浩二は驚いた。しかし、すぐに3人と翔平の顔を見て4人が何をしようとしていたのかを察知すると、お互いに顔を見合わせて苦笑いをした。


「まったく、最近の高校生は、大人の言う事を聞こうと言う気持ちは、ないんだな。」


 史輝がため息まじりにそう言うと、


「時と場合による。あと、優先事項にも。」


と、翔平がしれっと言った。


 



 一平が翔平の替え玉になって、海斗とふたりでTの注意をひきつけている間に、翔平が部室に潜り込むことになっていた。そして、翔平が部室に入ってから少し時間を稼いだ後、一平は翔平のふりをして部室に入る手はずだった。優衣は、沙南と奈々美が学校に来たらふたりに知らせることになっていて、優衣からの電話がシナリオスタートの合図だった。


 ブブッ、ブッ、


 海斗の携帯が鳴った。


 海斗は、あわててジャージのポケットから携帯を出すと、声をひそめて話し始めた。


「もっ、もしもし、優衣・・・来たかっ?」


『うん、来たよ。沙南の後からすぐに奈々美も来た。あっ、それから、浩二さんから連絡があった。Tは、武道場に続く裏階段のとこに隠れているって。あそこからだと坂道を歩いている人間をはっきりとは確認できないはず。だから、坂道下って部室長屋に行くまでシナリオどおりにすれば大丈夫だよ。いいところに隠れてくれたよ、ほんと。』 


「だな。よ、よしっ、わかった。お、俺、頑張る。」


 携帯を持っている海斗の手は、震えていた。


『海斗、しっかりやってよね。それから、気をつけて。もし、危ない事になりそうだったらすぐ逃げて。浩二さんも史輝さんもそう言っていたんだから、気にせず、すぐ逃げるんだよっ。』


「わかってるって。俺たちのことより、優衣、優衣はもう動くな。ことが終わるまで、じっとしていろよ。終わったら、迎えに行くから。」


 そうだ。震えている場合なんかじゃ、ない。俺がヘマしたら、優衣も危なくなるんだ。優衣を危ない目になんかあわせるもんか。優衣は、俺が守るんだから。


 携帯をポケットにしまう海斗の手の震えは、もう止まっていた。


「一平、作戦開始っ!」


「おう!」


 ふたりでお互いの拳を合わせると、駐車場から出て学校の正門に入った。坂を下りながら海斗が言った。


「ふぁぁ~っ、ねむっ。大会まであと一週間きったからって、日曜日のこんな朝早くから練習なんて、マジ、かったりぃよな、翔平・・。」


「ああ。」


 一平が早口で答えた。


 長いセリフだとばれてしまう。せりふは、できるだけ短く印象に残らないようにって、浩二さんが言ってた。不自然じゃなかったよな?俺のセリフ。


 たった一言なのに、喉がからからに乾いてる。心臓が口からせり出してきそうだった。


 ふたりは武道場前を通り過ぎ、部室長屋へとむかった。


「あっ、やべっ。部室のカギを落としたっ。さっき、時間見るって携帯を取り出した時だ。すまん、翔平・・、取りに戻ろうぜ。さっきふざけて借りたテニス部のカギも一緒に落としちまった。」


 海斗がそう言うと、ふたりは、今来た道を引き返した。


「たぶん、正門のとこだ。」


 先に走っていた海斗が、一平にふりむいてそう言った。


「まったく、ドジだな。」


 早口でそう言うと、一平も海斗の後に続いて坂道を上った。正門まで猛ダッシュで上ると、ふたりはカギを探すふりをした。いつも10本ダッシュで駆け上っている坂道だから慣れているはずなのに、ふたりとも息があがっていて、ぜえぜえと、肩で息をしながら探すふりをした。


 こりゃキツイ!神経使って芝居しながらダッシュすると、いつもの何倍も疲れる。


 テニスの試合で、全力でフルセット戦った時よりもしんどいと、一平は思った。

 




 グラウンド側の破れた金網から学校の中に入って部室に入るまで、翔平は誰にも見つからなかった。


 一平と海斗は、うまくやってくれたみたいだな。


 音を立てずにドアを閉めると、翔平はまず、あらかじめ設置しておいた暗視カメラの録画スイッチをオンにした。それから、密やかに部室の中を歩いて、暗視カメラが見つからないように隠してあるかをチェックした。


 一連の動作を物音を立てずにやるのは、至難の技だった。翔平は、少しでも床の軋む音がすると動くのを止め、あたりを窺った。なにも変わりがないとわかるとまた動き始めた。胸の鼓動は試合をしたあとよりも早くなっていた。


 大丈夫だ。どこから見てもカメラがあるなんてわからない。


 翔平は、ほっと一息つくと、テニス部と剣道部の間の壁の前まで行って、剣道部のほうを向いて立ったまま沙南がここに来るのを待った。


 ここまで1時間くらい経った気がした。心臓の音がうるさい。作戦に関わっている誰もが、失敗は許されないと思っている。自分も同じだ。絶対に失敗できない。


 何分もしないうちに、隣のドアが開くのがわかった。まだだれもいない部室の中は静かで、隣から聞こえてくる音や声もはっきりと聞こえた。


『沙南』


 っ!


 奈々美が来た。


『奈々美、早かったね。』


『沙南こそ、早かったね。』


『奈々美、うちの部もテニス部も7時半からの朝練のために7時にはみんな来る。だから、早く手紙をロッカーに入れないと時間が、ない。』


『わかった。じゃあ、はじめよう。』


 ごそごそと何かを動かす音が聞こえてきた。

 

 いよいよ沙南がこっちに来る。


 翔平は、ゆっくりと片ひざをついて、息をひそめた。ネット入れが、がたがたと動くと、壁にあいた穴から人影がもそもそと這い出てきた。その人影は、穴から出ると、ほっと一息ついて、穴の中をのぞくように見て声を出そうとした。声を出されては困るんだ、沙南。しばらく黙ってもらう。


 翔平は、沙南の背後から沙南の口をふさいだ。


 っ!!!!!!!


 不意を突かれて沙南はパニクに陥っていた。


「しぃっ、沙南、俺だよ。静かにして。」


 ぴくっとしたあと、沙南は口を塞がれたまま翔平の方をを向いた。


 沙南が驚いている。まぁ、当然かな。でも、これからもっと驚くことになるんだ、沙南。


おそらく、読者の中には6時くらいの時間で薄暗いか?と思っている人もいると思いますが、翔平たちが住んでいる地域性だと理解していただければと思います。こういうと、どこかわかってしまうかも…

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