テニス部の部室で
テニス部の部室に戻ります。話としては、第40部の「ふたつの部をつなぐもの」からの続きになります。
っ!!!!!!!
不意を突かれて沙南はパニックになった。塞いだ手から逃れようと闇雲に暴れた。しかし、反対にぐいっと引き寄せられて体の自由を奪われてしまった。恐怖がじわじわと体を這い上ってくる。目頭が熱くなり、涙が一筋零れた。
「しぃっ、沙南、俺だよ。静かにして。」
っ???
聞きなれたその声に涙が引っ込んでしまった。沙南は口を塞がれたまま後ろを見た。
自分の口を塞いでいるのが翔平だとわかって安心して力が抜けた。
でも、なんで、翔平が?
沙南は状況が読めなくて、茫然としていた。
きゃっ、がたっ、う・・・ぐっ
剣道部のほうから小さな悲鳴と呻き声が聞こえた。
大変っ、奈々美が!
沙南は、奈々美の身を案じて自分の口を塞いでいる翔平の手を振りほどこうもがいた。暴れる沙南をさらに自分の体に引き寄せながら翔平が耳元でささやいた。
「沙南、頼む。今はこのまま動かないで。奈々美は大丈夫だよ。それより沙南に騒がれるとまずいんだ。」
いったい・・・何のこと?翔平は、となりにいるのが奈々美だということも知っている。どうして?もしかして、今日、翔平が私と一緒に来たのは偶然じゃない?
もう、頭の中がパニックを通り越してブラックアウトしそうだった。自分の知らないところで何が起きているのかわからなくて、沙南は完全に思考停止してフリーズしていた。自分の口を塞いでいる翔平に事の次第を問い質したい。だが、目に入る翔平の固く閉ざした口と緊張した目を見ると、今、それをしてはいけない事は沙南にもわかった。
しかたなく沙南が今の状況に甘んじていると、となりの穴からうすいピンク色の手紙が送られてきた。それと同時に、男の人の声が聞こえた。
「翔平、その手紙、頼んだぞ。」
男の人の声は低くくぐもっていて、明らかに外にもれないように気を配っているのがわかった。
私・・・今の声、知っている。
浩二さんだ。
どうして浩二さんが剣道部にいるわけ?
「わかった。」
翔平は、そう言うと、手紙を受け取ってポケットに入れた。今、翔平がポケットに入れた手紙って・・・奈々美の?
あの手紙は史輝と浩二が預かっているはずだ。それがそどうして今翔平に渡されるの?もうっ、なにがなんだか、全然わからないっ!
誰か、どうなっているのか、教えてよっ。
手紙を受け取った翔平が、やっと沙南の口を塞いでいた手を放した。
はぁぁぁっ
沙南は、大きく深呼吸を一回すると、翔平に問いただそうと向きを変えた。
その時
かちゃっ、ばたん
テニス部の部室が開いたと思ったら、また閉まった。すっと、誰かが入ってきた。
誰?
テニス部も薄暗くてよく見えない。その人影は、さっとすばやく剣道部へと続く穴に入って向こう側に行ってしまった。
「だ・・・」
むぐっ。
私が声を出そうとすると、また、翔平に口を塞がれた。
翔平っ、私の口を塞いだり、放したり、また塞いだりして、ふざけているんじゃないよねっ?
抗議しようと翔平を見上げた時、
がちゃっ!
また、ドアが開いた。