決戦前夜1
この話は長くなったので、ふたつに分けました。
― 昨日の夜 ―
「話がある」と言った浩二を前に翔平は落ち着かなかった。浩二が何を言うつもりなのか見当もつかず公平の不安は募るばかりだった。いすに座ったまま机のへりを指でこつこつ叩いている翔平に浩二が口を開いた。
「翔平、明日の朝の沙南ちゃんの事、お前はどうするつもりなんだ?」
浩二さんが翔平に聞いた。
「もちろん、行かせない。」
「そんなに簡単に聞き分けてくれるか?」
「聞き分けるか聞き分けないかじゃなくて、行かせない。」
「行かせない・・・か。で、学校で待っている奈々美はどうするつもりなんだ。」
「沙南のかわりに奈々美に会って、証拠を押さえる。沙南を呼び出すってことは、俺に何かを仕掛けるにしろ、沙南に同じことをするにしろ、濡れ衣を着せるためのなにか《・・・》を持っているってことだろ。だから、奈々美が持っているなにか《・・・》をこっちに渡してもらう。」
「ふ~ん・・・」
浩二は、腕組みをして何か考えているようだった。だが、視線は、翔平から逸らさない。意味ありげな浩二の眼差しを翔平を訝しげに見かえした。
浩二さん、なにを考えている?
翔平が浩二の思惑を考えあぐねている時、史輝が部屋に入ってきた。史輝は、翔平が明日の朝、奈々美に会いに行くと言ったのを聞いていたらしい。部屋に戻るなり声を荒げて言った。
「待てよ、翔平。お前は、今、微妙な立場なんだぞ。せっかく疑いが晴れそうなのにお前が家から出るのには賛成できない。」
史輝のことばを遮るように浩二さんが言った。
「いや、翔平には行ってもらう。」
史輝は、浩二をキッと厳しい表情でにらんだ。
「浩二、どういうことだ?翔平の容疑はまだ完全に晴れていないんだぞ。こんな時に下手に工作して、それが裏目に出たら取り返しがつかなくなる。それに、こいつはまだ高校生なんだ。刑事としても、兄貴としても、高校生のこいつに危険なことはされられない。」
史輝が反対するのを聞いていた浩二は、ちょっと間をおいて、それから翔平を見て思いがけないことを言った。
「翔平、これから話すことは、重要機密だ。警察でもごく一部の人間しか知らないことだから、それを君に話して万が一ってことになったら、俺は警察にいられなくなる。それに、こちらの事情を少しでも知ることになったら、高校生の君にも重荷を背負わせることになる。でも、明日は、このヤマの解決への糸口を掴むまたとないチャンスなんだ。だから、俺は、覚悟を決めた。明日、俺は賭けに出る。」
「浩二っ・・・!」
浩二の話に史輝はいっそう険しい顔をした。翔平は、ふたりの間にある張りつめた緊張の意味することを知らず途方にくれていた。
史輝が自分のことを心配してくれるのがわかって翔平はうれしかった。と同時に自分を信用してこの事件の内実を教えてくれようとしている浩二に応えたいとも思った。
「警察の事情はよくわからないけど、俺は、俺の事情で、明日の朝はこの部屋から出るつもりだ。兄貴が俺を心配してくれるのはうれしいけど、兄貴が俺を心配するように、俺は沙南が心配なんだ。明日の朝、沙南が奈々美に会うっていうんなら、俺は全力でそれを止める。奈々美が何をするつもりか知らないけど、どんなことがあっても沙南を危ない目に合わせたりはしない。そして代わりに俺が奈々美に会う。これはぜったい譲らない。それに、どうせ行くんだから、俺にできることがあったら浩二さんに協力したい。今回のことでは、俺、浩二さんには大きな借りがあるから。」
「お前が思うほど簡単な事じゃないんだぞ。お前が不用意に動く事でお前に濡れ衣を着せようとしている奴らに好機を与えることになるかもしれない。もしかしたら、お前が危ない目にあうかもしれない。沙南だって同じ目に会うかもしれないんだ。俺は、お前も沙南も家から出るのには賛成できない。沙南の事は、俺がこれから沙南の家に行って説得しようと考えているんだ。だから、お前は動くな。」
「それは、困る。翔平だけじゃなく、沙南にもおとりになってもらわないといけないからな。」
史輝と翔平の会話に割って入った浩二は、表情を変えずにそう言った。