不安
「だから、沙南にも状況を知ってもらおうって思ったのに、お前がさせなかったんだろ。」
史輝にそう言われて翔平は、ぐっとことばに詰まった。
「どうしよう?奈々美は絶対何か企んでいるよ。ねえ、今からでも沙南に事情を話した方がいいんじゃ・・・」
優衣のことばに、史輝と浩二は互いを見あって考え込んでしまった。
もし、沙南にまで嫌疑がかかったら・・・
冗談じゃない。奈々美の奴、いったい沙南に何をしようっていうんだ。
今ここにいる誰もが困惑していた。夕方、沙南が襲われたのは不可抗力だと思っていたので、まさか敵が沙南に手を伸ばしてくるとは思わなかった。予想外のことに部屋の中に重苦しい沈黙が部屋に流れた。誰もかれもが眉をひそめて考え込んでいた。
と、その時、突然、浩二の携帯が鳴った。
浩二は携帯を取って送信者を確かめると、さっと顔色をかえて慌てて部屋を出て行った。だが、すぐに戻ってきて、優衣に言った。
「優衣ちゃん、沙南ちゃんに事情を話すのは保留だ。奈々美って子の正体も沙南ちゃんには言わないでくれ。今言われると、まずいんだ。頼んだよ。」
優衣にそう言った後、浩二は携帯を持ってまた部屋を出ていった。史輝は、浩二さんを見送ると大きくため息をついてから優衣を見た。
「優衣ちゃん。沙南に電話して、沙南が奈々美と、いつ、どこで待ち合わせをしているのか、それとなく聞き出してほしい。それから、今日はもう海斗君と一平君と一緒に家に帰ってくれ。帰り道は誰にもわからないようにガードをつける。3人とも危険なことには巻き込まれないようにするって約束する。今回のことは、俺が責任をもってみんなの安全を確保するから。言うとおりにしてくれるかい?」
優衣は、史輝に頷いた。毅然とした表情で優衣に話す史輝が、翔平には格好よく見えた。いつもは呑気で、あまり尊敬できるところがなかったが、やっぱり刑事なんだなと、少し史輝の事が誇らしく思えた。
浩二が戻ったら沙南に電話をすることになった。しばらく部屋に沈黙が流れる。話がどんどんややこしくなっていくことに翔平は苛立ちと不安を隠せなかった。
しばらくすると浩二が戻ってきた。浩二は、きゅっと口を一文字にむすんで険しい表情をしていた。浩二の顔を見て部屋のみんなに緊張がはしる。優衣が携帯を取り出して言った。
「史輝さん、もう沙南に電話かけてもいいですか?」
史輝が頷くのを見て優衣は沙南に電話をかけた。
「もしもし、沙南?うん、優衣だよ。あのね、沙南・・・・・・・・・」
優衣が巧みに沙南から情報を引き出している。こんな時の優衣は、やっぱり、きれる奴だと思う。学年でトップ争いをしているのは伊達じゃない。
「わかりました。」
携帯を切った後、優衣は史輝に向かって喋り出した。
「奈々美との電話のやり取りでは、明日の朝、6時半にテニス部の部室で落ち合う約束になっているようです。奈々美は、恥ずかしいから他の剣道部には朝練の時間をずらして来るようにお願いしてほしいとも言ったようです。」
明日の朝、6時半か。しかもご丁寧に沙南だけを呼び出すなんて。奈々美の奴、許せない。
翔平は沙南をこの件に巻き込もうとしている奈々美に腹を立てていた。もし女じゃなければ一発殴っていたかもしれない。たとえ女でも沙南を危険な目に合わせようとする奴は許せない。
「ありがとう優衣ちゃん。あとは俺たち警察が動くから、君たちはもう手を引くんだ。これから先は危険すぎる。さあ、もう家に帰るんだ。そして、明日はこちらから連絡があるまで、3人は家から出ちゃいけない。いいね?大人しく待っているんだよ。」
浩二は先ほどまでの険しい表情を和らげて、3人を諭すように言った。浩二のことばに一平が何かを言いかけたが、浩二がそれを目で制した。浩二の目がこれからはとても危険が伴うんだっていうことを示唆していた。それが一平たちに伝わった。一平は、結局何も言わずに帰る準備をし始めた。海斗と優衣もそれに従った。3人とも無言で立ち上がり部屋から出て行った。
史輝は3人を玄関まで見送った。翔平も後に続こうとすると、浩二がそれを止めた。
「翔平、君には話がある。」
何の話だろうか?
浩二の厳しい表情に動悸が早くなる。