何でわかってくれないんだ
翔平の思いに反して沙南は無茶をします。まあ、沙南は自分が無茶なことをしようとしているとは思ってはいないんですが。ほんとは翔平は自分のことを沙南に内緒になんかしないほうがいいと思うのですが、沙南に過保護な翔平の行動が裏目に出ちゃいました。
沙南の家での応急処置が終わって、翔平は自分の家に帰った。サングラスの男に殴られた頬の痛みは、まだ少しズキズキするけど、テーピングしてもらった足首は歩いてもほとんど痛みを感じない。沙南の応急処置のおかげだ。
ほんとは、ずっと沙南と一緒にいたかった。沙南と離れていたくなかった。やっと両想いになったんだ。その喜びを一緒に分かち合っていたかった。
でも、俺に降りかかった厄介なことはまだ終わっていない。だから、仕方なく俺は家に戻った。
浩二さんは、沙南も連れてくるようにって言っていたけど、俺にはできなかった。これ以上、沙南を危険な目に会わせたくない。明日、奈々美のたくらみを阻止すれば俺への嫌疑はきっぱりと晴れるんだ。それまではこの件から沙南を遠ざけていたかった。
俺がひとりで帰るって言ったら、沙南ははじめ納得してくれなかった。一緒に行くって譲らなない沙南に困ってしまった。こんな時の沙南はとても頑固だ。正直、押し通されそうだった。でも、タイミングよく亨さんが帰ってきてくれた。沙南も亨さんの言う事にはさからえない。亨さん、シスコンが入っているから、夜になって外出したいっていう沙南の意見は、即、却下された。
そりゃ、さみしいさ。1分でも長く沙南と一緒にいたい。でも、明日、ことが終わるまでは我慢だ。
翔平の部屋の中は、今、寿司づめ状態になっている。なにせ翔平、一平、海斗、優衣、それに史輝と浩二の6人が六畳の部屋に詰めているのだから。翔平はいすに座り、一平と浩二はベッドの上、他の3人は床に座っている。
翔平は、部屋に戻ってきてからいろんなことを知った。まずは、沙南を襲ってきた男が欲しがっていた手紙のことだ。
翔平が部屋を抜け出した時、史輝は、協力してくれている仲間から、ドラッグを扱っている組織が、押収したアメが“スイートドロップ”ではないとわかってしまったとの連絡を受けたらしい。組織は、翔平にドラッグが渡ってない事実を知って、渡すはずだった沙南が、まだ“スイートドロップ”の入った封筒を持っていると思い、沙南からそれを奪おうとしていたらしい。
俺は、それを聞いてぞっとした。
もし、俺が沙南に会うより前にあのサングラスの男が沙南を見つけていたら、沙南は確実に襲われていただろう。俺が先に沙南を見つけてほんとうによかった。
もし、沙南が襲われていたら・・・
いやいや!もしでも、そんなことを考えちゃいけない。沙南に何かあるなんて、絶対にあってはいけないんだ。
翔平は、自分の妄想を打ち消そうと頭を何度も振った。
つっ!
頭を振りすぎて口の中の傷と頬のケガが痛みだした。翔平は頬をさすりながら、ケガをしたのが自分でよかったと心底思った。
それから、なぜ史輝と浩二が公園に来てくれたのか。
種明かしは史輝の携帯のGPS機能のおかげ。史輝は万が一家族に何かあった時にために家族全員がGPSで把握できるようにしていたらしい。GPSのおかげで無闇に歩きまわることなく効率よく翔平の居場所を確認できたと浩二は話した。
携帯にそんな便利な機能があるとは知らなかった。翔平はあまり携帯を使わない。『お前はほんとに今どきの高校生かっ』て、一平に突っ込みを入れられるほど携帯に疎い。翔平が使う携帯の機能は通話とメールだけ。それも一平たちにくどいくらいせっつかれてやっと使えるようになった。
でもGPSはいいな。俺、その機能を沙南に使おう。そしたら沙南がどこにいるのかもすぐわかるんだよな?沙南に会いたいと思ったらすぐに探し出せるなんて嬉しいじゃないか。
「翔平、何、ぼ~っとしているんだ?」
一平に呼びかけられて、はっとした。
やべっ
自分の妄想の世界に浸っていた。今はそれどころじゃないのに。翔平は、両手で頬を2回、パンパンと叩いて気持ちを引き締めた。
「さっきも話したように、翔平にもう一度罠を仕掛けようとしている組織の主犯格のやつは、今仲間がマークしてる。本人は警察のマークが付いている事をうすうす感づいているから、そう簡単には動かないと思う。」
史輝が今の状況を説明してくれている。それに浩二が補足した。
「代わりに動きそうなのが、奈々美って子だ。組織は、俺たちが奈々美のことを知っていることにまだ気づいていない。だから、奈々美から組織への風穴を開けたいと思っているんだけど、この子がまだ捉まらないんだ。家にも帰っていないらしい。本人が行きそうな所も張らせているけど、まだ、ヒットしていない。」
奈々美は、一体どこに行ったんだ?それに、奈々美は俺に何をしようって企んでいるんだ?奈々美の手紙は兄貴たちに押収された。
あの手紙は、今、兄貴の課には内緒で鑑識が調べているらしい。捜査している課に内緒で兄貴たちが動いているのにも訳があるみたいだけど、それはさすがに俺らには教えてくれない。
「明日だよ。明日になればって、奈々美は言っていた。だから、奈々美は、明日何かを仕掛けてくるつもりなんだよ。」
優衣のことばで、部屋に緊張感がはしった。
そう、事件は、まだ終わってはいないんだ。明日、何かがおこるんだ。俺は、それを無事に乗り切らないと無理やりドラッグの関係者にされちまう。そんな濡れ衣を着せられるのはごめんだ。絶対に阻止してやる。
部屋のみんなが、まんじりともしない表情で明日のことを考えていた時、不意に誰かの携帯のコールが鳴った。
「あっ、すみませんっ。私の携帯。」
優衣が慌ててカバンから携帯を取り出した。液晶画面を見てかけてきた相手を確かめてから、携帯を開いた。
「もしもし、沙南?」
翔平は、沙南と聞いてどっきっとした。体中の全神経が優衣のことばに集中する。優衣はまわりを気にして手で携帯を隠しながら小声で喋り出した。
「もっ、もしもし、沙南?じっ実は今・・・、えっ、なんていったの?もう一回言って?」
途中から優衣の声が大きくなる。部屋の中のみんなの目が優衣に集中した。
「あ、明日っ?行くの、沙南?やめなよっ!」
声を張り上げる優衣に、みんなは互いに顔を見合わせて様子を見守っていた。沙南はいったいなんて言ってるんだ?会話の内容を知りたい。
翔平は、胸騒ぎがして落ち着かなかった。優衣から携帯を奪って自分が沙南と話したいと思った。
「・・・・・・・わかった。でも、考え直してみて、沙南。私はやっぱり反対だから。沙南に少し考える時間をあげるよ。・・・・・うん、それじゃあね、30分後にかけるから。それまでに考えといてよ。じゃね。」
優衣は、電話を切るとふぅっと息を吐いた。それから顔を上げると携帯でのやり取りを話し始めた。
「あの、今の電話は沙南からです。さっき奈々美から電話があって、沙南は奈々美と約束したんだって。」
「なんの約束をしたの?」
史輝が聞いた。
「明日、もう一度翔平へ手紙を渡したいから、沙南も一緒に来てほしいって頼まれたようです。それで、沙南は一緒に行くって言っているんです。前の手紙をまだ翔平に渡せてなくて奈々美に悪いから、明日は一緒に行くって。」
なんだって?沙南は何でそんな約束するんだ?
翔平は憤りで体が硬くなった。
「明日、沙南ちゃんは奈々美と会うつもりなのかい?何時に、どこで?」
今度は、浩二が聞いた。
「詳しくは聞いてないんですけど、会うのはテニス部の部室らしいです。時間はわかりません。」
優衣の話を聞いて、史輝と浩二は何やら考え込んでしまった。
翔平は・・・怒っていた。
なんで沙南はおせっかいをやめないんだ?さっき、お互いの気持ちを確かめ合ったよな?沙南は、俺の気持ちを知ってるはずなのに。今さら奈々美でも誰でも、他の女からの手紙なんか貰ったって嬉しくない。つか、迷惑だっ。
「沙南のやつ、なんでそんなことにつきあうんだ。」
語気の荒い翔平のことばに怒りを読み取った優衣が慌てて弁解を始めた。
「沙南は奈々美の手紙を渡せていないのを心苦しく思っているんだよ。きっと、沙南だって悩んだと思う。奈々美が手紙を渡そうとしている相手が自分のつき合っている人なのに、平気でそれに協力できるほど非常識じゃないよ、沙南は。でも、奈々美に強引に頼まれたら、負い目のある沙南には断れない。そういう事じゃないかと思う。それに奈々美がほんとうは何かを企んでいるって、沙南は知らないんだから、奈々美への借りを返すために立ち会う事を決心したんだと思うよ。」
沙南の性格は、優衣に言われなくったってわかっている。でも、いくらわかっていたって嫌なものは嫌なんだ。沙南が他の女のために俺への恋の橋渡しをするって思ったら、沙南はほんとうに俺のこと好きなのかって不安になるだろ。あいつは、ほんと男心がわかってない。
それに、この件については沙南を危ない目に会わせないために俺がどれほど苦しい思いをしてきたか。何のために今日、家に連れてこなかったと思っているんだ。
ほんとうに沙南は、何で俺の気持ちをわかってくれないんだ。